【完結】秀才の男装治療師が女性恐怖症のわんこ弟子に溺愛されるまで

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第一章・無自覚編〜出遭い

わんこ弟子による強引な同行(11/23追加)

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 クリスを追いかけながらルドが訊ねた。

「師匠、これからどうするのですか?」
「メイドを見つけて治療する」
「見つけられるのですか?」

 クリスは黙って振り返ると深緑の瞳をルドに向けた。その視線にルドが怯む。

「どうしました?」
「今日はここまでだ」
「ついていきます!」

 クリスは再び歩きだす。

「これからは私が勝手にやることだ。治療院とは関係ない。おまえがついてくる必要もない」
「自分は師匠の弟子です。治療院に関係あろうとなかろうと、師匠について行きます!」

 屋敷から出ると左腕がない御者が乗った馬車が待機していた。
 御者がクリスに右手を振る。

「クリス様、カリストが呼んでるっすよ」

 御者からの報告にクリスは肩をすくめた。

「まったく仕事が早いな」

 馬車に乗ろうとするクリスをルドが止める。

「師匠、自分も連れていって下さい」
「今日はここまでだ」

 クリスは馬車に乗り込みドアを閉めようとしたが、ルドが手を挟んで無理やりこじ開けた。バカ力には勝てない。

「連れていって下さい」

 ルドの力技にクリスは軽くため息を吐くと、右手の人差し指と中指をルドの額に当てた。

「ついてくると言うのであれば、これから見聞きしたことは誰にも言わないという、誓約の魔法をかけるようになる。誰かに話そうとすれば首が絞まり、のどが潰れる。それでも、いいか?」

 脅しだが本気。そのことを感じとったルドが即答する。

「誓約の魔法をかけて下さい。師匠との約束なら、命をかけて守ります」

 馬車の上からクリスはルドを見下ろした。

 襟足だけ伸びた赤髪が風に揺れ、琥珀の瞳は強固な意志とともに動かない。精悍な顔つきと鍛えられた体は無言でも強い圧を放つ。
 今日、会ったばかりの人間を信用してもいいものか。いや、初めてではない。


 ――――――――遠い昔に。


 クリスは諦めたように息を吐いて右手を下げた。

「おまえに魔力を使うほうが勿体ないな」
「へ?」

 クリスは馬車に入り椅子に座ると、窓の外に視線を向けた。

「来ないなら置いていくぞ」
「行きます!」

 ルドが勢いよく馬車に乗り込む。そんな二人のやりとりを静観していた御者が苦笑いを浮かべた。

「出発するっすよ」

 馬車が軽快な音とともに目的地にむけて走り出す。ルドがクリスに訊ねた。

「メイドを見つけて治療をしたとして、オンディビエラ子爵の娘の治療はどうします?」
「別に治療しなくてもいいだろ。あの程度の傷なら化粧と髪型で誤魔化せる」
「軽い傷痕なのに、何故あそこまで治療にこだわったのでしょう?」
「あの親子は自分より上の権力者との結婚を狙っているようだからな。小さな傷でも綺麗に治しておきたかったのだろう」
「あー」

 ルドが心当たりがあるように頷く。

「あとは、最高位のストラを持つ私を呼び出して治療させたということを自慢したかったのかもしれない。以前、そういう輩がいたからな。それに、メイドがぶつかってきた、という話も怪しい」
「それは自分も思いました」

 クリスは窓の外を睨んだ。

「……とにかく早く見つけるぞ」

 馬車が街から離れていく。民家が少なくなり畑と牧草地が広がる。その景色を眺めながらクリスは呟いた。

「スラム街にいると思ったが……」

 遠くに城壁が見えてきたところで馬車が停車する。目の前には小さな川があり、その横には水車小屋があった。

「ここか?」
「お待ちしておりました」

 馬車から下りたクリスをカリストが出迎える。
 その姿にルドが琥珀の瞳を丸くした。馬車で移動した自分たちより、どうやって先に来たのか。周囲を見るが馬などの乗り物はない。

 クリスは水車小屋を指さしてカリストに訊ねた。

「この中か?」
「はい。まだ息はあります」
「そうか」

 クリスは遠慮なく水車小屋のドアを開ける。水車小屋に入り、すみに落ちているボロ布へ足を向けた。足音にボロ布が微かに動く。

 思わず身構えたルドを手だけで制したクリスは穏やかに声をかけた。

「怯えるな、と言っても無理だろうが、警戒しなくていい。危害を加えるつもりはない」

 ボロ布が小刻みに震えだす。クリスはボロ布の一歩手前で止まり、そのまま床に膝をつけた。

「私は治療師だ。傷を治させてもらえないだろうか?」
「……ち、りょうし?」

 言葉は擦れており聞き取りづらい。

「無理に声を出さなくてもいい」

 クリスの言葉にボロ布が大きく震える。

「わた……何もしていな……叩かない、で……」
「何もしていないのに鞭で打たれたのか?」

 ボロ布がコクリと頷いた。

「かお……気に、いらないって……いきなり、叩かれ……たおれて、お嬢さ……の顔に、きずを……それから、むちで……」

 クリスは苦々しく舌打ちする。

「あいつらのやりそうなことだ。腹立たしい」
「こな、いで」
「痛みと熱で体が辛いだろ? せめて傷だけでも治させてくれ。動けるようになったら自由にすればいい」
「どう……して?」

