【完結】秀才の男装治療師が女性恐怖症のわんこ弟子に溺愛されるまで

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クリスの女装と誘拐と

ベレンの屈辱な記憶の回想〜ベレン視点〜

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 子どもから見ても母は豪快で豪胆だった。でも、その行動はいつも正しくて自慢の母だった。
 だから、目の前で起きたことが信じられなかった。

「お母さま! お母さま!」

 倒れた母に縋りつく。顔は蒼白で微かに痙攣している。

 それは、新たな同盟国との宴席の場だった。

 現帝が飲む祝いの酒を、現帝の姉である母が横から奪って飲み、そして倒れた。
 すぐに同盟国の大人たちが逃げ出し、同時に複数の兵がなだれ込んで戦闘になった。

『除排!』

 カスッカスの声による、聞いたことがない魔法の詠唱。この部屋全体に結界が張られ、敵兵が追い出された。

 周囲では大人が走り回り、誰も母を助けようとしない。

 私はどうすることも出来ず、ただ母の体に縋りつき泣く。
 そんな時、背後から子どもの声がした。

「母親を助けたいなら退け」

 言われたことがない無礼な言葉に、私は怒りを込めて顔を上げた。

「無礼な……」

 その瞬間、太陽のような金髪に目を奪われた。次に顔の上半分を覆う仮面が視界に入る。
 呆然を眺める私を押しのけ、その無礼な子どもが母に近づいた。

「ちょ……」

 止める間もなく金髪の子どもが母に右手を向けた。

『透視』

 少しして金髪の子どもが呟く。

「毒による痙攣発作、意識消失。解毒治療ができる治療師がすぐに必要だ」
「治せないのか?」

 背後から同じ仮面で顔を覆った大人が覗き込んできた。この人も金髪。しかも、この声は先程の魔法を詠唱したカスッカスの声。

「解毒剤を持ってきていない」
「だが、この状況だとなぁ。治療師もいないし、まずは安全な場所に脱出することが第一だぞ」
「なら、私ができることをする」

 金髪の子どもが手を向けて集中する。

『胃洗浄、食塩水補充、肝機能増強』

 金髪の子どもの様子を見ながら、仮面で顔を覆っている大人が味方の兵に指示を出した。

「オレは退路を確保してくる。それまでの間、ここを死守しろ」
「金獅子様、自ら先陣に!」
「それは、勝ったも同然だ!」
「喜ぶのは早いぞ。怪我をしたヤツはクリスティのところに連れて来い。治療をする」

 金髪の子どもが母に手を向けたまま顔をあげて訊ねた。

「私が治療をしてもいいのか?」
「緊急事態だからいいだろ。じゃあ、いってくる」

 金髪の子どもが立ち上がった。

「今できることは終わった。定期的に水分を補給させに戻る」

 母の顔が顔色が少し良くなり、痙攣が治まっている。
 金髪の子どもが周囲を見回した。

「怪我をした者はいるか?」

 金髪の子どもが離れようとしたので、私は反射的に手を掴んだ。

「ちょっと待ちなさい! お母さまは、どうするの!?」
「今出来ることは全てした。怪我人を治して、全員でここから脱出する方が先だ」
「お母さまより他の者を優先するなんて、どういうつもり!?」
「誰だろうと関係ない。命の危険がある者から治療をする。それだけだ」
「なんですって! お母さまをそこらへんの民と同じ扱いをするなんて、許せな……」


 ――――――――パシーン!


