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第2部
第四章 越境都市「サザン」①
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森の中から、朝を告げる鳥の声が響いてくる。
広い寝室。景色を遠くまで見渡せる大きな窓からは朝日も差し込んでいた。
そんな中、リーゼは上半身を起こして大きなベッドの上で呆けていた。
別に彼女は低血圧ではない。
ただ、直前まで見ていた夢の余韻に浸っていたのだ。
「………ふう」
そして、リーゼは小さく嘆息した。
「あれからまだ半年も経っていないのに、随分と前のように思えますわね」
先程の夢は、彼女があの少年に惹かれるようになった切っ掛けだ。
たかだか数ヶ月前の出来事。思い出として夢で見るには早すぎる。
恐らく彼女がこんな夢を見たのは、きっとあの少年が今、一つ屋根の下にいることが原因だろう。どうしても意識してしまうからだ。リーゼはそう分析した。
それに加え、昨日、いきなり聞かされた縁談話の影響もあるかもしれない。
「……やれやれですわ」
リーゼは、ボフンと柔らかい枕に頭を投げ出した。
そしてベッドの天蓋を静かに見据える。
「わたくしに縁談、ですか」
彼女も公爵家の娘。そういう話は覚悟している。
ただ、その件については、一つだけリーゼは父と約束していたのだ。
伴侶にするのならば、自分よりも強い人物でなければ認めない。
血筋以上に、個人の能力を重視して欲しい。
そう約束したのだ。
「わたくしは、わたくしより弱い殿方を伴侶とは認めません。確かにお父さまにはそうお伝えしていましたが……」
蜂蜜色の瞳を閉じて呟くリーゼ。
彼女には、ずっと憧れている女性がいた。
隣国、グレイシア皇国において最強の七戦士である《七星》。
その一人であり、超一流の傭兵としても名を知られる彼女は「私を抱いてもいいのは私より強い男だけだ」と堂々と公言していた。事実、彼女の恋人は同じ《七星》であり、彼ら七人の中でも最強と呼ばれる人物だという噂が流れていた。
リーゼもまた敬愛する彼女に倣い、伴侶は自分より強い人物にすると決めていた。
しかし、それはあの少年に出会う前までの話だった。
「……ああ、コウタさま」
想い人の名を呟きつつ、リーゼはベッドの上をゴロゴロと転がり始めた。
あの少年は間違いなくリーゼよりも遥かに強い。だが、それは本当に切っ掛けに過ぎなかった。今やリーゼが彼に惹かれるのは強さだけではなかった。
何よりもあの笑顔だ。
彼女が落ち込んだ時。彼女が危険な目に遭った時。彼女が困っている時。何度も見せてくれたあの優しい笑顔に、リーゼの心は鷲掴みにされたのだ。
「ああァ、コウタさまぁ……」
ゴロゴロと転がりながら枕を手に取り、リーゼは幸せそうに笑う。
サザン伯爵との縁談話など、すでに忘却の彼方だった。
「リーゼは、リーゼは、あなただけの……」
そう呟いて、リーゼは枕に顔を強く押しつける。
ここから先の台詞は、あまりにも恥ずかしかったからだ。
彼女は転がるのはやめて、ぎゅううっと枕を抱きしめ続けた。
まるでその枕が、彼の代理品であるかのように力一杯抱きしめる。
いつか本物にもこんなことを出来ることを妄想して。
「うふふ、コウタさまぁ」
こうして、リーゼ=レイハートの朝は始まった。
◆
「……リーゼさん遅いね」
そこはレイハート家の別荘一階。大食堂にて。
大きな長テーブルの席の一つに着き、コウタがそう呟いた。
「確かに。お嬢らしくねえよな」
と、ジェイクが相槌を打つ。彼もテーブルの席に着いていた。
コウタから見て斜め向かいになる席だ。
「早くしねえと、折角のシャルロットさんの料理が冷めちまうぜ」
