ヒロインしか愛さないはずの公爵様が、なぜか悪女の私を手放さない

魚谷

文字の大きさ
25 / 36

予想外の展開

しおりを挟む
一体、何が起こったのか。
イザベラは混乱と困惑のるつぼに突然投げ込まれ、パニックになってしまう。
どうして彼がニコラウスのことを知っているのか。
いや、それ以前に、なぜ自分は今抱きしめられているのか。

「お、おやめください、ジーク様……」
イザベラは、ジークベルトの腕の中で必死に藻掻くが、たくましい体はびくともしない。

「俺たちは夫婦だ。抱き合うことはおかしいか?」
「こ、これまでそんなことをしたことはなかったではありませんか」
「これまでは関係ないだろう。だったらこれからは何度でも抱きしめる」

突然すぎる決意表明だ。
これで前世の記憶がなければ喜んで身を委ねていたかもしれない。
それに、ジークベルトにはマーガレットがいるのだ。

「う、裏切りになってしまいます……!」
「裏切り?」
「ま、マーガレット様です! ジーク様は、マーガレット様に恋をしていますよね! 私なんかよりもずっと魅力的な」

「……マーガレット? 誰のことだ?」
「は?」
ジークベルトは本気で分からないという顔をする。

「皇太子殿下が催されたパーティーの日、お会いになられたはずです。私、実はその現場を偶然、目撃してしまったんです!」
「……確かに、そういう女には会ったな。田舎からやってきて、遠い親戚の男爵家の厄介になっているとか言っていた」
「ほ、ほら」
「確かに、しつこくつきまとってきたが、邪魔くさいから無視した」
「無視!?」
「色々と訳の分からないことを並べ立ててやかましかったからな。だがどうして俺があんな小娘に恋をするんだ? 俺は結婚しているのに」

「私たちは政略結婚ではありませんか……。愛し合って結婚した訳では」
「最初はそうだったな」
「さ、最初は?」
「お前といると、ここが激しく高鳴る」

イザベラの手を掴むと、自分の左胸へ持っていく。
「っ!」
確かにまるでフルマラソンでもした後かのようにドクドク、と鼓動を刻んでいた。

「それだけじゃない。お前と少し離れただけで、お前のことが恋しくなる。お前が別の男といると、頭がおかしくなりそうなくらい嫉妬してしまうんだ。殺してやりたくなるくらいに……」

顔色ひとつ変えず、思わずイザベラが赤面してしまいそうな言葉を紡ぐ。
ゲーム上でも、ジークベルトの個別ルートに進むと、それまでは何を考えているのか分からないクールな彼がかなり愛の重たい人物であることが判明するのだ。
前半の共通パートとのギャップが、前世、彼の推しになった要因でもある。
しかしまさか彼のその重たい愛の対象がヒロインではなく、自分に向くだなんて予想外だった。

「だから教えてくれ。ニコラウスとはどんな関係なんだ? 愛しているのか?」
「か、彼はただのビジネスパートナーですっ」
「商売をはじめてだいぶ経っているだろう。うちの出入りの商人では駄目なのか?」

まさかここで離婚するつもりでしたので、とは言えるような状況ではない。
「彼は優れた商才を持っているんです。ピン、ときたんです。ですから、商売敵に取られないうちに唾をつけておこうと……」
「そうか」

(これで落ち着いてくれた……?)
息が詰まるくらい激しく抱きしめられていた腕から力が抜ける。

「ひとまずは風呂に入って、あいつの匂いを落としてくれ」
「そんなに匂いますか?」
「ああ。お前の言葉を疑うつもりはないが、その匂いを嗅いでるだけで苛つく」

ウルフアイの瞳孔が大きく開く。つまり、かなり怒りの感情を抱いているということだ。
「すぐに入ってきますっ!」

イザベラはメイドを呼んで風呂の準備をお願いすると、しっかり体にシャボンの香りを擦り込んだ。
「ね、柑橘系の香り、する?」
「いいえ。とても清々しい石鹸の香りです」
「良かった。ああ、こっちのことだから気にしないで」

(……ジークベルトが私を好き、だなんて)
考えるだけで頬が熱くなる。
ヒロインではなく、イザベラを。
(推しに愛されるなんて!)

一体どうしてそんなことになったのかは分からないが。
(新しい人生を、推しと一緒に過ごしても……)

しかしそこではたと気付く。
もしそんなことになったら、この世界はどうなるのだろう。
主要キャラの一人がパーティーから抜けることで世界の闇は払えるのだろうか。
浮かれていた気持ちが、急速に冷めていく。
主要キャラが欠ければ、世界を救うのに失敗する可能性だってあるかもしれない。

まだヒロインは都へ来たばかりだから共通パートの時代である。
今ならまだ間に合う。
確か共通パートはゲーム内時間で一年ほどあったはず。
(ど、どうにかしないと!)

