悪役を演じて婚約破棄したのに、なぜか溺愛モードの王子がついてきた!

ちゃっぴー

文字の大きさ
17 / 28

17

しおりを挟む
「……ん……」

天蓋付きのベッドで、リナが小さく身じろぎをした。

私は慌てて、彼女の額に乗せていた濡れタオルを取り替える。

「リナ? 目が覚めた? お水、飲む?」

私が覗き込むと、リナはうっすらと目を開け、焦点の定まらない瞳で私を捉えた。

「……お姉、様……?」

「そうよ。ここにいるわ」

「夢じゃ……ないんですね……」

「夢じゃないわよ。ほら、手を握ってるでしょう?」

私はリナの熱い手を、両手で包み込んだ。

リナは安心したようにふにゃりと笑い、そして掠れた声で言った。

「……充電、完了……」

「え?」

「お姉様エネルギー……充填率、120パーセント……」

「なにその機械的な表現」

どうやら意識ははっきりしているようだ。

私はホッと胸を撫で下ろした。

そこへ、部屋の扉がノックされ、白衣を着た老紳士が入ってきた。

王室専属の侍医長だ。

「失礼します。リナ様の具合はいかがかな?」

「先生! 熱はまだ高いみたいです。やっぱり『奇病』なんでしょうか? 猫になったり、働きたくなくなったりするんでしょうか?」

私が食い気味に聞くと、侍医長は苦笑しながら首を横に振った。

「いえいえ。詳しい検査結果が出ましたが……どうやらただの『知恵熱』と『心労』のようですな」

「知恵熱?」

「はい。リナ様はこの数日、不眠不休で公務と勉強をこなしておられましたから。それに加えて、極度の『精神的欠乏症』が引き金になったようです」

「精神的欠乏症?」

私が首を傾げると、ベッドのリナがボソリと言った。

「……学術名は『ミュール・アークライト不足症候群』です」

「そんな病名はないわ!」

「あるんです。お姉様がいないと、私の免疫細胞がストライキを起こすんです」

リナが唇を尖らせる。

どうやら、命に関わる病気ではないらしい。

私は全身の力が抜けて、椅子に座り込んだ。

「よかった……本当によかった……」

涙が滲んでくる。

もしリナが死んでしまったらどうしようと、気が気じゃなかったのだ。

「ごめんね、リナ。私がそばにいなかったから」

「いいえ。……でも、お姉様。私、まだ重病人です」

リナが上目遣いで私を見る。

その瞳は、熱で潤んでいて、破壊力抜群だ。

「身体が鉛のように重くて、指一本動かせません。……だから」

「だから?」

「『あーん』してください」

リナが口を小さく開けた。

サイドテーブルには、侍医長が用意してくれた、消化に良さそうな擦り下ろしリンゴがある。

「もう、甘えん坊なんだから」

私は苦笑しながらも、スプーンを手に取った。

「はい、あーん」

「あーん……(パクッ)。ん~! 美味しい!」

リナが幸せそうに咀嚼する。

「お姉様に食べさせてもらうと、普通のリンゴが『天界の果実』に変わります」

「大袈裟ね」

「本当ですよ。あ、次は汗を拭いてください。背中が気持ち悪いです」

「はいはい」

私はタオルを絞り、リナの背中に手を入れる。

「ああん、お姉様の手、冷たくて気持ちいい……」

「変な声を出さないの」

「もっと……もっと右です……そこ……」

完全に介護だ。

いや、ただの甘やかしだ。

でも、弱っているリナの頼みを断れるはずがない。

私はかいがいしく世話を焼いた。

水を飲ませ、枕の位置を直し、乱れた髪を整える。

その様子を、部屋の隅で腕を組んで見ていたキース様が、ついに口を開いた。

「……おい」

「なんですか殿下。静かにしてください、病人(仮)に障ります」

「僕の扱いが雑すぎないか?」

キース様が不満げに近づいてくる。

