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混乱とクリスの答え
それは、これから始まる混乱でした
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クリスは歩きながら周囲を観察した。
長く続く白い廊下は明るく清潔感がある。窓枠や柱には金やブルータイルをあしらい、涼し気だが豪華な造り。
天井から下がっている照明はクリスタルとガラスを組み合わせた最高級品。外から入る光を反射し、廊下を適度に照らす。
夜は照明に火を入れれば何重にも輝き、昼間のように廊下が明るくなるだろう。
さすが大国の王城。これだけの廊下は滅多にない。
感心しているクリスの手はオグウェノにエスコートされたまま歩いた。しばらくして繊細な彫刻が施されたドアが現れる。
ドアを挟んで立つ騎士たちが敬礼した。オグウェノがクリスをドアの前まで誘導して微笑む。
「いってこい」
「え?」
オグウェノが影を落としたような暗い目をクリスに向けた。
「女王は二人で話がしたい、と言っている」
騎士たちが両開きのドアを開ける。その先には机で執務を行っている女王、シシ。髪を碧色の布で巻き込み、ケリーマ王国の伝統衣装を着ている。
クリスに気がついたシシが顔をあげ、笑顔で声をかけた。
「来たか。入れ」
「……失礼する」
逃げられない状況。クリスが部屋に足を踏み入れる。背後でゆっくりとドアが閉まった。
シシが静かにクリスを見守る。なにもせず、ただ座っているだけ。それなのに、あふれる気品と威厳に自然と頭をさげそうになる。
これがケリーマ王国という大国を治める女王。
以前会った時は記憶がなかったため、何も感じなかった。だが、今なら分かる。過去に様々な国の王族を見てきた記憶がある今なら。
幾何の苦境を乗り越え、他の大国と渡り合ってきた手腕。それは知識だけでなく指導者、先導者として人々を引き付ける魅力。権威。才能。必要なものを、すべて兼ね備えている。
オグウェノは意識して、その気配を発する。だが、シシは意識せず放つ、生まれながらの王。
固い表情のまま動かないクリスにシシが立ち上がる。
「そんなに緊張するな。今後について、少し話をしたいと思っただけだ」
「今後?」
「まあ、座れ」
シシが部屋の端にあるソファーへ案内する。
木目を活かして磨き上げられ、優美な曲線を描いた手すり。座面には派手ではない柄に、さりげなく銀糸と宝石の刺繍がされた絹布。
テーブルの天板はガラス板。暗いガラス板に宝石が埋め込まれ、満天の星のように輝く。この応接セット一つで家が一軒買えるだろう。
クリスが警戒しながらソファーに腰を下ろす。クッションは柔らか過ぎず、適度に沈んだ。
シシが反対側のソファーに座る。
「クリス殿はこれからどうする予定かな?」
「もう数日ほど、こちらで療養をしたあと、国に帰ろうと考えている」
「数日……か」
「なにか問題でも?」
シシが胸の前で腕を組む。その動作一つ一つが流麗で目を奪われる。
「我が国はそうでもないが、そなたの国は神の加護が必要な魔法を多く使っている。そのため混乱は必死であり、今まさに始まっている」
「あぁ」
「それと、先代の皇帝より戦で無理に領土を拡大し、奴隷と領地を大量に保有している」
「あぁ」
「もし、その奴隷や占領された人々が、この混乱に乗じて一斉蜂起したら、どうなる?」
クリスが息を飲む。シシが思慮深く、深緑の瞳を伏せた。
「激動の連続だったからな。できれば休んでほしいところなのだが……」
「分かっている。この混乱を作り出した者として、責任はとる」
「そこは勘違いするな。そなたが悪いわけではない。これも流れの一つだ。そなたが必要以上に気負うことはない」
クリスが目を閉じる。シシは淡々と言葉を続けた。
「シェットランド領の領主として動くか、治療師のクリスティアヌスとして動くか。それとも、ただのクリスティアナとして動くか」
本名を呼ばれたことに驚き、クリスが目を開ける。シシが優しく微笑んだ。
「それを決めるのは、そなただ」
※※
その頃、廊下では……
オグウェノとルドが並んで待機していた。
見張りの騎士は一応、平然としている。だが、内心は居心地が悪かった。険悪な二人の空気にひたすら耐える。
沈黙に飽きたオグウェノがルドを挑発をするように言った。
