悪役を演じて婚約破棄したのに、なぜか溺愛モードの王子がついてきた!

ちゃっぴー

文字の大きさ
1 / 28

1

しおりを挟む
「あー、なんてことでしょう。リナ、あなたのそのドレス、わたくしが破いてしまったわー。ごめんなさいねー(棒読み)」

王宮のきらびやかな大広間。

シャンデリアの輝きが降り注ぐ舞踏会の中心で、私の声は虚しく響き渡った。

私の名前は、ミュール・アークライト。

この国でも一、二を争う名門、アークライト公爵家の長女である。

そして今、目の前で涙目になっている天使のように可愛らしい少女は、二つ下の妹、リナだ。

絹のようなプラチナブロンドに、澄んだアメジストの瞳。

まさに女神が手ずから作り上げたような至高の存在。

そんな妹をいじめる悪辣な姉。

それが、今の私の役どころである。

「お、お姉様……? 何を……?」

リナが困惑して首を傾げる。

その仕草すら愛らしい。

ああ、尊い。

今すぐに抱きしめて「ごめんね、リナちゃん可愛いよリナちゃん!」と叫びながら頭を撫でくり回したい衝動に駆られるが、私は必死にこらえた。

今の私は「悪役令嬢」なのだから。

私は扇子で口元を隠し、高笑いを作った。

「オーッホッホッホ! どう? 悔しいかしら? 次期王妃と噂されるあなたが、こんなボロボロの格好になるなんて! これでもう、王子殿下の隣には立てないわね!」

私は心の中でガッツポーズをする。

完璧だ。

どこからどう見ても、嫉妬に狂った醜い姉の姿だろう。

これで周囲の貴族たちは私を軽蔑し、妹のリナに同情を寄せるはずだ。

そして、私の婚約者であるキース王太子殿下は、私に愛想を尽かして婚約破棄を宣言する。

そうすれば、晴れてリナが新しい婚約者候補となり、将来は国母として幸せになるのだ。

私の完璧なシナリオ。

さあ、罵倒しなさい!

私に蔑みの視線を向けなさい!

私は周囲を見回し、期待に胸を膨らませた。

しかし。

「……ねえ、ミュール様、何をおっしゃっているのかしら?」

「さあ……。ドレスを破いたと言っているけれど、どう見てもリナ様のドレス、最新の刺繍が施されてバージョンアップしているように見えるのだが」

「あ、やっぱり? さっき休憩室でミュール様が必死に針を動かしているのを見たのよ。『ここがほつれてるわ! リナが転んだら大変!』って鬼の形相で直していたわ」

「なんだ、いつものシスコンか」

「解散、解散」

……あれ?

おかしい。

視線が冷たくない。

むしろ、生温かい。

「生温かい」を通り越して、「また始まったよ、やれやれ」といった呆れの空気が会場を支配している。

なぜ!?

私はこんなに悪辣なことを言っているのに!

「ち、違いますわ! これは悪質な嫌がらせなのです! 見てご覧なさい、この……えーっと、そう! 先日のリナのお茶会! わたくし、わざと塩と砂糖を入れ替えましたのよ! リナが楽しみにしていたマカロンを台無しにするためにね!」

私は必死に過去の「悪行」を暴露した。

どうだ、これなら言い逃れできまい。

しかし、群衆の中からクスクスという笑い声が漏れる。

「ああ、あれね。リナ様が『甘いものが苦手になった』ってポロッと言ったのを真に受けて、ミュール様が夜なべして開発した『塩キャラメルマカロン』でしょう?」

「王都で大流行しているわよね、あれ」

「リナ様、『お姉様が私のために新しい味を作ってくれた!』って感動して泣いてたよな」

だめだ。

全てが裏目に出ている。

私の悪事は、なぜか全て「妹への過剰な愛」として変換されて伝わっていた。

事実だけど!

いや、事実はそうなんだけど、今はそういう設定じゃないの!

