【完結】秀才の男装治療師が女性恐怖症のわんこ弟子に溺愛されるまで

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クリスの挫折と秘密

使用人たちによる賑やかなひととき〜カルラ視点〜

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 カルラはクリスのドアに縋りつき叫んだ。

「あー! クリス様の寝起きを見たかったのにぃ! 恥ずかしがって、布団の中でモゾモゾして、なかなか出てこないクリス様の姿を堪能したかったのにぃぃ!」

 ズルズルと崩れ、床を叩く。その姿を呆然と眺めるルドにカルラは飛びついた……が、ルドが素早く下がり距離をとる。
 しかし、これで諦めるカルラではない。

「で! クリス様との一夜はどうでしたか!?」

 期待で目を輝かせるカルラ。ルドが思わず身を引いた。

「いや、別に……ホットミルクを全て飲んで、寝ただけです」
「……寝た、とは睡眠の?」
「はい」
「眠っただけ?」
「はい」

 カルラは下を向き、頭を大きく左右に振る。

「はぁー。ここまで据え膳状態にしたのに、寝かしつけて終わりなんて……不能、いや無能とは……」

 盛大に落胆しているカルラにルドが首を傾げた。

「据え膳? そもそも師匠には休養が必要なんですから、しっかり眠って休めて良かったじゃないですか」
「休養が必要だからこそ! そこはクリス様を甘やかしてあげるとか、将来の約束をするとか! なにもしないなんて、ヘタレですか!?」
「将来の約束? ヘタレ?」

 熱意の一方通行にカルラはキレた。

「魔宝石まで渡しといて何も言わない、しないなんてヘタレ以外の何者でもないです! そもそも、どういうつもりで、魔宝石をクリス様に渡したのですか!?」

 ルドがスッと真顔になる。

「師匠をお守りするためです。師匠は、力が弱いです。将来、師匠の隣には素敵な女性が現れ、家庭を作られるでしょうが、いつ理不尽な力が降りかかるか分かりません。ですから、自分は全力で師匠を守るために魔宝石をお渡ししました」

 ルドの決意に、カルラは呆然とした。真剣な琥珀の瞳は、建前ではなく、本心から言っているのが分かる。

 急に反応がなくなったカルラに、ルドが恐る恐る声をかけた。

「どうか、しましたか?」
「……クリス様の隣に素敵な女性?」
「はい」
「そのままお待ち下さい!」

 カルラは勢いよくクリスの部屋に入るとドアを閉めた。

「クリス様!」

 ツカツカと歩いてベッドに近づくカルラの前には、頭を押さえているクリス。その隣にはクリスの髪を鼈甲の櫛で梳くカリスト。

「頭が痛いんだ。あまり大きな音を出すな」
「クリス様! クリス様は犬に言っていないんですか!?」
「だから、大声を出すなと言っているだろう。頭に響く。で、何を言ってないんだ?」
「クリス様の性別です。犬はクリス様のことを……」
「この国では魔法は男しか使えない。そういうことだ」
「ですが……」

 食い下がろうとするカルラをカリストが止める。

「犬は女性恐怖症です」
「知ってます」

 睨むカルラをカリストがクリスの髪を一つにまとめながら諭す。

「犬が女性恐怖症である以上、今のままのほうが良いでしょう。下手に刺激して魔法が教えられなくなっても困りますから」
「私は困らないがな」

 クリスの言葉にカリストが肩をすくめる。

「また、そういうことを。頭痛に効く薬湯を持ってきます。カルラは犬をお願いします」
「……わかりました。朝食はどうしますか?」

 クリスが頭を押さえたまま言った。

「いつも通りの姿を見せないと犬が落ち着かないだろうからな。食堂で食べる」
「そのように準備してきます」

 クリスの部屋から出ると、そこには待てをしているルドがいた。

「師匠はどうでしたか?」
「……食堂で朝食を召し上がるので、そちらに来るように、とのことでした」
「いつもの師匠でしたか?」
「それはご自身の目で確かめて下さい」