そう言って、テーブルの上の料理に目をやる。
キュウリ、レタス、トマトで彩られたサラダと、半熟のエッグトースト。
それに加え、まだ何も注がれていないティーカップ。
簡素ではあるが、実に朝食に相応しい品だった。
「そうだね」
コウタも頷くが、不意に困ったような笑みを浮かべて。
「けど、ボクはメルの方が心配だよ。頭を打ちそうで」
言って、隣に座る幼馴染の少女に目をやった。
今日もローブのフードを深く被った彼女は、こくりこくりと船を漕いでいた。
席にこそ着いているが、まだ半分以上夢の中のようだ。
コウタはメルティアの肩を揺さぶった。
「メル。起きなよ。朝食に頭を突っ込むよ」
「……うぇ? ご飯ですか?」
寝ぼけ眼でそう答えるメルティア。
思わずコウタは苦笑を浮かべる。と、
「皆さん。お待たせして申し訳ありません」
ガチャリと大食堂のドアを開けて、リーゼが現れた。
彼女の後ろにはシャルロットとアイリが控えている。大食堂にやって来ないリーゼを迎えに行っていたのだ。ちなみに三機のゴーレム達もぞろぞろと入室してくる。
「あ、おはよう。リーゼさん」「おっす。お嬢」「……うぇ? おはよう?」
三者三様の挨拶をするコウタ達。
リーゼは三人に「おはようございます」と挨拶を返し、自分の席に着いた。
ジェイクの隣であり、コウタの向かい側となる席である。
これでようやく全員が揃った。
「あっ、ところで」
コウタは、装飾品の甲冑騎士の隣に何故か並んで直立するゴーレム達――どうやら彼らの間では甲冑ごっこが流行っているらしい――を一瞥した後、食堂の壁際で控えるシャルロットとアイリに目をやった。
「シャルロットさん達は一緒に食事は取らないんですか?」
このテーブルの上にある朝食は四人分だけ。シャルロットとアイリの分はない。
昨日の夕食もシャルロットとアイリは、一緒に食事は取らなかった。
すると、シャルロットは「お気遣いなく」と表情を変えずに答えた。
「我々はメイドです。食事は皆さまの後で頂きます」
「……うん。先生の言う通り」
と、アイリまでそう答える。
彼女はいつの間にかシャルロットに弟子入りしていた。
「そ、そう。うん。分かったよアイリ。それとシャルロットさん」
そう言って、コウタはリーゼの方に視線を向けた。
この別荘の主人である少女は、こくんと頷いた。
そして、すうっと手を合わせて皆に告げる。
「皆さん。頂きましょう」
そうして十五分後。
朝食を終えたコウタ達は、コーヒーのお代わりをして一服していた。
「うん。美味しかったね」
流石はレイハート家のメイド。
昨晩の夕食と今朝の朝食。そしてこのコーヒーといい、実に見事な味だった。
リーゼは優雅に、ジェイクは味わいながらブレイクタイムを満喫する。
メルティアも完全に目を覚まし、少し苦手なコーヒーをそれなりに楽しんでいた。
すると、その時だった。
「皆さま。ご報告があります」
シャルロットが、おもむろに口を開いた。
全員の瞳が、凛々しく立つ藍色の髪のメイドに向けられた。
「大変申し訳ありませんが、私はこれよりサザンまで買い出しに行くため、しばし屋敷を空けることになります。一時間半ほどで戻りますのでどうかご容赦下さい」
「……買い出しですか?」
リーゼはわずかに眉を寄せた。
「何か足りない物でも?」
「この館に貯蓄していた食材が予定よりも少なく、今日と明日の分の食材を追加しておこうと思いまして」
と、シャルロットは淡々と主人に答えた。
この別荘からサザンまでは馬を使って片道十五分ほどの距離だ。なので、追加の買い出しをしておこうと考えるのは、無難な判断だろう。
「買い出しは私一人で行く予定です。ラストンさんやゴーレム達はここに残りますので何かあれば彼女達にお申し付け下さい」
