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「……あの、殿下」
案内された部屋の扉が開かれた瞬間、私は言葉を失った。
そこは、私の実家の自室よりも広かった。
床にはふかふかの絨毯が敷き詰められ、天井からはクリスタルのシャンデリアが煌めいている。
壁には名画が飾られ、窓からは美しい庭園が一望できる。
そして部屋の中央には、大人三人は余裕で寝られそうな、天蓋付きのキングサイズベッドが鎮座していた。
「いかがかな? 君のために特別に用意させた『牢獄』だ」
キース様がドヤ顔で言った。
私は震える指で部屋を指差した。
「ろ、牢獄……? これがですか?」
「ああ。鉄格子はないが、窓には強化ガラスを使っているし、扉の鍵は最新の魔導ロックだ。脱出は不可能だよ」
「設備の問題ではありません! この、無駄に豪華な内装はなんですの!?」
私は抗議した。
罪人の部屋といえば、冷たい石の床に、湿った藁(わら)が少々。
天井からは蜘蛛の巣が垂れ下がり、小さな鉄格子の窓から差し込む月明かりだけが友……というものではないのか。
これでは、ただのスイートルームだ。
「罪人たるもの、もっと質素であるべきです! こんなフカフカのベッドでは、罪悪感で眠れません!」
「そうか? 硬いベッドで君が腰を痛めたら、僕がマッサージしなきゃいけないだろう? それはそれで役得だが、君の安眠を妨げるのは本意ではない」
「マッサージはお断りです!」
私はベッドに近づき、恐る恐るマットを押してみた。
素晴らしい弾力だ。
一度寝転がったら二度と起き上がりたくなくなる、「人をダメにするベッド」の気配がする。
「それに、殿下」
私はもう一つ、重大な点に気づいてしまった。
「この部屋、ベッドが一つしかありませんわよね?」
「そうだね」
「わたくしはここで寝るとして……監視役の方は、どちらに?」
てっきり、女性の看守か、あるいは侍女がソファで寝ずの番をするものだと思っていた。
しかし、キース様は不思議そうに首を傾げた。
「監視役? ああ、僕のことか」
「……はい?」
「僕がここで寝るんだよ」
キース様が、ポンポンとベッドの空いているスペースを叩いた。
思考が停止した。
今、なんと?
「えっと……殿下がお休みになる部屋は、別にあるのですよね?」
「いいや? この別荘の主寝室はここだけだ」
「はあああ!?」
私は叫んだ。
「お、おかしいですわ! 未婚の男女が同じ部屋で、しかも同じベッドで寝るなんて!」
「未婚? ああ、そういえば婚約破棄したんだったね」
「そうです! 今の私たちは他人! しかも被害者(殿下)と加害者(私)の関係です! 同衾なんてもってのほかです!」
私は両手でバツ印を作って拒絶した。
常識的に考えてありえない。
いくら追放先とはいえ、節度というものがあるはずだ。
しかし、キース様は涼しい顔で私に近づき、壁に手をついた。
いわゆる、壁ドンだ。
逃げ場を失った私の目の前に、美しい魔王の顔が迫る。
「ミュール。君は自分の立場を忘れていないか?」
「た、立場……?」
「君は、隙あらば妹君の元へ逃げ帰ろうとする、危険な『シスコン常習犯』だ」
「うぐっ」
痛いところを突かれた。
否定できない。
「もし僕が目を離した隙に、君が窓から脱走して王都へ向かったらどうする? リナ嬢の寝室に忍び込み、寝顔をスケッチするような凶行に及んだら?」
「し、しませんわ! ……たぶん!」
「ほら、自信がない」
キース様は呆れたようにため息をついた。
「だから、監視が必要なんだ。24時間、片時も目を離さず、寝ている間さえも僕の腕の中に閉じ込めておく必要がある」
「う、腕の中!?」
「それが『追放』という刑罰の意味だ。君を、僕の目の届く範囲……すなわち半径50センチ以内に固定すること。異論はあるかい?」
無茶苦茶だ。
そんな法律、聞いたことがない。
しかし、ここで「異論があります!」と言えば、「じゃあ信用できないから鎖で繋ぐしかないね」とか言い出しかねない男だ。