 思いっきり睨まれたルドがおずおずと訊ねる。

「あ、あの、自分が何かしましたか?」
「いえ。こちらへどうぞ」

 カルラは踵を返して歩き出した。ルドがとぼとぼとついてくる。
 その気配を感じながらカルラはため息を吐いた。

「鈍感すぎるのも問題ですね」

 その呟きはルドには届かなかった。


※※※※クリス視点※※※※


 すっかりいつもの調子を取り戻したクリスは、食堂で楽しそうに夕食をとっていた。

「犬とは思っていたが、あれは脳筋犬だな」

 午前中は書庫で勉強をするルドに付き合い、昼からは軽く運動をするというルドを眺めていた。

 始めは単調な筋トレだったが、その回数が半端ない。途中まで数えていたクリスも百回を超えたところで数えるのを止めた。しかも最初から最後まで同じペース。

 腹筋、片手腕立て伏せ、軒下で懸垂などなど。

 ルドが筋トレをこなしていく光景を見つけたマノロが途中で参戦したが、最後まで付き合いきれずに断念したほど。

 そこから、いつの間にか使用人の男たちが集まり、なぜか腕相撲大会へ。
 次々と使用人たちがルドに挑むが誰も勝てない。

 そこで誰かが叫んだ。

「カリストはどうだ?」
「お! いいな!」
「呼んでくる!」

 屈強な男たちが自分たちより華奢なカリストを探して走り出す。その光景をクリスは紅茶を飲みながら眺めていた。

 少しして、嫌そうな顔をしたカリストが引きずられてきた。

「なぜ私が腕相撲をしないといけないのですか? しかも、犬と」
「いいから、いいから」
「オレたちの仇をとってくれ」
「だから、どうして私が……」

 そう言いながらルドの反対側に座らされたカリストが諦めたように手を出す。

「忙しいので、さっさと終わらせますよ」
「え? 本当にするんですか?」

 カリストの細腕とルドでは勝負をする前から勝敗は見えている。
 困惑するルドにカリストが言った。

「とりあえず手を出して下さい。言い出したら聞かない人たちばかりなので」
「はい」

 ルドがカリストの手を握る。その瞬間、ぞわっとした何かがルドの体を駆け抜けた。全身に鳥肌がたっているルドを無視して、レフリー役の使用人が声をかける。

「勝っても負けても文句なしの一回勝負! 始め!」

 ルドが反射的に力を入れる。今までの相手だと、これで勝っていた。だが、カリストの腕は少しも動かない。
 予想外の力の強さにルドの口角が上がる。グッと力を入れるルドに、カリストが小声で囁いた。
 内容は声援にかき消されて聞こえないが、ルドの顔が変貌する。


 バターン!


「勝者! カリスト!」
「やった!」
「やっぱりな!」
「さすがだぜ!」

 カリストが立ち上がり、服のしわを伸ばして悠然と屋敷へ戻る。真っ白になったルドを残して。
 この後、抜け殻になったルドはマノロによって家まで送り届けられた。

「なかなか面白かったな」

 ご機嫌なクリスにカリストが一通の手紙を差し出す。

「夕方、セルシティ第三皇子の従者が持ってまいりました」
「またロクでもないことなんだろう」

 一瞬で不機嫌になったクリスは手紙を開けて中を読んだ。

「明日の夜か。急だな」
「どうされますか?」
「付き合ってやるさ。セルティが遊んでいる間はな」
「よろしいのですか? 正装、と書かれていますが」
「面倒だが仕方ない」
「……宛名は読まれました?」

 クリスはもう一度手紙を確認して表情を崩す。

「断る理由を作るか? いや、それだとセルティの思うツボだしな」
「犬も招待されています」

 その瞬間、クリスは叫んでいた。

「エマを呼べ! 赤子を連れていてもいい! 大至急呼べ!」
「クリス様、招待日は明日ですから。まだ準備しなくて大丈夫です」

 なだめるように言うカリストをクリスが睨む。

「あいつの狙いが分かった! 絶対に私だと分からないように仕上げろ」
「カルラとラミラも喜んで仕上げますよ」
「……不服だが仕方ない。犬に明日は来るなと伝えろ」
「わかりました」

 カリストが優雅に頭を下げた。






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