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2巻
2-1
しおりを挟む第一話 ドキドキ入学式
セレスティナ・オルモードは浮かれた気持ちで、カタコト揺れる馬車内から窓の外を眺めた。今日は楽しみにしていた王立魔道学院の入学式だ。憧れの魔工技師になる第一歩が、まさに今日この日である。そして、首席合格したセレスティナは、入学式で挨拶をすることになっている。
いい天気……
セレスティナは空の青さに目を細める。
今日この日を迎えられたことが、まるで夢のようだった。セレスティナの育ての親であるスワレイ伯爵夫妻のもとでは、女に教養など必要ないと言われ、魔工学科に進むことさえ難しかったのだから。それが公爵であるシリウス・オルモードに魔工技師としての才を見いだされ、今こうしてここにいる。それだけではない、今の彼女はシリウス・オルモード公爵の婚約者だ。
セレスティナの頬がほんのり色づく。ちらりと横を見ると、懐中時計型指令機を操っているシリウスがいる。その横顔に胸が高鳴った。
シリウス様と初めて出会ったのは、十四歳の誕生日だったわね。思えば懐かしいわ。威厳ある大きな体躯の彼を、あの時の私は恐れ半分、憧れ半分で見上げたわ。壁画の中の天使様のように神々しくて、片眼鏡をかけた知的な眼差しに、畏怖の念を覚えたのよね。でも、本当に優しい人……義妹びいきの養父母から私を庇い、みっともなく泣いた私を受け止めてくれた。あの時の温かさは忘れない。
白銀の天使様。
セレスティナはひっそり心の中で呟いた。
彼女は彼をよくこう呼ぶ。長い白銀の髪と人間離れした美貌が、壁画の中の天使を彷彿とさせるからだ。だが、シリウスの同級生であったアルフレッド王太子に言わせれば、シリウスは天使どころか破壊神らしい。シリウスは躊躇なくあちこち破壊して回るので、これまた言い得て妙であった。
セレスティナはぐっと表情を引き締めた。
そうよ、あの日あの時、シリウス様と出会わなかったら、きっと私は今ここにいない。彼が私の才を認めてくださったから、ありのままの私を受け入れてくださったから、今、私はこうしてここにいるの。私、精一杯勉強するわ。うんと頑張ってシリウス様のような魔工技師になるの!
決意を新たにしていたセレスティナだったが、ふと、晴れ渡った空に金色に輝く何かを見たような気がして、ピキリと固まった。
き、気のせい、よね?
金色の何かは建物の陰に隠れて、あっという間に見えなくなった。
シリウスの元妻はドラゴンだ。そのせいで時折ドラゴンが彼を訪ねてくる、なんていう珍事も起こる。だが、王都でそれをやられたら、きっと大騒ぎになるだろう。
「ティナ、どうしたの?」
義姉のシャーロットが不思議そうに問う。同じデザインの制服に身を包んだ彼女は、ほっそりとした肢体とシリウス似の白銀の髪が相まって、白雪の精霊のように美しい。
「え? ええと、それが、その……」
なんて説明すればいいの? ドラゴンは人間嫌いだというし、まさか竜王であるアルゴン様が王都までやってくるなんてことは、ない、わよね?
セレスティナはちらりとシリウスを見る。
「あ、あの、シリウス様。そ、空に、金色の何かを見た気がするの」
「ん? ああ……もしかして、アルゴンを見たのか? 打ち落とそうか?」
シリウスがさらっと言い、セレスティナは目を剥いた。
だ、駄目よ、打ち落としちゃだめ! 魔道具を操らないで、シリウス様、お願い!
