【完結】秀才の男装治療師が女性恐怖症のわんこ弟子に溺愛されるまで

文字の大きさ
219 / 243
閉ざされた世界からの反撃

それは、ご褒美的な拷問でした

しおりを挟む
 サウナの熱により、じわりと汗が出る。だが、それは不快な汗ではなく、運動後の爽やかな汗。目を閉じれば、香油によるバラの香りで花束に埋もれている気分。

 と、必死に他のことを考えることでルドは隣から気を逸らしていた。

 すぐ隣にはクリス。しかも、布一枚巻いた姿。豊満な胸は布の中にキュッと収まり、谷間を強調。普段は隠れている足が、太ももが、チラチラと視界に……
 そもそも女性が足を見せるのは伴侶など、親しい間柄の相手のみ。それは、クリスも知っているはずだ。それを知っていながら、その恰好で二人でいるということは……

 ルドが悶々と考える。そこに、クリスが話しかけた。

「いろいろあったな」
「ヘッ!? あ、はい。そう、ですね」

 クリスが首を傾げる。

「どうした? 逆上せたか?」
「い、いえ! まったく、そんなことはないです!」
「そうか。だが……無事で良かった」
「そ、そうですね。カリストが無事でよかったですね」

 ルドが前を向いたまま答える。が、それから話が続かない。
 沈黙に耐えきれなくなったルドがクリスを覗き見る。すると、クリスもこちらを見ていた。その顔は目元が緩み、どこか嬉しそうな、気が抜けた笑顔。

「おまえも、無事でよかった」
「ちょっ、待っ……」

 ルドが右手で顔を押さえてクリスに背を向ける。そんな表情で、そんなことを言うなんて、反則だ。

「どうした? やはり、調子が悪いのか?」
「大丈夫で……ゴホッ、ゲホッ……」

 ルドは深呼吸をしようとして咳き込んだ。高温の蒸気で喉が刺激され、勝手に咳が出る。

「おい、本当に大丈夫か?」
「いや、空気を吸いすぎて……サウナの中で深呼吸をしたら、いけないですね」
「なんだ、それ」

 クリスがクスクスと笑う。ルドも思わず笑った。

「でも、本当に良かったです。師匠の記憶も、ちゃんと戻って」
「あ、あれは、だな。その……わ、私はなにも覚えていない! 記憶がなかった時のことは、何も覚えていないからな!」
「はい、はい」

 クリスにとって記憶がなかった時のことは黒歴史だ。闇に葬り、なかったことにしたいのだろう。
 ルドは軽く流したが、クリスが詰め寄る。

「本当に覚えていないからな! いいな!」
「そういうことに、しときましょう」
「そういうことではなく!」

 クリスがルドの太ももに手をつき、下から覗き込む。上目遣いの顔面ドアップ。腕に迫る柔らかそうな谷間。バラ以外のいい匂いが鼻をくすぐる。

 ルドは前傾姿勢になりながら、上半身だけクリスから逃げた。

「分かりました。分かりましたから、落ち着いてください」

 実際に落ち着いてほしいのはルド自身なのだが。心臓が暴走を止めない。
 クリスが疑うように睨む。

「おまえ、心の中で私の思考を見たとか、言っていただろ? どこまで見た?」
「いや、それは……」

 ジリジリと逃げるルドをクリスが追いかける。敷物の端まで追い詰められ、これ以上は逃げられない。だが、クリスが全身で迫ってくる。

 胸が! 胸が腕に当たっている! なんか、柔らかい!? 想像以上に柔らかい!?

