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治療師の仕事と治療魔法の講義
こだわりシェフによる優雅なランチとお国事情
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セルシティの城から出たクリスは、なぜか隠れ家ようなレストランにいた。
狭い裏路地を抜けた先にある、看板もない民家を改装した店。
店内は大きな窓から太陽の光が降り注ぐ。白いテーブルクロスがかけられた丸テーブルが五つほど並び、グラスに花が活けられている。
その中のテーブルの一つにクリスはルドと向かい合って座っていた。
セルシティの城での騒ぎの後、帰ろうとしたクリスにルドがすごくオススメの店があるからと、気がつけば押し切られ、肩に担がれ、運ばれていたのだ。
遠い目をしているクリスの前に、年配の婦人が食器をのせたトレイを持って現れる。
家庭経営の小さな店では、女性が家の手伝いとして、呼び込みや給仕の仕事をすることがある。この国で女性が働ける、数少ない職種の一つ。
「久しぶりね、ルド」
婦人が水の入ったグラスをテーブルに置く。クリスは婦人に訊ねた。
「まだ注文していないが?」
「この店では始めに料理に使う水を味わってもらってから、今日の料理に合わせた飲み物を出すの。なにか飲みたいモノがある?」
「飲みたいモノは特にないが、料理に合わせた飲み物が苦手だった場合は、どうすればいい?」
「その時は他の飲み物か水にするわ。二人ともアルコールは大丈夫?」
婦人の質問にクリスは首を横に振る。
「悪いがアルコールは飲まないことにしている」
「自分もやめておきます」
「じゃあ、シェフにアルコール以外で、って伝えておくわ」
「お願いします」
慣れた様子のルドにクリスは声をかけた。
「ここは独特なルールがある店だな」
「はい。ここの料理はシェフがその日に入った食材で決めます。メニューはなく、飲み物からデザートまで全てシェフ任せです」
「そういうことか」
「シェフこだわりの料理ですから、どれも美味いですよ」
「それは楽しみだ」
カトラリーを並べ終えた婦人が店の奥へ戻る。
クリスはグラスの水を少しだけ口に含み、目を大きくした。
「これは、どこの水だ? 臭みもないし、まろやかだ。こんな水はなかなかないぞ」
水は生ものであり環境が悪ければ悪臭や濁り、腐ることもある。
素直に驚いたクリスにルドも賛同した。
「自分も知りたいのですが、教えてもらえないんですよ」
「この水で作った料理というだけで期待できるな」
「はい。期待して下さい」
自信満々に答えるルド。その顔にクリスは思わず吹き出す。
「お前が作るわけではないだろ」
「そうですけど……」
婦人が料理を運んできた。
「さぁ、温かいうちに食べて」
料理は野菜、魚、肉、とボリュームたっぷりなフルコース。そこそこの量があったがクリスはあっさりと完食した。
味と量に満足したクリスは食後の茶を楽しむ。そこにルドが声をかけた。
「師匠って小柄なのに、しっかり食べるんですね。しかも、自分より先に食べ終えるなんて」
「これぐらい普通だ。それより、その師匠呼びをやめろ」
「嫌です」
良い笑顔のままルドがフォークとナイフを皿に置く。
大柄な体格で大雑把そうなルドだが、食事の所作は意外と綺麗で、食べる姿は好感が持てた。
(本人には絶対に言わないがな)
クリスは中庭に視線を向けた。穏やかな風に揺れる花々。いつまでも見ていられる光景。
「いい店だな」
「はい」
まったりとしていると、ケーキと紅茶を置かれた。
「嬉しいことを言ってくれるね」
顔をあげたクリスの前に、グレーの髪をなでつけ、目じりにシワが入った初老の男がいる。
ルドが親しげに話しかけた。
「お久しぶりです、シェフ。今日の料理も美味しかったです」
「それなら良かった。坊も変わりないようだな。それにしても、いつ治療師になったんだ?」
「いろいろありまして。ようやく治療院研究所に入れました」
「それは良かったな。お連れさんは同僚かい?」
「自分の師匠です!」
ルドの断言にクリスはケーキを吹き出しかける。
「師匠呼びはやめろ」
「拒否します」
「嫌がらせか?」
ルドを睨むクリスにシェフが微笑む。
「随分と若いが、ルドが師匠と呼ぶってことは相当な腕利きなんだな」
「そうなんです! この若さで師匠はすごいんです!」
「そうか、そうか」
我が子を見守るようなシェフからの生温かい視線。
居心地が悪くなったクリスは話題を変えるため、付け合せのフルーツをフォークで刺した。
「これはなんというの果物だ? 初めて見た」
