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治療師の仕事と治療魔法の講義
警備兵による軽率な行動
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その日のクリスは体調が良かった。
いつも通り治療院研究所に到着したクリスは自分の研究室に入る。昨日はセルシティの城での騒ぎから、強制ランチまでいろいろあったが、魔力を使わなかったので休養になった。
窓の外を見ながら軽く体を伸ばす。
「さて。今日は治療魔法の指導の続きをするか」
最初は教育係を面倒としか思わなかった。しかし、今は意外と前向きになっている。このことには、クリス自身が一番驚いていた。
そこに軽いノックの音が響く。ドアを開けると、ホッとしたようなルドがいた。
「おはようございます、師匠」
口元を緩め嬉しそうに笑うルドに、クリスはそれだけ心配をかけていたと自覚する。
クリスは恥ずかしさを隠すように言った。
「腑抜けた顔をするな、さっさと入れ。治療魔法の続きをするぞ」
「はい!」
研究室に入ったルドにクリスは一冊の本を差し出した。
「貸すつもりだった本だ。慌ただしくなって渡しそびれ……何事だ?」
複数の慌ただしい足音。爆発は日常茶飯事だが、研究所内を人が走るということは滅多にない。
クリスとルドが顔を見合わせると、ドアが乱暴に開いた。
「クリスティアヌス! 奴隷誘拐の容疑で連行する!」
いきなり現れて叫んだのは、街の警備兵だった。警備兵たちが部屋に入ろうとして、見えない壁にぶつかる。
「なんだ?」
「なにかあるのか?」
勢いを削がれた警備兵たちが目の前にある見えない壁を触る。そこに、殺気がこもった冷気が足元から漂った。
「やっと教えてもらえると思ったのに……今日も駄目なのか? 朝から邪魔が入るのか?」
ルドが怒りを抑えた声でブツブツと呟く。
その姿に警備兵たちが顔を引きつらせながらも、虚栄だけは忘れず威張ってクリスに言った。
「そ、そこの茶髪! 貴様がクリスティアヌスか!? おとなしく来い! 少しでも不審な動きをすれば攻撃するぞ!」
「師匠になん……」
面倒なことになりそうな気配を察知したクリスは、叫びかけたルドの頭を押さえ、床に沈めた。そのまま、流れるような動きで踏みつける。
目を丸くしている警備兵たちにクリスは挑発するよう口角をあげた。
「私を連行する、と?」
一呼吸おいてクリスは早口で訊ねた。
「私が奴隷を誘拐したという証拠はあるのか? ならば、まず証拠を見せろ。まさか証拠もなしに、この治療院研究所に乗り込んできてないよな? 治療院は国が管理しているが、この治療院研究所は、この街を統治しているセルシティ第三皇子が直轄で管理、保護している。警備隊ごときが簡単に入っていい場所ではない。場合によっては、おまえたちの部隊だけでなく、部隊長と指揮官も厳罰される。その覚悟はあるんだろうな? で、証拠はどこだ?」
クリスの勢いに押されかけた警備兵たちが振り払うように大声で返す。
「う、うるさい! そんなものなくても……」
と、そこで先ほどとは比べ物にならない殺気が警備兵たちを貫いた。
恐る恐る警備兵たちが視線を下げた先。琥珀の瞳と目があった瞬間、赤い狼に食い千切られる幻影に襲われた。
恐怖で体が硬直した警備兵たちにクリスの不機嫌な声が降る。
「まさか証拠もなしに来たのか?」
「そ、それは……」
「では、なぜ私は疑われた?」
警備兵の一人がなんとか声を出す。
「そういう密告が……」
「当然、裏はとってあるんだろうな?」
「とにかく連れて来いと……」
クリスは盛大にため息を吐いた。
「おまえら、バカか? 無能か? 私が奴隷誘拐事件とまったく関わりがなかったことが判明したら、どうするんだ? 間違いでした、ではすまないぞ。最低でも、おまえらの首が飛ぶと思え」
始めは威勢がよかった警備兵たちの額に汗が浮かぶ。その様子を眺めながらクリスは提案をした。
「だが、ここまで来てしまったのに手ぶらで帰っては、おまえたちの顔が立たない。だから私は疑いが晴れるまで自宅で謹慎しよう。証拠が出れば私を捕まえに来い」
「だが、命令では……」
「では、証拠も裏付けもなく連行できるのか警備隊を統治している者に確認してみよう。治療師とは、なかなか便利な職業でな。知り合いは多い。事務室に通話機があるから、すぐに確認できる。ちょっと待っていろ。あ、私が余計なことを言って、おまえたちの首が飛ぶかもしれないが、それぐらいは容赦しろよ?」
クリスの脅しに警備兵たちが慌てる。
「ちょっ、ちょっと待て!」
「待てない。こちらは貴重な時間をおまえらのせいで無駄に浪費しているのだからな。さっさと決断できるやつに連絡する」
「わ、わかった! わかったから、待ってくれ」
