【完結】秀才の男装治療師が女性恐怖症のわんこ弟子に溺愛されるまで

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死者使いと悪魔召喚

悪魔による甘美な誘惑と終焉

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 両手を合わせたルドが力を込めて叫んだ。

『全てを断ち斬る神の力を我が手に!』

 ルドがゆっくりと手を動かす。左手の掌から剣の柄が現れる。ルドは迷うことなく柄を握り、引き抜いた。
 ずっしりと鈍く輝く両刃の剣。

 ルドが自分の左耳に触れた後、クリスに手を差し出した。

「師匠。何があっても、これを持っていて下さい」
「……なんだ?」

 受け取ったクリスは手の中を見て驚いた。希少な魔宝石で作られたピアス。ルドの髪より濃い深紅の魔宝石が輝く。持ち主の魔力が籠もっており、お護りとしての効果もある。

「おい! これ……」

 クリスはすぐに顔をあげたが、すでにルドの姿がなかった。

 出口へ走りながらルドが剣を振る。アウルスの剣撃が効かなかったアンデッドが、ルドの剣だとあっさり倒れ、砂から粉塵になり消えた。

『ほう?』

 ベッディーノの頭がぐらりと動く。ルドが次々とアンデッドを斬り伏せ粉塵へと変える。
 すべてのアンデッドが消えると、ベッディーノが上空から降りてきた。

『なかなか面白い小僧だ』

 剣をかまえるルドを気にする様子なくベッディーノが迫る。

『戦神の寵愛を受けているのか』

 光のない碧い瞳がルドを覗き込む。見えない何かに引きずり込まれそうになり、ルドが反射的に剣を振った。だが、軽く避けられる。
 ベッティーノと対峙するだけで、全身を潰されるような圧力と、内側から殴られているかのような痛みが貫く。

 ルドが剣を持つ手に力を入れ、どうにか自我を保つ。

『小僧の体を依り代にしたら面白いだろうが、不完全な状態で召喚されたからな。残念だが、次の機会だ。クックックッ』

 笑い声が響いたがベッディーノの口は動いておらず、表情にも変化がない。操り人形となっているベッディーノの顔が振り返る。

『こいつはどうかな?』

 ふわりと羽ばたきベッディーノが移動する。

「師匠!」

 ルドが走り出すが、それより早くベッディーノがクリスの前に降り立った。

 ちょうど鞄に入れ終えたクリスはベッティーノを睨むように見上げる。
 クリスの金色の睫毛に縁取られた深緑の瞳に、ベッディーノが再び笑う。

『こいつは面白い。あの一族の末裔か。なぜ、地上こんなところにいる?』

 クリスは答えない。ベッディーノがアウルスとクリスを見比べた。

『神の加護がまったくない・・・・・・おまえのほうが依り代にしやす……あぁ、あいつの加護持ちか。これは面白い』

 アウルスとルドがクリスのところへ走るが、邪魔するように複数の黒い影が現れる。

 アウルスが剣で斬るが、空気のように手ごたえがない。それなのに、黒い影は重く潰されそうになる。
 それはルドも同じで、黒い影に苦戦していた。

 アウルスが両足を広げ、剣を両手で握る。そのまま剣が耐えられるギリギリまで魔力を込めた。

「ルド!」

 呼ばれて振り返ると同時にアウルスが大きく剣を振り下ろす。

『火焔浄土』

 剣先から炎が現れ、真っ直ぐ貫く。黒い影が左右に割れ、一本の道が出来た。

「行け!」

 ルドが走りだしたが、それより早くクリスの周囲を黒い影が覆う。
 アウルスがクリスに叫んだ。

「白のストラを持つぐらいの治療師なら、少しぐらい浄化魔法が使えるだろ! 悪魔が相手でも多少は効くはずだ! そいつらに使え!」

 アウルスの言葉にベッディーノが振り返る。

『浄化魔法を? こいつが使う?』

 ベッディーノが無表情のまま、楽しそうに言った。

『神に棄てられた一族が、神の加護が必要な魔法など使えるわけないだろ』
「……神に、棄てられた?」

 足が止まったルドをアウルスが注意する。

「ルド! 悪魔の言葉に惑わされるな!」

 ルドの動きが止まった隙にベッディーノがクリスの顔を覗き込む。

『苦しい思いをして体を取られるか、楽に体を明け渡すか、どちらがいい? 今も私の声を聞くだけで、死にたくなるほど苦しいだろ?』

 訓練された兵士や騎士でも、直に悪魔の声を聞いて尚、自我を維持するのは難しい。
 そこでベッディーノの声音が変わった。不快なドス暗さが消え、極上の音楽のような響きになる。

