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本編~2ヶ月目~
第18話~野菜と海老の炭火焼き~
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~新宿・高田馬場~
~にんじんや 高田馬場店~
駅前の複合商業施設にてボウリングで遊んだり、服を買ったり。
新宿区の北側に位置する高田馬場駅周辺は、思っていた以上に遊ぶ場所が豊富だった。
新宿駅からJRで二駅、距離が近いゆえに穴場になっているかと思ったが、なかなかどうして栄えている。
聞くところによると、東京の西側から山手線沿線に繋がる路線の一つが、ここで接続するらしい。大学が何ヵ所か近いこともあり、学生街として栄えているのだそうだ。
そうして僕は高田馬場駅から程近く、線路沿いに坂を上って少ししたところにある、一軒の居酒屋のカウンターに腰を落ち着けていた。
にんじんや 高田馬場店。
雑居ビルの3階、分かりにくい位置かと思いきや、ビルの入り口に大々的にメニューを掲示してあったので、存外すぐに見つけることが出来た。
それにしても、日本酒メニューの豊富さには目を見張るものがある。
掲示しているだけでも二十種を軽く超えるその品揃え、陽羽南ではとてもじゃないが真似できない。
いや、真似をしようとしたら出来るのかもしれないが、その為にはもっと日本酒をしっかり勉強しなくてはならないだろう。
「ご注文はお決まりですか?」
改めて本日提供する日本酒のメニューを見ていた僕に、店員が声をかけてくる。
はっとメニューから顔を上げた僕は、メニューの一点を指差しながら口を開いた。ビルの入り口で見かけてから気になっていた酒を指し示す。
「あ、えぇと、この……ヤモリ、でいいのかな?こちらをグラスで」
「屋守《おくのかみ》をグラスでですね、かしこまりました」
にこりと微笑み、店員が下がっていく。対して僕は赤面するのを隠すので精一杯だ。
日本酒の呼び名は難しい。時折、字面からは想像もつかない読ませ方をしてくる日本酒が、この世には結構な割合で存在する。
日本語を学ぶ際にも、この漢字の読み方は大きな障害になると聞く。これだけ多種多彩な読ませ方をしてくるのでは、無理もない話だろう。
「屋守《おくのかみ》、お待たせしました」
と、考え込んでいた僕の前に背の高いグラスが置かれる。右手を見ると、日本酒の一升瓶を手に持った店員の姿。
僕の反応が返されるより先に、一升瓶を開栓するポンという音がした。そのままグラスに静かに注がれる日本酒、同時に華やかな、芳しい香りがグラスから立ち上る。
「お料理の方がお決まりになりましたら、お声かけください」
「あ……じゃあすみません。
この、ヤナカショウガと、マダイのお刺身、カボチャの黒糖揚げをお願いします」
日本酒を注ぎ終わった店員に注文を告げると、すぐさまそれを書き留めてくれる。この素早さは見習わなくてはならないなと、強く思った。
料理の注文を厨房に伝えに行く店員を見送り、僕は日本酒のグラスに口をつけた。
グラスの縁までなみなみと注がれたそれは、そのふくよかな香りと甘さで鼻の奥をくすぐってくる。東京で醸されている日本酒だということだが、これほどの酒をこんなに都心の近くでも造ることができるという事実に、僕はただただ驚かされた。
日本酒とはどこまで奥が深いのだろう、そう思いながらちびちびとグラスを舐める僕の前に。
「お待たせしました、こちらお通しです」
カウンター越しにどんと、炭火の入った七輪が置かれた。
板張りのカウンターの上で大きく存在を主張する七輪。傍らの皿に盛られた野菜類や海老。小鉢に盛られた塩。
どこからどう見ても、野菜と海老の炭火焼き。これがお通しで出てくるとは。
僕は思わずスマートフォンを取り出した。カメラを起動させ、パシャリ。具材を乗せて、さらにパシャリ。
これは写真を撮らずにはおれない。居酒屋に勤める人間であるからこそ、これをお通しで出してくるその力の入れように感動すら覚える。
そしてチリチリと小さな音を立てるレンコンをひっくり返すと、実にいい焼き目がついているのだ。
あぁもう我慢できない、ひっくり返したばかりのレンコンを、割った箸でつまんで口に運ぶ。
そしてこれが、美味いのだ。ただ炭火で焼いただけなのに、美味い。
お通しは、頼んだ料理が出てくるまでのつなぎの品。
料理が出てくるまでの間、酒だけでなくつまめる料理をお店の側から提供する、そんな意味合いで「出させてもらう」一品。
大体は一度に大量に作れる煮込み料理や、小分けにした状態で冷やしておける和え物などが提供されることが多い。その方が店としても手間にならないからだ。
そこに、この炭火焼きである。
手間がかかるというレベルの話ではない。炭火を起こし、熱を持たせ、七輪に入れて網を乗せて、お客様の元へと運ぶ。
もはや一つの料理として成立しうる、その力の入りよう。感服せざるを得なかった。
「この店がうちの近所になくてよかった……」
程よく火の通ったズッキーニに塩を付けながら、僕はポツリとそうこぼした。
この世の中、いろんな居酒屋があるものである。
頼んだ料理の方にも期待を向けながら、僕はこちらに向かってくる店員に目線を向けるのであった。
「お待たせしました、真鯛のお刺身です」
そう言いながら店員が僕の目の前に置いた手桶には、敷き詰められた氷の上に鎮座する分厚く切られた真鯛が、テラテラと光を反射させていた。
~第19話へ~
=====
