悪役を演じて婚約破棄したのに、なぜか溺愛モードの王子がついてきた!

ちゃっぴー

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「……ところで殿下。馬車が止まりましたが、ここは?」

小一時間ほど揺られただろうか。

てっきり断崖絶壁の牢獄へ直行かと思いきや、馬車はなじみ深い石造りの門の前で停車した。

「君の実家だよ、アークライト公爵邸だ」

キース様がさらりと言う。

私は目を丸くした。

「じ、実家? なぜですか? 追放された罪人が、のこのこと実家に帰って良いのですか?」

「これから長い監禁生活……おっと、追放生活が始まるんだ。着替えや身の回りのものは必要だろう?」

「あ……」

なるほど。

言われてみれば、私は舞踏会のドレス姿のままだ。

このままでは、過酷な労働(お茶飲み係)に支障が出る。

「なんて慈悲深い……! 罪人の服のことまで気にかけてくださるなんて!」

「それに、最後のお別れも必要だろうしね」

キース様が意味深に微笑む。

最後のお別れ。

その言葉に、私の心臓がドクリと跳ねた。

そうだ。

リナだ。

舞踏会での別れは慌ただしかった。

きちんと顔を見て、言葉を交わして、姉としての引導を渡さねばならない。

「ありがとうございます、殿下。……行ってまいります」

私は決意を込めて馬車を降りた。

屋敷の前には、すでに先回りしていたのか、アークライト家の使用人たちが整列していた。

そして、その中心に。

「お姉様ーーーっ!!」

絹糸のような髪を振り乱し、天使が突進してきた。

私の最愛の妹、リナだ。

舞踏会からものすごいスピードで帰宅したらしい。

「リナ!」

思わず名前を呼び、両手を広げて抱き止めようとした瞬間、私はハッとした。

いけない。

今の私は「悪役令嬢」であり「罪人」なのだ。

感動の再会なんてしている場合ではない。

私は広げかけた腕を無理やり組み直し、フンと鼻を鳴らした。

「……何の用かしら? 次期王妃候補のリナ様が、追放者の私になんて近づいてはダメよ。評判に傷がつくわ」

精一杯の冷たい声。

どうだ、これで傷ついたか。

軽蔑したか。

しかし、リナは止まらなかった。

「お姉様ぁぁぁ!」

ドスッ!

愛のタックルが私の腹部に炸裂する。

「ぐふっ」

「行かないでくださいお姉様! 追放だなんて嘘ですよね!? あんな腹黒王子の言うことなんて聞かなくていいんです!」

リナが私のドレスの裾を握りしめて泣き叫ぶ。

その瞳からこぼれ落ちる涙は、宝石のように美しかった。

ああ、なんて優しい子なの。

こんな性悪な姉(という設定)のために、本気で泣いてくれるなんて。

胸が締め付けられるようだ。

今すぐ「嘘だよー! 大好きだよー!」と抱きしめ返したい。

でも、それはできない。

私がここで情を見せれば、リナは私を庇ってキース様に盾突くかもしれない。

そうなれば、リナの王妃への道が閉ざされてしまう。

心を鬼にしろ、ミュール・アークライト。

これは、愛する妹のための「最後の演技」なのだ。

私は心を殺し、リナの肩を突き飛ばした……つもりで、そっと押した。

「おどきなさい、リナ」

「お姉様……」

「私はね、せいせいしているのよ。あなたみたいな『完璧な妹』の陰で生きるのは、もううんざりだったの」

私はリナを見下ろし、嘲るような笑みを浮かべる。

「お父様もお母様も、いつだってあなたばかり。リナは可愛い、リナは賢い……。私はずっと、あなたが妬ましかったのよ!」

これは半分本音で、半分嘘だ。

妬ましいわけがない。

リナが褒められるたびに、私は「そうでしょ!? うちのリナは世界一なのよ!」と陰でガッツポーズをしていたのだから。

でも、今のリナには、私が「嫉妬に狂った姉」に見えていなければならない。

「だから、いじめたの。ドレスを破いたのも、お菓子をマズくしたのも、全部わざとよ。あなたが不幸になればいいと思っていたの!」

どうだ。

これでもう、私を姉とは思えまい。

さあ、私を罵って。

「最低なお姉様!」と言って、背を向けて。

そうすれば、私は心置きなく追放先へ行ける。

沈黙が落ちた。

リナは俯き、震えている。

ショックを受けているのだ。

ごめんね、リナ。

でも、これでいいの。

あなたは光の当たる場所へ。

私は日陰の追放先へ。

物語は、ここで綺麗に分岐するのだ。

「……私のことは忘れて、幸せにおなりなさい」

決め台詞を吐き、私は背を向けようとした。

その時。

リナが、私の耳元に顔を寄せた。

泣きじゃくっていると思っていた彼女が、スゥッと息を吸い込む気配がする。

そして。

「……お姉様」

吐息のような、小さな声。

「はい?」

「演技、下手すぎます」

「え?」

時が止まった。

今、なんて言った?

