【完結】秀才の男装治療師が女性恐怖症のわんこ弟子に溺愛されるまで

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新たな出会い

クリスの記憶と異国の男

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 呼び鈴を鳴らして少しすると、ロレーナがメイドとともに部屋に入ってきた。
 そこでルドが室内にいることに気づいたロレーナが少しキツめの声で注意する。

「護衛とはいえ女性の部屋に男性が入るのは、あまり褒められたものではないと思いますよ」

 ルドが言い訳をするより先に、クリスが慌てたように説明をした。

「あの、私が部屋に入れました。呼び鈴が置いてある場所が分からず、はしたないこととは思ったのですが……」
「あら、あら。それは失礼しました。呼び鈴を近くに置いておりませんでしたか? それはさぞ、お困りになったでしょう」

 素直に詫びるロレーナ。声を聞く限りでは演技をしているようには感じない。
 そこでルドが会話に混じる。

「ところで、夕食のことですが……」
「そう、そう。夕食のことでご相談したいことがありましたの」

 ルドの話を遮ったロレーナが悲しそうな顔になる。

「急な来客がありまして……申し訳ないのですが、夕食をご一緒できなくなりました」

 それは好都合、とルドは思ったが表情には出さずに頷いた。

「わかりました。それでしたら、この部屋で夕食を頂いてもよろしいですか? お嬢様の食事は私が手助けしますので、食事だけ運んできてもらえたら助かります」
「食事の手助けなら使用人がしますから、ゆっくり食事を召し上がってください」
「いえ、ティアナ様は人見知りもありまして、不慣れな人の前だと緊張して休めないのです」
「あら、あら。それなら、そのようにいたしましょう」
「ありがとうございます」

 軽く頭を下げたルドにロレーナがクスリと笑う。そのことにルドが首をかしげた。

「どうかされましたか?」
「あら、気を悪くされたのなら、ごめんなさい。威厳と力を誇示して威張っている騎士が多いのに、あなたは謙虚で素直なんですね」
「そうですか?」
「そう、そう。そういうところですよ。では、食事を運ばせますので、ごゆっくりお過ごし下さい」

 ロレーナがメイドを連れて部屋から出る。
 あまりの呆気なさ、都合の良い展開に二人は絶句した。

「こんなに簡単に話が進んでいいのか?」
「……まだ油断はできません」
「そうだな」

 二人は警戒したが、ファウスティーノとロレーナがクリスたちの食事中に顔を見せることはなかった。


 クリスたちは夕食を終えると、余計な詮索をされないためにも早々に休むことにした……が、そこで問題が起きた。

「昨日のこともありますし、自分は部屋の前で見張りをします」
「だ、か、ら、設定を考えろ。たかが貴族令嬢に、それはやり過ぎだ。探られている可能性があるのに、余計に怪しまれる。お前の部屋は隣なんだから、なにかあればすぐに来れるだろ。とにかく部屋で休め」
「ですが……」

 ごねるルドにクリスは、閃いた! と手を叩く。

「そうだ! ならば、私がお前の部屋で一緒に休む。それなら問題ないな」
「別の問題が発生します!」
「ならば、言うとおりにしろ」

 疲労からかクリスの目が座っている。本気で部屋に押しかけてきそうなクリスに、ルドがガックリと肩を落とした。

「……わかりました」
「よし。では、さっさと出ていけ」

 話は終わったとばかりにクリスはベッドに潜り込んだ。

「はぁ……」

 ため息とともにルドが隣の部屋へ移動した。


 ベッドに入ってすぐ眠りについたクリスは、月明かりで目が覚めた。よく眠った気がして布団から顔を出したが周囲はまだ暗い。

「……夜明け前か」

 ベッドから出たクリスは、ベランダの前にある窓に近づき、カーテンを少しだけ開けた。
 雲一つない星空の中で満月が強く輝く。その光景にクリスは幼い頃に見ていた空を思い出した。

 記憶では空は常に黒く、星と青い球体が浮かぶ。
 ある日、クリスは周りにいた大人に青い球体の名前を訊ねた。

『ティアナは知りたいことが沢山あるのね』

 自分と同じ金髪緑目の女性の優しい声が響く。

『あれは……って言うのよ』

 教えてもらった言葉のところだけ音が抜けたように聞こえない。ただ、女性の悲しそうな微笑みが強く残る。

「あれは、誰なんだろうな」

 クリスが空へ手を伸ばす。手と月が重なるが掴むことはできない。
 記憶と同じ。見ることは出来ても触れることは出来ない。

「……遠いな」

 手を下ろして庭に視線をさげた。様々な植物が規則正しく並び、迷路のような道を作る。季節的に花は少ないが、手入れが行き届いた綺麗な庭。
 その中を動く影がある。クリスは咄嗟にカーテンの影に身を隠した。

「こんな時間に?」

 カーテンの隙間から動く影を覗き見る。
 影は植物を一つ一つ確認するように動いていた。

「庭師か? それにしては服装が綺麗だな」

 白くゆったりとした服が体の線を隠すように覆う。汚れ一つなく、裾には植物の刺繍がある。肩幅はしっかりしており、男らしい筋肉質な体格。

「あれは南東の……ケリーマ王国の伝統的な服だな。夫人が言っていた急な客人か?」

 海と砂漠を挟んだ南東にある大国。その国の民族衣装と似ている。

 観察をしていると、月光に照らされ、男の顔が見えた。

 漆黒の黒髪に、彫りが深く甘い顔立ち。この国では珍しい褐色の肌。遠くからでも分かるほど溢れた男の色気。
 この外見で愛を囁かれれば、大抵の女性は恋に落ちるだろう。それぐらいの美丈夫。

 男が動きを止め、顔を上げた。

 黒い前髪の下にある鋭い深緑の瞳がこちらを見る。クリスは吸い込まれるように窓を開け、身を乗り出していた。

「ティアナ様!」
「なんだ!?」

 突然、クリスの部屋のドアが開く。クリスが振り返り、ルドと顔を突き合わした。

「窓が開いた気配がしたので、侵入者かと……」
「あ、あぁ……すまない」

 クリスは窓の先に視線を落としたが、男の姿はなかった。ルドが周囲を警戒しながら窓を閉める。

「変わりありませんか?」
「あぁ」
「やはりドアの前で見張りをしたほうが……」

 そこまで言ってからルドが反論される、と身がまえた。しかし、クリスは何も言わず布団に潜り込む。

「ティアナ様?」
「……その呼び方のせいだ」
「よく聞こえなかったのですが」

 ルドがベッドの側にきて屈む。クリスは布団を被ったまま言った。

「好きにしろ」

 いつもの覇気がなく、どこか哀愁が漂う声にルドが戸惑う。

「あの、本当にいいのですか?」

 返事はない。少しして規則正しい寝息の音が聞こえてきた。
 ルドが困ったように赤髪をかく。

「……とりあえず廊下で見張るか」

 歩き出そうとしたルドは服を引っ張られて止まった。

「ん?」

 振り返るとクリスの手がルドの上着の裾を握りしめていた。ルドがクリスの手を外そうとして、手を止めた。

「どうするか……」

 クリスには、かなり無理をさせている。肉体の疲労が精神にも影響し、暗闇が不安を増大させる。
 本人が自覚していなくても、それが無意識の行動に出ることもある。

 ルドはクリスの手をそのままにして腰を下ろした。

「今夜だけだ」

 クリスの寝息を聞きながらルドは目を閉じた。







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