取材にご協力いただき、作中登場の許可を下さいました「にんじんや 高田馬場店」さんに感謝いたします。
にんじんや 高田馬場店
https://r.gnavi.co.jp/g325500/
~にんじんや 高田馬場店~
駅前の複合商業施設にてボウリングで遊んだり、服を買ったり。
新宿区の北側に位置する高田馬場駅周辺は、思っていた以上に遊ぶ場所が豊富だった。
新宿駅からJRで二駅、距離が近いゆえに穴場になっているかと思ったが、なかなかどうして栄えている。
聞くところによると、東京の西側から山手線沿線に繋がる路線の一つが、ここで接続するらしい。大学が何ヵ所か近いこともあり、学生街として栄えているのだそうだ。
そうして僕は高田馬場駅から程近く、線路沿いに坂を上って少ししたところにある、一軒の居酒屋のカウンターに腰を落ち着けていた。
にんじんや 高田馬場店。
雑居ビルの3階、分かりにくい位置かと思いきや、ビルの入り口に大々的にメニューを掲示してあったので、存外すぐに見つけることが出来た。
それにしても、日本酒メニューの豊富さには目を見張るものがある。
掲示しているだけでも二十種を軽く超えるその品揃え、陽羽南ではとてもじゃないが真似できない。
いや、真似をしようとしたら出来るのかもしれないが、その為にはもっと日本酒をしっかり勉強しなくてはならないだろう。
「ご注文はお決まりですか?」
改めて本日提供する日本酒のメニューを見ていた僕に、店員が声をかけてくる。
はっとメニューから顔を上げた僕は、メニューの一点を指差しながら口を開いた。ビルの入り口で見かけてから気になっていた酒を指し示す。
「あ、えぇと、この……ヤモリ、でいいのかな?こちらをグラスで」
「屋守《おくのかみ》をグラスでですね、かしこまりました」
にこりと微笑み、店員が下がっていく。対して僕は赤面するのを隠すので精一杯だ。
日本酒の呼び名は難しい。時折、字面からは想像もつかない読ませ方をしてくる日本酒が、この世には結構な割合で存在する。
日本語を学ぶ際にも、この漢字の読み方は大きな障害になると聞く。これだけ多種多彩な読ませ方をしてくるのでは、無理もない話だろう。
「屋守《おくのかみ》、お待たせしました」
と、考え込んでいた僕の前に背の高いグラスが置かれる。右手を見ると、日本酒の一升瓶を手に持った店員の姿。
僕の反応が返されるより先に、一升瓶を開栓するポンという音がした。そのままグラスに静かに注がれる日本酒、同時に華やかな、芳しい香りがグラスから立ち上る。
「お料理の方がお決まりになりましたら、お声かけください」
「あ……じゃあすみません。
この、ヤナカショウガと、マダイのお刺身、カボチャの黒糖揚げをお願いします」
日本酒を注ぎ終わった店員に注文を告げると、すぐさまそれを書き留めてくれる。この素早さは見習わなくてはならないなと、強く思った。
料理の注文を厨房に伝えに行く店員を見送り、僕は日本酒のグラスに口をつけた。
グラスの縁までなみなみと注がれたそれは、そのふくよかな香りと甘さで鼻の奥をくすぐってくる。東京で醸されている日本酒だということだが、これほどの酒をこんなに都心の近くでも造ることができるという事実に、僕はただただ驚かされた。
日本酒とはどこまで奥が深いのだろう、そう思いながらちびちびとグラスを舐める僕の前に。
「お待たせしました、こちらお通しです」
カウンター越しにどんと、炭火の入った七輪が置かれた。
板張りのカウンターの上で大きく存在を主張する七輪。傍らの皿に盛られた野菜類や海老。小鉢に盛られた塩。
どこからどう見ても、野菜と海老の炭火焼き。これがお通しで出てくるとは。
僕は思わずスマートフォンを取り出した。カメラを起動させ、パシャリ。具材を乗せて、さらにパシャリ。
これは写真を撮らずにはおれない。居酒屋に勤める人間であるからこそ、これをお通しで出してくるその力の入れように感動すら覚える。
そしてチリチリと小さな音を立てるレンコンをひっくり返すと、実にいい焼き目がついているのだ。
あぁもう我慢できない、ひっくり返したばかりのレンコンを、割った箸でつまんで口に運ぶ。
そしてこれが、美味いのだ。ただ炭火で焼いただけなのに、美味い。
お通しは、頼んだ料理が出てくるまでのつなぎの品。
料理が出てくるまでの間、酒だけでなくつまめる料理をお店の側から提供する、そんな意味合いで「出させてもらう」一品。
大体は一度に大量に作れる煮込み料理や、小分けにした状態で冷やしておける和え物などが提供されることが多い。その方が店としても手間にならないからだ。
そこに、この炭火焼きである。
手間がかかるというレベルの話ではない。炭火を起こし、熱を持たせ、七輪に入れて網を乗せて、お客様の元へと運ぶ。
もはや一つの料理として成立しうる、その力の入りよう。感服せざるを得なかった。
「この店がうちの近所になくてよかった……」
程よく火の通ったズッキーニに塩を付けながら、僕はポツリとそうこぼした。
この世の中、いろんな居酒屋があるものである。
頼んだ料理の方にも期待を向けながら、僕はこちらに向かってくる店員に目線を向けるのであった。
「お待たせしました、真鯛のお刺身です」
そう言いながら店員が僕の目の前に置いた手桶には、敷き詰められた氷の上に鎮座する分厚く切られた真鯛が、テラテラと光を反射させていた。
~第19話へ~
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