私は焦った。

このままでは、婚約破棄どころか「仲良し姉妹の微笑ましいエピソード」として処理されてしまう。

それだけは阻止しなければならない。

私はリナは、次期王妃になるべき器なのだ。

私のような、ただ家柄が良いだけの凡庸な女が王太子の隣にいる場合ではない。

「お姉様……」

リナが潤んだ瞳で私を見上げてくる。

その瞳が「無理しないでください」と語りかけていた。

くっ、妹にまで気を遣われるとは、姉として情けない。

だが、ここで引くわけにはいかないのだ。

私は最後の手段に出ることにした。

物理的な攻撃だ。

もちろん、リナを傷つけるわけにはいかないので、リナの手をパシンと払いのけるフリをして、自分が派手に転ぶという高度なテクニックを使うつもりだった。

「ええい、目障りよ!」

私は大きく手を振り上げた。

その時だった。

「そこまでだ、ミュール」

凛とした、よく通る声がホールに響き渡った。

空気が一変する。

それまで弛緩していた貴族たちが、一斉に背筋を伸ばし、道を開けた。

現れたのは、この国の王太子、キース・フレイ・オルコット。

私の婚約者である。

輝くような金髪に、深い知性を宿した碧眼。

整った顔立ちは美術品のように美しいが、その笑顔には常に腹の底が見えない「何か」が潜んでいる。

キース様は、ゆっくりと、しかし確かな威圧感を纏ってこちらへ歩いてきた。

(来た……!)

私は心の中で歓喜の声を上げた。

ついに、断罪役の登場だ。

きっと彼は、私の今の暴挙を見て激怒しているに違いない。

愛しい義妹(予定)に手を上げようとした性悪女を、許すはずがないのだ。

「キ、キース様……」

私はわざとらしく怯えたふりをした。

「見てくださいましたか? わたくしの、この醜い嫉妬心を。わたくし、リナが憎くて憎くて……」

「ああ、見ていたよ」

キース様は私の目の前で立ち止まった。

その身長差に、首が痛くなる。

彼は私を見下ろし、ニコリと微笑んだ。

それは、背筋が凍るほど美しい、完璧な笑みだった。

「君が妹君のドレスを、夜なべして直していたところも」

「えっ」

「そのマカロンを作るために、王宮のパティシエを三日三晩質問攻めにしていたことも」

「はっ?」

「そして今、君が自分を悪役に見せるために、鏡の前で三時間も『高笑い』の練習をしていたことも、全て知っているよ」

「な、ななな……ッ!?」

私は絶句した。

なぜバレているの!?

私は完璧に隠密に行動していたはずなのに!

顔から火が出るほど恥ずかしい。

高笑いの練習を見られていただなんて、令嬢としての尊厳に関わる。

「ど、どうしてそれを……」

「僕を誰だと思っているんだい? 君の婚約者だよ? 君のことなら、昨日の夕食のメニューから寝言の内容まで、全て把握している」

「ストーカー!?」

思わず本音が口から飛び出した。

王子に向かってなんてことを。

しかしキース様は気にした様子もなく、一歩、私に近づいた。

距離が近い。

香水の良い香りが鼻をくすぐる。

「ミュール・アークライト」

彼は芝居がかった口調で私の名を呼んだ。

会場が静まり返る。

いよいよだ。

理由は違えど、これで「頭のおかしい女」として婚約破棄されるなら、結果オーライではないか。

私は覚悟を決めて目を閉じた。

さあ、おっしゃってください。

『婚約破棄だ』と!

「君のその、涙ぐましいまでの努力と、空回りする演技力に免じて……願いを叶えてあげよう」

え?

私は目を開けた。

キース様の顔がすぐ近くにある。

彼は、まるで愛の言葉を囁くかのような甘い声で、こう告げた。

「君との婚約を破棄する」

やった!

私は心の中でガッツポーズをした。

リナ、聞いた!?

これであなたが王妃よ!

「そして」

キース様は言葉を続ける。

「妹君を虐げようとした(フリをした)罪により、君を王都から追放する」

ついほう!

素晴らしい響きだ。

追放といえば、悪役令嬢の末路の定番。

これで私は、ほとぼりが冷めるまで田舎でのんびりとスローライフを満喫できる。

リナに会えなくなるのは寂しいけれど、彼女の幸せのためなら、その程度の犠牲は厭わない。

ありがとう、キース様。

あなたは最高の断罪者です!

私は感動に打ち震えながら、殊勝な態度で頭を下げた。

「……謹んで、お受けいたします」

「うむ。よろしい」

キース様は満足げに頷くと、私の手を取り、そっと口づけを落とした。

……ん?

今、キスした?

婚約破棄した相手に?

