【完結】秀才の男装治療師が女性恐怖症のわんこ弟子に溺愛されるまで

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第一章・無自覚編〜出遭い

執事による鮮やかな身分証明(11/23追加)

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「では、貴殿の両目と両耳と両手をもらおう。カリストは私の目であり耳であり手でもある。同じものをもらわなくては割に合わない」

 中年男が顔を真っ赤にして怒鳴る。

「な、なにを!? 私の目と耳と手が奴隷の執事ごときと同じだというのか!?」
「何を言う? カリストの目と耳と手の方がずっと価値がある。だが、どうしてもと言うのであれば、貴殿の目と耳と手で我慢してやると言っているんだ」
「なっ!? なんだと!? 無礼にもほどがある!」
「涎を垂らしながら人の執事を物欲しそうに見るほうが、よっぽど無礼だと思うが」
「よ、涎など垂らしとらん!」

 中年男が子どものように喚きながら、右手で口元を拭いた。
 一方のクリスは冷静なように見えて、実はかなりはらわたが煮えくり返っている。

 二人の会話を聞きながら、カリストが空いている手を襟首にあてた。

「ここは少し暑いようですね」

 その言葉にルドが首を傾げる。今日は晴れているが気温は高くなく、過ごしやすい。

 中年男のねっとりとした視線の前で、カリストが首元を隠している襟のボタンを外した。そこから繊細な装飾が施された金の首輪が姿を現す。

 それを目にした中年男の顔色が一気に変わった。真っ赤だった顔面が、今にも倒れそうなほど蒼白になる。

 奴隷が装着する首輪は持ち主の権力が一目で分かるようになっている。金、銀、銅、皮で位を表し、首輪の装飾で財力を表す。

 中年男は子爵とはいえ奴隷につけている首輪は銀の質素なもの。
 だがカリストが付けている首輪は金で、しかも装飾は手の込んだ芸術品といえるレベル。奴隷が付けるより、名のある婦人が社交界で付けるような一品物に近い。
 逆に言うと、クリスはそれだけの首輪を奴隷に付けられる位と財力を持っていることになる。

 クリスが自分より遥か上の爵位の持ち主であることを悟った中年男の全身から汗を吹き出す。
 そこへ少し怒ったような少女の声が響いた。

「お父様! 治療師はまだですの!?」

 中年男と同じ茶色の髪をした少女が現れ、カリストの姿に硬直した。頬を赤く染めながら、不躾なほどカリストを眺める。どうやら親子そろって好みは同じらしい。

 中年男が慌てて娘の隣に立ち、少女の紹介をした。

「娘のイレナです。今まで何人もの治療師に治療を依頼したのですが、誰も治せなくて。クリスティアヌス様なら治せるという噂をお聞きして、お願いした次第です」

 頭を低くして説明をしながら、クリスの機嫌を伺うかのように両手をもむ。先程までの態度からは考えられない姿。
 そんな中年男の態度に娘が怪訝な顔をした。

「治療師ごときに、なんでそんなに頭を下げっ……」

 中年男が慌てて娘の口を塞ぎ、小声で囁いた。

「いいから、おまえは黙って微笑んでいろ。クリスティアヌス様に気に入られたら大出世だぞ」
「なに言っているの? 最高位の治療師だからって……」
「クリスティアヌス様の執事が付けている首輪を見てみろ」

 娘がカリストの首に視線を向ける。そして金色に輝く首輪を見つけると同時に目を光らせた。

 今まで横柄な態度だった娘が一回り体を小さくする。恥じらうように父親の後ろに体を半分隠し、微笑みながらクリスに流し目を向けた。

「突然のことに動揺いたしておりましたの。失礼いたしました、クリスティアヌス様」

 親子のあからさまな態度の変化にクリスは呆れる。

 自分より格下だと威張り散らすくせに、相手が自分より格上だと知ったとたん、てのひらを返したように頭を下げて媚を売る。中途半端な権力を持つ人間がよくやること。

「で、どこの治療を希望しているんだ?」
「ここですわ」

 娘が髪をかきあげながらクリスに近づく。色っぽくうなじを見せつけるが、クリスに効果はない。
 右目の下から頬にかけてミミズのように膨れている皮膚を見ながら、クリスは淡々と訊ねた。

「皮膚の過形成だな。いつ、どうしてこうなった?」

 すると中年男が答える前に、娘が涙目でクリスに訴えた。

「三日前、私が庭を歩いていると、メイドがぶつかってきて私をコケさせたのです。その時に顔を怪我して……」

 そう言って娘が両手で顔を覆った。どうやら泣いているつもりらしい。
 中年男が悲劇のヒロインを演じている娘の肩を抱き寄せて続きを話す。

「すぐ治療師に治療をさせたのですが、このようになりまして……」
「そういうことか」

 納得したクリスにルドが質問をする。

「治療をしたのに、何故このようになったのですか?」
「治療をし過ぎるとこうなることがある。もともと二、三日で治るような軽い怪我だったのだろう。傷は治っているから、この状態で治療魔法をかけても変わらない」
「師匠は治せるのですか?」

 ルドの問いにクリスは当然のように頷く。

「私ならな」
「本当ですか!?」

 顔を輝かせる親子にクリスは鋭い目を向けた。

「その前に聞きたいことがある」
「は、はい」
「メイドがぶつかったと言ったが、そのメイドはその後どうした?」

 中年男がその時のことを思い出したのか、腹立たしげに話す。

「鞭で打ってから捨てましたよ。今、人気の奴隷だから大枚をはたいて買ったのに、役にたたないどころか、とんだ欠陥品だった」

 その言葉にカリストが気配なく部屋から去った。そのことにルドが気づいたが、視線だけで見送る。
 クリスは親子に再度確認した。

「つまり三日前に鞭で打って、そのまま捨てた、というわけだな」
「そうです。それより娘の治療を……」
「行くぞ」

 踵を返したクリスを中年男が慌てて止める。

「お、お待ち下さい! どうされたのですか!?」
「先に治療しないといけない者がいる」
「娘より先に治療とは、誰ですか!?」

 クリスは足を止めて振り返った。

「娘を治療してほしければ、三日前に鞭を打ったメイドを連れて来い。そのメイドの治療が終わったら娘の治療をする。だが、替え玉で誤魔化そうとするな。三日前に鞭でできた傷かどうかは、見れば分かるからな」
「なっ!? たかが奴隷に、治療など……」
「グダグダ言っている暇があるなら探し出せ。まあ、無理だろうがな」

 そう言い捨てるとクリスは部屋から出て行った。





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