「あぁ、それは南方の島で採れたマンゴーという果物だ。その島は最近、我が国の領土になったはしい」
「戦か」
「我が国の勢いはすごいからな。兵の傷も治療師がすぐに治すし、なんと言っても無敵の魔法騎士団がいる。その中には死者を斬り倒せる騎士がいるらしい。しかも、手から剣を出す冷血な大男という話だ」
シェフの力説にルドが飲みかけの紅茶を吹き出す。クリスは反射的にデザート皿を持って避難していた。
デザート皿をテーブルに戻しながらクリスはむせるルドに声をかけた。
「おい、どうした?」
「ゲホッ、ゴボッ。す、すみません。自分のことは気にせず話を続けてください」
クリスはルドを心配しながらも表情には出さずシェフに訊ねる。
「死者は治療師の治療魔法でないと倒せないのでは?」
「そう言われていたが、その騎士は別格らしい。もちろん死者専門の治療師もいる。我が国の魔法騎士団に死角はないよ」
「どこまで領土を拡大するつもりなのか」
呆れたように紅茶を飲むクリスにシェフが肩をすくめる。
「さあな。近頃は貴族たちが新しい領土から綺麗な見た目の奴隷を連れてきて、自慢しているし。そういえば、奴隷の誘拐事件まで頻発しているらしい」
「奴隷の誘拐事件、ですか?」
ルドの質問にシェフが目を丸くする。
「初耳か? 奴隷が連れ去られる場面も目撃されていて話題になっているぞ」
「目撃者がいるなら、すぐに犯人が捕まると思いますが」
「それが不思議なことに、目撃者は誘拐犯の顔を覚えていないんだ。あと体が動かなかったって話もある」
「そう、ですか……」
ルドが考えている間にデザートを食べ終えたクリスは席を立った。
「会計を頼む」
「あ、師匠。ここは自分が払います」
急いでケーキを食べ終えたルドが立ち上がる。だが、それより早くクリスは財布から金貨を取り出した。
「これで足りるか?」
ルドが困ったように額を押さえる。
「それだと金額が大きすぎて釣りが準備できません。ここは自分に払わせてください」
「釣りはいらない。おまえの分も、これで払えばいいし」
「そういう問題ではないです」
「釣りはチップにすればいい」
「どれだけチップを払う気ですか!?」
シェフが笑いながらクリスに声をかけた。
「じゃあ、また食べに来てくれ。その時までに釣りを準備しておく」
「それでいい」
「いや、ここは自分が……」
食い下がるルドをシェフが切り捨てて金貨を受け取る。
うるさいルドから逃げるようにクリスはドアを開けた。
「美味かった。また来る」
「待って下さい! ごちそうさまでした。また来ます」
店を出たクリスをルドが慌てて追いかける。そんな二人をシェフと婦人が穏やかに見送った。
狭い裏路地を抜けた先にある、看板もない民家を改装した店。
店内は大きな窓から太陽の光が降り注ぐ。白いテーブルクロスがかけられた丸テーブルが五つほど並び、グラスに花が活けられている。
その中のテーブルの一つにクリスはルドと向かい合って座っていた。
セルシティの城での騒ぎの後、帰ろうとしたクリスにルドがすごくオススメの店があるからと、気がつけば押し切られ、肩に担がれ、運ばれていたのだ。
遠い目をしているクリスの前に、年配の婦人が食器をのせたトレイを持って現れる。
家庭経営の小さな店では、女性が家の手伝いとして、呼び込みや給仕の仕事をすることがある。この国で女性が働ける、数少ない職種の一つ。
「久しぶりね、ルド」
婦人が水の入ったグラスをテーブルに置く。クリスは婦人に訊ねた。
「まだ注文していないが?」
「この店では始めに料理に使う水を味わってもらってから、今日の料理に合わせた飲み物を出すの。なにか飲みたいモノがある?」
「飲みたいモノは特にないが、料理に合わせた飲み物が苦手だった場合は、どうすればいい?」
「その時は他の飲み物か水にするわ。二人ともアルコールは大丈夫?」
婦人の質問にクリスは首を横に振る。
「悪いがアルコールは飲まないことにしている」
「自分もやめておきます」
「じゃあ、シェフにアルコール以外で、って伝えておくわ」
「お願いします」
慣れた様子のルドにクリスは声をかけた。
「ここは独特なルールがある店だな」
「はい。ここの料理はシェフがその日に入った食材で決めます。メニューはなく、飲み物からデザートまで全てシェフ任せです」
「そういうことか」
「シェフこだわりの料理ですから、どれも美味いですよ」
「それは楽しみだ」
カトラリーを並べ終えた婦人が店の奥へ戻る。
クリスはグラスの水を少しだけ口に含み、目を大きくした。
「これは、どこの水だ? 臭みもないし、まろやかだ。こんな水はなかなかないぞ」
水は生ものであり環境が悪ければ悪臭や濁り、腐ることもある。
素直に驚いたクリスにルドも賛同した。
