【完結】秀才の男装治療師が女性恐怖症のわんこ弟子に溺愛されるまで

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第一章・無自覚編〜出遭い

クリスによる特殊な治療

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「は? にょうかっ? え?」

 初めて聞く言葉の羅列にルドが混乱する。そんなルドを無視してクリスは魔法を詠唱した。

『透視』

 老人の腰に当てていた手をゆっくりと動かす。

「尿管結石確認」

 クリスは手を止め、睨むように目を細めた。

『結石周囲、結界壁展開』

 魔法を発動しつつ、ルドの髪から魔力を吸い取る。
 ルドの魔力を取りすぎて、自分の体を傷つけないように。けど、少なすぎて魔法が発動しない、ということにならないように。

 絶妙に調節しながら魔力を抜き取る。

 クリスの額にじわりと汗が浮かぶ。その様子をルドが黙って見守る。いや、見守るしかできなかった。正直なところ、なにが起きているのか、まったく理解できない。

 必要な魔力が溜まったクリスは慎重に魔法を詠唱した。

『爆破』

 老人のうめき声が止まる。

「まだ、動くな」

 老人に声をかけたクリスは固い表情のまま治療を続けた。

『尿管および、その周囲組織の修復』

 老人の腰が内側から光る。クリスは最後にもう一度腰全体をゆっくりと撫でた。

「出血なし。腎臓に結石なし。尿管に狭窄なし。膀胱への排石を確認。治療を終了す……」

 フッと、クリスの意識が遠のく。力が抜け、体が後ろに倒れた。

「師匠!」

 床に倒れる前にルドが受け止めた。

「師匠!?」

 ルドの腕の中でクリスが顔をしかめる。

「うるさい。魔力を使いすぎて動けないだけだ。体に異常はない」
「よかった……」

 安堵しているルドの背後からテオが訊ねる。

「クリス、今のはどういう治療だ?」
「腎臓という尿を作る臓器があるのだが、そこから出ている管に石が詰まり、尿をせき止め、周囲の組織も傷つけていた。あのままだと激痛が続き、最後は管が破裂して死んでいた」
「体内に石? この古傷を受けた時に入ったものか?」
「違う。体内でできた石だ」
「体の中に石が出来ることがあるのか!? いつ出来たんだ?」

 クリスはルドに体を預けたまま答えた。

「以前、治療する前に痛みが消えたことがあっただろ? あれは尿管を傷つけていた石がたまたま動いて、治療前に痛みがなくなったと考えられる。だから少なくとも、その頃には石があった」
「そんなに前から……なのに、誰も治せなかったのか」
「だから治療をする部位が重要になる。適した位置に治療魔法をかけなければ効果はない。少し休むぞ」

 クリスは目を閉じる。ルドがクリスからテオに視線を向けた。

「あの、今の師匠の話なのですが……」
「気にするな。私もほとんど分からん。クリスは他国の……解剖学書? とかいう本で、人体の構造を勉強しているらしい。それ以外にもクリスは独学で勉強しているから、他の治療師とは違う治療をすることが多い」

 その説明にルドが琥珀の瞳を輝かせてクリスを見る。

「さすが師匠!」

 テオが呆れてルドに忠告した。

「さすがじゃない。治療をするためなら平然と無茶をするからな」
「いつもですか?」
「いつもではないが、自分が傷つくことを恐れない。必要なら自分から傷つくほどだ。口と態度は悪いが、治療には全力を尽くす。だから、街の連中も慕っている」
「あれは慕っているというより、崇拝されているような気がします」

 ルドがクリスを横抱きのまま立ち上がる。

「そこは否定できないな。とりあえず、今日は帰ったほうがいい。ルド、すまないがクリスを家まで送ってくれ」
「はい。師匠の家はどこですか?」
「馬車を手配する。家の場所は御者が知っているから任せればいい」
「わかりました」