「ここ、王都なのに! りゅ、竜王様が来るなんてことがあるんですか?」
アルゴンは竜王であり、シャーロット達の母――サマンサの父親である。シリウスが頷く。
「ああ、一度来たことがある。サマンサとの結婚式の時に。あの時は来ることが分かっていたから、騒ぎにならないよう手を回しておいたが……」
言っている間に、シリウスが手にした懐中時計型指令機がピーピー鳴り出した。指令機に浮かび上がった文字を目にして、シリウスの表情が曇る。
「どうしたの?」
「……国軍からだ。ゴールデンドラゴンが王都に現れたから、なんとかして欲しいそうだ。――知るか。私は今王都にいないから、そちらでなんとかしろ、以上」
ぶつっとシリウスが通信を切り、セレスティナは慌てた。もちろん、シリウスは今王都にいる。王立魔道学院に向かう途中なのだから。
「ほ、放置するの?」
「一応、防衛担当のマジックドールに指示を出しておく。国軍が持て余すようなら、瞬間冷凍ミサイルで固めて回収しよう」
「あ、あの、でも、引き返した方が……」
「ティナの入学式の方が大事だ。ティナの晴れ姿、絶対見逃してなるものか。録画機器もばっちり用意してある。他の奴になどまかせられん」
ふふふふふふと笑い、シリウスがそう言い切った。
ドラゴンが王都にやってくる案件より、私の入学式の方が大事……。う、嬉しいけど、この先ずっとこれだと、ちょっぴり不安だわ。
王立魔道学院は、城のように立派な建物だった。内装も豪奢で、ピカピカに磨き上げられた大理石の廊下には塵一つ落ちていない。
入学式がおこなわれる講堂にセレスティナ達が入ると、のっけから注目の的になった。一番目立つのは、体格のいいシリウスであろうか。彼が先頭に立って歩くと、ざわりと周囲が揺れる。セレスティナは分かる気がした。なにせ、オルモード公爵家の人間は全員、驚くほど容姿がいい。こうしてみると、カラスの群れの中に紛れ込んだ白鳥なみに目立つ。高位貴族は礼節を重んじるので、あからさまに騒ぐことはないけれど、ここには平民もいるせいか、視線に遠慮がない。
「ティナ、Aクラスの席は向こうだ。さあ、行きなさい」
額にキスをされて、シリウスに送り出される。シリウスはシャーロットにもキスを落とした。きゃあ! という黄色い声が上がったような気がする。イザークお兄様には? とセレスティナが問うと、大真面目な顔でシリウスが両手を広げた。
「なんだ、やって欲しいのか? いいぞ。ぶちゅうっと……」
「うわっ! いい! いい! 遠慮する!」
シャーロットと双子であるイザークが拒否し、その場を離れた。セレスティナはあとを追う。
「恥ずかしいの?」
「ばっか、ちが! ああいうのを喜ぶのは女だけだって。ちっちゃい頃ならいざ知らず、父上からいつまでもぶちゅうって、恥ずかしいを通り越して、気色悪い」
あ、そうなのね。自分が嬉しいから、つい……
Aクラスの席に移動すると、そこには同じ年頃の子供達が大勢集まっていた。
「ねぇ、見て見て」
「素敵だわ……」
周囲の声が耳に飛び込んでくる。
やっぱり、シャルお姉様とイザークお兄様は目立つ、わよね。
傍にいると自分まで注目され、セレスティナは萎縮してしまう。
「あのう、隣空いているかしら?」
イザークの右隣を示して問うたのは、クラスメイトであろう女の子だ。
「ああ、空いている」
イザークが答えると、弾かれたように女の子達が動いた。私が先よ、なんて押しのけ合っている。
セレスティナが気圧されていると、あとからやってきた黒髪の女の子が文句を言った。
「ちょっと……そこどいて。邪魔よ」
黒髪の女の子は争っていた子達を押しのけ、イザークの隣に座ってしまった。争っていた女の子達はぽかんとなったが、次いで怒り出す。
「ちょっとお!」
「私が先に! あなた名前は?」
「ララ・ソーンよ」
