【完結】秀才の男装治療師が女性恐怖症のわんこ弟子に溺愛されるまで

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新たな出会い

領主ファウスティーノによるベッティーノの終わり

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 花の香りとは違うが、落ち着く匂い。微睡みとともに、ソレを胸に抱きしめる。
 そこに微かな声が聞こえるた。

「……ァナ様。ティアナ様、起きて下さい」
「……朝か」

 クリスは布団から顔を出し、目をこすりながら欠伸をする。
 体を起こすとルドの姿が目に入った。

 シンプルな紺色のシャツにセルシティの親衛隊の服である水色のズボン。そこに、昨日まで着ていた上着がない。

「お前、上着はどうした?」
「上着は……その、そこに……」

 言いにくそうにルドが指さした先はクリスの胸の中。視線を落とせば、ルドの上着を抱きしめている。
 クリスの顔が一瞬で真っ赤になった。

「なっ!? なっ、なんでここにあるんだ!?」
「昨日の夜、ティアナ様が寝ぼけて自分の上着を掴んで、そのまま寝てしまったのです」
「そ、それなら、上着だけ取れば良かっただろ!」
「それで起こしてはいけないと思いまして」

 平然と話すルドの姿にクリスは慌てているのが馬鹿らしくなった。顔を逸らし上着を突き返す。

「それは悪かったな」

 上着を受け取ったルドが執事が近づいてくる気配に気づき、急いで説明した。

「朝食を自分の部屋に準備してもらうようにしました。外で待っていますので、着替えが終わりましたら声をかけて下さい」
「……わかった」

 ルドが部屋から出て行く。クリスは手で額を押さえて俯いた。

「なにをやっているんだ、私は」

 ルドの上着はもうないのに、ルドの匂いが鼻をかすめた気がした。


 影から出した服に着替え、目に包帯を巻いたクリスはドアの外のルドに声をかけた。
 そして、隠匿の魔法がかけられたルドの部屋に移動。包帯を外して、準備されていた食事をとった。

 不機嫌顔で朝食を終えたクリスにルドが伺うように声をかける。

「そろそろ出発しようと思うのですが、大丈夫ですか?」
「あぁ」
「今日の夕方には帝都に着く予定です」
「あぁ」

 クリスはルドと視線を合わせない。朝の上着事件でクリスは気まずいのだが、そのことが分からないルドが心配そうに訊ねる。

「どこか悪いのですか? 時間はかかりますが馬車での移動にしましょうか?」
「いや、私は平気だ。行くぞ」
「わかりました」

 包帯を巻き、フードを被ったクリスの手にルドの手が触れる。その瞬間、クリスが手を引っ込めた。

「どうかされましたか?」
「あ……いや、なんでもない」

 そう言いながらクリスは一瞬だけ透視魔法を使うと、ルドの袖の裾を掴んだ。ルドが困惑したように呟く。

「……ティアナ様?」
「なんだ?」
「……いえ、なんでもありません」

 二人が廊下に出ると、控えていた老齢の執事が頭をさげた。

「馬の準備ができております。こちらへどうぞ」

 執事に城の入口まで案内されると、そこには一頭の馬とファウスティーノ夫妻がいた。
 ファウスティーノが笑顔で挨拶をする。

「おはようございます。昨日は夕食を共にできず、失礼しました」
「いえ。こちらこそ朝早くから対応していただき、ありがとうございます」
「この馬は走ることが好きですから、しっかり走ってくれますよ」

 ファウスティーノが馬を撫でながらルドに言った。

「それにしても、セルシティ第三皇子の発想には、いつも驚かされます。移動といえば同じ馬を使って目的地まで行くもの。それを、こうして疲れた馬を元気な馬と交換して、早く目的地に到着する方法を考え出すとは。普通は馬を貸し出す領主たちと良好な関係でないと出来ないことです。たとえ皇子であろうとも、全ての領主と良好な関係ではありませんから」

