【完結】秀才の男装治療師が女性恐怖症のわんこ弟子に溺愛されるまで

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第三章・両思い編〜失われた記憶

それは、小さなおせっかいなでした

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「ク、クリス様。お、おはよう、ございます」
「おはよう。ナタリオ、ビアンカ。さあ、その手に持っている物を返してもらおうか」

 クリスが手を出す。ビアンカは観念したようにネックレスを返した。

「……はい。ごめんなさい」

 クリスが魔宝石を確認する。傷もなく、魔力が漏れた様子もない。真っ赤に輝く姿はルドの髪を思い出す。
 クリスはしっかりと握りしめながら二人に訊ねた。

「どうやってネックレスを取ったんだ?」

 怒られると思っていたビアンカが拍子抜けした顔になる。代わりにナタリオが自慢げに言った。

「オレの魔法を使ったんだ!」
「ちょっ、ナタリオ!」

 止めようとするビアンカをクリスが制する。

「どんな魔法だ?」
「なりたいものになる魔法! なりたいものを考えると、フワァーとなって、なりたいものになれるんだ!」
「それで鳥になって、このネックレスを持っていったのか?」
「そう!」

 魔法を使えたことをナタリオが自慢する。実際、魔法が使えるのは一種の才能であり普通は使えない。
 クリスはネックレスを首につけようとして、鎖が切れていることに気が付いた。

「無理やり外そうとしたみたいだな」
「あの……それは、ごめんなさい。うまく外せなくて……でも、ビアンカ姉ちゃんが早くしろって言うから……」
「ちょっと、私のせいにしないでよ!」
「言ったじゃないか!」

 半泣きで怒るナタリオの頭にクリスが手をのせる。

「これは簡単に直せるから気にするな。それより、さっき言ってた魔法だが、誰かに教えてもらったのか?」
「本で読んだ」
「その本はどこにあった?」
「えっとぉ、本がたくさんある部屋」
「……たぶん書庫だな。その本には赤いテープが貼ってなかったか?」
「んー、覚えてない」
「そうか」

 クリスは屈んでナタリオと視線を合わせた。

「ナタリオ、その魔法はあまりよくない魔法だ。何度も使っていると体に戻れなくなる」
「戻れなくなる?」
「難しくて分からないかもしれないが……体に戻れなくなったら、そのまま消えてしまう。お母さんに会えなくなるし、みんなとも遊べなくなる」
「ヤダ!」

 クリスはナタリオの頭をクシャクシャと撫でた。

「その年で魔法が使えるのは、才能がある証拠だ。ファニーに正しい魔法の使い方を学ぶといい。私からも言っておく」
「……魔法を使ってもいいの?」
「さっきの魔法はダメだぞ。ファニーから習った魔法なら使ってもいい」
「やった!」

 喜ぶナタリオをビアンカが呆れたように眺める。

「男の子って単純よね」
「ビアンカ」

 名前を呼ばれたビアンカの体が固まる。年齢的にも叱られることが分かっているのだろう。ギュッと目を閉じて小さくなっている。
 クリスは軽くビアンカの頭に手をのせた。

「もう、こういう事はするなよ」
「え?」

 ビアンカが恐る恐る目を開けると、クリスはポンポンと頭を撫でて手を離した。

「あ、あの、怒らないのですか?」
「私が怒らなくても、後でモリスとファニーからの説教がある」
「あ……」

 ビアンカの顔が真っ青になる。

「ご飯は食べたのか? まだなら、早くしないとなくなるぞ」
「食べる!」
「あ、待って!」

 ビアンカが慌ててナタリオを追いかけた。二人を見送ったクリスは改めて手の中の魔宝石を見つめる。

「……よかった」

 クリスは口元を緩めた。


 切れた鎖を別の物と交換したクリスは食堂へ移動した。
 クリスが席に座る。そこにカルラがスープとパンを運んできた。

「今朝はナタリオが失礼しました」
「いや、気にするな。それにしても、おまえの子だけあって魔法の才能があるな」
「いたずらっ子で手をやいております」

 カルラがスープをクリスの前に置く。

「だが、ナタリオが使っていた魔法は危険だ。あの魔法は二度と使わないように注意しとけ」
「どのような魔法ですか?」

 クリスは手早く食べながら説明をした。

「体から意識を抜き出して自由に移動する魔法だが、下手をすると体に戻れなくなり、最悪の場合は死ぬ」
「そのような魔法があるのですか!?」
「あぁ。どうやらシェットランド領の屋敷の図書室から送られてきた本の中に入っていたようだ。見つけて送り返さないといけない」
「探しておきます」

 頭をさげたラミラにクリスが頷く。

「頼む。禁忌魔法の目印として赤いテープが貼ってある」
「わかりました」
「それにしても、今日は朝から騒がしかったな。あとは治療院研究所で静かに過ごすか」
「そのことですが……」

 言いにくそうにカルラが口を挟む。

「なんだ?」
「先ほどセルシティ第三皇子より連絡がありまして、今から城へ参上するように、とのことでした」

 クリスは思わず額を押さえた。
 セルシティに関わることは大抵ロクでもない。むしろ、こちらが困る様子を楽しんでいる感がある。
 クリスは諦め半分で、椅子から立ち上がりながら訊ねる。

「用件は?」
「見せたいものがあるそうです。あと犬とは一緒に来ないように、ということでした」

 クリスの動きがピクリと止まる。が、すぐに動きだした。

「またロクでもないことを考えているんだろうな」
「クリス様」

 カルラが神妙な顔でクリスを見つめる。

「どうした?」
「私たちはみな、クリス様に救われました。子どもたちのやり方は、よろしくありませんでしたが、私たちはクリス様の幸せを願っております」
「私は不幸せではないぞ」
「クリス様」

 カルラが咎めるように声を低くする。

「そろそろ、ご自分の気持ちから目を逸らすのは、お止めになったほうが、よろしいと思います」
「なんのことだ?」
「犬との関係です」
「今のままで問題ない」
「ですが……」

 クリスは深くため息を吐いた。

「何度も言っているが、あいつの隣には可愛らしい女性が立つべきなんだ。魔宝石これはその女性が現れるまで預かっているだけだ」
「……では、なぜそのように苦しそうな顔をされているのですか?」

 クリスが思わず息をのむ。

「以前は同じことを言われても、そのような顔はされていませんでしたよ?」
「……そうか」

 これ以上話すことはない、とクリスはカルラに背を向けて食堂を後にした。

 静かな廊下に足音がやけに響く。屋敷のドアの前で控えていたカリストが白いストラを差し出した。

「どうぞ」

 クリスがストラを受け取り、首にかける。
 ドアを開けると、眩しすぎる日差しが目に刺し込んできた。爽やかな朝なのだが、何故かイライラする。

「お気を付けて」

 頭をさげたカリストに見送られ、クリスは馬車に乗り込んだ。座席に座ったクリスが窓に写った深緑の瞳に呟く。

「このままでいい。今のままでいい。これ以上、求めたらいけない。私は……」

 それはまるで自分に言い聞かせる呪文のようでもあった。
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