【完結】秀才の男装治療師が女性恐怖症のわんこ弟子に溺愛されるまで

文字の大きさ
141 / 243
月からの流れ星と治療

ベレンとエルネスタ

しおりを挟む
 エルネスタのおどろおどろしい気配に気づいた騎士たちが動きを止める。全員が静かに視線を向けた先には、怖いほど綺麗な微笑みを浮かべたエルネスタ。

「こんな街中で、ナニを、しているの、かしら?」

 ランスタッドが抑圧的に怒鳴る。

「女は黙って下がってい……」

 言葉が終わる寸前でランスタッドの顔が地面にめり込んだ。

「女性に対する口の利き方を知らないようね?」

 エルネスタが微笑んだままランスタッドの後頭部を踏みつける。油断していたとはいえ、一瞬で魔法騎士団の騎士を沈めた実力に緊張が高まる。
 張り詰めた空気の中、ルドが落ち着かせるように声をかけた。

「母上。母上が踏まれているのは、魔法騎士団の騎士です。ゆっくりと足をどけてください」
「そんなの着ている服を見れば分かるわ。でも、それだけなら私が足をどける理由にはならないわね」

 怒りが上限を超えているエルネスタに誰も動けない。
 ランスタッドがどうにか起きあがろうと体を動かしたが、それを封じるようにエルネスタが言った。

「顔を動かしたら、私の足と下着を見ることになるわよ? そうなったら、責任を取ってもらいますからね。ちなみに私の夫はフィオリーノ・ガルメンディアですから、そのつもりで」

 女性が足を見せるのは、恋人や夫婦など親しい間柄だけ。もし、結婚している女性の足を見た場合は、その夫に決闘を申し込まれることになる。
 しかもフィオリーノ・ガルメンディアといえば、騎士の間では知らない人はいない武人であり、輝かしい戦歴の持ち主。憧れはすれど、決闘をするなど考えたくない。

「ぐっ……」

 ランスタッドが唸りながら顔を地面に向ける。エルネスタがクリスたちを見た。

「で、どうしてこうなったの?」
「いや、それが……」

 説明をしようとしたクリスをベレンが止める。

「私が説明いたしますわ」

 ベレンが包み隠さず、第三者の視点からすべてを話す。聞き終えたエルネスタが扇子を取り出して口元を隠した。

「そんなことで、これだけの騒ぎを起こすなんて浅はかね」
「ルドヴィクスが退団するというのだぞ!? そんなことではない!」
「ルドがいなくなったぐらいで揺らぐのなら、魔法騎士団なんて解散すればいいのよ」
「なんだと!?」

 吠えるランスタッドをエルネスタが睨む。

「なによりも、私の大切なお茶の時間を邪魔したのですから。し、か、も、この騒ぎですと、今夜予定していた夜会は開けそうにありませんものねぇ?」

 安全だと言われていた、この大通りでこれだけの騒ぎ。急遽、後始末や改善対策に追われる人が出てくるし、外面を大切にする貴族はこれだけの騒ぎがあった日の夜会には出席しない。

「どう責任をとって頂きましょうかしらぁ?」

 エルネスタの笑みの裏から怒りの炎が顔を出す。収束が見えない状況に騎士たちも動けない。
 そこにクリスが声をかけた。

「犬……いや、ルドの進退については、時間をくれ。魔法騎士団そちらに戻るように説き伏せる」
「本当か、ぐぁ……」

 顔をあげようとしたランスタッドをエルネスタが強く踏みつける。

「クリスちゃんはいいの? ルドが魔法騎士団に戻っても」
「それが、あいつの仕事だ。元の場所に戻るのは当然だろ」
「……そう」

 エルネスタがあっさりと足をどける。そのことにランスタッドが驚いた。

「なっ!?」

 警戒しながら体を起こしたランスタッドに、エルネスタが言った。

「今日のところは下がりなさい。こちらから、第二皇子にすべて報告させてもらうわ」
「……わかった。行くぞ!」

 騎士たちが負傷者を抱えて一斉に撤退する。
 エルネスタがパチンと扇子を閉じてクリスに微笑んだ。

「そのドレスも可愛らしくて、よく似合っているわ。ベレンが選んだの?」
「あ、あぁ……」

 クリスは質問に答えるより、エルネスタが魔法騎士団の騎士に直接意見をして通したことに驚いた。
 男尊女卑が強いこの国なら、普通は「女のクセに」の一言で、すべてがなかったことにされる。それどころか、全員から斬りかかられてもおかしくない状況だった。