「……任せて」
トンと自分の胸を叩くアイリに、無言でグッと腕を上げるゴーレム達。
コウタ達は苦笑を浮かべたが、その中で唯一ジェイクだけは眼を光らせていた。
これは明らかにチャンスだ。買い出しならば男手があった方がいい。ここで同行を名乗り出れば、シャルロットと二人っきりになることが出来るではないか。
ジェイクは早速名乗り出ようとした――が、
(いや、待てよ)
ふと思い留まる。
確かにチャンスではあるが、時期尚早のような気がする。ここで名乗り出ても、あっさり断られる可能性が高そうだし、押し切るにはまだ信頼関係が希薄だった。
(なら、ここは作戦を変えるか)
何気に頭が切れるジェイクは、瞬時にそこまで考えた。
そしてリーゼの方を見やり、「なあ、お嬢」と呼びかける。
「あら。何かしら、オルバン?」
キョトンとした表情を浮かべて、リーゼが小首を傾げた。
「その買い出しだけどよ」
ジェイクは、自分の思惑は隠しつつ提案する。
「シャルロットさんにあんま頼りすぎるのもなんだし、買い出しぐらいはオレっち達で行かねえか?」
「……え、わたくし達で?」
ジェイクの提案に、リーゼは軽く驚くが、すぐに納得の表情を浮かべた。
「確かにそうですわね。わたくし達で参りましょうか」
「お、お嬢さま!」
しかし、シャルロット当人は少し目を丸くする。
「そ、そんなお嬢さま方にこんな雑務を!」
「いえ、これも経験ですわ。サザンに行くのも面白いでしょう」
と、リーゼは言う。主人の決定では、シャルロットも沈黙するしかなかった。
ジェイクは、ニカッと笑い、
「おうよ。これも経験だろ。ただ、メル嬢は流石にまだ人混みはキツイだろ?」
と、メルティアに話を振る。彼女はこくんと頷いた。
「はい。知り合いだけならともかく、人混みは無理です。着装型鎧機兵(パワード・ゴーレム)を使ってもいいのでしたら別ですが、あれは知らない街では衛兵に捕まりそうです」
「うん。メルが人混みに出るには、まだ時間が必要だよ」
と、コウタも彼女の言葉に続いた。
それに対し、ジェイクは「そうだな」と頷く。
「まあ、買い出しなら大人数はいらねえだろ。行くなら二人ぐらいだな」
そう言って、ジェイクはコウタを見据えた。
こういう案を出した時、最終的に判断を任せているのはコウタだ。
しばし黒髪の少年は沈黙する。
そして、おもむろに「そうだね」と呟いた。
「なら、サザンに買い出しに行くのは……」
コウタは順に友人達に目をやり告げた。
「ボクとリーゼさん、かな」
「「……えっ」」
少年の決断に唖然とした声を上げたのは、リーゼとメルティアだった。
買い出しと言うことなので、てっきり男性陣二人で行くだろうと思っていたのだ。
一方、ジェイクは思惑通りの人選に、内心でほくそ笑む。
「――なっ! ま、待って下さいコウタ!」
バンッとテーブルを叩き、メルティアが立ち上がった。
「何故、その人選なのですか!?」
「え? いや、だってさ」
コウタは、キョトンとした顔で言う。
「まずメルは行けないでしょう? それでね。メルってリーゼさんやアイリとは仲がいいけど、まだジェイクやシャルロットさん相手だと緊張しているでしょう? 折角だしボクは席を外してジェイク達と色々話してみるのもいいかなって」
その台詞に、メルティアは唖然とした。
「……え? え、えっと、確かにそうですが……」
先程までの勢いがない。それ以上は言葉が続かなかった。
今の台詞で理解してしまったのだ。
コウタが、メルティアの事だけを案じて、この判断をしたのだ、と。
「………ううゥ」
紫銀の髪の少女は思わず呻いてしまった。
――どうして自分以外の女の子と街へ出かけるのか!