黒髪の女の子は煩わしそうに答えた。
「爵位は?」
そう質問され、ララ・ソーンと名乗った女の子は、ぴくんと片眉を跳ね上げる。
「ないわ。ただのソーン。平民よ。それが?」
群がっていた女の子達が、まなじりをつり上げた。
「平民ごときが生意気!」
「そうよ、そうよ」
「身の程を知りなさいったら!」
ララは小馬鹿にするように鼻を鳴らす。
「へーえ? ここ王立魔道学院では、身分に囚われずに過ごせると聞いたけれど? 文句なら、平等を謳っている教師達に言ったらどうなの? ほら、注目されているわよ?」
彼女が指し示す方に目を向けると、確かに教師達が見ている。
「早く席に着きなさい」
そう教師の一人に注意され、群がっていた女の子達は、渋々ながらも他の席に散っていく。
「……いいご身分ね」
セレスティナは、彼女が何を言っているのか、一瞬分からなかった。けれど、ララの刺々しい視線がイザークに向いていることを知り、これが彼に対する文句だと理解する。
「女の子達に騒がれて気分がよかった? いさめるくらいしたらどうなのよ? 私、あなたみたいなプレイボーイ、大っ嫌い」
そう言ってぷいっとそっぽを向く。
プレイボーイ? イザークお兄様が? ひどい誤解だわ。
「イザーク様はプレイボーイじゃないと思うわ。とっても素敵だから人気があるだけよ」
のんびりとした声が割り込んだ。ララ・ソーンの向こうから、ふっくらとした顔が覗いている。笑う顔は色白で、ふわふわとしたメレンゲのような女の子だ。
セレスティナは彼女に見覚えがあった。例の婚約披露を兼ねたお誕生日会で、両親と一緒に挨拶してくれたアンジェラ・フォス伯爵令嬢だ。フォス伯爵家の長女で、双子の妹がいる。だからか、おっとりとした優しいお姉さん――そんな印象を受けた。可愛いものが好きらしく、ケーキの形を模したお洒落な小物入れをプレゼントしてくれた。
「あら、そう。あなたも口説かれたクチ? 騙されやすそうだものね?」
ララが小馬鹿にしたように笑う。
「残念だけど、そんな幸運は一度もなかったわ」
「あら、そう。なら、もう少し努力して痩せたらどう? 見た目も大事よ?」
ララとのやりとりを耳にしたセレスティナは眉をひそめた。
見た目も大事って……とっても可愛い子なのに失礼じゃないかしら。
アンジェラが気落ちしたように言う。
「そうねぇ……お洒落は大好きよ? でもねぇ、食べることも好きだから、全然痩せないの。その代わり、美味しいお菓子を作ることが得意よ? 甘いものが好きな子なら、お友達になってくれるかもしれないわ。ね、セレスティナ様は甘いものはお好き?」
突然、話をふられてセレスティナは驚くも、「ええ、大好きよ」と笑顔で返す。アンジェラのふくふくとした白い顔がふわっとほころんだ。
「よかった。私ね、お料理クラブに入ろうと思っているの。セレスティナ様も一緒にどうかしら? あなたのような素敵な方とお友達になれたら嬉しいわ」
「え? シャルお姉様じゃなくて私と?」
思わずセレスティナが確認すると、アンジェラが頷く。
「ええ、是非、あなたと仲良くなりたいわ。セレスティナ様は魔工学科を希望なさっているんでしょう? 私ね、自分がどんくさいせいかしら、頭のいい方って憧れちゃうの。よければお友達になって欲しいわ」
ええ、喜んで、とセレスティナがそう言おうとすると、ララの笑い声がその邪魔をした。
「あはは、あなたが魔工学科? やあだ、うそうそ、冗談でしょう? 花嫁修業に来ている貴族令嬢が、なんだって魔工学を専攻するのよ? 授業についていけずに、置いてけぼりにされるだけじゃない? やめた方がいいわ。おつむの悪さを自覚するだけよ」
「あなたねぇ! いい加減に……」
シャーロットがいきり立ち、立ち上がりかけたその時、バッシャンとララに水が降り注いだ。
え? 水?
