【完結】秀才の男装治療師が女性恐怖症のわんこ弟子に溺愛されるまで

文字の大きさ
19 / 243
治療師の仕事と治療魔法の講義

わんこ弟子による静かな観察〜ルド視点〜

しおりを挟む
 ルドはパックリと切れたクリスの指を前に力をこめて祈った。

『天に召します我らの神よ。この者に大いなる慈悲を、治癒の力を与えたまえ』

 琥珀の瞳と深緑の瞳がまっすぐ指を見つめるが変化はない。
 いたたまれなくなったルドは、もう一度魔法式を見つめた。 

「よし!」

 気合いを入れ、別の祈りの言葉を詠唱する。

『我らを見守りし神よ。傷ついた子羊を癒したまえ』

 傷も指も変化なし。

 クリスがわざわざ指を切って実験台にまでなってくれたのに、申し訳ない。

 ルドはもう一度、治療魔法を詠唱しようとしたが、その前にクリスが指を引っ込めた。

「ここまで加護がないやつは逆に珍しいな。魔法が使えるなら、傷口が少しぐらい光るのだが、それさえもないとは」

 クリスが傷に手を当てて魔法を唱える。

『皮膚組織の修復』

 傷痕一つない指。ルドは自分の不甲斐なさに崩れ落ちた。

「やっぱり自分は……」
「攻撃魔法が得意な時点で予想できていた。いちいち落ち込むな。ほら、いつまで寝ている?」

 床に伏せて落ち込むルドをクリスが容赦なく踏みつける。

「痛い! 痛い! 寝ていませんから!」
「なら、とっとと立て。とりあえず、今日は……」

 そこでクリスの体がグラつく。倒れかけたクリスの肩をルドは慌てて支えた。

「大丈夫ですか?」
「……平気だ」

 うつむいたクリスの顔にいつもの強気はない。ルドはクリスを椅子に座らせた。

「少し休みましょう。食堂から飲み物を取ってきます」
「いや、大丈……」

 クリスの言葉を最後まで聞かずにルドは研究室を飛び出した。
 よくよく考えなくても、クリスは働き通しだ。

 初日は奴隷の治療。翌日は街の治療院で治療して倒れた。そして、昨日は治療院で町の人々の治療。
 これだけ連続で魔力を使い続ければ疲労がたまる。

 ルドは食堂でミルクたっぷりの珈琲を淹れると、急いで研究室に戻った。

「師匠、戻りまし……」

 ドアを開けたところで、ルドは固まった。

 椅子に座ったクリスがぼんやりと外を眺めている、その姿。

 絹のように輝く茶色の長い髪。どんな宝石よりも濃く鮮やかな深緑の瞳。まっすぐ通った鼻筋に、花びらのような唇。
 小柄な体に、誰にも屈しない強い意志と魔力。

 それなのに、どこか儚く、ちょっとしたことで崩れてしまいそうな脆さ。
 目の前にいるのに。手を伸ばせば届くところにいるのに。何故か遠い。


 ――――――――あの頃と同じ。


 このまま消えてしまうのではないかという不安がルドを襲う。

「どうした?」

 ルドに気がついたクリスが声をかける。ルドは今までの考えを消すように頭を振った。

「なんでもありません。どうぞ」
「……珈琲か」
「あ、苦手でした!?」
「いや。眠気覚ましに、ちょうどいい」

 クリスが一口飲んだところで、ルドは意を決してた。

「師匠、今日はそれを飲んだら帰りましょう」
「は?」
「治療魔法を教えていただくのは明日からでいいです。それより師匠は休みましょう」
「別に教えるぐらいできるぞ」
「いいから、休んでください」
「何故そこまで言う?」