「では、すぐに出発だ。馬車は用意してある」

「えっ、今すぐですか?」

「善は急げと言うだろう。さあ、行こうか」

「は、はい」

あまりの展開の早さに戸惑いながらも、私はキース様にエスコートされ、会場を後にする。

背後から、リナの悲鳴のような声が聞こえた気がした。

「お、お姉様ー! 待ってください! その男は危険ですー!」

「リナ様、お静かに。これは殿下の高度な政治的判断(私情)ですので」

側近のエヴァン様がリナを止めているようだ。

ごめんね、リナ。

お姉ちゃん、立派な悪役として追放されてくるからね!

私は涙をこらえ、前を向いた。

……この時の私は、まだ知らなかったのだ。

「追放」という言葉の定義が、この腹黒王子の中では全く別の意味を持っているということを。

そして、私が連れて行かれる先が、国外でも辺境でもなく、王都から馬車で三十分の「王家の別荘」であることを。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

貧乏令嬢ですが、前世の知識で成り上がって呪われ王子の呪いを解こうと思います!

放浪人
恋愛
実家は借金まみれ、ドレスは姉のお下がり。貧乏男爵令嬢のリナは、崖っぷち人生からの起死回生を狙って参加した王宮の夜会で、忌み嫌われる「呪われ王子」アレクシスと最悪の出会いを果たす。 しかし、彼の孤独な瞳の奥に隠された優しさに気づいたリナは、決意する。 「――前世の知識で、この理不尽な運命、変えてみせる!」 アロマ石鹸、とろけるスイーツ――現代日本の知識を武器に、リナは次々とヒット商品を生み出していく。 これは、お金と知恵で運命を切り開き、愛する人の心と未来を救う、一人の少女の成り上がりラブストーリー!

【完結】鮮血の妖精姫は、幼馴染の恋情に気がつかない ~魔法特待の貧乏娘、公爵家嫡男に求婚されつつ、学園生活を謳歌します~

はづも
恋愛
過去、魔物の大量発生から領地と領民を守るために奮闘したマニフィカ伯爵家は、借金まみれになっていた。 そんな家の娘であるマリアベルは、決めた。自分が魔物をぶっ倒しまくると。 身なりなんて二の次で魔法の特訓と魔物退治に明け暮れる彼女は、いつしか「鮮血のマリアベル」と呼ばれるようになっていた。 幼馴染で公爵家嫡男のアーロン・アークライトは、そんな彼女に長年の片思い中。 学園に入学し、パーティーで着飾ったマリアベルは、「あんなにきれいだったのか」と男たちの注目の的となる。 焦ったアーロンは、他の男にとられる前にと急いで彼女にプロポーズしてしまう。 しかし想いは届かないうえ、不安は的中し、マリアベルは学園で人気者になっていく! 男女問わず無自覚に攻略するマリアベルと、恋敵が増えて胃痛がするアーロン。 アーロンの気持ちは、マリアベルに届くのか!? ずっと片思いしてたのに上手く思いが伝わらない不憫ヒーローと、「魔力の高い子供が欲しいってこと!?」と勘違いするヒロインの平和なすれ違い&ヒロイン愛されものです。 このお話は、小説家になろう、アルファポリス、ツギクル、エブリスタ、ベリーズカフェに掲載されています。

殿下、私以外の誰かを愛してください。

八雲
恋愛
公爵令嬢ラブリーは、第一王子クロードを誰よりも愛していました。しかし、自分の愛が重すぎて殿下の負担になっている(と勘違いした)彼女は、愛する殿下を自由にするため、あえて「悪役令嬢」として振る舞い、円満に婚約破棄されるという前代未聞の計画を立てる。協力者として男爵令嬢ミリーを「ヒロイン役」に任命し、準備は整った。

白い結婚のはずが、騎士様の独占欲が強すぎます! すれ違いから始まる溺愛逆転劇

鍛高譚
恋愛
婚約破棄された令嬢リオナは、家の体面を守るため、幼なじみであり王国騎士でもあるカイルと「白い結婚」をすることになった。 お互い干渉しない、心も体も自由な結婚生活――そのはずだった。 ……少なくとも、リオナはそう信じていた。 ところが結婚後、カイルの様子がおかしい。 距離を取るどころか、妙に優しくて、時に甘くて、そしてなぜか他の男性が近づくと怒る。 「お前は俺の妻だ。離れようなんて、思うなよ」 どうしてそんな顔をするのか、どうしてそんなに真剣に見つめてくるのか。 “白い結婚”のはずなのに、リオナの胸は日に日にざわついていく。 すれ違い、誤解、嫉妬。 そして社交界で起きた陰謀事件をきっかけに、カイルはとうとう本心を隠せなくなる。 「……ずっと好きだった。諦めるつもりなんてない」 そんなはずじゃなかったのに。 曖昧にしていたのは、むしろリオナのほうだった。 白い結婚から始まる、幼なじみ騎士の不器用で激しい独占欲。 鈍感な令嬢リオナが少しずつ自分の気持ちに気づいていく、溺愛逆転ラブストーリー。 「ゆっくりでいい。お前の歩幅に合わせる」 「……はい。私も、カイルと歩きたいです」 二人は“白い結婚”の先に、本当の夫婦を選んでいく――。 -

