早川 翠

早川 翠

若い頃は漫画家を志していましたが、絵の才能がなく断念。その後派遣社員をしながら、文章の書き方や物語の構成方法などを手探りで学習し、今は趣味で自作の小説を書いています。

平安時代の破局的な大災害!!~平将門公が生きていた頃の時代背景について~

9月27日に、小説「兵どもが夢の跡 第一章 出生の秘密 その5」を投降しました。

今回、自作の小説にちなんで「平安時代の破局的な大災害!!~平将門公が生きていた頃の時代背景について~」の小話を紹介します。

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前回の投降でも少しだけ触れましたが、平安時代中期に朝廷から謀反人として討伐された平将門公は、関東一帯では一転して、1000年以上たった今でも英雄として崇敬され、数々の神社仏閣で祀られています。

このように中央政権と地域住民の間で、雲泥の差ほどに評価が分かれている彼ですが、彼の生涯や、生前の彼が関東一帯にもたらした功績をたどってみると、その理由がおのずと明らかになってきます。

彼が生きていた時代は、相次ぐ自然災害によって、国中が危機的状態に瀕していました。

まずは、西暦864年から866年にかけて富士山の噴火が勃発し、続いて西暦869年に東北沖を震源とした貞観大地震が起こっています。

それからわずか18年後の西暦887年には、南海トラフを震源とした仁和地震と呼ばれる大地震が発生しています。

極めつけは西暦913年に起こった、過去2000年間で日本国内最大規模と言われている、十和田湖の大噴火です。

頻発する大地震によって家屋は倒壊し、噴火の際に降り積もった火山灰によって、長い年月にわたって作物が育たなくなったため、農民たちは貧困にあえぐようになりました。

頼りになるはずの朝廷は、このような国家の一大事に遭遇しても、実質何もしませんでした。

もともと朝廷は、『律令制度』といって「土地や民は天皇のものだ」という公地公民の考え方のもと、全国を統治していたはずなのですが、朝廷から地方の統治を命令された貴族たちが、物騒な地方に赴任することを嫌がり、自分たちの代わりの人間を派遣するようになっていたため、統治のシステムが崩壊していたのです。

そうした中でも、コツコツと土地を開墾して、少しずつ力を蓄えてきた領主の中には、武装して自分たちの土地を守る『武士』と呼ばれる人たちが台頭してきました。

将門公は、常にそういった下総国、武蔵国、常陸国等の農民や豪族の立場に立って行動し、やがて彼らが形成した『武士団』の棟梁として担ぎ上げられていくのでした。
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登録日 2026.09.27 16:07

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