 そこまで言ってファウスティーノの細い目が開き水色の瞳がルドを射抜く。

「ただし、現帝の命であれば別ですが」

 前代未聞の移動方法で帝都に行く価値がクリスにあるのか。セルシティからの指示だが、その裏には現帝がいるのではないのか。

 ファウスティーノの言葉の裏を読み取ったクリスは無言を貫いた。
 ルドが穏やかな表情のまま淡々と話す。

「私は与えられた任務を遂行しているだけです」
「そうですね。道中、お気をつけ下さい」
「はい」

 そこにロレーナがクリスのところへ来て、小さな袋を握らせた。

「馬での移動は大変でしょうけど、頑張ってくださいね」
「あの……これは?」
「昨日の足湯に入れていた花を、乾燥させて詰めたものです。このまま香り袋として使ってもよいですし、湯につけて香りを楽しむこともできます。お土産に、どうぞ」
「ありがとうございます」

 ロレーナがクリスの耳元でこっそり囁いた。

「この花はね、昔ラベンダーという少女が少年に恋をしたけど、告白できずに待ち続けていたら一輪の花になってしまった、という由来がありますの。花言葉は"待ち続ける""献身的な愛"です」

 黙って聞いているクリスにロレーナが話を続ける。

「あなたも待ち続けてラベンダーのようにならないでね。想いは口に出して言わないと伝わりませんから」
「……伝わらなくてもいい想いもあります」
「そんなこと……」

 そこに一台の馬車が跳ねるようにやってきた。走る馬車の窓が開き、叫び声が響く。

「お待ちください!」

 急停車した馬車からベッティーノが転がりでる。意外な人物の声にクリスは眉間にシワを寄せた。

「しつこいな」
「隙を見て、すぐに出発します」

 いつの間にかクリスの隣に来ていたルドが盾になるように立つ。

「さ、昨日は失礼いたしました。馬での移動は大変でしょうから馬車で帝都まで送らせ……ヒィッ!? な、なにをするっ!?」

 ベッティーノの周りを兵士が囲み、剣を突きつける。ファウスティーノが前に出た。

「ベッティーノ殿。ここは私の領地。無断侵入は困ります」
「け、検問所は私を通したぞ!」
「止めるのも聞かず、勝手に金をばら撒いて走り去ったと報告がありました」
「グッ」

 ファウスティーノが冷えた声とともに細い目を開け、水色の瞳で見下ろす。

「ちょうど、これから帝都より使者が参ります。ご一緒に行かれたら良いでしょう」
「は?」
「お聞きしましたよ、昨日のこの方々への無礼の数々。さすがに領主としての品位を疑いました」
「そ、それは! 誤解が!」

 クリスは包帯で隠した目をルドに向けた。ルドが苦笑いを浮かべた雰囲気が伝わる。
 焦るベッティーノにファウスティーノが悠然と微笑んだ。

「帝都に戻りたかったのでしょう? 良かったではありませんか。帝都に戻れますよ、罪人として、ですが」
「だ、だから! それは誤解で! ヒャァ!」

 剣を首元に突きつけられ、ベッティーノが腰を抜かす。

「私の領地を乱す者は許しません。連れて行け」
「ま、待ってくれ! 話を!」

 ベッティーノの声が小さくなっていく。ファウスティーノが頭をさげた。

「お見苦しいところを、申し訳ありません」
「いえ、早い対処をありがとうございます」

 クリスを馬に乗せたルドにファウスティーノが話す。

「私の領地内でなにかありましたら、遠慮なくお申し付けください」
「ありがとうございます。失礼します」

 夫妻に見送られながらルドたちは城を出発した。



 クリスたちが城門を抜けたところで、ファウスティーノがロレーナに訊ねた。

「さて、どのように報告しましょうか?」
「可愛らしいお嬢さんでした。で、よろしいと思いますわ」
「それでよろしいのですか?」
「はい」
「わかりました。そのように現帝に報告しましょう」

 ファウスティーノが満足そうに微笑むロレーナの肩を抱く。

「次は昨夜来られた客人の朝の準備ですね」
「そうですね」

 ベッティーノの存在を忘れたように二人は城へ戻った。






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