「これぐらいで嫉妬するとは、心が狭いぞ」
ルドが無言でオグウェノを睨む。オグウェノは面白そうに笑った。
「しばらく会えなくなるのだから、別れの前に手ぐらい触れてもいいだろ」
「まだ、あと数日は滞在します」
「まったく、めでたい頭だな。そんな時間はないぞ」
「どういうことです?」
「第三皇子がセスナを飛ばして月姫を迎えに来させる」
ルドが目を丸くする。
「セスナを? そんな緊急事態が起きているのですか?」
「今から起きるんだよ。ケリーマ王国は神の加護が必要な魔法はそんなに使っていない。それに、女王の統治で各地の団結力は高く安定している。だが、そっちは違う。先代の皇帝からの無茶な領土拡大と強制的な奴隷制度。国の地盤が緩い」
意味を即座に理解したルドの顔が青くなる。その様子にオグウェノがニヤリと笑った。
「わかったか?」
「この混乱に乗じて、各地での反乱、奴隷の一斉蜂起が起きる可能性がある、と?」
「そうだ。そして、それを押さえるために兵や騎士が動く。かなりの血が流れる。だが、神の加護が必要な治療魔法は使えない。使えるのは月姫が使っている、魔法による治療のみ。シェットランド領に治療医師はいるが、圧倒的に数が少ない」
クリスと同じ深緑の瞳がルドを見据える。
「お前はどう動く? 魔法騎士団の騎士として鎮圧するか、それとも治療師として、負傷した人の治療をするか」
「自分は……」
ルドが答えを言う前にクリスが部屋から出てきた。
「師匠……」
「通信機がある部屋に行くぞ」
クリスの後ろをルドが歩く。二人の後を追おうとしたオグウェノがシシに呼び止められた。
「なんだ?」
「達者でな」
強制的な見送りの言葉にオグウェノが諦めたように肩をすくめる。
「今度はどこに行けばいいんだ?」
「そのうち分かる」
シシが意味深に微笑む。この母はいつも必要最低限の言動で自分を動かす。
オグウェノは黒髪をガシガシとかいた。
「へい、へい。じゃあ、いつでも旅に出れる準備をしておく」
「頼むぞ」
「じゃあな」
オグウェノが歩きながら手を振る。その後ろ姿をシシは目を細めて見送った。
※※
クリスは通信機でシェットランド領のカイと話そうとしたが、出たのはミレナだった。
『カイはセスナを飛ばして、そっちに向かっているよ。途中で休憩するから、明日の昼頃に着くんじゃないかな?』
「……動きが早いな」
『第三皇子にどうしてもセスナを飛ばしてほしいって懇願されたからね』
「やはり大変か?」
『んー、今はまだ大丈夫。むしろ、なにか手を打つなら今かな』
声だけの通信のため顔は見えない。だが、ミレナの紫の瞳が鋭く光っている顔が浮かぶ。ミレナは古い王族の血を引いているため、自然と国内外の情勢には敏感になる。
「この混乱を逆に利用する、か」
『そうだね。現帝たちの腕の見せ所、かな』
「まるで高みの見物だな」
『ま、実際にそうだから』
ミレナが年齢と性別に合わない、軽やかな高い声で笑う。
『何かが起きるにしても、状況を知って、することを決めて準備をする。それだけの時間が必要になる。当然、先に動き出したほうが有利だよね』
「現状を把握している分、こちらの方が有利ということか」
『そういうこと。まだ各地は混乱しているし、本当に神の加護が必要な魔法が使えなくなったのか、半信半疑なところもある。そこをどう利用するか、だね』
クリスが大きくため息を吐く。
「そこを考えるのは、国を治めているヤツらの仕事だろ」
『そうだね』
明るかった声が急に低くなる。
『クリスティ。こんな時だからこそ、よく考えて。あなたは、あなただ。利用されないように』
「わかった」
クリスが通信機を切る。心配そうなルドと目が合う。
「師匠」
「少し一人で考える時間をくれ」
そう言うとクリスは部屋にこもった。
食事も部屋で済ませ、カリストやラミラも最低限しか部屋に入れない。
心配になったルドがクリスの部屋の前をウロウロする。このまま一晩を廊下で過ごすのではないか、と思われた時。クリスがうんざりした様子で顔を出した。
「師匠!」
クリスが呆れたように額を押さえる。
「おまえなぁ、一人で考えたいって言ってるのに、部屋の前をうろつかれたら集中できないだろ」
「はい……」
ないはずの犬耳がペタンと伏せ、尻尾が寂しそうに垂れ下がっている幻が見える。あまりの犬っぷりに、クリスは言おうと思っていた文句がすべて吹き飛んだ。