 テオが待機していた受付の男に声をかける。

「馬車を呼んでくれ」
「はい」

 痛みが消えた老人が恐る恐る上半身を起こした。そのことに気がついたテオが声をかける。

「痛みはどうですか? 違和感はありませんか?」
「痛みはない。今までは治療を受けても痛みや違和感が残っていたが、それもない」
「それは良かった」

 テオが安堵していると、老人がルドに視線を向けた。

「今までどんな凄腕の師をつけても、決して師匠と呼ぶことはなかったのにな。よもや、そんな若者を師匠と呼ぶようになるとは」

 老人がどこか諦めたような残念な顔をする。そんな老人をルドが睨んだ。

「師匠を愚弄することは、誰であろうと許しません」
「儂の恩人だ。愚弄などせん。だが、どんなに良い師につこうが約束は忘れるな」
「わかっています」

 殺気に近い鋭い空気がルドと老人を刺しあう。そこに受付の男の声が響いた。

「馬車が来ました」
「いきます」

 ルドが軽く頭を下げて部屋から出ていった。

 治療院の前に一台の馬車がいる。クリスを抱えたままルドが乗ると、馬車はガラガラと音を立てて進んだ。
 街の喧騒を抜け、郊外へ。家はまばらになり、畑や空き地が多くなる。

「ずいぶん遠いところに住んでいるんだな」

 ルドが外を見ていると馬車が停車した。

「着きました」

 広い庭園を抜けた先にある屋敷。ルドが馬車から降りると屋敷から執事服を着た青年が出てきた。

 この国では珍しい黒髪の青年執事がルドに一礼をして声をかける。

「主が世話になりました。私はこの屋敷を任されております、カリストと申します。あとは私がいたしますので、客人はこちらへどうぞ」

 そう言ってカリストがクリスに手を伸ばした。カリストの外見は麗しく、手足も細長い。
 だからこそクリスを抱えて移動できるだけの力があるとは思えなかった。

 ルドが首を横に振った。

「自分が部屋まで運びます」
「いえ、客人にそこまでさせられません」

 カリストが半ば強引にクリスをルドから引き取り、軽々と抱える。

「カルラ、客人をサロンへ」

 いつの間にかカリストの後ろに控えていた赤茶の髪をしたメイドが一歩前に出た。代わりにルドが強張った顔で一歩下がる。

「お客様、こちらへどうぞ」
「あ、いや、自分はこれで……」

 帰ろうとしたルドの耳に明るい声が飛び込んできた。

「クリス兄ちゃん、帰ってきたの?」
「いつもより早いな!」
「クリス兄様、遊んで!」
「ダメよ! 私が先に遊んでもらう約束をしていたのだから!」

 集まってきた子どもたちをカリストが穏やかに諭す。

「ここに来てはいけないと言っていますでしょう。クリス様は調子が悪いので早く帰られたのですよ」
「えー、じゃあ今日は遊べないの?」
「つまんない!」
「じゃあ、私はクリス様が早く元気になるようにホットミルクを作るわ」
「私も作る!」

 子どもたちが歓声をあげながら屋敷の中へと走っていく。その光景にルドが微笑む。

「賑やかでいいですね」

 メイドのカルラが頭を下げた。

「お見苦しいところをお見せしました。こちらへどうぞ」
「いえ、今日はこれで失礼します」
「クリス様を無事にお連れしていただいたのに、おもてなししないわけにはいきません。お茶だけでもお飲みになってください」

 そう言って顔をあげたカルラの視線は鋭い。ただ・・のメイドができる目つきではない。
 少し悩んだルドが警戒しながら頷いた。

「……では、少しだけ」

 返事をしながらルドが屋敷の奥を覗く。クリスを抱えたカリストが廊下を曲がる。その直前、クリスの髪が茶色から金色に変化したように見えた。

「え?」

 もう一度、確認しようしたルドの前にカルラが立つ。

「こちらへどうぞ」

 有無を言わせない圧力。そのまま、屋敷のサロンへと案内された。







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