【完結】秀才の男装治療師が女性恐怖症のわんこ弟子に溺愛されるまで

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二人の意識の変化

クリスによる穏やかな魔法指導

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 クリスは朝からガラス張りの小屋で薬草の採取をしていた。温度と湿度が管理されており、乾燥して寒くなってきた外より湿度が高く温かい。

 入口からカルラが呼ぶ声がした。

「クリス様、お連れしました」
「そんな時間か」

 採取した薬草を入れたカゴを抱え、入口に行く。そこにはカルラと、二、三歩下がったところにルド。
 クリスはカルラにカゴを渡した。

「これを干して乾燥させてくれ」
「はい」

 クリスからカゴを受け取ったカルラが頭を下げて去る。
 次にルドが待ちきれなかった、とばかりに出てきた。満面の笑顔で尻尾をパタパタと振っている幻影まで見える。

「おはようございます! 師匠!」
「今日は治療をする時に使用する魔法について説明する」
「はい! あ、でもまだ拡大魔法がうまく出来なくて……」
「拡大魔法を使わずに治療することもある。そもそも今日教える魔法が使えなければ、治療は難しいからな。入れ」

 クリスは小屋の奥へ歩き出す。ルドが気を引き締めて、後を追いかけた。

「植物の成長を促す魔法があることは知っているか?」
「はい。不作や干ばつの時に活用するために開発された魔法ですよね?」
「そうだ。だが、大量の植物に使うには、多くの魔力が必要になるから実用化はされなかった」
「はい」
「それを人間に応用する。植物が育つのも人間が育つのも、簡単に言うと細胞が分裂しているからだ。分裂して成長するには時間がかかるし、それだけの栄養が必要となる。その時間と栄養を魔力で補う。で、これだ」

 小屋の奥には茎にトゲがある植物が生えた植木鉢が置かれたテーブルある。
 クリスは椅子に座ると植物を指さした。

「魔力を与えて花を咲かせてみろ。ただし、魔力が多すぎると花が咲く前に枯れるからな。逆に魔力が少なかったら、なにも起きない」

 植物には小さな蕾が複数ある。ルドが唸りながらクリスに訴えた。

「魔力を与えるのは何となく分かりますが、どれだけの量を与えたらいいのか分かりません」
「まずは触れてみろ。そして、この植物が持つ魔力を感じろ」
「植物にも魔力があるのですか?」
「おまえが気づいていないだけで、この世界は魔力に溢れている。植物だけではない。水や火、石にも魔力は宿っている」
「そうですか……」

 ルドが植物に触れる。が、何も感じない。ひたすら植物を見つめる。凝視する。睨む。

「失礼します」

 カルラがテーブルに茶菓子を置き、カップに紅茶を注ぐ。花の密ような甘い匂いが広がるが、ルドが気づいた様子はない。

 集中しているルドを眺めながら、カルラがクリスに言った。

「もう少し分かりやすいモノでなさったらどうですか?」
「分かりやすいモノ?」
「植物は相性によっては魔力の流れが分かりづらいことがあります。それより、動物のほうが魔力の流れが大きいので、分かりやすいかと」
「それもそうだな。だが、動物と言っても……」

 周囲を見回すが近くに植物以外のモノはない。カルラがクリスにウインクをする。

「クリス様がおられるじゃないですか」
「なっ!? あ、いや、それならカルラでもいいだろ」
「犬は女性恐怖症で私には近づけません。カリストや他の者もそれぞれ仕事がありますから呼ばないように」
「ぐっ……」

 先手を打たれクリスは唸った。

「では、失礼いたします」

 カルラが一礼して下がる。しかし、クリスは見逃さなかった。カルラが含み笑いをしていたことを。

「……ワザとか」

 クリスはヤケ気味に紅茶を飲む。ルドの様子を覗き見れば、先ほどの会話は耳に入っていない様子で、一切動くことなく同じ姿勢で固まっていた。

「魔力が大きすぎて、小さな魔力の流れを読み取るのが苦手のようだな。読み取れるまで、どれぐらいかかるか」

 クリスは読書を始めた。そのまま沈黙が流れる。
 ページを数枚めくったところでクリスは本を閉じた。ルドが気になって本に集中できない。

「わかった。もう、いい」

 クリスの言葉にもルドが気づかない。クリスは本をルドと植物の間に突き出した。
 突然現れた本に目を丸くしたルドがクリスを見る。

「師匠?」
「もういい。とりあえず茶を飲め」
「茶? あ、いつの間に?」

 ルドが椅子に座り直し、冷めた紅茶を飲む。

「花の香りが清々しいですね。甘いのかと思ったら、酸っぱいので意外でした」
「カルラが持って来たのだが、気が付かなかったか?」

 ルドがどこか恥ずかしそうに視線を下げる。

「集中していましたので……」
「なら、あの会話も聞いていないか」

 クリスの呟きにルドが反応する。

「あの会話?」
「いや。それより、魔力の流れは分かりそうか?」
「さっぱりです」

 無いはずの犬耳がペタリと伏せ、尻尾が力なく垂れ下がっている幻影が見えた。クリスはため息を吐きながら手を出す。

「私の手を握れ」
「え?」

 クリスは慌てて説明をした。

「植物だと魔力の流れが小さいから、まずは私で魔力の流れを感じる練習をしろ。この前、透視魔法の練習をした時に感じることが出来たのだから復習だ」
「わかりました!」

 ルドがクリスの手を両手でしっかりと握る。ルドの大胆な行動にクリスは手を引きそうになったが、どうにか堪えた。

 手を握ったルドが目を閉じて両手に集中する。

 クリスは自分の中にルドの魔力が入ってくるのを感じた。熱いルドの魔力が、クリスの魔力を探り、捕まえようとする。

「もう少し魔力を押さえろ。相手の魔力を捕まえようとするな。そっと寄り添え」

 クリスの指示通りルドの魔力が弱くなる。あとは寄り添うだけなのだが、流れを感じるために力技で動こうとする。

「……気長に待つしかないか」

 クリスは空いている腕の肘をテーブルにつき、手の上に顎をのせた。そのままボーとルドを観察する。

 襟足以外の髪は短く、撫でたらゴワゴワしていそうで、それがまた犬の毛を連想させる。鼻筋はまっすぐ通っており、高すぎない鼻と一文字に閉じられた口のバランスが良く、凛々しい顔立ち。
 これで魔法も使えて剣の腕もたち、家柄も良いとなればモテないわけがない。女性恐怖症を除けば。

「中身は犬なのにな」

 クリスはルドの笑顔を思い出した。人懐っこい犬のような疑うことを知らない笑顔。
 今はその笑顔が自分に向いているが、魔法で治療が出来るようになり、独り立ちしたら……
 その先には自分以外の誰かが隣に立ち、笑い合っていたら……

(そうなったら、この魔宝石を返さないといけないな)

 なぜかチクリと胸が痛む。

「師匠?」

 ルドに呼ばれ、クリスは現実に思考を戻した。

「どうした?」
「師匠の魔力が乱れたので、自分が何かしたかと……」
「あ、いや。少し考え事をしていただけだ。おまえは気にせずに続けろ」
「はい」

 ルドが再び目を閉じて集中する。クリスは小さく息を吐いた。

(こんなことを考えるなんて自分らしくない)

 クリスはなにも考えないようにした。握られた手から伝わる温もり。大きな両手にどこか落ち着く。

 いつの間にかクリスは両目を閉じていた。






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