 半分パニックになっているルドが前傾姿勢のまま両手で顔を覆う。

「言います! 言いますから、戻ってください!」

 そこでクリスが我に返り、離れる。

「……いや、言わなくていい。自分の思考なんて、言われても困るだけだ」
「こっちのほうが困ってます……」

 息も絶え絶えにルドが呟く。

「ん? なんだ?」
「いえ、なんでもありません」

 ルドが太ももの上に肘をつき、頭を下げて苦悩する。

「なんだ、この拷問……ある意味、ご褒美的な状況なのに……」
「どうした? 気分が悪くなったか?」
「いえ、大丈夫です」

 ルドが体を起こしてクリスの方を向く。拳一つ分の距離を空けた先で、クリスが心配そうに見つめている。
 潤んだ深緑の瞳。紅潮した頬。艶やかな唇。茶髪が流れる、滑らかな肌。豊満でしなやかな体。
 抱きしめたくなる衝動をグッとこらえる。

「師匠。ずっと、言いたかったことが……」
「あっ!?」

 クリスが慌てたように、ルドの右耳にある魔宝石のピアスに触れた。

「おまえ、サウナに金属を付けて入るな! 火傷するぞ!」
「え?」
「金属が熱を溜めて、触れている皮膚を火傷させるんだ。すぐに外せ」
「あ、はい。あの、師匠は魔宝石をどうしているのですか?」