そう文句を言いたいのだが、コウタが彼女を最優先に考えて決めた判断だ。
メルティアは呻くだけで何も言えなかった。
一方、その傍らで、
(す、すべては、メルティアのためなのですか……)
リーゼもコウタの台詞に、複雑な思いを抱いていた。
流石に少しばかりショックだ。
が、すぐに考えを改める。これは思わぬチャンスでもあった。
二人で街に出かける。それは、まさにデートと呼ばれるものだった。
「(……お嬢)」
その時、隣に座るジェイクがリーゼに小声で語りかけてきた。
「(楽しんできな。これで貸し一つだぜ)」
「(え、オ、オルバン……あなたは)」
リーゼは大きく目を見開いた。
まさか、この状況は彼の仕組んだものなのか。
(な、なんという知略を……。ジェイク=オルバン、怖ろしい男)
と、愕然とするリーゼ。
しかし、それも束の間のこと。彼女の心は感謝で一杯になった。
その知略のおかげでリーゼはこの上ないイベントを得たのだ。
「コ、コウタさま……」
そしてリーゼが、ガタンと椅子をずらして立ち上がると、
「あ、うん。それじゃあ、リーゼさん」
彼女の愛しい人は破顔して、こう告げてきた。
「ちょっと、サザンまで出かけようか」
広い寝室。景色を遠くまで見渡せる大きな窓からは朝日も差し込んでいた。
そんな中、リーゼは上半身を起こして大きなベッドの上で呆けていた。
別に彼女は低血圧ではない。
ただ、直前まで見ていた夢の余韻に浸っていたのだ。
「………ふう」
そして、リーゼは小さく嘆息した。
「あれからまだ半年も経っていないのに、随分と前のように思えますわね」
先程の夢は、彼女があの少年に惹かれるようになった切っ掛けだ。
たかだか数ヶ月前の出来事。思い出として夢で見るには早すぎる。
恐らく彼女がこんな夢を見たのは、きっとあの少年が今、一つ屋根の下にいることが原因だろう。どうしても意識してしまうからだ。リーゼはそう分析した。
それに加え、昨日、いきなり聞かされた縁談話の影響もあるかもしれない。
「……やれやれですわ」
リーゼは、ボフンと柔らかい枕に頭を投げ出した。
そしてベッドの天蓋を静かに見据える。
「わたくしに縁談、ですか」
彼女も公爵家の娘。そういう話は覚悟している。
ただ、その件については、一つだけリーゼは父と約束していたのだ。
伴侶にするのならば、自分よりも強い人物でなければ認めない。
血筋以上に、個人の能力を重視して欲しい。
そう約束したのだ。
「わたくしは、わたくしより弱い殿方を伴侶とは認めません。確かにお父さまにはそうお伝えしていましたが……」
蜂蜜色の瞳を閉じて呟くリーゼ。
彼女には、ずっと憧れている女性がいた。
隣国、グレイシア皇国において最強の七戦士である《七星》。
その一人であり、超一流の傭兵としても名を知られる彼女は「私を抱いてもいいのは私より強い男だけだ」と堂々と公言していた。事実、彼女の恋人は同じ《七星》であり、彼ら七人の中でも最強と呼ばれる人物だという噂が流れていた。
リーゼもまた敬愛する彼女に倣い、伴侶は自分より強い人物にすると決めていた。
しかし、それはあの少年に出会う前までの話だった。
「……ああ、コウタさま」
想い人の名を呟きつつ、リーゼはベッドの上をゴロゴロと転がり始めた。
あの少年は間違いなくリーゼよりも遥かに強い。だが、それは本当に切っ掛けに過ぎなかった。今やリーゼが彼に惹かれるのは強さだけではなかった。
何よりもあの笑顔だ。
彼女が落ち込んだ時。彼女が危険な目に遭った時。彼女が困っている時。何度も見せてくれたあの優しい笑顔に、リーゼの心は鷲掴みにされたのだ。
「ああァ、コウタさまぁ……」
ゴロゴロと転がりながら枕を手に取り、リーゼは幸せそうに笑う。
サザン伯爵との縁談話など、すでに忘却の彼方だった。
「リーゼは、リーゼは、あなただけの……」
そう呟いて、リーゼは枕に顔を強く押しつける。
ここから先の台詞は、あまりにも恥ずかしかったからだ。
彼女は転がるのはやめて、ぎゅううっと枕を抱きしめ続けた。
まるでその枕が、彼の代理品であるかのように力一杯抱きしめる。
いつか本物にもこんなことを出来ることを妄想して。
「うふふ、コウタさまぁ」
こうして、リーゼ=レイハートの朝は始まった。
◆
「……リーゼさん遅いね」
そこはレイハート家の別荘一階。大食堂にて。
大きな長テーブルの席の一つに着き、コウタがそう呟いた。
「確かに。お嬢らしくねえよな」
と、ジェイクが相槌を打つ。彼もテーブルの席に着いていた。
コウタから見て斜め向かいになる席だ。