病弱令嬢ですが愛されなくとも生き抜きます〜そう思ってたのに甘い日々?〜

白川
恋愛
病弱に生まれてきたことで数多くのことを諦めてきたアイリスは、無慈悲と噂される騎士イザークの元に政略結婚で嫁ぐこととなる。 たとえ私のことを愛してくださらなくても、この世に生まれたのだから生き抜くのよ────。 そう意気込んで嫁いだが、果たして本当のイザークは…? 傷ついた不器用な二人がすれ違いながらも恋をして、溺愛されるまでのお話。

最初から勘違いだった~愛人管理か離縁のはずが、なぜか公爵に溺愛されまして~

猪本夜
恋愛
前世で兄のストーカーに殺されてしまったアリス。 現世でも兄のいいように扱われ、兄の指示で愛人がいるという公爵に嫁ぐことに。 現世で死にかけたことで、前世の記憶を思い出したアリスは、 嫁ぎ先の公爵家で、美味しいものを食し、モフモフを愛で、 足技を磨きながら、意外と幸せな日々を楽しむ。 愛人のいる公爵とは、いずれは愛人管理、もしくは離縁が待っている。 できれば離縁は免れたいために、公爵とは友達夫婦を目指していたのだが、 ある日から愛人がいるはずの公爵がなぜか甘くなっていき――。 この公爵の溺愛は止まりません。 最初から勘違いばかりだった、こじれた夫婦が、本当の夫婦になるまで。

優しすぎる王太子に妃は現れない

七宮叶歌
恋愛
『優しすぎる王太子』リュシアンは国民から慕われる一方、貴族からは優柔不断と見られていた。 没落しかけた伯爵家の令嬢エレナは、家を救うため王太子妃選定会に挑み、彼の心を射止めようと決意する。 だが、選定会の裏には思わぬ陰謀が渦巻いていた。翻弄されながらも、エレナは自分の想いを貫けるのか。 国が繁栄する時、青い鳥が現れる――そんな伝承のあるフェラデル国で、優しすぎる王太子と没落令嬢の行く末を、青い鳥は見守っている。

つかぬことをお伺いいたしますが、私はお飾りの妻ですよね?

宝月 蓮
恋愛
少しネガティブな天然鈍感辺境伯令嬢と目つきが悪く恋愛に関してはポンコツコミュ障公爵令息のコミュニケーションエラー必至の爆笑(?)すれ違いラブコメ! ランツベルク辺境伯令嬢ローザリンデは優秀な兄弟姉妹に囲まれて少し自信を持てずにいた。そんなローザリンデを夜会でエスコートしたいと申し出たのはオルデンブルク公爵令息ルートヴィヒ。そして複数回のエスコートを経て、ルートヴィヒとの結婚が決まるローザリンデ。しかし、ルートヴィヒには身分違いだが恋仲の女性がいる噂をローザリンデは知っていた。 エーベルシュタイン女男爵であるハイデマリー。彼女こそ、ルートヴィヒの恋人である。しかし上級貴族と下級貴族の結婚は許されていない上、ハイデマリーは既婚者である。 ローザリンデは自分がお飾りの妻だと理解した。その上でルートヴィヒとの結婚を受け入れる。ランツベルク家としても、筆頭公爵家であるオルデンブルク家と繋がりを持てることは有益なのだ。 しかし結婚後、ルートヴィヒの様子が明らかにおかしい。ローザリンデはルートヴィヒからお菓子、花、アクセサリー、更にはドレスまでことあるごとにプレゼントされる。プレゼントの量はどんどん増える。流石にこれはおかしいと思ったローザリンデはある日の夜会で聞いてみる。 「つかぬことをお伺いいたしますが、私はお飾りの妻ですよね?」 するとルートヴィヒからは予想外の返事があった。 小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。

処理中です...