 怪訝な顔をするクリスにルドは断言した。

「よく分からないですが、休んだほうがいいと思ったからです! 以上!」

 ルドのよく分からない気迫に負けたクリスが軽く息を吐いた。

「わかった。今日はここまでだ。明日、治療魔法を教える」
「では、馬車をお願いしてきます」
「それなら、私の屋敷の馬車を呼ぶようにしてくれ」
「わかりました」

 ルドは歩きだそうとして、なにかに引っ張られる。振り返るとクリスが服の裾を掴んでいた。

「師匠、どうかしましたか?」
「ん? あ、いや! なんでもない!」

 クリスが慌てて手を離す。どうやら無意識に掴んでいたらしい。自分の手を不思議そうに眺めている。
 普段からは考えられない動き。それが、可愛らしく見えて……

「すぐに戻りますので」

 ルドはクリスの頭を撫でていた。茶色の髪が柔らかく手に馴染む。
 ポカンとしているクリスを置いてルドは事務室に向かった。カップが床に落ちた音に気づかずに。



 翌日。
 いつもの時間に治療院研究所に到着したルドは、クリスの研究室をノックした。
 しかし、反応はなく、気配もない。

「まだ来てないのかな?」

 ルドはドアの横の壁に背をつけ、クリスの到着を待った。廊下を通る人もおらず、不気味な静寂が流れる。

 しばらく待っているとテオが通った。ルドは慌てて姿勢を正す。

「おはようございます!」
「おはよう。治療魔法はどうだ?」
「少しずつ教えて頂いてます」
「そうか。まだクリスは来てないのかい?」
「そのようです」

 テオが顎に手を添えて考える。

「珍しいな。クリスのスケジュール確認をしようか。もしかしたら、緊急の治療依頼が入ったのかもしれない」
「緊急の治療依頼が入った場合は、どうすれば分かるのですか?」
「治療の依頼は必ず事務室を通すことになっている。事務室で治療師のスケジュールを調整するから、事務室で聞いたら分かるよ」
「分かりました」

 事務室に行くと、書類の片付けをしているニコがいた。テオが声をかける。

「おはよう、ニコ。今日のクリスのスケジュールはどうなっているかな?」

 ニコが手を止めて顔をあげた。

「おはようございます。クリス様は、今日は休むという連絡が先ほど入りました。なにか御用がありますか?」
「いや、特にはないが……クリスが休むなんて珍しいな。体調でも悪いのか?」
「休む理由は言われませんでした。あ、あとルド様に手紙が届いております」

 ニコが白い封筒をルドに差し出す。

「ありがとうございます」

 ルドは手紙を受け取ると、そのまま全体を見た。宛先どころか差出人の名前もない。
 だが、差出人に心当たりがあるルドは微かに眉をひそめた。

 封筒を閉じている封蝋ふうろうに押された独特の印璽いんじ

「じゃあ、ルドも今日は休みだな。慣れないことばかりで、疲れているんじゃないかい? しっかり休んだらいい」
「わかりました。失礼します」

 ルドは早足で治療院研究所を出た。周囲に誰もいないことを確認して手紙を開ける。中身は予想通り空。

「やはり……」

 ルドは街の中心部にそびえ立つ城を睨んだ。溢れる魔力で風が巻き起こる。

 ルドは両足に力を入れて魔法を詠唱した。

『風よ、我が足に空を駆ける力を』

 残像と風を残してルドの姿が消えた。





しおりを挟む
感想 17

あなたにおすすめの小説

病弱な第四皇子は屈強な皇帝となって、兎耳宮廷薬師に求愛する

藤原 秋
恋愛
大規模な自然災害により絶滅寸前となった兎耳族の生き残りは、大帝国の皇帝の計らいにより宮廷で保護という名目の軟禁下に置かれている。 彼らは宮廷内の仕事に従事しながら、一切の外出を許可されず、婚姻は同族間のみと定義づけられ、宮廷内の籠の鳥と化していた。 そんな中、宮廷薬師となった兎耳族のユーファは、帝国に滅ぼされたアズール王国の王子で今は皇宮の側用人となったスレンツェと共に、生まれつき病弱で両親から次期皇帝候補になることはないと見限られた五歳の第四皇子フラムアーク付きとなり、皇子という地位にありながら冷遇された彼を献身的に支えてきた。 フラムアークはユーファに懐き、スレンツェを慕い、成長と共に少しずつ丈夫になっていく。 だがそれは、彼が現実という名の壁に直面し、自らの境遇に立ち向かっていかねばならないことを意味していた―――。 柔和な性格ながら確たる覚悟を内に秘め、男としての牙を隠す第四皇子と、高潔で侠気に富み、自らの過去と戦いながら彼を補佐する亡国の王子、彼らの心の支えとなり、国の制約と湧き起こる感情の狭間で葛藤する亜人の宮廷薬師。 三者三様の立ち位置にある彼らが手を携え合い、ひとつひとつ困難を乗り越えて掴み取る、思慕と軌跡の逆転劇。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

喪女なのに狼さんたちに溺愛されています

和泉
恋愛
もふもふの狼がイケメンなんて反則です! 聖女召喚の儀で異世界に呼ばれたのはOL・大学生・高校生の3人。 ズボンを履いていた大学生のヒナは男だと勘違いされ、説明もないまま城を追い出された。 森で怪我をした子供の狼と出会ったヒナは狼族の国へ。私は喪女なのに狼族の王太子、No.1ホストのような武官、真面目な文官が近づいてくるのはなぜ? ヒナとつがいになりたい狼達の恋愛の行方は?聖女の力で国同士の争いは無くすことができるのか。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