それに、もし私が脱走したら、リナに迷惑がかかるかもしれない。
「……そ、そこまでおっしゃるなら、仕方ありません」
私は涙を飲んで承諾した。
「床で寝ます」
「は?」
「わたくしが床で寝ます。殿下はベッドをお使いください」
私は絨毯の上に体育座りをした。
ここならフカフカだし、罪人としての身分も守れる。
完璧な妥協案だ。
「……はぁ」
キース様が深いため息をついた。
次の瞬間。
身体がふわりと浮いた。
「きゃっ!?」
お姫様抱っこだ。
抵抗する間もなく、私はキングサイズベッドの真ん中に放り投げられた。
ポスン、と体が沈む。
「で、殿下!?」
「床で寝かせて風邪でも引かれたら、看病するのは僕だ。大人しくここで寝なさい」
「で、でも……」
「何もしないよ。……君が望まない限りはね」
キース様は私の耳元で甘く囁くと、私の隣にゴロンと横になった。
近い。
心臓の音が聞こえそうなくらい近い。
「さあ、旅の疲れもあるだろう。少し休むといい」
キース様は私の頭をポンポンと撫で、満足そうに目を閉じた。
その顔は、まるで宝物を手に入れた子供のように無防備で、そして幸せそうだった。
私は天井を見上げた。
シャンデリアがキラキラと、私を嘲笑っているように見える。
「……これ、監禁じゃなくて同棲ですよね?」
私の小さなつぶやきは、キース様の寝息にかき消された。
(リナ……お姉ちゃん、貞操の危機かもしれないわ)
私は胸の前で十字を切り、リナの等身大肖像画(壁に設置済み)に向かって祈りを捧げた。
しかし、肖像画のリナもまた、満面の笑みで「ナイスです殿下!」と親指を立てているように見えて仕方がないのだった。
こうして、私の「過酷な」追放生活1日目は、王太子の腕枕という、この世で最も逃げ場のない監禁状態で幕を開けたのである。
案内された部屋の扉が開かれた瞬間、私は言葉を失った。
そこは、私の実家の自室よりも広かった。
床にはふかふかの絨毯が敷き詰められ、天井からはクリスタルのシャンデリアが煌めいている。
壁には名画が飾られ、窓からは美しい庭園が一望できる。
そして部屋の中央には、大人三人は余裕で寝られそうな、天蓋付きのキングサイズベッドが鎮座していた。
「いかがかな? 君のために特別に用意させた『牢獄』だ」
キース様がドヤ顔で言った。
私は震える指で部屋を指差した。
「ろ、牢獄……? これがですか?」
「ああ。鉄格子はないが、窓には強化ガラスを使っているし、扉の鍵は最新の魔導ロックだ。脱出は不可能だよ」
「設備の問題ではありません! この、無駄に豪華な内装はなんですの!?」
私は抗議した。
罪人の部屋といえば、冷たい石の床に、湿った藁(わら)が少々。
天井からは蜘蛛の巣が垂れ下がり、小さな鉄格子の窓から差し込む月明かりだけが友……というものではないのか。
これでは、ただのスイートルームだ。
「罪人たるもの、もっと質素であるべきです! こんなフカフカのベッドでは、罪悪感で眠れません!」
「そうか? 硬いベッドで君が腰を痛めたら、僕がマッサージしなきゃいけないだろう? それはそれで役得だが、君の安眠を妨げるのは本意ではない」
「マッサージはお断りです!」
私はベッドに近づき、恐る恐るマットを押してみた。
素晴らしい弾力だ。
一度寝転がったら二度と起き上がりたくなくなる、「人をダメにするベッド」の気配がする。
「それに、殿下」
私はもう一つ、重大な点に気づいてしまった。
「この部屋、ベッドが一つしかありませんわよね?」
「そうだね」
「わたくしはここで寝るとして……監視役の方は、どちらに?」
てっきり、女性の看守か、あるいは侍女がソファで寝ずの番をするものだと思っていた。
しかし、キース様は不思議そうに首を傾げた。
「監視役? ああ、僕のことか」
「……はい?」
「僕がここで寝るんだよ」
キース様が、ポンポンとベッドの空いているスペースを叩いた。
思考が停止した。
今、なんと?