「早くしねえと、折角のシャルロットさんの料理が冷めちまうぜ」
そう言って、テーブルの上の料理に目をやる。
キュウリ、レタス、トマトで彩られたサラダと、半熟のエッグトースト。
それに加え、まだ何も注がれていないティーカップ。
簡素ではあるが、実に朝食に相応しい品だった。
「そうだね」
コウタも頷くが、不意に困ったような笑みを浮かべて。
「けど、ボクはメルの方が心配だよ。頭を打ちそうで」
言って、隣に座る幼馴染の少女に目をやった。
今日もローブのフードを深く被った彼女は、こくりこくりと船を漕いでいた。
席にこそ着いているが、まだ半分以上夢の中のようだ。
コウタはメルティアの肩を揺さぶった。
「メル。起きなよ。朝食に頭を突っ込むよ」
「……うぇ? ご飯ですか?」
寝ぼけ眼でそう答えるメルティア。
思わずコウタは苦笑を浮かべる。と、
「皆さん。お待たせして申し訳ありません」
ガチャリと大食堂のドアを開けて、リーゼが現れた。
彼女の後ろにはシャルロットとアイリが控えている。大食堂にやって来ないリーゼを迎えに行っていたのだ。ちなみに三機のゴーレム達もぞろぞろと入室してくる。
「あ、おはよう。リーゼさん」「おっす。お嬢」「……うぇ? おはよう?」
三者三様の挨拶をするコウタ達。
リーゼは三人に「おはようございます」と挨拶を返し、自分の席に着いた。
ジェイクの隣であり、コウタの向かい側となる席である。
これでようやく全員が揃った。
「あっ、ところで」
コウタは、装飾品の甲冑騎士の隣に何故か並んで直立するゴーレム達――どうやら彼らの間では甲冑ごっこが流行っているらしい――を一瞥した後、食堂の壁際で控えるシャルロットとアイリに目をやった。
「シャルロットさん達は一緒に食事は取らないんですか?」
このテーブルの上にある朝食は四人分だけ。シャルロットとアイリの分はない。
昨日の夕食もシャルロットとアイリは、一緒に食事は取らなかった。
すると、シャルロットは「お気遣いなく」と表情を変えずに答えた。
「我々はメイドです。食事は皆さまの後で頂きます」
「……うん。先生の言う通り」
と、アイリまでそう答える。
彼女はいつの間にかシャルロットに弟子入りしていた。
「そ、そう。うん。分かったよアイリ。それとシャルロットさん」
そう言って、コウタはリーゼの方に視線を向けた。
この別荘の主人である少女は、こくんと頷いた。
そして、すうっと手を合わせて皆に告げる。
「皆さん。頂きましょう」
そうして十五分後。
朝食を終えたコウタ達は、コーヒーのお代わりをして一服していた。
「うん。美味しかったね」
流石はレイハート家のメイド。
昨晩の夕食と今朝の朝食。そしてこのコーヒーといい、実に見事な味だった。
リーゼは優雅に、ジェイクは味わいながらブレイクタイムを満喫する。
メルティアも完全に目を覚まし、少し苦手なコーヒーをそれなりに楽しんでいた。
すると、その時だった。
「皆さま。ご報告があります」
シャルロットが、おもむろに口を開いた。
全員の瞳が、凛々しく立つ藍色の髪のメイドに向けられた。
「大変申し訳ありませんが、私はこれよりサザンまで買い出しに行くため、しばし屋敷を空けることになります。一時間半ほどで戻りますのでどうかご容赦下さい」
「……買い出しですか?」
リーゼはわずかに眉を寄せた。
「何か足りない物でも?」
「この館に貯蓄していた食材が予定よりも少なく、今日と明日の分の食材を追加しておこうと思いまして」
と、シャルロットは淡々と主人に答えた。
この別荘からサザンまでは馬を使って片道十五分ほどの距離だ。なので、追加の買い出しをしておこうと考えるのは、無難な判断だろう。
「買い出しは私一人で行く予定です。ラストンさんやゴーレム達はここに残りますので何かあれば彼女達にお申し付け下さい」
「……任せて」
トンと自分の胸を叩くアイリに、無言でグッと腕を上げるゴーレム達。
コウタ達は苦笑を浮かべたが、その中で唯一ジェイクだけは眼を光らせていた。
これは明らかにチャンスだ。買い出しならば男手があった方がいい。ここで同行を名乗り出れば、シャルロットと二人っきりになることが出来るではないか。
ジェイクは早速名乗り出ようとした――が、
(いや、待てよ)
ふと思い留まる。
確かにチャンスではあるが、時期尚早のような気がする。ここで名乗り出ても、あっさり断られる可能性が高そうだし、押し切るにはまだ信頼関係が希薄だった。
(なら、ここは作戦を変えるか)
何気に頭が切れるジェイクは、瞬時にそこまで考えた。