「待てないと言ったはずだ」
凛としたクリスの態度に警備兵たちが折れた。
「わかった! 謹慎でいい!」
「謹慎でいいか」
クリスの含みを持った言い方に、警備兵たちがヤケクソのように叫んだ。
「謹慎してくれ! いや、謹慎して下さい!」
「そうか。そこまで頼まれては仕方ないな。では、謹慎するとしよう。ルド、行くぞ」
「はい」
クリスは鞄に本を入れて歩きだす。ルドも立ち上がり、クリスに続いて部屋から出ていった。
そんな二人の後ろ姿を警備兵たちが冷や汗を垂らしながら見送る。正しくはルドの背中で揺れる赤髪を眺めながら。
「……なんで赤狼(セキロウ)がこんな所にいるんだ?」
警備兵の一人がぼやきながら廊下に座る。もう一人の警備兵が頬を流れる汗をぬぐった。
「あれが? 本当か?」
「あぁ。一度、見たことがあるが間違いない。それに、あんな目をするやつが他にもいたら、いくら味方でも生きた心地がしねぇよ」
「だが、本当に赤狼か? なんでこんなところにいるんだ?」
緊張の糸が切れた反動か、他の警備兵がヤケ気味に叫ぶ。
「そんなの知らねぇよ! こっちが聞きたい!」
「どうやっても連れて来いって命令だったが……」
「無理だ。あのまま連れて行っていたら、おれたちが赤狼に消されていた」
「とにかく報告だ」
「立てるか?」
「腰が抜けて動けねぇ……」
警備兵たちが動けるようになるには、もう少し時間が必要だった。
※
クリスは歩きながらルドに声をかけた。
「あいつらの態度が途中から不審になったが、何かしたか?」
「軽く下から見ていただけです」
良い笑顔で答えるルド。
クリスはルドを踏んでいたため、ルドの顔が見えていなかった。そのためルドが警備兵たちをどのような顔で睨んでいたか知らない。
何かを感じたクリスは、あえて聞かずに話を戻した。
「では、私は今日から自宅で謹慎する。謹慎がとけたら連絡をするから、おまえも家でのんびりしていろ」
思わぬ言葉にルドが慌てる。
「そんな!? せっかく治療魔法を教えてもらえるところだったのに!」
「まあ、謹慎がとけるまで、たいした時間もかからないだろ。私が治療できないと知ったら困る連中も多いからな」
「ですが……」
聞き取れなかったクリスはルドの顔を覗いた。
「なんだ?」
「いえ! なんでもありません!」
「考えてみれば、私が謹慎中の間に透視魔法と他の魔法を練習したほうが効率がいいな。基本を教えるから、このまま私の家に来い」
「はい!」
ルドの顔が一気に明るくなる。ないはずの尻尾が左右にブンブンと振られている幻影が見えるほど。
その光景にクリスは思わず顔が緩んだ。が、ルドと目が合った瞬間、眼光は鋭くなり反射的に蹴りを入れていた。
いつも通り治療院研究所に到着したクリスは自分の研究室に入る。昨日はセルシティの城での騒ぎから、強制ランチまでいろいろあったが、魔力を使わなかったので休養になった。
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口元を緩め嬉しそうに笑うルドに、クリスはそれだけ心配をかけていたと自覚する。
クリスは恥ずかしさを隠すように言った。
「腑抜けた顔をするな、さっさと入れ。治療魔法の続きをするぞ」
「はい!」
研究室に入ったルドにクリスは一冊の本を差し出した。
「貸すつもりだった本だ。慌ただしくなって渡しそびれ……何事だ?」
複数の慌ただしい足音。爆発は日常茶飯事だが、研究所内を人が走るということは滅多にない。
クリスとルドが顔を見合わせると、ドアが乱暴に開いた。
「クリスティアヌス! 奴隷誘拐の容疑で連行する!」
いきなり現れて叫んだのは、街の警備兵だった。警備兵たちが部屋に入ろうとして、見えない壁にぶつかる。
「なんだ?」
「なにかあるのか?」
勢いを削がれた警備兵たちが目の前にある見えない壁を触る。そこに、殺気がこもった冷気が足元から漂った。
「やっと教えてもらえると思ったのに……今日も駄目なのか? 朝から邪魔が入るのか?」
ルドが怒りを抑えた声でブツブツと呟く。
その姿に警備兵たちが顔を引きつらせながらも、虚栄だけは忘れず威張ってクリスに言った。
「そ、そこの茶髪! 貴様がクリスティアヌスか!? おとなしく来い! 少しでも不審な動きをすれば攻撃するぞ!」
「師匠になん……」
面倒なことになりそうな気配を察知したクリスは、叫びかけたルドの頭を押さえ、床に沈めた。そのまま、流れるような動きで踏みつける。
目を丸くしている警備兵たちにクリスは挑発するよう口角をあげた。
「私を連行する、と?」
一呼吸おいてクリスは早口で訊ねた。