ララ・ソーンが水浸しである。ぐっしょり濡れた黒髪から滴がぽたぽたとしたたり落ちている。けれど、セレスティナが上を見ても、高い天井があるだけだ。
もしかして、水魔法?
「誰よ、水魔法なんか使った人は!」
ララも同じことを思ったようで、立ち上がって周囲を睨みつける。だが、プーックスクスと笑われるだけであった。ずぶぬれになったララは怒り心頭のまま教師に連れられて退場した。イザークの隣が空いたけれど、水浸しの席は使えそうにない。
「……水鉄砲で遊びましょう」
シャーロットがぼそりとそう言った。
「水鉄砲?」
セレスティナが繰り返すと、アンジェラが笑った。
「ああ、私、それ知っているわ。指サック型の魔道具よね? こう、指先にはめて『バン!』って言うと、指先から水が飛び出るの。とっても面白い遊び道具よ。私が子供の頃流行ったわ。今でも男の子達の間で人気なんじゃないかしら」
「……もしかして開発者は」
セレスティナがひそっと問うと、シャーロットが頷き、囁き返した。
「そう、パパよ。だからこうした悪戯なんて、お手のものなの。バケツ一杯分くらいの水なら、どこにでも出現させられるんじゃないかしら」
「悪戯好きの妖精って本当にいるのね」
そう言って笑ったのはアンジェラだ。
悪戯好きの妖精? シリウス様が?
セレスティナはふふっと笑ってしまう。彼女の発想がとても可愛らしい。
「アンジェラ嬢は、何科なの?」
セレスティナが問うと、アンジェラはぱっと顔を輝かせた。
「まぁ、名前を覚えていてくださったのね? 嬉しいわ。私は淑女科よ。でも、本当は調理科がよかったわ。両親にそう言ったら、呆れられたけれど。貴族だからってお嫁さんにならなくてもいいと思うの。美味しい料理を作って、たくさんの人に喜んでもらうって素敵だと思わない?」
「ええ、素敵ね」
セレスティナがそう言うと、アンジェラは本当に嬉しそうに笑った。
「いつか、美味しいスイーツのお店を開いて、たくさんの人を笑顔にしたいわ。きっと楽しいと思うの。夢を見るのは自由だもの。ね、お友達になってくださる?」
「喜んで」
セレスティナは、差し出されたアンジェラのふわふわの手をそっと握り返した。すべすべで温かくて柔らかな手だった。
◇ ◇ ◇
「あらまぁ、びしょ濡れ。待っていて。着替えを用意するわ」
医務室に現れたララ・ソーンを目にした女医が、苦笑する。ララは差し出された服に着替え、乾燥機にかけられた制服が乾くのを待った。
「せっかくの入学式だもの、出たいわよね。もう少し待ってちょうだい」
女医がそう告げるも、ララはふてくされたように、ぼすんとベッドに座った。
「……別にいいわ」
「あら、そう?」
「首席になれなかったもの。惨敗よ」
平民の学校ではトップだったのにと、ララは愚痴をこぼす。
「あら、首席になれなかったことが悔しいの?」
「……私の憧れの人が首席合格だったから、自分もそうしたかったの」
「ふふ、そうなの。向上心旺盛なのはいいことね。ああ、そういえば、今回の首席は女の子よ。とっても珍しいわ。ここ数十年なかった快挙ね」
女医の言葉にララは驚き、身を乗り出した。
「誰! 誰なの!?」
「セレスティナ・オルモード公爵令嬢よ。凄いわ。全問正解で次点に大差をつけての首席合格よ」
「オルモード公爵様!」
ララの気持ちが高揚する。
「あら、公爵閣下を知っているの?」
女医にそう問われて、ララは勢いよく頷いた。
「もちろん知っているわ! 母さんの同級生だもの!」
「同級生? なら、あなたのお母様は、オルモード公爵閣下と同じ時期に入学したのね?」
「ええ、そうよ! とっても素敵な人だって聞いているわ! 私の憧れの人よ!」
ララの興奮は収まらない。
学力が高ければ、身分で弾かれるようなところでも、彼はばんばん採用してくれる! 認めてくれる! 母さんもそれで、王都で一番大きな銀行に就職できたのよ! 一度会ってみたいって、ずっと思っていたわ!
