【完結】秀才の男装治療師が女性恐怖症のわんこ弟子に溺愛されるまで

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クリスの女装と誘拐と

ジャコモによるしたたかな野望

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 座り込んだベレンの隣にクリスは立った。ジャコモが頷きながらクリスに訊ねる。

「やっとご自分の立場が分かりましたか。あなたも従ってもらえますよね?」
「これだけ周到に準備しているなら逃げ道もないのだろう? 無駄な抵抗をする気はない」
「素直でよろしい」
「これから、どうするつもりだ?」
「あなた方には荷箱に入って頂き、他の荷物と共に船に乗ってもらいます」
「川から港に行き、そのまま国外に逃げるのか」

 ベレンが俯いたまま首を横に振った。

「そんなこと簡単にできないわ。セルシティはこの国一の切れ者なのよ。あなたの浅はかな計画なんて、すぐに見抜いて助けに来るわ」
「それはどうでしょう? この誘拐の首謀者はベレン様、あなたになっています。あなたに関連がある場所はすぐに調べられるでしょうが、ここはまったく関係がない所。ここにたどり着く頃には海の上です」
「なぜ私が首謀者に!?」

 驚くベレンをジャコモが嘲笑う。

「誰が見てもそう考える状況でしょう? 私はあなたの命令で城の一画に特殊な魔法を施し、人が入れないようにした。そして、シェットランド領主を呼び込んだ」
「私が命令したのは、そこまでよ」
「しかし、そのことが発覚しそうになり転移魔法で逃げた」
「それは、あなたが勝手にしたことじゃない」
「そうですが、何も知らない人がそのことに気付くでしょうか? あなたが命令して逃げた、と予想するのが普通では?」

 ジャコモの指摘にベレンが硬直する。黙ったベレンと代わるようにクリスは訊ねた。

「おまえは何者だ?」
「しがない貿易商ですよ」

 ジャコモが悲しそうに微笑む。

「私の国は小さいながらも貿易の重要拠点として独立国を維持していました。しかし、大国の勢いには勝てず、表向きには同盟国という体裁を保ちながらも、実際は支配下されることになりました。戦うべきだと、反対する者もいました。それでも国として生き残るには、必要なことでした」

 悔しそうにジャコモが目を伏せた。

「それなのに一部の者が暴走しました。同盟を祝した席で、大国の若き皇帝の毒殺を計画したのです。ですが、若き皇帝の姉により失敗。運良く逃れた若き皇帝は、私の国を徹底的に潰しました。かろうじて生き残った民は、大国に一矢報いることを決意し、世界中に散らばりました」
「復讐が目的か?」

 黙ったジャコモにクリスは続ける。

「……オンディビエラ子爵に接触した帝都の権力者はおまえだな? あと悪魔召喚をした亡国の王子をオークニーに入れたのも、おまえの手引きだろ?」

 ジャコモが表情を変えず、逆に質問した。

「なにを根拠に?」
「やり方が回りくどい。誰かを隠れ蓑にして自分は表に姿を見せない。相応の人脈がないと難しいが、現帝の姉の娘の執事なら相当な人脈と、そこそこの権力がある」

 答えないジャコモにベレンが叫んだ。

「本当なの!? 本当にそんな私の顔に泥を塗るようなマネをしたの!?」

 ジャコモがうんざりしたような顔になる。

「あなたの立場なんて、どうでもいいんですよ。私は内側からこの国を崩せればいいので」
「そういうことか」
「おや、なにか分かりましたか?」
「おまえはセルティの失脚を狙ったんだな?」

 ジャコモが面白そうに口角を上げる。

「なぜ?」
「この国は現帝の統治によって今は落ち着いている。だが、子に引き継がれた時、その安定が続くかは不明だ。だから、現帝はなるべく安定したまま国を引き継げるよう、三人の子に平等に役割と権力を与えている」