「自分も知りたいのですが、教えてもらえないんですよ」
「この水で作った料理というだけで期待できるな」
「はい。期待して下さい」
自信満々に答えるルド。その顔にクリスは思わず吹き出す。
「お前が作るわけではないだろ」
「そうですけど……」
婦人が料理を運んできた。
「さぁ、温かいうちに食べて」
料理は野菜、魚、肉、とボリュームたっぷりなフルコース。そこそこの量があったがクリスはあっさりと完食した。
味と量に満足したクリスは食後の茶を楽しむ。そこにルドが声をかけた。
「師匠って小柄なのに、しっかり食べるんですね。しかも、自分より先に食べ終えるなんて」
「これぐらい普通だ。それより、その師匠呼びをやめろ」
「嫌です」
良い笑顔のままルドがフォークとナイフを皿に置く。
大柄な体格で大雑把そうなルドだが、食事の所作は意外と綺麗で、食べる姿は好感が持てた。
(本人には絶対に言わないがな)
クリスは中庭に視線を向けた。穏やかな風に揺れる花々。いつまでも見ていられる光景。
「いい店だな」
「はい」
まったりとしていると、ケーキと紅茶を置かれた。
「嬉しいことを言ってくれるね」
顔をあげたクリスの前に、グレーの髪をなでつけ、目じりにシワが入った初老の男がいる。
ルドが親しげに話しかけた。
「お久しぶりです、シェフ。今日の料理も美味しかったです」
「それなら良かった。坊も変わりないようだな。それにしても、いつ治療師になったんだ?」
「いろいろありまして。ようやく治療院研究所に入れました」
「それは良かったな。お連れさんは同僚かい?」
「自分の師匠です!」
ルドの断言にクリスはケーキを吹き出しかける。
「師匠呼びはやめろ」
「拒否します」
「嫌がらせか?」
ルドを睨むクリスにシェフが微笑む。
「随分と若いが、ルドが師匠と呼ぶってことは相当な腕利きなんだな」
「そうなんです! この若さで師匠はすごいんです!」
「そうか、そうか」
我が子を見守るようなシェフからの生温かい視線。
居心地が悪くなったクリスは話題を変えるため、付け合せのフルーツをフォークで刺した。
「これはなんというの果物だ? 初めて見た」
「あぁ、それは南方の島で採れたマンゴーという果物だ。その島は最近、我が国の領土になったはしい」
「戦か」
「我が国の勢いはすごいからな。兵の傷も治療師がすぐに治すし、なんと言っても無敵の魔法騎士団がいる。その中には死者を斬り倒せる騎士がいるらしい。しかも、手から剣を出す冷血な大男という話だ」
シェフの力説にルドが飲みかけの紅茶を吹き出す。クリスは反射的にデザート皿を持って避難していた。
デザート皿をテーブルに戻しながらクリスはむせるルドに声をかけた。
「おい、どうした?」
「ゲホッ、ゴボッ。す、すみません。自分のことは気にせず話を続けてください」
クリスはルドを心配しながらも表情には出さずシェフに訊ねる。
「死者は治療師の治療魔法でないと倒せないのでは?」
「そう言われていたが、その騎士は別格らしい。もちろん死者専門の治療師もいる。我が国の魔法騎士団に死角はないよ」
「どこまで領土を拡大するつもりなのか」
呆れたように紅茶を飲むクリスにシェフが肩をすくめる。
「さあな。近頃は貴族たちが新しい領土から綺麗な見た目の奴隷を連れてきて、自慢しているし。そういえば、奴隷の誘拐事件まで頻発しているらしい」
「奴隷の誘拐事件、ですか?」
ルドの質問にシェフが目を丸くする。
「初耳か? 奴隷が連れ去られる場面も目撃されていて話題になっているぞ」
「目撃者がいるなら、すぐに犯人が捕まると思いますが」
「それが不思議なことに、目撃者は誘拐犯の顔を覚えていないんだ。あと体が動かなかったって話もある」
「そう、ですか……」
ルドが考えている間にデザートを食べ終えたクリスは席を立った。
「会計を頼む」
「あ、師匠。ここは自分が払います」
急いでケーキを食べ終えたルドが立ち上がる。だが、それより早くクリスは財布から金貨を取り出した。
「これで足りるか?」
ルドが困ったように額を押さえる。
「それだと金額が大きすぎて釣りが準備できません。ここは自分に払わせてください」
「釣りはいらない。おまえの分も、これで払えばいいし」
「そういう問題ではないです」
「釣りはチップにすればいい」
「どれだけチップを払う気ですか!?」
シェフが笑いながらクリスに声をかけた。
「じゃあ、また食べに来てくれ。その時までに釣りを準備しておく」
「それでいい」
「いや、ここは自分が……」
食い下がるルドをシェフが切り捨てて金貨を受け取る。
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