「僕だって、ここまで君をエスコートするために疲労困憊なんだけど」

「殿下は頑丈でしょう? ほら、あっちで大人しく座っていてください」

「ひどいな。僕も『ミュール不足』で倒れそうなんだけど」

「殿下のはただの『構ってちゃん』です」

私がピシャリと言うと、リナが布団から顔を出してニヤリと笑った。

「ふふん。ざまあみなさい、腹黒王子。今の私は『病人』という最強のカードを持っているのです。この部屋の優先順位は私が一位、お姉様が二位、あなたは圏外です」

「……この小娘、熱が下がったら覚えていろよ」

キース様が額に青筋を浮かべるが、リナは余裕の表情だ。

「お姉様~、王子が怖いです~。睨んできます~」

「こらっ、殿下! リナをいじめないでください!」

「いじめてないよ! むしろいじめられているのは僕だ!」

キース様の抗議も虚しく、私は完全にリナの味方だ。

リナは私の腰に腕を回し、スリスリと甘えてくる。

「お姉様、今日は帰らないですよね?」

「ええ、もちろん」

「私のベッドで一緒に寝てくれますよね?」

「狭くない?」

「お姉様は抱き枕サイズなので大丈夫です」

「誰が抱き枕よ」

「お願いします……。お姉様の匂いがしないと、また熱が上がってしまいそうです……ゴホッゴホッ」

わざとらしい咳き込み。

でも、顔は赤いし、体温も高いのは事実だ。

「分かったわ。今日はここで一緒に寝るわね」

「やった!」

リナがガッツポーズをする。

「……はあ」

キース様が深いため息をついた。

「仕方ないな。今日は譲ってやるよ」

「あら、珍しく素直ですね」

「病人に鞭打つ趣味はないからね。それに……」

キース様が私の頭をポンと撫でた。

「君がそんなに安心した顔をしているなら、それでいい」

「え?」

「ここに来るまでの君、鬼のような形相だったからね。ようやくいつもの『世話焼きお姉ちゃん』に戻ったみたいで安心したよ」

キース様の優しい言葉に、私は胸が温かくなった。

そうだ。

私はリナのことが心配で、怖くてたまらなかったんだ。

今こうして、リナのわがままを聞いてあげられることが、何よりも幸せだ。

「ありがとうございます、殿下」

「礼には及ばないよ。その代わり、リナ嬢が治ったら、倍にして返してもらうからね(主にイチャイチャで)」

「後半が聞こえません」

「お姉様、その男と会話しないでください。感染ります」

リナが私の服を引っ張る。

「さあ、お姉様。昔みたいに子守唄を歌ってください。あと、絵本も読んでください」

「はいはい。注文が多い患者さんね」

私はベッドの端に座り、リナの頭を優しく撫で続けた。

リナは私の手を握りしめ、幸せそうに目を閉じた。

窓の外では、夕焼けが王都を赤く染めている。

追放令?

不法侵入?

そんな問題は、明日の私たちがきっとなんとかするだろう。

今はただ、この温かい時間だけを守りたかった。

「……おやすみ、リナ」

「……おやすみなさい、お姉様……大好き……」

リナの寝息が聞こえ始めた頃。

部屋の隅で、キース様が小声でエヴァン様に通信を入れているのが聞こえた。

『ああ、僕だ。……うん、今夜は城に泊まる。……なに? ミュールの処分? そんなもの、僕が揉み消すに決まっているだろう。……ああ、書類は全部こっちに回しておけ』

……どうやら、私の「反逆罪」は、王太子の権力によって闇に葬られようとしているらしい。

持つべきものは、権力のある(元)婚約者だわ。

私は心の中で感謝しつつ、リナの額にそっとキスを落とした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

貧乏令嬢ですが、前世の知識で成り上がって呪われ王子の呪いを解こうと思います!