「もしかして、公爵様がここにいらっしゃるの?」
彼に会いたい――ララはそう思ったのだけれど、女医はいい顔をしない。
「ええ、三年間だけ特別講師としてね。でも、オルモード公爵閣下の姿を見かけても、気軽に声をかけては駄目よ?」
そう注意されてララの表情が曇る。
「どうして?」
「どうしてって……その、彼は公爵よ? 分からない?」
「ここでは、身分は関係ないって聞いているわ」
ララがそう反論すると、女医は頷いた。
「ええ、確かにその通りよ。でも……完全に無視していいわけじゃないわ。公爵閣下の不興を買って、家におとがめが行ったら嫌でしょう? あなた、爵位は?」
「……平民よ」
「なら、なおさら……」
「でも、本当は!」
本当は王女よ! あのアルフレッド王太子殿下が父親だもの!
ララはそう言いそうになるのをぐっとこらえた。
――しっかりしなさい、ララ。あなたは王女様なんだから。
幼い頃、母親がそう言ったことを、ララはしっかり覚えている。けれど――
平民の血の混じった王女なんていらない……実の父親にそう言われて、血の気が引いた。あんな思いはもうたくさん。
「本当は?」
女医の問いにララはふいっとそっぽを向く。
「……なんでもないわ。その……早く服をちょうだい。オルモード公爵様の娘が首席なら、新入生代表の挨拶を聞いてみたい、から」
ところが女医が訳知り顔で言う。
「彼女は娘じゃないわ、公爵家に籍を置いているけれど、公爵閣下の婚約者よ」
「……婚約者? 今年入学なら、十六歳、よね?」
ララは眉をひそめる。
自分はわざと入学を一年遅らせたから、十七歳だけれど。アルフレッド王太子の娘のエリーゼが十六歳で、今年入学だ。だから、入学を一年遅らせた。彼女に会いたかったから。本当なら自分が享受するはずだった王女という立場にいる子の顔を見てみたかったのだ。
「そんな年齢なのに婚約者?」
オルモード公爵様は母さんと同級生……いえ、公爵様は飛び級で入学したから、母さんより二つ年下だったかしら? それでも親子と言ってもいいくらい年が離れているわ。
「ええ、同じ魔工学の天才ということで、特別に目をかけたようよ。社交界は今、その話題で持ちきりね。年が離れているから、揶揄する声がないわけでもないけれど、婚約披露宴で彼女の素晴らしい才能が披露されて、今では殆どの貴族が好意的に受け止めているわ」
素晴らしい才能!
ララは弾かれたように立ち上がった。
「服を、服をちょうだい!」
ララは急いで乾いた服を身につけ、講堂に駆け戻った。
絶対聞き逃したくない。いえ、見逃したくないわ。あのオルモード公爵様のお眼鏡にかなった子が、どんな子か知りたい。もしかしたら、仲良くなれるかも。そうよ、才能ある子なら、平民の私でも認めてくれるかもしれないもの!
息せき切ってララが講堂に飛び込むと、ちょうど講師の紹介の真っ最中で、シリウスが立ち上がったところだった。オルモード公爵の名前を耳にして、ララははっとなる。目にしたのは、長い白銀の髪の、大きな体躯の男性である。片眼鏡をかけた厳格そうな顔は驚くほど端整だ。
彼がシリウス・オルモード公爵様! なんて素敵なの!