『一つ頷けば楽にしてやろう。いや楽になるだけではない。この世の全ての苦しみから解放され、今までに味わったことのない快楽に溺れることができるぞ』

 今までの苦痛が嘘のように消え、危険だと分かっていても溺れたくなる、甘美な誘惑に包まれる。ねっとりとした甘さに全てを投げ出し、眠りにつきたい。この微睡の中で眠れたら、どれだけ幸せだろうか。

 ベッディーノの声を聞くたびに、全身を引き裂かれるような、耐え難い痛みに耐えていたからこそ、快楽をより強く感じてしまう。

 クリスの右手がベッディーノに伸びる。

「師匠!」

 ルドが駆け出すが、行く手を黒い影が塞ぐ。琥珀の瞳が燃え、赤髪が逆立つ。剣を強く握りしめ、魔力を込める。

「どけ!」

 ルドの一振りで全ての黒い影が消えた。そのまま剣を振り上げ、ベッディーノに斬りかかる。

『うるさいハエだな』

 やれやれとベッディーノが体を反転させ、右手をあげる。それだけでルドの剣が何かに弾かれた。
 ルドがすぐに体勢を立て直し斬りかかる。

「師匠から離れろ!」

 次々と剣を打ち込むが、見えない何かに阻まれベッディーノに届かない。

「クソッ!」

 悪態を吐きながらも攻撃を止めないルドをベッディーノが嘲笑う。

『おまえの力はそんなものか? では、こいつはもらおう』
「やめろ!」

 怒鳴り声とともにルドの剣がベッディーノの右手に突き刺さる。琥珀の瞳が血走り、こめかみに血管が浮き上がり、顔が真っ赤になる。
 我を忘れたルドにベッディーノが満足そうに頷いた。

『いいぞ。どんどん憎め。その心を闇に染めろ』
「それは困る」

 クリスは無防備になっていたベッディーノの背中に右手を伸ばし羽根の根本を掴んだ。

『ぎゃぁ!』

 クリスが掴んだ羽根から白い煙が上がる。正確にはクリスの持っているルドのピアスが触れた部分から。
 クリスは全体重を乗せてベッディーノを地面に押し付けた。

『なにをする! 楽になりたくないのか!?』

 体を起こそうとしたベッディーノの頭をクリスが踏みつける。

「仮初の楽園などいらない」

 クリスの足の下でベッディーノが初めて怒りを含んだ声を出す。

『ならば死ね!』

 勢いよくベッディーノが起き上がり、クリスは倒れそうになる。そこにベッディーノの右手が鞭のようにしなり、クリスに襲いかかった。その速さにクリスは避けることができない。
 ベッディーノの右手がクリスの眼前まで迫った時、ルドの剣がベッディーノの心臓を貫いた。そのまま床まで突き刺さし、ルドが叫ぶ。

『在るべき世界に還れ!』

 ベッディーノの背中に生えていた黒い羽根が消え、体が黒い灰となり崩れた。

「はぁ……はぁ……」

 剣を床に突き刺したままルドが呼吸を整える。顔をあげると深緑の瞳と目が合った。

「師匠! ご無事ですか!?」

 慌てるルドにクリスが微笑む。

「戻ったな」
「師匠!?」

 ルドが倒れかけたクリスを支える。どうにか目を開けたクリスは右手を差し出した。

「これのおかげで助かった。返す」

 クリスの右手にはルドの赤いピアスがある。ルドがクリスの右手に自分の左手を添えて握りしめた。

「いえ、これは師匠が持っていて下さい」
「そう、か……」
「お迎えにあがりました」

 ルドが振り返ると頭を下げたカリストが立っている。驚くルドからカリストがクリスを奪い取るように抱き上げた。

「では、失礼いたします」

 悠然と一礼したカリストが闇に溶けるように消えた。




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