【完結】秀才の男装治療師が女性恐怖症のわんこ弟子に溺愛されるまで

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クリスの失態と出生の秘密

すれ違う心〜ルド視点〜

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「師匠っ!」

 崩れ落ちていくクリスにルドは手を伸ばしたが届かない。
 クリスが床に倒れる寸前。影からカリストが現れ、ふわりと受けとめた。

「クリス様、大丈夫ですか?」
「あ、あぁ」

 クリスが脱力したまま、ぼんやりと返事をする。
 いつもなら、どんなに体調が悪くても他人に体を預けることを嫌い、無理やり起き上がろうとするクリス。だが、今はその気力もなく力も入らない。

 カリストがいつもと同じ様子で平然と声をかけた。

「馬車を呼びますので、戻りましょう」
「あぁ……」

 焦点が合わないクリスを横抱きにして、カリストが立ち上がる。

「では、お先に失礼します」

 カリストは一礼すると、クリスを抱えたまま歩きだした。
 歩調に合わせて揺れる艶やかな黒髪。切れ長で闇夜を連想させる漆黒の瞳。中性的で美麗な顔立ち。
 華奢な体格にも関わらず、人を抱えているとは思えない優雅な足取り。
 いつの間にか現れた眉目秀麗な執事に、女性客から感嘆のため息がこぼれる。

 その光景にオグウェノが少し悔しそうに呟く。

「おいしいところを持っていかれたな」
「おいしいところ?」

 怪訝な顔をして振り返ったルドにオグウェノがフッと笑う。

「おまえは分からなくていいんだよ」
「どういう意味ですか?」

 ルドの胸にドロッとした怒りに近いモノが溜まる。この感情が何なのか分からない。
 胸を押さえながらルドがオグウェノを睨む。だが、オグウェノは気にした様子なく質問を質問で返した。

「それより、これからどうするんだ? 魔法騎士団に戻るのか?」
「それは……」

 ルドは迷うことなく答えた。


 夕食時。
 エルネスタが計画していた晩餐会は中止となり、いつもの食事となった。しかし、そこにクリスの姿はない。
 クリスを呼びに行ったラミラがエルネスタに報告する。

「クリス様は食欲がないので、このまま休みたいと……」
「そう……」
「申し訳ございません」

 頭をさげるラミラにエルネスタが微笑む。

「あなたが悪いわけではないのだから、謝らないで。悪いのは……」

 そう言って睨んだエルネスタの先には、魂の抜け殻となっているルド。椅子に座り夕食をとっているが、その動きは規則正しく器械的。
 腑抜けた顔で正面を向いたまま、手と口だけを動かしている。

 そんなルドにエルネスタが盛大なため息を吐いた。

「いままで気付かなかった、この馬鹿息子が悪いんだから。こんなのが息子なんて悲しいわ」

 エルネスタの嘆きにも反応はなく、ルドの動きは変わらない。
 隣に座っているフィオリーノがルドに同情した。

「いままでのことを考えれば、仕方がないことだ。むしろ、これを機に女性と接することが出来るようになるんじゃないか?」
「あぁーなぁーたぁー? それはクリスちゃん以外の子を娘に迎えるということかしらぁ?」

 一段低くなったエルネスタの声にフィオリーノの肩が跳ねる。

「ち、違う! それは断じて違うぞ!」
「なら、どういう意味か、しっかり説明して、いただきましょうかぁ?」

 食堂がどす黒い何かに侵食されていく。
 巻き添えを避けるため、ラミラが気配を消してそっと下がり、他の使用人たちも入り口へ移動する。
 その不穏な空気の発生元であるエルネスタがルドに話しかけた。