毒気が抜かれたクリスが肩の力を抜いて笑う。
「少し散歩するか」
「お供します!」
歩き出したクリスにルドがついていった。
長く続く白い廊下は明るく清潔感がある。窓枠や柱には金やブルータイルをあしらい、涼し気だが豪華な造り。
天井から下がっている照明はクリスタルとガラスを組み合わせた最高級品。外から入る光を反射し、廊下を適度に照らす。
夜は照明に火を入れれば何重にも輝き、昼間のように廊下が明るくなるだろう。
さすが大国の王城。これだけの廊下は滅多にない。
感心しているクリスの手はオグウェノにエスコートされたまま歩いた。しばらくして繊細な彫刻が施されたドアが現れる。
ドアを挟んで立つ騎士たちが敬礼した。オグウェノがクリスをドアの前まで誘導して微笑む。
「いってこい」
「え?」
オグウェノが影を落としたような暗い目をクリスに向けた。
「女王は二人で話がしたい、と言っている」
騎士たちが両開きのドアを開ける。その先には机で執務を行っている女王、シシ。髪を碧色の布で巻き込み、ケリーマ王国の伝統衣装を着ている。
クリスに気がついたシシが顔をあげ、笑顔で声をかけた。
「来たか。入れ」
「……失礼する」
逃げられない状況。クリスが部屋に足を踏み入れる。背後でゆっくりとドアが閉まった。
シシが静かにクリスを見守る。なにもせず、ただ座っているだけ。それなのに、あふれる気品と威厳に自然と頭をさげそうになる。
これがケリーマ王国という大国を治める女王。
以前会った時は記憶がなかったため、何も感じなかった。だが、今なら分かる。過去に様々な国の王族を見てきた記憶がある今なら。
幾何の苦境を乗り越え、他の大国と渡り合ってきた手腕。それは知識だけでなく指導者、先導者として人々を引き付ける魅力。権威。才能。必要なものを、すべて兼ね備えている。
オグウェノは意識して、その気配を発する。だが、シシは意識せず放つ、生まれながらの王。
固い表情のまま動かないクリスにシシが立ち上がる。
「そんなに緊張するな。今後について、少し話をしたいと思っただけだ」
「今後?」
「まあ、座れ」
シシが部屋の端にあるソファーへ案内する。
木目を活かして磨き上げられ、優美な曲線を描いた手すり。座面には派手ではない柄に、さりげなく銀糸と宝石の刺繍がされた絹布。
テーブルの天板はガラス板。暗いガラス板に宝石が埋め込まれ、満天の星のように輝く。この応接セット一つで家が一軒買えるだろう。
クリスが警戒しながらソファーに腰を下ろす。クッションは柔らか過ぎず、適度に沈んだ。
シシが反対側のソファーに座る。
「クリス殿はこれからどうする予定かな?」
「もう数日ほど、こちらで療養をしたあと、国に帰ろうと考えている」
「数日……か」
「なにか問題でも?」
シシが胸の前で腕を組む。その動作一つ一つが流麗で目を奪われる。
「我が国はそうでもないが、そなたの国は神の加護が必要な魔法を多く使っている。そのため混乱は必死であり、今まさに始まっている」
「あぁ」
「それと、先代の皇帝より戦で無理に領土を拡大し、奴隷と領地を大量に保有している」
「あぁ」
「もし、その奴隷や占領された人々が、この混乱に乗じて一斉蜂起したら、どうなる?」
クリスが息を飲む。シシが思慮深く、深緑の瞳を伏せた。
「激動の連続だったからな。できれば休んでほしいところなのだが……」
「分かっている。この混乱を作り出した者として、責任はとる」
「そこは勘違いするな。そなたが悪いわけではない。これも流れの一つだ。そなたが必要以上に気負うことはない」
クリスが目を閉じる。シシは淡々と言葉を続けた。
「シェットランド領の領主として動くか、治療師のクリスティアヌスとして動くか。それとも、ただのクリスティアナとして動くか」
本名を呼ばれたことに驚き、クリスが目を開ける。シシが優しく微笑んだ。
「それを決めるのは、そなただ」
※※
その頃、廊下では……
オグウェノとルドが並んで待機していた。
見張りの騎士は一応、平然としている。だが、内心は居心地が悪かった。険悪な二人の空気にひたすら耐える。
沈黙に飽きたオグウェノがルドを挑発をするように言った。
「これぐらいで嫉妬するとは、心が狭いぞ」
ルドが無言でオグウェノを睨む。オグウェノは面白そうに笑った。
「しばらく会えなくなるのだから、別れの前に手ぐらい触れてもいいだろ」