 ルドがピアスを外す。クリスは首にかけているタオルをめくった。

「タオルで鎖を包み、直接皮膚に触れないようにしている」
「さすがですね」

 クリスがピアスの外れたルドの右耳に触れる。

「少し赤くなっているが、これなら大丈夫そうだな。次からは気を付けろよ」
「はい……」

 何か言いたそうなルドの様子にクリスが気づく。

「どうした?」
「師匠は耳に付けてくれませんか?」

 ピアス式になっている魔宝石は本来、伴侶となる相手に渡し、夫婦が揃って耳に付けるもの。それはクリスも分かっている。だからこそ……

 クリスは顔を背けた。

魔宝石これは預かっているだけだ。そういうことは、渡すべき相手に言え」
「自分は師匠に付けてほしいんです」

 クリスが話を切るように立ち上がる。

「出る」
「師匠!」

 ルドが立ちあがり、クリスの腕を掴む。

「自分は、本気です。自分は……」

 そこで、サウナの外から声がした。オグウェノが何か言っている。
 オグウェノの存在をすっかり忘れていたルドは慌ててドアを見た。

「しまった」
「どうした?」
「師匠は、もう少しここにいてください」

 焦りながらも真剣なルドをクリスが訝しむ。

「なぜだ?」
「師匠は、ゆっくり出てきてください」

 ルドがクリスを布に座らせる。

「ね?」

 ルドの有無を言わさない笑顔。クリスは不審な視線を向けたまま渋々頷いた。

「……わかった」

 ルドが素早くサウナから出る。手を上げているオグウェノに突進した。

「なかなか出て来ないから、倒れているのかと思ったぞ。オレもサウナに入るから、さっき渡した布を……」
「いますぐ風呂から出てください」
「へ?」

 ルドは殺気を込めて言った。

「すぐ、出てください」
「おい、せめて理由ぐらい……」
「出てください」
「おまえなぁ……」

 ルドの気迫に負けたオグウェノが文句を飲み込む。

「分かった。貸し一つな」

 オグウェノが風呂から出て行く。ルドが安堵していると、クリスがサウナから顔を出した。

「出てもいいか?」
「はい、どうぞ」

 ルドが良い笑顔で答えながら脱衣所の方を見た。

 オグウェノが戻って来るとも限らないし、他の誰かが来る可能性もある。誰も入らないように、脱衣所で見張っていなくては。

「では、自分は出ますので」

 ルドが歩き出したところで髪を引っ張られた。振り返るとクリスが襟足から伸びた赤髪を握っている。

「師匠?」
「へっ? あっ……」

 クリスが慌てて手を離す。

「いや、すまん。出る邪魔をして悪かったな」

 無意識にルドの髪を掴んだのだろう。どこか気まずそうにクリスが顔を逸らす。だが、その姿はどこか寂し気で、この広い浴室に一人残すなんてできない。

『閉鎖』

 ルドは浴室に誰も入れないように、脱衣所に繋がるドアに小声で魔法をかけた。

「あ、水風呂に入るのを忘れていました。サウナの後は水風呂に入ったほうが良いんですよね?」

 少しワザとらしくなったルドだが、気づいていないクリスは明るく答えた。

「あぁ。血流が良くなるし、サウナの後の水風呂は気持ちいいぞ」
「水風呂って初めてなんですよ……冷たっ!?」

 足先を付けたルドが思わず叫ぶ。

 これは水というより氷だ。微かにオグウェノの魔力を感じる。どうやら魔法で水を氷る寸前の温度まで下げたらしい。

「……嫌がらせか?」

 ルドの呟きが聞こえていないクリスは笑顔で言った。

「こういうのは、思い切って入ったほうがいいぞ」
「え? ちょっ、待っ!? ギャ……!?」

 クリスに背中を押され、ルドは氷水になっている水風呂に頭から落ちた。





しおりを挟む
感想 17

あなたにおすすめの小説

病弱な第四皇子は屈強な皇帝となって、兎耳宮廷薬師に求愛する

藤原 秋
恋愛
大規模な自然災害により絶滅寸前となった兎耳族の生き残りは、大帝国の皇帝の計らいにより宮廷で保護という名目の軟禁下に置かれている。 彼らは宮廷内の仕事に従事しながら、一切の外出を許可されず、婚姻は同族間のみと定義づけられ、宮廷内の籠の鳥と化していた。 そんな中、宮廷薬師となった兎耳族のユーファは、帝国に滅ぼされたアズール王国の王子で今は皇宮の側用人となったスレンツェと共に、生まれつき病弱で両親から次期皇帝候補になることはないと見限られた五歳の第四皇子フラムアーク付きとなり、皇子という地位にありながら冷遇された彼を献身的に支えてきた。 フラムアークはユーファに懐き、スレンツェを慕い、成長と共に少しずつ丈夫になっていく。 だがそれは、彼が現実という名の壁に直面し、自らの境遇に立ち向かっていかねばならないことを意味していた―――。 柔和な性格ながら確たる覚悟を内に秘め、男としての牙を隠す第四皇子と、高潔で侠気に富み、自らの過去と戦いながら彼を補佐する亡国の王子、彼らの心の支えとなり、国の制約と湧き起こる感情の狭間で葛藤する亜人の宮廷薬師。 三者三様の立ち位置にある彼らが手を携え合い、ひとつひとつ困難を乗り越えて掴み取る、思慕と軌跡の逆転劇。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

喪女なのに狼さんたちに溺愛されています

和泉
恋愛
もふもふの狼がイケメンなんて反則です! 聖女召喚の儀で異世界に呼ばれたのはOL・大学生・高校生の3人。 ズボンを履いていた大学生のヒナは男だと勘違いされ、説明もないまま城を追い出された。 森で怪我をした子供の狼と出会ったヒナは狼族の国へ。私は喪女なのに狼族の王太子、No.1ホストのような武官、真面目な文官が近づいてくるのはなぜ? ヒナとつがいになりたい狼達の恋愛の行方は?聖女の力で国同士の争いは無くすことができるのか。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

【完結済】隣国でひっそりと子育てしている私のことを、執着心むき出しの初恋が追いかけてきます

鳴宮野々花@書籍4作品発売中
恋愛
 一夜の過ちだなんて思いたくない。私にとって彼とのあの夜は、人生で唯一の、最良の思い出なのだから。彼のおかげで、この子に会えた────  私、この子と生きていきますっ!!  シアーズ男爵家の末娘ティナレインは、男爵が隣国出身のメイドに手をつけてできた娘だった。ティナレインは隣国の一部の者が持つ魔力(治癒術)を微力ながら持っており、そのため男爵夫人に一層疎まれ、男爵家後継ぎの兄と、世渡り上手で気の強い姉の下で、影薄く過ごしていた。  幼いティナレインは、優しい侯爵家の子息セシルと親しくなっていくが、息子がティナレインに入れ込みすぎていることを嫌う侯爵夫人は、シアーズ男爵夫人に苦言を呈す。侯爵夫人の機嫌を損ねることが怖い義母から強く叱られ、ティナレインはセシルとの接触を禁止されてしまう。  時を経て、貴族学園で再会する二人。忘れられなかったティナへの想いが燃え上がるセシルは猛アタックするが、ティナは自分の想いを封じ込めるように、セシルを避ける。  やがてティナレインは、とある商会の成金経営者と婚約させられることとなり、学園を中退。想い合いながらも会うことすら叶わなくなった二人だが、ある夜偶然の再会を果たす。  それから数ヶ月。結婚を目前に控えたティナレインは、隣国へと逃げる決意をした。自分のお腹に宿っていることに気付いた、大切な我が子を守るために。  けれど、名を偽り可愛い我が子の子育てをしながら懸命に生きていたティナレインと、彼女を諦めきれないセシルは、ある日運命的な再会を果たし────  生まれ育った屋敷で冷遇され続けた挙げ句、最低な成金ジジイと結婚させられそうになったヒロインが、我が子を守るために全てを捨てて新しい人生を切り拓いていこうと奮闘する物語です。 ※いつもの完全オリジナルファンタジー世界の物語です。全てがファンタジーです。 ※この作品は小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。