 当然の疑問にクリスは苦笑いを浮かべた。

「これは性分でな。屋敷にはおまえと同じような状況で治療して、そのまま居ついた者が大勢いる。もしかしたら、おまえと同郷の者もいるかもしれん」
「……ほんとう、に?」

 ボロ布が床に落ち、バラバラに短く切られた栗色の髪と碧い瞳の女性が現れた。顔は原型が分からないほど腫れあがり、口もまともに動かせない。

「やはりエマと同郷の者だったか」
「エマを、知って!?」
「あぁ。今は私の屋敷にいる」
「……エマ」

 クリスはそっと右手を近づけようとしたが、女性が怯えてボロ布を被った。

「傷を治すだけだ。悪いようにはしない」

 女性に触れないように手をかざす。

「まず、顔の傷を治そう。それでは話もできないからな」

 クリスは深緑の瞳を細め、魔法を詠唱した。

『頬骨と顎骨の骨折の修復、顔面神経の修復』

 ボロ布の下から光が零れる。女性がゆっくりと顔に触れた。

「顔の……痛みが、なくなった? 声も……戻ってる!?」
「顔の傷は治した。軽い傷は残っているが数日で治るだろう」
「本当に?」

 女性がボロ布から顔を出すと別人になっていた。
 アーモンド形の大きな碧い瞳、形の良い鼻、丸く整った顔の輪郭。まるで人形のような外見。

「美人も大変だな。それだけで、いらぬ感情を買う。次は体の傷を治すぞ」

 女性の背中に右手をかざしたクリスは眉をひそめた。

「鞭でできた傷の一部が感染をおこしているな。カリスト、薬を準備しろ」
「はい。飲み薬でよろしいですか?」
「あぁ。数か所、骨にヒビが入っている。感染をおこしていない傷と骨のヒビを治そう」

 クリスは目を閉じて両手を女性にかざす。

『皮膚組織の修復、左第三肋骨、左上腕骨、左尺骨の修復』

 女性の全身がほんのりと輝いた。痛みが軽くなった女性が驚いたように自分の体を見る。

「え? 本当に治って? あの、どうして?」
「さっきも言ったが性分でな。感染をおこしている傷は、感染を治してから治療しないと傷が治りにくい。だから、薬を飲んで栄養がある物を食べて休むことだ。感染が治ったら傷を治療する。それまで行く場所がないなら、私の屋敷に来い」
「ですが……」
「エマがもうすぐ出産するから人手が欲しかったんだが……」

 女性が驚いて顔を上げた。クリスは視線を合わすことなく独り言を続ける。

「初めての出産だし、同郷の者がいればエマも心強いだろうな」

 その言葉に女性の体が動く。そこに澄んだ青年の声が響いた。

「迎えに来るのが遅くなって済まなかった」

 その場にいる全員が身構える。水車小屋の入り口にフードを被った青年。

「何者だ?」

 クリスの問いに青年がフードを取る。逆光と顔を隠すように伸びた前髪で表情はよく見えないが、特徴的な栗色の髪と碧い瞳が輝く。

 警戒するクリスたちの間を女性が駆け抜け、青年の足に縋りついた。

「よくご無事で……」
「辛い思いをさせたな」
「いえ……」
「共に、来てくれるか?」

 女性が満面の笑みで顔を上げる。

「はい!」

 無言のクリスにカリストが紙袋を手渡す。受け取ったクリスは女性と視線を合わすように屈み、紙袋を差し出した。

「薬だ。朝、昼、夕の一日三回飲め。傷は一日一回、一度沸騰させてから冷ました水で流して、洗濯した綺麗な布で軽く拭いて覆え。今は傷のまわりが赤く痛みがあるが、それが消えたら私の屋敷に来い。傷を治す」
「ありがとうございます」

 女性が嬉しそうに紙袋を受け取る。その表情は顔の傷を治した時より輝いていて。

「……必ず傷を治しに来い」

 そう言い残してクリスは水車小屋から出た。追いかけてきたルドが声をかける。

「よかったのですか? 迎えに来たのも同郷の者のようでした。所有者のいない奴隷がこの国では生活するのは厳しいです。このままにしておくのは……」
「それを決めるのは私ではない」

 クリスは振り返ってルドを見上げた。

「今日はこれで終わりだ。明日の朝、私の研究室に来い」
「え?」
「明日は治療院研究所の説明と、治療魔法について教える」
「治療魔法を教えてもらえるんですか!?」

 ルドが目を輝かせる。クリスは諦めたように言った。

「仕事だからな」

 ルドが大声とともに頭を下げる。

「お願いしま「うるさい!」

 クリスの一喝が響いた。








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