演技が、下手?

驚いてリナの顔を覗き込むと、そこには涙で濡れた瞳……ではなく、どこか冷めた、それでいて熱っぽい瞳があった。

リナは私の耳元で、さらに囁き続ける。

「『嫉妬してた』って言う時の眉毛、八の字になってますよ。あと、『せいせいしている』って言いながら、ドレスの裾を握りしめてる手が震えてます」

「ッ!?」

「昔からそうです。お姉様は嘘をつくとき、必ず左手の小指が動くんです」

嘘でしょ。

そんな癖、自分でも知らなかった。

「それに、お茶会のマカロンの件。あれが『わざと』じゃないことくらい、私が一番知っています。だってあの日、お姉様は指に火傷をしてまで、キャラメリゼの練習をしてくれていたじゃないですか」

「そ、それは……」

「ドレスだってそう。私が転んで破いたところを、夜なべして可愛く刺繍で隠してくれたのを知っています」

バレてる。

全部バレてる。

私の悪事(善行)は、筒抜けだった。

顔から火が出そうだ。

悪役令嬢としてのプライドがズタズタである。

「だ、だからと言って! 私があなたを嫌っている事実は変わらないわ! あっちへ行って!」

私は必死に取り繕おうとした。

しかし、リナは私の腰に腕を回し、ギュッと抱きついたまま離れない。

「無理です。私、お姉様がいないと生きていけません」

「リナ……」

「だから、待っていてくださいね」

「え?」

リナは顔を上げ、ニッコリと微笑んだ。

それは天使の笑顔でありながら、どこか背後のキース様に似た「捕食者」の気配を漂わせていた。

「必ず、迎えに行きますから」

「む、迎えに?」

「はい。たとえ地の果て、魔界の底でも。お姉様を取り戻すためなら、私、国の一つや二つ、傾けてみせます」

「やめて! 国は傾けないで! 王妃になって国を支えて!」

私の悲鳴は、使用人たちの「お嬢様、お荷物をお持ちしましたー!」という元気な声にかき消された。

いつの間にか、馬車には山のようなトランクが積み込まれている。

私の私物だ。

ドレス、宝石、愛読書、そしてリナのアルバム(全20冊)。

手際が良すぎる。

まるで、最初からこうなることが決まっていたかのように。

「さあ、ミュール。時間だ」

馬車の中から、キース様が私を呼ぶ声がする。

「名残惜しいだろうが、出発しようか」

「は、はい……」

私は呆然としたまま、リナの腕から逃げるように馬車へ戻った。

リナはもう追いかけてこなかった。

ただ、静かに微笑んで手を振っている。

その口元が、動いたように見えた。

『す・ぐ・に・い・く・か・ら』

ひいいっ!

私は慌てて馬車の扉を閉めた。

「どうしたんだい? 顔色が悪いようだが」

キース様が楽しそうに聞いてくる。

「な、なんでもありません……。ただ、妹の愛が重……いえ、深かったなと」

「ああ、リナ嬢は優秀だからね。君の嘘なんてお見通しだろう」

「殿下も気づいてらしたんですか!?」

「もちろん。気づいていないのは君だけだよ」

キース様は、トランクの山から一冊の本を取り出した。

『妹萌えのすべて~理想の妹の育て方~』というタイトルの、私のバイブルだ。

「……君の荷物は、実用的なものばかりだね」

「返してください! それは私の精神安定剤なんです!」

「ふふ、追放先でじっくり読ませてもらうよ」

馬車が動き出す。

遠ざかる実家。

手を振るリナ(と、なぜか涙ぐむ使用人一同)。

私は窓枠にしがみつきながら、心の中で叫んだ。

(リナ、来なくていいからね! 絶対に来ちゃダメだからね! 立派な王妃になるのよー!)

私の願いは、空しく王都の空に吸い込まれていった。

これから向かう先が、リナの全力ダッシュなら一時間で着いてしまう距離だとも知らずに。

こうして、私の「実家との感動の別れ」は、何とも締まりのない、不穏な予感を残したまま幕を閉じたのである。
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