ララの頬が朱に染まる。彼女の興奮はうなぎ登りだ。
「では、新入生代表挨拶に移らせていただきます。セレスティナ・オルモード公爵令嬢、前へ」
進行役の声に、ララはそちらへ意識を向けた。壇上に上がったのは栗色の髪の少女だ。もっとよく見ようと前へ一歩出て、ぎくりとなる。彼女の顔に見覚えがあったからだ。
――授業についていけずに、置いてけぼりにされるだけじゃない? やめた方がいいわ。おつむの悪さを自覚するだけよ。
かの少女に、そう言い放ったのは確かにララ自身で……。なのに、セレスティナが首席合格者だということは、彼女の能力は、自分よりずっとずっと上ということになる。恥じ入るとはこのことか……ララは顔がかーっと熱くなるのを感じた。
――貴族女性なんてね、みーんな結婚目的で学院へ通うのよ。だから馬鹿ばっかり。
これは母さんの口癖。自分を捨てたアルフレッド王太子の妻となった女性を当てこするように言う。平民だった自分は賢く、侯爵令嬢だった王太子妃は馬鹿だと言いたいわけだ。
でも、流石にこれはないと分かる。自分の滑稽さが身にしみる。
おつむの悪さを自覚するだけよ……自分が口にした言葉が、そのまま返ってきた気分だった。
◇ ◇ ◇
進行係に名前を呼ばれ、セレスティナは立ち上がった。首席合格者なので、新入生代表の挨拶をしなくてはならないのだ。緊張しまくるセレスティナに、「全部、芋よ芋」と言って励ましてくれたのはシャーロットである。壇上に上がると、新入生全員の視線が自分に向く。心臓はバクバクだ。芋芋芋と繰り返しつつ、セレスティナは挨拶を口にした。
「春の息吹が感じられるこのよき日に、歴史と伝統のある王立魔道学院に入学できることを私達は心より嬉しく思います。真新しい制服を身にまとい……」
その時、ふっと講堂内が暗くなった。同時に奇妙な笑い声が響き渡る。
『ぐはははははははは! オルモード公爵ぅ! 聞いたぞ、聞いたぞぅ! 若い嫁さんをもらったんだってなぁ!』
なんと天井あたりに人の立体映像が浮かんでいるではないか。やけに目鼻立ちがはっきりした男性だ。衣装がど派手で、長い黒髪はくりくりとカールしていて、まるで舞台役者のよう。
いえ、あの、まだ結婚はしていないわ。
シリウスの嫁と聞いて、セレスティナは恥じらった。シリウスとの結婚は卒業後である。それを知ってか知らずか、立体映像の男性が声高に叫んだ。
『自慢か? 若い嫁さんをもらってさぞかし自慢だろうな? だが、そうはいくか! 見てみろ、ほーらほら、この俺様の結婚相手を! なんと十四歳だ! 若い若い若いぞおぉ! お前の相手より二歳も若い。ほらほら羨ましがれ、悔しがれ、参ったと言えぇ!』
セレスティナは目をぱちくりさせた。結婚相手は若ければ若いほどいい、と言いたいらしいが、これは行きすぎである。立体映像の男性は、いい大人だ。政略結婚の多い貴族は早婚を認められているとはいえ、流石に白い結婚を前提としないと周囲の非難を浴びるだろう。
『ぐはははははははは、勝った、勝ったぞう! ようやくお前に勝ったぁ!』
勝ったって……もしかして、シリウス様に? どの辺が?
セレスティナは壇上に立ったまま、一人ツッコミをしてしまう。くるくるカールの男性は一人悦に入り、ぐははははと高笑い。いちいち動作が芝居がかっているので、やはり役者のようだ。
入学式に参加していた教師達が慌て出し、「ドラン辺境伯! 静粛に! 入学式の真っ最中です!」という非難の声が上がる。ドラン辺境伯と聞いて、セレスティナはさらに驚いた。
あの方が辺境伯様? 役者じゃなくて?
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