 平手打ちの音が響く。

「痛いだろ? 痛みはみな同じだ。身分による差などない」

 初めての衝撃に何が起きたのか分からなかった。呆然と立つくしていると、目の前に赤い髪の男の子が現れた。

「君! いくら非常事態でも失礼だろ!」

 赤い髪の男の子が振り返り、私の頬にハンカチを当てた。そこで、ようやく私は頬を叩かれたのだと気がついた。

「大丈夫かい?」
「え……えぇ……」

 心配そうに覗きこむ優しい琥珀の瞳。見惚れていると金髪の子どもが言った。

「その女性に定期的に水分を与えにくるが、邪魔はするな。死なせたくなければな」

 捨てセリフのような言葉を残し、金髪の子どもが倒れている兵のところへ歩く。

「あ、おい! 待て!」

 赤髪の男の子が追いかけようとするが、私は服の裾を掴んでいた。そのことに気が付いた赤髪の男の子が振り返る。

「大丈夫。お爺様やみんながすぐに助けにくる。君はここで座って待っていて。君の母上も、君が側にいたほうが安心するだろう」
「あ……」

 ここで倒れている母に視線を向けた。時々苦しそうに眉間にシワをよせている。私は座り込んで母の手を握った。
 赤髪の男の子が頭を撫でる。

「ここは絶対に守るから。安心して」

 その笑顔に私の胸は高鳴った。

 それに比べ、金髪の子どもは時々母のところに来てはお腹に手をむけ、何か呟いて去っていくだけ。
 大怪我をして動けなくなっていた兵たちは金髪の子どもが手を向けると、治って動けるようになるのに。私の母は動くどころか、目も開かない。そして、私には一言も話しかけない。

「なんなのよ!」

 初めての扱いに私の中では怒りしかなかった。

※※

 ベレンは長く感じたが、時間にしたら一瞬だったらしい。

 クリスの屋敷を襲わせた親衛隊からの連絡が途絶え、計画が失敗した雰囲気が流れると、床に巨大な魔法陣が現れた。
 そして、次に目を開けた時は見知らぬ場所。

 薄暗く埃っぽい。様々な木箱が積み重ねられたレンガ造り倉庫。灯りは入り口のランプ一つだけ。そのため、全体の様子が分からない。

 周囲を見ているベレンの前で呆れたようにため息を吐く声がした。

「これから、どうするつもりだ?」
「え?」

 冷めた深緑の瞳がベレンを貫く。

「私がシェットランド領の領主であることも知っているだろう? 領主の拉致、誘拐は重罪だ。たとえ皇族でも処分はあるぞ」
「な、なによ! たかが北方の田舎領主が偉そうに! 領主の一人や二人誘拐したところで問題ないわ!」

 クリスが目を少しだけ丸くした後、納得したように頷いた。

「そうか、知らないのか」
「知らないって、どういうことですの!?」
「中途半端な情報で動くと身を滅ぼすということだ。まあ、すぐにセルティの部下が来るだろう」
「さて、それはどうでしょう?」

 落ち着いた低い声にクリスが入り口の方を向く。そこにはベレンの執事が立っていた。

「ジャコモ! これは貴方の仕業なの!?」
「ベレン様、お静かに。これより、あなたの命は私の手の上にあるのですから」
「なにを馬鹿なことを! 魔力の使い過ぎで気でも触れたの!?」
「いえ、私はまともですよ」

 ジャコモと呼ばれた執事が指を鳴らす。すると、木箱の影に隠れていた傭兵たちが出てきた。全員が薄汚れた服を着ており、布で顔を隠している。

「どういうこと!?」
「あなた方には、これから人質となって頂きます。手荒なことはしたくありませんので、大人しくしてください」
「なにを言っているの!? 私にこんなことをして、どうなるか分かっているの!?」

 叫ぶベレンをジャコモが睨む。

「お静かに。人質は一人いれば十分ですから。ベレン様には、いますぐ死んで頂いてもよろしいのですよ?」
「私と、この女が同等だというの!?」

 半狂乱のベレンに傭兵が剣を突きつける。だが、ベレンは勢いよくその傭兵を睨みつけた。

「私が誰か分かっているの!? 私は現帝の姉の一人娘、ベレンガレアよ!」
「よく知っている。俺の故郷は現帝によって滅ぼされた」

 布の隙間から血走った目がベレンを見下ろす。カタカタと剣が小刻みに震え、そのまま首を刎ねるのを必死にこらえる。

 ここでようやくベレンは自分の立場を悟った。周囲は皇族を恨む者ばかり。いつ殺されてもおかしくない。
 ベレンは全身の力が抜けて床に座り込んだ。







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