「私が奴隷を誘拐したという証拠はあるのか? ならば、まず証拠を見せろ。まさか証拠もなしに、この治療院研究所に乗り込んできてないよな? 治療院は国が管理しているが、この治療院研究所は、この街を統治しているセルシティ第三皇子が直轄で管理、保護している。警備隊ごときが簡単に入っていい場所ではない。場合によっては、おまえたちの部隊だけでなく、部隊長と指揮官も厳罰される。その覚悟はあるんだろうな? で、証拠はどこだ?」
クリスの勢いに押されかけた警備兵たちが振り払うように大声で返す。
「う、うるさい! そんなものなくても……」
と、そこで先ほどとは比べ物にならない殺気が警備兵たちを貫いた。
恐る恐る警備兵たちが視線を下げた先。琥珀の瞳と目があった瞬間、赤い狼に食い千切られる幻影に襲われた。
恐怖で体が硬直した警備兵たちにクリスの不機嫌な声が降る。
「まさか証拠もなしに来たのか?」
「そ、それは……」
「では、なぜ私は疑われた?」
警備兵の一人がなんとか声を出す。
「そういう密告が……」
「当然、裏はとってあるんだろうな?」
「とにかく連れて来いと……」
クリスは盛大にため息を吐いた。
「おまえら、バカか? 無能か? 私が奴隷誘拐事件とまったく関わりがなかったことが判明したら、どうするんだ? 間違いでした、ではすまないぞ。最低でも、おまえらの首が飛ぶと思え」
始めは威勢がよかった警備兵たちの額に汗が浮かぶ。その様子を眺めながらクリスは提案をした。
「だが、ここまで来てしまったのに手ぶらで帰っては、おまえたちの顔が立たない。だから私は疑いが晴れるまで自宅で謹慎しよう。証拠が出れば私を捕まえに来い」
「だが、命令では……」
「では、証拠も裏付けもなく連行できるのか警備隊を統治している者に確認してみよう。治療師とは、なかなか便利な職業でな。知り合いは多い。事務室に通話機があるから、すぐに確認できる。ちょっと待っていろ。あ、私が余計なことを言って、おまえたちの首が飛ぶかもしれないが、それぐらいは容赦しろよ?」
クリスの脅しに警備兵たちが慌てる。
「ちょっ、ちょっと待て!」
「待てない。こちらは貴重な時間をおまえらのせいで無駄に浪費しているのだからな。さっさと決断できるやつに連絡する」
「わ、わかった! わかったから、待ってくれ」
「待てないと言ったはずだ」
凛としたクリスの態度に警備兵たちが折れた。
「わかった! 謹慎でいい!」
「謹慎でいいか」
クリスの含みを持った言い方に、警備兵たちがヤケクソのように叫んだ。
「謹慎してくれ! いや、謹慎して下さい!」
「そうか。そこまで頼まれては仕方ないな。では、謹慎するとしよう。ルド、行くぞ」
「はい」
クリスは鞄に本を入れて歩きだす。ルドも立ち上がり、クリスに続いて部屋から出ていった。
そんな二人の後ろ姿を警備兵たちが冷や汗を垂らしながら見送る。正しくはルドの背中で揺れる赤髪を眺めながら。
「……なんで赤狼(セキロウ)がこんな所にいるんだ?」
警備兵の一人がぼやきながら廊下に座る。もう一人の警備兵が頬を流れる汗をぬぐった。
「あれが? 本当か?」
「あぁ。一度、見たことがあるが間違いない。それに、あんな目をするやつが他にもいたら、いくら味方でも生きた心地がしねぇよ」
「だが、本当に赤狼か? なんでこんなところにいるんだ?」
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「そんなの知らねぇよ! こっちが聞きたい!」
「どうやっても連れて来いって命令だったが……」
「無理だ。あのまま連れて行っていたら、おれたちが赤狼に消されていた」
「とにかく報告だ」
「立てるか?」
「腰が抜けて動けねぇ……」
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※
クリスは歩きながらルドに声をかけた。
「あいつらの態度が途中から不審になったが、何かしたか?」
「軽く下から見ていただけです」
良い笑顔で答えるルド。
クリスはルドを踏んでいたため、ルドの顔が見えていなかった。そのためルドが警備兵たちをどのような顔で睨んでいたか知らない。
何かを感じたクリスは、あえて聞かずに話を戻した。
「では、私は今日から自宅で謹慎する。謹慎がとけたら連絡をするから、おまえも家でのんびりしていろ」
思わぬ言葉にルドが慌てる。
「そんな!? せっかく治療魔法を教えてもらえるところだったのに!」
「まあ、謹慎がとけるまで、たいした時間もかからないだろ。私が治療できないと知ったら困る連中も多いからな」
「ですが……」
聞き取れなかったクリスはルドの顔を覗いた。
「なんだ?」
「いえ! なんでもありません!」
「考えてみれば、私が謹慎中の間に透視魔法と他の魔法を練習したほうが効率がいいな。基本を教えるから、このまま私の家に来い」
「はい!」
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