 クリスは指で数えながら話を続けた。

「第一皇子には政治、第二皇子には軍、第三皇子には経済。そうすることで、兄弟間での権力争いが起こることを防いだ。だが、そこにセルティが不祥事を起こし、失脚したら? 第一皇子と第二皇子が、セルティが持つ権力を巡って争う。そうなれば国を二分した争いになる」

 確信を持ったクリスはジャコモに言った。

「この国を亡ぼすことは出来なくても、内側から崩し、混乱させる。その隙に、他国に戦争を仕掛けさせ、占領された国を奪還させる。それが目的だな?」

 静寂の中、拍手の音が響く。

「その通り。なかなか聡明ですね。さすが神童と呼ばれるセルシティ皇子の婚約者。これなら人質としての価値は十分です。それどころか、あなたを使えばセルシティ皇子も操れそうですね」

 ジャコモが手を止めた。

「この国の女性は魔法が使えないそうですが、聡明なあなたに魔宝石を持たせておくのは危険です。魔宝石を出してください。拒否権はありませんよ」

 傭兵が再びベレンの首に剣を突きつける。ベレンがクリスに向かって怒鳴った。

「さっさと魔宝石を出しなさい! 私の首に傷が付いたら一生許さないわよ!」
「わかった。魔宝石を出せばいいんだな?」

 左手首に装着していたブレスレットをクリスは外した。銀色の鎖で作られた球体の中から赤い魔宝石を取り出し、左手の上に乗せる。

「こちらに渡しな……なっ!?」

 ジャコモが話している途中で、クリスは赤い魔宝石をパクリと口の中に放り込んだ。

「えっ!?」

 クリスの奇行に全員の動きが止まる。

 赤い魔宝石を飲み込んだ白い喉が上下に動く。

 全員が呆然とする中、ジャコモが慌てて叫んだ。

「吐き出させろ!」

 近くにいた傭兵の一人がクリスの頬を剣の鞘で殴った。髪留めが外れ、黒髪が広がる。クリスは倒れかけたが足を踏ん張り、顔を上げた。すると、そのまま腹を殴られ、膝をつく。しかし、飲み込んだ魔宝石は吐きださない。

 もう一度クリスを殴ろうとした傭兵をベレンが止めた。

「止めなさい! ルドの魔宝石なのよ! 下手に刺激を与えて暴発したら、この建物なんて跡形もなく消し飛ぶわ!」

 ベレンの必死の訴えに傭兵が下がる。ベレンがクリスに怒鳴った。

「あなた、あなたよ! 自分が何をしたか分かっているの!? よりにもよってルドの魔宝石を飲み込むなんて! ルドの魔力の大きさは知っているでしょ!? 体の内側からルドの魔力に食い破られて死ぬわ!」

 クリスは立ち上がりながらニヤリと笑った。優雅で美麗なのだが、化粧のため冷酷な美女に見える。

「これは私が預かったものだ。預かった以上、誰の手にも渡さない。それだけだ」
「なっ!? だからって自分の命をかけるなんて狂ってるわ!」
「そうか? 私は自分の欲望のために、簡単に人を傷つけるほうが狂っていると思うがな」

 悠然としているクリスにジャコモが舌打ちをした。

「魔力封じの手枷があっただろ? それを、こいつに付けろ。手枷が魔宝石の魔力を吸収して暴発する心配はなくなる」

 傭兵の一人が手枷を持って出てきた。

「両手を後ろに回せ」
「はぁ……」

 クリスは肩を落とし、これ見よがしにため息を吐く。その行動に傭兵が眉間にシワを寄せた。
 クリスは顔を上げて傭兵に視線を向ける。

「始めに言っておくが、それを私に付けたら、おまえは絶対に後悔するぞ」
「な、なにを根拠に……」

 傭兵が自分より小柄なクリスの気配に押され、ジャコモに視線を向けた。
 ジャコモが訝しみながらも頷く。

「気をつけて付けろ」
「はい」

 クリスは大人しく両手を後ろへ回した。傭兵がクリスの右手首に手枷を装着する。
 そして、左手首に手枷を装着した瞬間、クリスの体が光りに包まれた。





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