「えっと……殿下がお休みになる部屋は、別にあるのですよね?」
「いいや? この別荘の主寝室はここだけだ」
「はあああ!?」
私は叫んだ。
「お、おかしいですわ! 未婚の男女が同じ部屋で、しかも同じベッドで寝るなんて!」
「未婚? ああ、そういえば婚約破棄したんだったね」
「そうです! 今の私たちは他人! しかも被害者(殿下)と加害者(私)の関係です! 同衾なんてもってのほかです!」
私は両手でバツ印を作って拒絶した。
常識的に考えてありえない。
いくら追放先とはいえ、節度というものがあるはずだ。
しかし、キース様は涼しい顔で私に近づき、壁に手をついた。
いわゆる、壁ドンだ。
逃げ場を失った私の目の前に、美しい魔王の顔が迫る。
「ミュール。君は自分の立場を忘れていないか?」
「た、立場……?」
「君は、隙あらば妹君の元へ逃げ帰ろうとする、危険な『シスコン常習犯』だ」
「うぐっ」
痛いところを突かれた。
否定できない。
「もし僕が目を離した隙に、君が窓から脱走して王都へ向かったらどうする? リナ嬢の寝室に忍び込み、寝顔をスケッチするような凶行に及んだら?」
「し、しませんわ! ……たぶん!」
「ほら、自信がない」
キース様は呆れたようにため息をついた。
「だから、監視が必要なんだ。24時間、片時も目を離さず、寝ている間さえも僕の腕の中に閉じ込めておく必要がある」
「う、腕の中!?」
「それが『追放』という刑罰の意味だ。君を、僕の目の届く範囲……すなわち半径50センチ以内に固定すること。異論はあるかい?」
無茶苦茶だ。
そんな法律、聞いたことがない。
しかし、ここで「異論があります!」と言えば、「じゃあ信用できないから鎖で繋ぐしかないね」とか言い出しかねない男だ。
それに、もし私が脱走したら、リナに迷惑がかかるかもしれない。
「……そ、そこまでおっしゃるなら、仕方ありません」
私は涙を飲んで承諾した。
「床で寝ます」
「は?」
「わたくしが床で寝ます。殿下はベッドをお使いください」
私は絨毯の上に体育座りをした。
ここならフカフカだし、罪人としての身分も守れる。
完璧な妥協案だ。
「……はぁ」
キース様が深いため息をついた。
次の瞬間。
身体がふわりと浮いた。
「きゃっ!?」
お姫様抱っこだ。
抵抗する間もなく、私はキングサイズベッドの真ん中に放り投げられた。
ポスン、と体が沈む。
「で、殿下!?」
「床で寝かせて風邪でも引かれたら、看病するのは僕だ。大人しくここで寝なさい」
「で、でも……」
「何もしないよ。……君が望まない限りはね」
キース様は私の耳元で甘く囁くと、私の隣にゴロンと横になった。
近い。
心臓の音が聞こえそうなくらい近い。
「さあ、旅の疲れもあるだろう。少し休むといい」
キース様は私の頭をポンポンと撫で、満足そうに目を閉じた。
その顔は、まるで宝物を手に入れた子供のように無防備で、そして幸せそうだった。
私は天井を見上げた。
シャンデリアがキラキラと、私を嘲笑っているように見える。
「……これ、監禁じゃなくて同棲ですよね?」
私の小さなつぶやきは、キース様の寝息にかき消された。
(リナ……お姉ちゃん、貞操の危機かもしれないわ)
私は胸の前で十字を切り、リナの等身大肖像画(壁に設置済み)に向かって祈りを捧げた。
しかし、肖像画のリナもまた、満面の笑みで「ナイスです殿下!」と親指を立てているように見えて仕方がないのだった。
こうして、私の「過酷な」追放生活1日目は、王太子の腕枕という、この世で最も逃げ場のない監禁状態で幕を開けたのである。
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