放浪人
恋愛
実家は借金まみれ、ドレスは姉のお下がり。貧乏男爵令嬢のリナは、崖っぷち人生からの起死回生を狙って参加した王宮の夜会で、忌み嫌われる「呪われ王子」アレクシスと最悪の出会いを果たす。 しかし、彼の孤独な瞳の奥に隠された優しさに気づいたリナは、決意する。 「――前世の知識で、この理不尽な運命、変えてみせる!」 アロマ石鹸、とろけるスイーツ――現代日本の知識を武器に、リナは次々とヒット商品を生み出していく。 これは、お金と知恵で運命を切り開き、愛する人の心と未来を救う、一人の少女の成り上がりラブストーリー!

【完結】鮮血の妖精姫は、幼馴染の恋情に気がつかない ~魔法特待の貧乏娘、公爵家嫡男に求婚されつつ、学園生活を謳歌します~

はづも
恋愛
過去、魔物の大量発生から領地と領民を守るために奮闘したマニフィカ伯爵家は、借金まみれになっていた。 そんな家の娘であるマリアベルは、決めた。自分が魔物をぶっ倒しまくると。 身なりなんて二の次で魔法の特訓と魔物退治に明け暮れる彼女は、いつしか「鮮血のマリアベル」と呼ばれるようになっていた。 幼馴染で公爵家嫡男のアーロン・アークライトは、そんな彼女に長年の片思い中。 学園に入学し、パーティーで着飾ったマリアベルは、「あんなにきれいだったのか」と男たちの注目の的となる。 焦ったアーロンは、他の男にとられる前にと急いで彼女にプロポーズしてしまう。 しかし想いは届かないうえ、不安は的中し、マリアベルは学園で人気者になっていく! 男女問わず無自覚に攻略するマリアベルと、恋敵が増えて胃痛がするアーロン。 アーロンの気持ちは、マリアベルに届くのか!? ずっと片思いしてたのに上手く思いが伝わらない不憫ヒーローと、「魔力の高い子供が欲しいってこと!?」と勘違いするヒロインの平和なすれ違い&ヒロイン愛されものです。 このお話は、小説家になろう、アルファポリス、ツギクル、エブリスタ、ベリーズカフェに掲載されています。

殿下、私以外の誰かを愛してください。

八雲
恋愛
公爵令嬢ラブリーは、第一王子クロードを誰よりも愛していました。しかし、自分の愛が重すぎて殿下の負担になっている(と勘違いした)彼女は、愛する殿下を自由にするため、あえて「悪役令嬢」として振る舞い、円満に婚約破棄されるという前代未聞の計画を立てる。協力者として男爵令嬢ミリーを「ヒロイン役」に任命し、準備は整った。

白い結婚のはずが、騎士様の独占欲が強すぎます! すれ違いから始まる溺愛逆転劇

鍛高譚
恋愛
婚約破棄された令嬢リオナは、家の体面を守るため、幼なじみであり王国騎士でもあるカイルと「白い結婚」をすることになった。 お互い干渉しない、心も体も自由な結婚生活――そのはずだった。 ……少なくとも、リオナはそう信じていた。 ところが結婚後、カイルの様子がおかしい。 距離を取るどころか、妙に優しくて、時に甘くて、そしてなぜか他の男性が近づくと怒る。 「お前は俺の妻だ。離れようなんて、思うなよ」 どうしてそんな顔をするのか、どうしてそんなに真剣に見つめてくるのか。 “白い結婚”のはずなのに、リオナの胸は日に日にざわついていく。 すれ違い、誤解、嫉妬。 そして社交界で起きた陰謀事件をきっかけに、カイルはとうとう本心を隠せなくなる。 「……ずっと好きだった。諦めるつもりなんてない」 そんなはずじゃなかったのに。 曖昧にしていたのは、むしろリオナのほうだった。 白い結婚から始まる、幼なじみ騎士の不器用で激しい独占欲。 鈍感な令嬢リオナが少しずつ自分の気持ちに気づいていく、溺愛逆転ラブストーリー。 「ゆっくりでいい。お前の歩幅に合わせる」 「……はい。私も、カイルと歩きたいです」 二人は“白い結婚”の先に、本当の夫婦を選んでいく――。 -