「で、ルドはこれからどうするの? 明日にはシェットランド領に出発するのでしょう? 一緒に行くの? 行かないの?」
「あ……はい」

 呆然としたままのルド。その姿にエルネスタが笑顔で名を呼んだ。

「ルゥドォヴィィクゥスゥ?」
「はい!」

 突き刺すような殺気にルドは反射的に立ち上がる。

「明日はどうするのか、と聞いているのよぉ?」

 やっと意識が戻ったルドは頭をフル回転させて答えた。

「あ、明日は朝一番で馬車に乗って……」
「詳しい予定はいいわ。クリスちゃんと一緒に行くの? 行かないの? どっち?」
「共に行きます」

 即答したルドにエルネスタが、ほうっと感心した顔になる。

「思ったより、すんなりと答えたわね。じゃあ、なんでそんなにぼんやりしているの?」
「師匠の下で治療師の勉強をしたいのですが、どうすれば今まで通り学べるか……」
「クリスちゃんが女の子でも学びたいのね」

 ルドが大きく頷く。

「当然です。師匠が師匠であることに変わりはないのですから」

 エルネスタが満足そうに頷く。その隣でフィオリーノが提案した。

「学べなければ魔法騎士団に戻ればいい。手配しておくぞ」

 ルドがキッパリと首を振る。

「いえ。自分は師匠を守ると決めました。学ぶことが出来なくなっても、有事の際に駆けつけられるように近い場所に居たいと思います」
「そうね。魔法騎士団にいたら、すぐに駆けつけることができないもの。それなら、退団していいわ」

 あっさり退団を許可されたルドは目を丸くしてエルネスタに確認した。

「いいのですか?」
「女の子一人守れないのに、国なんて守れるわけないもの。そうでしょ?」

 話を振られたフィオリーノが言葉を詰まらす。

「そ、そうだな。だが、私はできれば魔法騎士団に戻ってほしい、が……」

 エルネスタから、ぶわっと闇が吹き出す。フィオリーノが隣からの重圧を振り払うように咳払いをした。

「だが、おまえは一度決めたら曲げないからな。それは治療院研究所に行くと言い出した時に、嫌というほど知った。あとは、おまえの好きにしろ」

 エルネスタから不穏な気配が消え、満面の笑みが広がる。

「さすが、あなただわ。賛成してくれると思いましたの」
「君を敵に回したくない、というのもある」
「あら、敵に回してもよくてよ?」
「命が惜しいからな。それに惚れた女は、敵にするより守りたい」
「もう! あなたったら!」

 エルネスタが嬉しそうにバシバシとフィオリーノの背中を叩く。
 惚気全開の両親を前にしても、ルドは一切表情を変えずに深々と頭をさげた。

「ありがとうございます」

 そして顔を上げたルドは着席すると、エルネスタに訊ねた。

「ところで母上は、いつから師匠が女性であることを、ご存知だったのですか?」
「あら〝神に棄てられた一族〟が女性しか生まれないことは、有名よ。知っている人は少ないし、箝口令が敷かれているけど」
「それは、有名と言えるのですか?」
「でも、一度聞いたら忘れられないでしょ?」
「確かにそうですが……あ!?」

 夕食を再開していたルドの手が止まる。

「待って下さい。シェットランド領の先代領主であるカイ殿は〝神に棄てられた一族〟ですよね?」
「えぇ、そうよ。今は白髪だけど、昔は獅子のように輝く黄金の髪だったわ。翡翠のように輝く瞳は仮面で隠されていたの。髪が白髪になってからは、外されているわね。おかげで、お会いした時は、いつでもあの瞳が見られるようになったわ」

 エルネスタが、うっとりと思い出しながら話す。その反対側では、ルドの手が微かに震えていた。

「では、あの数々の武勇伝は……」

 フィオリーノがルドの心境を察して静かにとどめを刺した。

「全て事実だ。お義父上、おまえの祖父であるガスパル将軍が実際に目の前で見ている」
「女性で、あそこまでの偉業を……」

 ルドは残りの食事を駆けこむように食べると、勢いよく立ち上がった。

「デザートはいらないの?」
「はい。鍛錬をしてきますので、先に失礼します」

 ルドは早足で食堂を後にした。






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