イザベラはよく体を拭き、夜着に着替えて寝室に戻る。
すでにジークベルトも風呂に上がり、バスローブ姿で、ベッドに横になっている。
ウルフアイがじっと見つめてくる。

「こっちへ来い」
「は、はい」

腕を取られると、顔を寄せられる。
首筋にかかる息遣いがくすぐったい。

「待って下さい!」
そのまま当たり前のように唇を奪われそうになるのを、ギリギリで顔を押さえて食い止めた。

「……なんだ?」
「な、何をしようとしているんですか!?」
「口づけだ」
「結婚式以外にしたことがないじゃないですか……っ」
「関係ない。したいんだ」

「ですから、私たちは政略結婚なんです! それに、ジーク様は私を愛しているかもしれませんが、わ、私は、その……」

愛してないと言いなさい、と自分に言い聞かせる。
はっきり言えば、ジークベルトももしかしたら目を覚ましてくれるかもしれない。
ジークベルトを愛していない、愛していない、愛していない――。

「こ、心の準備が整っていないんですっ!」
(無理よ! 推しを拒絶するなんて……!!)

「口づけというのはお互いの気持ちがちゃんと揃った上でするべきだと思うんですっ!」
「つまり、お前も俺を愛するようになれば、口づけてもいいんだな」
「そ、そういうことに、なります……多分」

お前も、という言葉に、のぼせ上がりそうになりつつ、頷く。
「分かった。おやすみ、イザベラ」
「お、おやすみなさい、ジーク様」

(すぐにでもジークベルトをヒロインに惚れさせないと!)
ジークベルトに背中を向けてイザベラは拳をぐっと握りしめる。
しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢のはずですが、年上王子が幼い頃から私を甘やかす気でいました

ria_alphapolis
恋愛
私は、悪役令嬢なのかもしれない。 王子の婚約者としては少し我儘で、周囲からは気が強いと思われている―― そんな自分に気づいた日から、私は“断罪される未来”を恐れるようになった。 婚約者である年上の王子は、今日も変わらず優しい。 けれどその優しさが、義務なのか、同情なのか、私にはわからない。 距離を取ろうとする私と、何も言わずに見守る王子。 両思いなのに、想いはすれ違っていく。 けれど彼は知っている。 五歳下の婚約者が「我儘だ」と言われていた幼い頃から、 そのすべてが可愛くて仕方なかったことを。 ――我儘でいい。 そう決めたのは、ずっと昔のことだった。 悪役令嬢だと勘違いしている少女と、 溺愛を隠し続ける年上王子の、すれ違い恋愛ファンタジー。 ※溺愛保証/王子視点あり/幼少期エピソードあり

悪女役らしく離婚を迫ろうとしたのに、夫の反応がおかしい

廻り
恋愛
第18回恋愛小説大賞にて奨励賞をいただきました。応援してくださりありがとうございました!  王太子妃シャルロット20歳は、前世の記憶が蘇る。  ここは小説の世界で、シャルロットは王太子とヒロインの恋路を邪魔する『悪女役』。 『断罪される運命』から逃れたいが、夫は離婚に応じる気がない。  ならばと、シャルロットは別居を始める。 『夫が離婚に応じたくなる計画』を思いついたシャルロットは、それを実行することに。  夫がヒロインと出会うまで、タイムリミットは一年。  それまでに離婚に応じさせたいシャルロットと、なぜか様子がおかしい夫の話。

王子好きすぎ拗らせ転生悪役令嬢は、王子の溺愛に気づかない

エヌ
恋愛
私の前世の記憶によると、どうやら私は悪役令嬢ポジションにいるらしい 最後はもしかしたら全財産を失ってどこかに飛ばされるかもしれない。 でも大好きな王子には、幸せになってほしいと思う。

〘完〙前世を思い出したら悪役皇太子妃に転生してました!皇太子妃なんて罰ゲームでしかないので円満離婚をご所望です

hanakuro
恋愛
物語の始まりは、ガイアール帝国の皇太子と隣国カラマノ王国の王女との結婚式が行われためでたい日。 夫婦となった皇太子マリオンと皇太子妃エルメが初夜を迎えた時、エルメは前世を思い出す。 自著小説『悪役皇太子妃はただ皇太子の愛が欲しかっただけ・・』の悪役皇太子妃エルメに転生していることに気付く。何とか初夜から逃げ出し、混乱する頭を整理するエルメ。 すると皇太子の愛をいずれ現れる癒やしの乙女に奪われた自分が乙女に嫌がらせをして、それを知った皇太子に離婚され、追放されるというバッドエンドが待ち受けていることに気付く。 訪れる自分の未来を悟ったエルメの中にある想いが芽生える。 円満離婚して、示談金いっぱい貰って、市井でのんびり悠々自適に暮らそうと・・ しかし、エルメの思惑とは違い皇太子からは溺愛され、やがて現れた癒やしの乙女からは・・・ はたしてエルメは円満離婚して、のんびりハッピースローライフを送ることができるのか!?