 呆然と眺めるクリスから逃げるようにエルネスタが体をくねらす。

「そんなに見つめられたら、恥ずかしいわ」
「す、すまない」

 慌てて視線を逸らしたクリスにエルネスタが手を差し出した。

「さ、お茶の続きをしましょ」
「お茶?」
「えぇ。すっかり冷めてしまったから、もう一度注文をし直したのよ。さ、行きましょ」

 エルネスタに引っ張られ、クリスがバランスを崩す。

「うわっ」
「危ない!」

 こけそうになったクリスの腰をルドが支えた。

「大丈夫ですか?」
「あぁ……」
「どこか怪我を?」
「いや、慣れない靴で歩きにくいだけ……」

 クリスが顔を上げると、いつもより近い位置にルドの顔。ヒールの高さ分、背が高くなっており、普段と違う状況にクリスは言葉が詰まった。

 それはルドも同じで、化粧によっていつもとまったく雰囲気が違うクリスに戸惑う。しかも、ほんのり良い匂いまで。

 赤面して固まる二人にエルネスタが微笑む。

「あら、あら。まぁ、まぁ」

 その声にルドが我に返り慌てて姿勢を正した。

「元はと言えば、母上が師匠の手を引っ張ったのが、いけないんですよ」
「あら。それは御免なさいね」

 エルネスタが珍しく素直に謝ったため、ルドの背中に悪寒が走った。

「……母上、なにを企んでおりますか?」
「別に、何も。それよりも、お店までクリスちゃんをエスコートしなさい」
「いや、一人で歩け……クッ」

 言いながら足を踏み出したクリスはすぐにバランスを崩した。ルドがすぐに支えたが、戦闘で石が散乱している道は歩くのさえ難しい。

「ほら、ほら。ちゃんと支えていないと、クリスちゃんが足を挫いちゃうわよ?」

 少し考えたルドがクリスに頭をさげる。

「失礼します」

 ルドの腕がクリスの脇の下と膝の裏に入り、そのまま持ち上げられた。

「なっ!? なにをする!?」
「母上が言うように、足を挫いてはいけませんから。お店までですので、少し辛抱して下さい」

 クリスを横抱きにしたルドがさっさと歩き出す。その様子にオグウェノが苦笑いを浮かべた。

「オレたちの存在を完全に忘れているな」
「そうですけど、仕方ありませんわね」

 同意するベレンにエルネスタが声をかける。

「なかなか良いドレスを選んだのね」
「磨けば光る原石でも、磨き方が悪ければ、光ることは出来ませんから」
「あら、どういう意味かしら?」
「ご自身のセンスにお聞きになれば、よろしいかと」
「言うようになったわね」

 ベレンがにっこりと微笑む。

「もうルドは関係ありませんから」

 その言葉にエルネスタは目を丸くした。そして、満足そうに微笑んだ。

「それなら良かったわ。あなたも一緒にお茶にしましょう」

 二人は崩れた道を軽い足取りでカフェへとすすんだ。






しおりを挟む
感想 17

あなたにおすすめの小説

病弱な第四皇子は屈強な皇帝となって、兎耳宮廷薬師に求愛する

藤原 秋
恋愛
大規模な自然災害により絶滅寸前となった兎耳族の生き残りは、大帝国の皇帝の計らいにより宮廷で保護という名目の軟禁下に置かれている。 彼らは宮廷内の仕事に従事しながら、一切の外出を許可されず、婚姻は同族間のみと定義づけられ、宮廷内の籠の鳥と化していた。 そんな中、宮廷薬師となった兎耳族のユーファは、帝国に滅ぼされたアズール王国の王子で今は皇宮の側用人となったスレンツェと共に、生まれつき病弱で両親から次期皇帝候補になることはないと見限られた五歳の第四皇子フラムアーク付きとなり、皇子という地位にありながら冷遇された彼を献身的に支えてきた。 フラムアークはユーファに懐き、スレンツェを慕い、成長と共に少しずつ丈夫になっていく。 だがそれは、彼が現実という名の壁に直面し、自らの境遇に立ち向かっていかねばならないことを意味していた―――。 柔和な性格ながら確たる覚悟を内に秘め、男としての牙を隠す第四皇子と、高潔で侠気に富み、自らの過去と戦いながら彼を補佐する亡国の王子、彼らの心の支えとなり、国の制約と湧き起こる感情の狭間で葛藤する亜人の宮廷薬師。 三者三様の立ち位置にある彼らが手を携え合い、ひとつひとつ困難を乗り越えて掴み取る、思慕と軌跡の逆転劇。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

喪女なのに狼さんたちに溺愛されています

和泉
恋愛
もふもふの狼がイケメンなんて反則です! 聖女召喚の儀で異世界に呼ばれたのはOL・大学生・高校生の3人。 ズボンを履いていた大学生のヒナは男だと勘違いされ、説明もないまま城を追い出された。 森で怪我をした子供の狼と出会ったヒナは狼族の国へ。私は喪女なのに狼族の王太子、No.1ホストのような武官、真面目な文官が近づいてくるのはなぜ? ヒナとつがいになりたい狼達の恋愛の行方は?聖女の力で国同士の争いは無くすことができるのか。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