そしてリーゼの方を見やり、「なあ、お嬢」と呼びかける。
「あら。何かしら、オルバン?」
キョトンとした表情を浮かべて、リーゼが小首を傾げた。
「その買い出しだけどよ」
ジェイクは、自分の思惑は隠しつつ提案する。
「シャルロットさんにあんま頼りすぎるのもなんだし、買い出しぐらいはオレっち達で行かねえか?」
「……え、わたくし達で?」
ジェイクの提案に、リーゼは軽く驚くが、すぐに納得の表情を浮かべた。
「確かにそうですわね。わたくし達で参りましょうか」
「お、お嬢さま!」
しかし、シャルロット当人は少し目を丸くする。
「そ、そんなお嬢さま方にこんな雑務を!」
「いえ、これも経験ですわ。サザンに行くのも面白いでしょう」
と、リーゼは言う。主人の決定では、シャルロットも沈黙するしかなかった。
ジェイクは、ニカッと笑い、
「おうよ。これも経験だろ。ただ、メル嬢は流石にまだ人混みはキツイだろ?」
と、メルティアに話を振る。彼女はこくんと頷いた。
「はい。知り合いだけならともかく、人混みは無理です。着装型鎧機兵(パワード・ゴーレム)を使ってもいいのでしたら別ですが、あれは知らない街では衛兵に捕まりそうです」
「うん。メルが人混みに出るには、まだ時間が必要だよ」
と、コウタも彼女の言葉に続いた。
それに対し、ジェイクは「そうだな」と頷く。
「まあ、買い出しなら大人数はいらねえだろ。行くなら二人ぐらいだな」
そう言って、ジェイクはコウタを見据えた。
こういう案を出した時、最終的に判断を任せているのはコウタだ。
しばし黒髪の少年は沈黙する。
そして、おもむろに「そうだね」と呟いた。
「なら、サザンに買い出しに行くのは……」
コウタは順に友人達に目をやり告げた。
「ボクとリーゼさん、かな」
「「……えっ」」
少年の決断に唖然とした声を上げたのは、リーゼとメルティアだった。
買い出しと言うことなので、てっきり男性陣二人で行くだろうと思っていたのだ。
一方、ジェイクは思惑通りの人選に、内心でほくそ笑む。
「――なっ! ま、待って下さいコウタ!」
バンッとテーブルを叩き、メルティアが立ち上がった。
「何故、その人選なのですか!?」
「え? いや、だってさ」
コウタは、キョトンとした顔で言う。
「まずメルは行けないでしょう? それでね。メルってリーゼさんやアイリとは仲がいいけど、まだジェイクやシャルロットさん相手だと緊張しているでしょう? 折角だしボクは席を外してジェイク達と色々話してみるのもいいかなって」
その台詞に、メルティアは唖然とした。
「……え? え、えっと、確かにそうですが……」
先程までの勢いがない。それ以上は言葉が続かなかった。
今の台詞で理解してしまったのだ。
コウタが、メルティアの事だけを案じて、この判断をしたのだ、と。
「………ううゥ」
紫銀の髪の少女は思わず呻いてしまった。
――どうして自分以外の女の子と街へ出かけるのか!
そう文句を言いたいのだが、コウタが彼女を最優先に考えて決めた判断だ。
メルティアは呻くだけで何も言えなかった。
一方、その傍らで、
(す、すべては、メルティアのためなのですか……)
リーゼもコウタの台詞に、複雑な思いを抱いていた。
流石に少しばかりショックだ。
が、すぐに考えを改める。これは思わぬチャンスでもあった。
二人で街に出かける。それは、まさにデートと呼ばれるものだった。
「(……お嬢)」
その時、隣に座るジェイクがリーゼに小声で語りかけてきた。
「(楽しんできな。これで貸し一つだぜ)」
「(え、オ、オルバン……あなたは)」
リーゼは大きく目を見開いた。
まさか、この状況は彼の仕組んだものなのか。
(な、なんという知略を……。ジェイク=オルバン、怖ろしい男)
と、愕然とするリーゼ。
しかし、それも束の間のこと。彼女の心は感謝で一杯になった。
その知略のおかげでリーゼはこの上ないイベントを得たのだ。
「コ、コウタさま……」
そしてリーゼが、ガタンと椅子をずらして立ち上がると、
「あ、うん。それじゃあ、リーゼさん」
彼女の愛しい人は破顔して、こう告げてきた。
「ちょっと、サザンまで出かけようか」
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ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
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