【完結済】隣国でひっそりと子育てしている私のことを、執着心むき出しの初恋が追いかけてきます

鳴宮野々花@書籍4作品発売中
恋愛
 一夜の過ちだなんて思いたくない。私にとって彼とのあの夜は、人生で唯一の、最良の思い出なのだから。彼のおかげで、この子に会えた────  私、この子と生きていきますっ!!  シアーズ男爵家の末娘ティナレインは、男爵が隣国出身のメイドに手をつけてできた娘だった。ティナレインは隣国の一部の者が持つ魔力(治癒術)を微力ながら持っており、そのため男爵夫人に一層疎まれ、男爵家後継ぎの兄と、世渡り上手で気の強い姉の下で、影薄く過ごしていた。  幼いティナレインは、優しい侯爵家の子息セシルと親しくなっていくが、息子がティナレインに入れ込みすぎていることを嫌う侯爵夫人は、シアーズ男爵夫人に苦言を呈す。侯爵夫人の機嫌を損ねることが怖い義母から強く叱られ、ティナレインはセシルとの接触を禁止されてしまう。  時を経て、貴族学園で再会する二人。忘れられなかったティナへの想いが燃え上がるセシルは猛アタックするが、ティナは自分の想いを封じ込めるように、セシルを避ける。  やがてティナレインは、とある商会の成金経営者と婚約させられることとなり、学園を中退。想い合いながらも会うことすら叶わなくなった二人だが、ある夜偶然の再会を果たす。  それから数ヶ月。結婚を目前に控えたティナレインは、隣国へと逃げる決意をした。自分のお腹に宿っていることに気付いた、大切な我が子を守るために。  けれど、名を偽り可愛い我が子の子育てをしながら懸命に生きていたティナレインと、彼女を諦めきれないセシルは、ある日運命的な再会を果たし────  生まれ育った屋敷で冷遇され続けた挙げ句、最低な成金ジジイと結婚させられそうになったヒロインが、我が子を守るために全てを捨てて新しい人生を切り拓いていこうと奮闘する物語です。 ※いつもの完全オリジナルファンタジー世界の物語です。全てがファンタジーです。 ※この作品は小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。

【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)

かのん
恋愛
 気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。  わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・  これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。 あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ! 本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。 完結しておりますので、安心してお読みください。

王宮地味女官、只者じゃねぇ

宵森みなと
恋愛
地味で目立たず、ただ真面目に働く王宮の女官・エミリア。 しかし彼女の正体は――剣術・魔法・語学すべてに長けた首席卒業の才女にして、実はとんでもない美貌と魔性を秘めた、“自覚なしギャップ系”最強女官だった!? 王女付き女官に任命されたその日から、運命が少しずつ動き出す。 訛りだらけのマーレン語で王女に爆笑を起こし、夜会では仮面を外した瞬間、貴族たちを騒然とさせ―― さらには北方マーレン国から訪れた黒髪の第二王子をも、一瞬で虜にしてしまう。 「おら、案内させてもらいますけんの」 その一言が、国を揺らすとは、誰が想像しただろうか。 王女リリアは言う。「エミリアがいなければ、私は生きていけぬ」 副長カイルは焦る。「このまま、他国に連れて行かれてたまるか」 ジークは葛藤する。「自分だけを見てほしいのに、届かない」 そしてレオンハルト王子は心を決める。「妻に望むなら、彼女以外はいない」 けれど――当の本人は今日も地味眼鏡で事務作業中。 王族たちの心を翻弄するのは、無自覚最強の“訛り女官”。 訛って笑いを取り、仮面で魅了し、剣で守る―― これは、彼女の“本当の顔”が王宮を変えていく、壮麗な恋と成長の物語。 ★この物語は、「枯れ専モブ令嬢」の5年前のお話です。クラリスが活躍する前で、少し若いイザークとライナルトがちょっと出ます。

次期騎士団長の秘密を知ってしまったら、迫られ捕まってしまいました

Karamimi
恋愛
侯爵令嬢で貴族学院2年のルミナスは、元騎士団長だった父親を8歳の時に魔物討伐で亡くした。一家の大黒柱だった父を亡くしたことで、次期騎士団長と期待されていた兄は騎士団を辞め、12歳という若さで侯爵を継いだ。 そんな兄を支えていたルミナスは、ある日貴族学院3年、公爵令息カルロスの意外な姿を見てしまった。学院卒院後は騎士団長になる事も決まっているうえ、容姿端麗で勉学、武術も優れているまさに完璧公爵令息の彼とはあまりにも違う姿に、笑いが止まらない。 お兄様の夢だった騎士団長の座を奪ったと、一方的にカルロスを嫌っていたルミナスだが、さすがにこの秘密は墓場まで持って行こう。そう決めていたのだが、翌日カルロスに捕まり、鼻息荒く迫って来る姿にドン引きのルミナス。 挙句の果てに“ルミタン”だなんて呼ぶ始末。もうあの男に関わるのはやめよう、そう思っていたのに… 意地っ張りで素直になれない令嬢、ルミナスと、ちょっと気持ち悪いがルミナスを誰よりも愛している次期騎士団長、カルロスが幸せになるまでのお話しです。 よろしくお願いしますm(__)m

処理中です...