「まだ、あと数日は滞在します」
「まったく、めでたい頭だな。そんな時間はないぞ」
「どういうことです?」
「第三皇子がセスナを飛ばして月姫を迎えに来させる」
ルドが目を丸くする。
「セスナを? そんな緊急事態が起きているのですか?」
「今から起きるんだよ。ケリーマ王国は神の加護が必要な魔法はそんなに使っていない。それに、女王の統治で各地の団結力は高く安定している。だが、そっちは違う。先代の皇帝からの無茶な領土拡大と強制的な奴隷制度。国の地盤が緩い」
意味を即座に理解したルドの顔が青くなる。その様子にオグウェノがニヤリと笑った。
「わかったか?」
「この混乱に乗じて、各地での反乱、奴隷の一斉蜂起が起きる可能性がある、と?」
「そうだ。そして、それを押さえるために兵や騎士が動く。かなりの血が流れる。だが、神の加護が必要な治療魔法は使えない。使えるのは月姫が使っている、魔法による治療のみ。シェットランド領に治療医師はいるが、圧倒的に数が少ない」
クリスと同じ深緑の瞳がルドを見据える。
「お前はどう動く? 魔法騎士団の騎士として鎮圧するか、それとも治療師として、負傷した人の治療をするか」
「自分は……」
ルドが答えを言う前にクリスが部屋から出てきた。
「師匠……」
「通信機がある部屋に行くぞ」
クリスの後ろをルドが歩く。二人の後を追おうとしたオグウェノがシシに呼び止められた。
「なんだ?」
「達者でな」
強制的な見送りの言葉にオグウェノが諦めたように肩をすくめる。
「今度はどこに行けばいいんだ?」
「そのうち分かる」
シシが意味深に微笑む。この母はいつも必要最低限の言動で自分を動かす。
オグウェノは黒髪をガシガシとかいた。
「へい、へい。じゃあ、いつでも旅に出れる準備をしておく」
「頼むぞ」
「じゃあな」
オグウェノが歩きながら手を振る。その後ろ姿をシシは目を細めて見送った。
※※
クリスは通信機でシェットランド領のカイと話そうとしたが、出たのはミレナだった。
『カイはセスナを飛ばして、そっちに向かっているよ。途中で休憩するから、明日の昼頃に着くんじゃないかな?』
「……動きが早いな」
『第三皇子にどうしてもセスナを飛ばしてほしいって懇願されたからね』
「やはり大変か?」
『んー、今はまだ大丈夫。むしろ、なにか手を打つなら今かな』
声だけの通信のため顔は見えない。だが、ミレナの紫の瞳が鋭く光っている顔が浮かぶ。ミレナは古い王族の血を引いているため、自然と国内外の情勢には敏感になる。
「この混乱を逆に利用する、か」
『そうだね。現帝たちの腕の見せ所、かな』
「まるで高みの見物だな」
『ま、実際にそうだから』
ミレナが年齢と性別に合わない、軽やかな高い声で笑う。
『何かが起きるにしても、状況を知って、することを決めて準備をする。それだけの時間が必要になる。当然、先に動き出したほうが有利だよね』
「現状を把握している分、こちらの方が有利ということか」
『そういうこと。まだ各地は混乱しているし、本当に神の加護が必要な魔法が使えなくなったのか、半信半疑なところもある。そこをどう利用するか、だね』
クリスが大きくため息を吐く。
「そこを考えるのは、国を治めているヤツらの仕事だろ」
『そうだね』
明るかった声が急に低くなる。
『クリスティ。こんな時だからこそ、よく考えて。あなたは、あなただ。利用されないように』
「わかった」
クリスが通信機を切る。心配そうなルドと目が合う。
「師匠」
「少し一人で考える時間をくれ」
そう言うとクリスは部屋にこもった。
食事も部屋で済ませ、カリストやラミラも最低限しか部屋に入れない。
心配になったルドがクリスの部屋の前をウロウロする。このまま一晩を廊下で過ごすのではないか、と思われた時。クリスがうんざりした様子で顔を出した。
「師匠!」
クリスが呆れたように額を押さえる。
「おまえなぁ、一人で考えたいって言ってるのに、部屋の前をうろつかれたら集中できないだろ」
「はい……」
ないはずの犬耳がペタンと伏せ、尻尾が寂しそうに垂れ下がっている幻が見える。あまりの犬っぷりに、クリスは言おうと思っていた文句がすべて吹き飛んだ。
毒気が抜かれたクリスが肩の力を抜いて笑う。
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