【完結済】隣国でひっそりと子育てしている私のことを、執着心むき出しの初恋が追いかけてきます

鳴宮野々花@書籍4作品発売中
恋愛
 一夜の過ちだなんて思いたくない。私にとって彼とのあの夜は、人生で唯一の、最良の思い出なのだから。彼のおかげで、この子に会えた────  私、この子と生きていきますっ!!  シアーズ男爵家の末娘ティナレインは、男爵が隣国出身のメイドに手をつけてできた娘だった。ティナレインは隣国の一部の者が持つ魔力(治癒術)を微力ながら持っており、そのため男爵夫人に一層疎まれ、男爵家後継ぎの兄と、世渡り上手で気の強い姉の下で、影薄く過ごしていた。  幼いティナレインは、優しい侯爵家の子息セシルと親しくなっていくが、息子がティナレインに入れ込みすぎていることを嫌う侯爵夫人は、シアーズ男爵夫人に苦言を呈す。侯爵夫人の機嫌を損ねることが怖い義母から強く叱られ、ティナレインはセシルとの接触を禁止されてしまう。  時を経て、貴族学園で再会する二人。忘れられなかったティナへの想いが燃え上がるセシルは猛アタックするが、ティナは自分の想いを封じ込めるように、セシルを避ける。  やがてティナレインは、とある商会の成金経営者と婚約させられることとなり、学園を中退。想い合いながらも会うことすら叶わなくなった二人だが、ある夜偶然の再会を果たす。  それから数ヶ月。結婚を目前に控えたティナレインは、隣国へと逃げる決意をした。自分のお腹に宿っていることに気付いた、大切な我が子を守るために。  けれど、名を偽り可愛い我が子の子育てをしながら懸命に生きていたティナレインと、彼女を諦めきれないセシルは、ある日運命的な再会を果たし────  生まれ育った屋敷で冷遇され続けた挙げ句、最低な成金ジジイと結婚させられそうになったヒロインが、我が子を守るために全てを捨てて新しい人生を切り拓いていこうと奮闘する物語です。 ※いつもの完全オリジナルファンタジー世界の物語です。全てがファンタジーです。 ※この作品は小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。

【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)

かのん
恋愛
 気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。  わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・  これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。 あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ! 本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。 完結しておりますので、安心してお読みください。

王宮地味女官、只者じゃねぇ

宵森みなと
恋愛
地味で目立たず、ただ真面目に働く王宮の女官・エミリア。 しかし彼女の正体は――剣術・魔法・語学すべてに長けた首席卒業の才女にして、実はとんでもない美貌と魔性を秘めた、“自覚なしギャップ系”最強女官だった!? 王女付き女官に任命されたその日から、運命が少しずつ動き出す。 訛りだらけのマーレン語で王女に爆笑を起こし、夜会では仮面を外した瞬間、貴族たちを騒然とさせ―― さらには北方マーレン国から訪れた黒髪の第二王子をも、一瞬で虜にしてしまう。 「おら、案内させてもらいますけんの」 その一言が、国を揺らすとは、誰が想像しただろうか。 王女リリアは言う。「エミリアがいなければ、私は生きていけぬ」 副長カイルは焦る。「このまま、他国に連れて行かれてたまるか」 ジークは葛藤する。「自分だけを見てほしいのに、届かない」 そしてレオンハルト王子は心を決める。「妻に望むなら、彼女以外はいない」 けれど――当の本人は今日も地味眼鏡で事務作業中。 王族たちの心を翻弄するのは、無自覚最強の“訛り女官”。 訛って笑いを取り、仮面で魅了し、剣で守る―― これは、彼女の“本当の顔”が王宮を変えていく、壮麗な恋と成長の物語。 ★この物語は、「枯れ専モブ令嬢」の5年前のお話です。クラリスが活躍する前で、少し若いイザークとライナルトがちょっと出ます。

次期騎士団長の秘密を知ってしまったら、迫られ捕まってしまいました

Karamimi
恋愛
侯爵令嬢で貴族学院2年のルミナスは、元騎士団長だった父親を8歳の時に魔物討伐で亡くした。一家の大黒柱だった父を亡くしたことで、次期騎士団長と期待されていた兄は騎士団を辞め、12歳という若さで侯爵を継いだ。 そんな兄を支えていたルミナスは、ある日貴族学院3年、公爵令息カルロスの意外な姿を見てしまった。学院卒院後は騎士団長になる事も決まっているうえ、容姿端麗で勉学、武術も優れているまさに完璧公爵令息の彼とはあまりにも違う姿に、笑いが止まらない。 お兄様の夢だった騎士団長の座を奪ったと、一方的にカルロスを嫌っていたルミナスだが、さすがにこの秘密は墓場まで持って行こう。そう決めていたのだが、翌日カルロスに捕まり、鼻息荒く迫って来る姿にドン引きのルミナス。 挙句の果てに“ルミタン”だなんて呼ぶ始末。もうあの男に関わるのはやめよう、そう思っていたのに… 意地っ張りで素直になれない令嬢、ルミナスと、ちょっと気持ち悪いがルミナスを誰よりも愛している次期騎士団長、カルロスが幸せになるまでのお話しです。 よろしくお願いしますm(__)m

処理中です...