病弱令嬢ですが愛されなくとも生き抜きます〜そう思ってたのに甘い日々?〜

白川
恋愛
病弱に生まれてきたことで数多くのことを諦めてきたアイリスは、無慈悲と噂される騎士イザークの元に政略結婚で嫁ぐこととなる。 たとえ私のことを愛してくださらなくても、この世に生まれたのだから生き抜くのよ────。 そう意気込んで嫁いだが、果たして本当のイザークは…? 傷ついた不器用な二人がすれ違いながらも恋をして、溺愛されるまでのお話。

最初から勘違いだった~愛人管理か離縁のはずが、なぜか公爵に溺愛されまして~

猪本夜
恋愛
前世で兄のストーカーに殺されてしまったアリス。 現世でも兄のいいように扱われ、兄の指示で愛人がいるという公爵に嫁ぐことに。 現世で死にかけたことで、前世の記憶を思い出したアリスは、 嫁ぎ先の公爵家で、美味しいものを食し、モフモフを愛で、 足技を磨きながら、意外と幸せな日々を楽しむ。 愛人のいる公爵とは、いずれは愛人管理、もしくは離縁が待っている。 できれば離縁は免れたいために、公爵とは友達夫婦を目指していたのだが、 ある日から愛人がいるはずの公爵がなぜか甘くなっていき――。 この公爵の溺愛は止まりません。 最初から勘違いばかりだった、こじれた夫婦が、本当の夫婦になるまで。

優しすぎる王太子に妃は現れない

七宮叶歌
恋愛
『優しすぎる王太子』リュシアンは国民から慕われる一方、貴族からは優柔不断と見られていた。 没落しかけた伯爵家の令嬢エレナは、家を救うため王太子妃選定会に挑み、彼の心を射止めようと決意する。 だが、選定会の裏には思わぬ陰謀が渦巻いていた。翻弄されながらも、エレナは自分の想いを貫けるのか。 国が繁栄する時、青い鳥が現れる――そんな伝承のあるフェラデル国で、優しすぎる王太子と没落令嬢の行く末を、青い鳥は見守っている。

つかぬことをお伺いいたしますが、私はお飾りの妻ですよね?

宝月 蓮
恋愛
少しネガティブな天然鈍感辺境伯令嬢と目つきが悪く恋愛に関してはポンコツコミュ障公爵令息のコミュニケーションエラー必至の爆笑(?)すれ違いラブコメ! ランツベルク辺境伯令嬢ローザリンデは優秀な兄弟姉妹に囲まれて少し自信を持てずにいた。そんなローザリンデを夜会でエスコートしたいと申し出たのはオルデンブルク公爵令息ルートヴィヒ。そして複数回のエスコートを経て、ルートヴィヒとの結婚が決まるローザリンデ。しかし、ルートヴィヒには身分違いだが恋仲の女性がいる噂をローザリンデは知っていた。 エーベルシュタイン女男爵であるハイデマリー。彼女こそ、ルートヴィヒの恋人である。しかし上級貴族と下級貴族の結婚は許されていない上、ハイデマリーは既婚者である。 ローザリンデは自分がお飾りの妻だと理解した。その上でルートヴィヒとの結婚を受け入れる。ランツベルク家としても、筆頭公爵家であるオルデンブルク家と繋がりを持てることは有益なのだ。 しかし結婚後、ルートヴィヒの様子が明らかにおかしい。ローザリンデはルートヴィヒからお菓子、花、アクセサリー、更にはドレスまでことあるごとにプレゼントされる。プレゼントの量はどんどん増える。流石にこれはおかしいと思ったローザリンデはある日の夜会で聞いてみる。 「つかぬことをお伺いいたしますが、私はお飾りの妻ですよね?」 するとルートヴィヒからは予想外の返事があった。 小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。

処理中です...