【完結】秀才の男装治療師が女性恐怖症のわんこ弟子に溺愛されるまで

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ケリーマ王国

それは、空飛ぶ帆船でした

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 数日後。
 クリスたちはオークニーとシェットランド領の間の山脈の中腹にある湖にいた。水面が鏡のように雲一つない空を写す。
 湖と同じ水色のワンピースを着たクリスが楽しそうに空を見上げた。

「大きな船ですね」

 クリスの視線の先には、悠然とこちらに来る巨大な飛空艇。三連の白い帆一杯に風を受けて進む光景は海に浮かぶ帆船と変わらない。

 飛空艇を始めて見たセルシティは子どものように紫の瞳を輝かせた。

「なかなか壮大な光景だな。執務がなければ共に行ったのに残念だ」

 その言葉に親衛隊とルドの顔が引きつる。

「セルは絶対に来ないでくれ」
「おや、おや。そんな寂しいことを言うと、セスナとやらで追いかけるよ?」

 セルシティが妖艶な微笑みを浮かべる。美貌と相まって普通の人なら見惚れるが、親衛隊とルドは背筋が凍った。冗談交じりに言っているが、やると言ったら必ずやる。
 ルドが懇願するように大きく首を横に振った。

「頼むから待っていてくれ」
「では、土産を頼むよ」
「わかった」

 土産という言葉にクリスが小走りでセルシティのもとへ来た。フワリとスカートが風で揺れ、裾からレースが現れる。

「どのようなお土産がいいですか?」

 明るく笑いながら小首を傾げて訊ねる姿は可愛らしく、可憐な乙女そのもの。記憶を失くす前のクリスからは想像できない。
 セルシティが微笑んだまま答える。

「クリスティが選んでくれたものなら、なんでもいいよ」
「それでは悩んでしまいます。せめて、食べ物とか食器とか服とか飾りとか、何か具体的にありませんか?」
「うーん、じゃあ寝室に飾れる物をお願いしようかな」
「わかりました。楽しみに待っていてください」

 楽しそうに答えるクリスにカルラが泣きつく。

「クリスさまぁぁぁぁ。私もご一緒したかったですぅぅぅ」
「え? でも……」

 クリスが号泣するカルラに困惑した。そこにラミラがやってきて、容赦なくカルラを引きはがす。

「ナタリオと一緒に屋敷で留守番してください」
「前回に引き続き、今回も留守番なんてぇぇぇぇ」

 カルラが悔しそうに白いハンカチを噛みしめる。クリスは慌てて慰めた。

「あの……お、お土産! お土産買ってきますから! なにがいいですか?」

 カルラがハンカチを手放し、クリスの両肩に手を置く。茶色の瞳は鬼気迫る勢いで、クリスは逃げたくなったが、肩をしっかりと掴まれ動けない。

「土産話を! 土産話を待っております! 特に犬とノォォォ……」

 ラミラが再びクリスからカルラを引きはがした。

「犬?」

 足元を見回すクリスにラミラが笑顔を繕って話す。

「それより、一緒に荷物の確認をしていただけませんか? 忘れ物があるといけませんから」
「はい!」

 クリスは明るく良い子の返事をした。
 ラミラが荷物が置いてある場所までカルラを引きずって歩き、クリスはその後ろをついていく。
 その光景を眺めながらセルシティが呟いた。

「クリスティはあれでもいいのかもしれないな」

 予想外の言葉にルドが視線をキツくする。

「どういうことだ?」
「クリスティのあの姿。年相応だと思わないか? クリスティには、あぁいう普通の人生もあったはずなんだ」
「……」
「偽りだらけの姿より、素の自分で動ける方が生きやすいだろ」

 琥珀の瞳を伏せたルドにセルシティが口元だけでニヤリと笑う。

「そうは言っても、どう生きるかは本人が決めることだ。偽りだらけの姿でも、本当の姿を晒せる相手がいれば、その負担も軽くなるだろうな」
「……本当の姿」

 ルドが顔をあげてクリスに視線を向けた。笑顔でラミラと会話をするクリスは生き生きしているように見える。
 セルシティがルドの肩を軽く叩いた。

「君次第だよ」
「え?」
「記憶が戻った時、クリスティがどの生き方を選ぶか。楽しみだね」
「それは、どういう……」

 飛空艇が湖に着水し、大きく波打つ。セルシティがルドを放置してオグウェノのところへ移動した。

「飛空挺の中を少し見学させてもらってもいいかな?」
「甲板と操舵室ぐらいなら、いいぞ」

 セルシティが素直に驚いた表情をする。

「操舵室もいいのかい?」
「あぁ。普通の帆船の操舵室と変わらないからな。案内しよう」

 飛空艇から長い板が湖の岸に下ろされる。その板の上を走って縄を持った男たちが降りた。素早く周囲の木に縄を結び、飛空艇を固定する。
 あっという間に固定が終わり、オグウェノが手招きをした。

「では、案内しよう」

 オグウェノが慣れた足取りで板の上を歩いていく。その後ろを親衛隊とセルシティが続く。クリスも追いかけようとしたが、板に足をかけて止まった。

「師匠? どうかしましたか?」
「あ、い、いえ。なんでもないです」

 思ったより板が揺れる。頑丈な厚さと幅があるが、手すりもない状態で歩くには怖い。
 クリスが躊躇っていると、背後から声をかけられた。

「先に行きますわよ」

 振り返ると当然のようにベレンを抱えたイディが、スタスタと板の上を歩き飛空艇に乗り込んだ。
 その光景をクリスが呆然と眺めていると、地面から足が離れた。

「えっ!?」
「その服では歩きにくいと思いまして」

 ルドにお姫様抱っこされたクリス。
 記憶を失う前のクリスであれば、ここで暴れるか文句を言う。
 ルドはクリスが暴れたり叫んだりしてもいいように身構えたが、何も起きない。腕の中に視線を落とすと、クリスが顔を真っ赤にして小さくなっていた。

「す、すみません。お願いします」

 予想外すぎる反応にルドもつられて赤くなる。不覚にもクリスのことを可愛いと思ってしまった。

「は、はい」

 ルドはクリスが怖い思いをしないように、慎重に板の上を歩く。
 その様子に荷物を運んでいたラミラが手を止めた。クリスを見つめるラミラにカリストが声をかける。

「どうかしましたか?」
「いえ。なんでもありません」
「セルシティ第三皇子が言われるように、クリス様にはあのような生き方もあるのでしょうね」

 カリストの達観したような呟きにラミラが声を上げた。

「ですがっ……」
「記憶がなくてもクリス様はクリス様です」
「……わかっています。今のクリス様は、しがらみもなく伸びやかに過ごされていますし、このままの方がいいのかもしれない、と思うこともあります。ですが……」

 ラミラが複雑な表情で俯く。カリストが神妙に頷いた。

「クリス様にとって幸せな生き方かどうか。それを決めるのはクリス様です」
「……はい」
「荷物はこれで全部かぁー?」

 飛空艇の乗組員の大声が響く。

「これもお願いします!」

 ラミラが慌てて運んでいた荷物を持ち上げる。カリストは無言で飛空艇を見上げた。




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