悪役令嬢発溺愛幼女着

みおな
ファンタジー
「違います!わたくしは、フローラさんをいじめてなどいません!」  わたくしの声がホールに響いたけれど、誰もわたくしに手を差し伸べて下さることはなかった。  響いたのは、婚約者である王太子殿下の冷たい声。  わたくしに差し伸べられたのは、騎士団長のご子息がわたくしを強く床に押し付ける腕。  冷ややかな周囲のご令嬢ご令息の冷笑。  どうして。  誰もわたくしを信じてくれないまま、わたくしは冷たい牢の中で命を落とした。

逆行した悪女は婚約破棄を待ち望む~他の令嬢に夢中だったはずの婚約者の距離感がおかしいのですか!?

魚谷
恋愛
目が覚めると公爵令嬢オリヴィエは学生時代に逆行していた。 彼女は婚約者である王太子カリストに近づく伯爵令嬢ミリエルを妬み、毒殺を図るも失敗。 国外追放の系に処された。 そこで老商人に拾われ、世界中を見て回り、いかにそれまで自分の世界が狭かったのかを痛感する。 新しい人生がこのまま謳歌しようと思いきや、偶然滞在していた某国の動乱に巻き込まれて命を落としてしまう。 しかし次の瞬間、まるで夢から目覚めるように、オリヴィエは5年前──ミリエルの毒殺を図った学生時代まで時を遡っていた。 夢ではないことを確信したオリヴィエはやり直しを決意する。 ミリエルはもちろん、王太子カリストとも距離を取り、静かに生きる。 そして学校を卒業したら大陸中を巡る! そう胸に誓ったのも束の間、次々と押し寄せる問題に回帰前に習得した知識で対応していたら、 鬼のように恐ろしかったはずの王妃に気に入られ、回帰前はオリヴィエを疎ましく思っていたはずのカリストが少しずつ距離をつめてきて……? 「君を愛している」 一体なにがどうなってるの!?

【完結】記憶にありませんが、責任は取りましょう

楽歩
恋愛
階段から落ちて三日後、アイラは目を覚ました。そして、自分の人生から十年分の記憶が消えていることを知らされる。 目の前で知らない男が号泣し、知らない子どもが「お母様!」としがみついてくる。 「状況を確認いたします。あなたは伯爵、こちらは私たちの息子。なお、私たちはまだ正式な夫婦ではない、という理解でよろしいですね?」 さらに残されていたのは鍵付き箱いっぱいの十年分の日記帳。中身は、乙女ゲームに転生したと信じ、攻略対象を順位付けして暴走していた“過去のアイラ”の黒歴史だった。 アイラは一冊の日記を最後の一行まで読み終えると、無言で日記を暖炉へ投げ入れる。 「これは、焼却処分が妥当ですわね」 だいぶ騒がしい人生の再スタートが今、始まる。

転生したら悪役令嬢だった婚約者様の溺愛に気づいたようですが、実は私も無関心でした

ハリネズミの肉球
恋愛
気づけば私は、“悪役令嬢”として断罪寸前――しかも、乙女ゲームのクライマックス目前!? 容赦ないヒロインと取り巻きたちに追いつめられ、開き直った私はこう言い放った。 「……まぁ、別に婚約者様にも未練ないし?」 ところが。 ずっと私に冷たかった“婚約者様”こと第一王子アレクシスが、まさかの豹変。 無関心だったはずの彼が、なぜか私にだけやたらと優しい。甘い。距離が近い……って、え、なにこれ、溺愛モード突入!?今さらどういうつもり!? でも、よく考えたら―― 私だって最初からアレクシスに興味なんてなかったんですけど?(ほんとに) お互いに「どうでもいい」と思っていたはずの関係が、“転生”という非常識な出来事をきっかけに、静かに、でも確実に動き始める。 これは、すれ違いと誤解の果てに生まれる、ちょっとズレたふたりの再恋(?)物語。 じれじれで不器用な“無自覚すれ違いラブ”、ここに開幕――! 本作は、アルファポリス様、小説家になろう様、カクヨム様にて掲載させていただいております。 アイデア提供者:ゆう(YuFidi) URL:https://note.com/yufidi88/n/n8caa44812464

処理中です...