【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)

かのん
恋愛
 気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。  わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・  これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。 あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ! 本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。 完結しておりますので、安心してお読みください。

王宮地味女官、只者じゃねぇ

宵森みなと
恋愛
地味で目立たず、ただ真面目に働く王宮の女官・エミリア。 しかし彼女の正体は――剣術・魔法・語学すべてに長けた首席卒業の才女にして、実はとんでもない美貌と魔性を秘めた、“自覚なしギャップ系”最強女官だった!? 王女付き女官に任命されたその日から、運命が少しずつ動き出す。 訛りだらけのマーレン語で王女に爆笑を起こし、夜会では仮面を外した瞬間、貴族たちを騒然とさせ―― さらには北方マーレン国から訪れた黒髪の第二王子をも、一瞬で虜にしてしまう。 「おら、案内させてもらいますけんの」 その一言が、国を揺らすとは、誰が想像しただろうか。 王女リリアは言う。「エミリアがいなければ、私は生きていけぬ」 副長カイルは焦る。「このまま、他国に連れて行かれてたまるか」 ジークは葛藤する。「自分だけを見てほしいのに、届かない」 そしてレオンハルト王子は心を決める。「妻に望むなら、彼女以外はいない」 けれど――当の本人は今日も地味眼鏡で事務作業中。 王族たちの心を翻弄するのは、無自覚最強の“訛り女官”。 訛って笑いを取り、仮面で魅了し、剣で守る―― これは、彼女の“本当の顔”が王宮を変えていく、壮麗な恋と成長の物語。 ★この物語は、「枯れ専モブ令嬢」の5年前のお話です。クラリスが活躍する前で、少し若いイザークとライナルトがちょっと出ます。

次期騎士団長の秘密を知ってしまったら、迫られ捕まってしまいました

Karamimi
恋愛
侯爵令嬢で貴族学院2年のルミナスは、元騎士団長だった父親を8歳の時に魔物討伐で亡くした。一家の大黒柱だった父を亡くしたことで、次期騎士団長と期待されていた兄は騎士団を辞め、12歳という若さで侯爵を継いだ。 そんな兄を支えていたルミナスは、ある日貴族学院3年、公爵令息カルロスの意外な姿を見てしまった。学院卒院後は騎士団長になる事も決まっているうえ、容姿端麗で勉学、武術も優れているまさに完璧公爵令息の彼とはあまりにも違う姿に、笑いが止まらない。 お兄様の夢だった騎士団長の座を奪ったと、一方的にカルロスを嫌っていたルミナスだが、さすがにこの秘密は墓場まで持って行こう。そう決めていたのだが、翌日カルロスに捕まり、鼻息荒く迫って来る姿にドン引きのルミナス。 挙句の果てに“ルミタン”だなんて呼ぶ始末。もうあの男に関わるのはやめよう、そう思っていたのに… 意地っ張りで素直になれない令嬢、ルミナスと、ちょっと気持ち悪いがルミナスを誰よりも愛している次期騎士団長、カルロスが幸せになるまでのお話しです。 よろしくお願いしますm(__)m

処理中です...