異世界居酒屋「陽羽南」~異世界から人外が迷い込んできました~

八百十三

文字の大きさ
45 / 101
本編~2ヶ月目~

第36話~引っ越し~

しおりを挟む
~新宿・歌舞伎町~
~居酒屋「陽羽南」~


 テーブルを元に戻し、お客さんが再び着席し、また再び陽羽南の営業が再開される。
 先程までの騒動のお詫びとしてお煮しめの小鉢をサービスで提供して回りながら、僕はチラリとカウンターに座るバンフィ一家を見やった。
 母親のミラセルマ・バンフィと、娘のラウラ・バンフィ。アンバスの妻と娘の話は、チェルパにいた頃からよく話を聞かされていた。
 妻の美麗さと娘の可愛さを、アンバスはことあるごとに自慢してきたものだが、なるほどその気持ちは分かる。
 ミラセルマは僕の目から見ても美しい人だと思うし、ラウラの可愛さは幼さゆえのものばかりではない。

 こうして無事に、離れ離れになっていた家族が再会できて、本当に良かったと思うが、しかし。

「……そんな、それじゃ私達はモランド村には帰れないというの?」
「おとーさん、もうあたし、ジョルジャやローランといっしょにあそべないの?」
「……すまねぇ」

 ミラセルマがアンバスに縋りつくようにしながら、悲痛な声を上げた。
 ラウラも悲しそうにまなじりを下げる。二人の言葉に、アンバスは項垂れるしかなかった。
 そう、それは僕達も直面した事実だ。
 地球からチェルパに・・・・・・・・・帰れない以上、・・・・・・・あちらでの生活を・・・・・・・・捨てざるを得ない・・・・・・・・
 それは、知人や友人との別れを意味する。もしかしたら今日のようにいつかは再会できるかもしれないが、もしかしたらの話でしかない。
 僕も転移直後はその事実に打ちひしがれて、暫くの間アンバスと一緒に酒に逃げていたものだ。
 その過程で日本のアルコールのバリエーションの多さとクオリティの高さに、別の意味で打ちのめされてもいたのだが。

 がっくりと肩を落とすミラセルマの前に、澄乃がコトリとお煮しめの小鉢を置いた。
 小鉢を見つめるミラセルマに、澄乃が小さく首を傾けながら優しく語り掛ける。

「気持ちは分かるよ、いきなり別の世界に、別の社会に放り込まれてしまったわけだからね。それまでの生活もあったわけだから、戸惑いや混乱もあるのは当然さ。
 だが、それでも生きていかなきゃいけないわけだ。そうしないと無事に帰るってことも叶わなくなるからね。
 幸い、君達二人にはアンバス君がいるし、住まいについてはうちの会社が保証してやれる。会社が契約している保育園もあるから、ラウラちゃんについても心配することは無いさ」
「ホイクエン……ですか?」

 いまいち話の意図が飲み込めなかったらしいミラセルマに、澄乃は頷いて説明を始めた。
 この日本という国はとかく生活にお金がかかること。子供を育てるためには両親が二人とも働かないとお金が足りなくなること。親が働いている最中に子供の面倒を見てくれる施設があること。
 そのことを知らされたミラセルマは、眉間にしわを寄せつつ考え込み始めた。直面した現実にどう対応するべきか、悩んでいるのだろう。

「まぁ、ミラセルマさんの仕事状況によっては入所が出来ない場合もあるけどね。ラウラちゃん、何歳?」
「ごさい!!」

 澄乃の声に、焼き立てふわふわの出汁巻き玉子を頬張っていたラウラが片手を上げた。
 それを見てふっと表情を緩めた澄乃が、再びミラセルマに視線を投げる。

「5歳かー、それだとしたらしばらくはミラセルマさんと一緒に家にいてもらって、小学校入学まで待った方がいいかもね。
 在宅学習でこの世界についてや日本語について勉強してもらうのがいいかな。
 で、住まいについてだけど……アンバス君」
「うん?」

 唐突に話を振られ、それまで黙って話を聞いていたアンバスが顔を上げた。
 澄乃がピンと指を立てる。

「君が今住んでいるメゾン・リープは単身者向けの寮なんだよね。あの部屋に家族三人はさすがに狭いと思うんだ」
「あー……そうっすね、ベッドも一つしか置けねぇっすから」

 澄乃の言葉にアンバスが後頭部をポリポリと掻いた。
 確かにメゾン・リープの部屋は澄乃の住む101号室を除いて、いずれも広さ12平方メートル。一人で住むにも小ぢんまりとしているのに、あそこに家族三人で住むのはさすがに無理がある。

「北新宿にマンションタイプのファミリー向け社員寮があるんだ。部屋が空いていないか確認を取ってみるよ。
 部屋が決まるまで、ミラセルマさんとラウラちゃんは私の部屋で寝起きしてもらう形にするけど、いいかな?」

 その提案に、アンバスはすぐさま頷いた。
 澄乃の部屋は彼女の家族が住むことも考えて広く作られている。澄乃の夫は長期出張中との話だし、スペースはあるだろう。寮で食事も取れるから都合がいい。
 パスティータがビールのジョッキを運びながらアンバスに声をかける。

「なにー、アンバス引っ越しするのー?」
「おう、まぁそうなるな……あのアパートじゃ家族で住めねぇからな」
「そっかー」

 そうあっけらかんと言葉を投げて、パスティータは自分の仕事を再開させる。
 その背中を見送りながら、アンバスは小さく言葉を零した。

「……引っ越し、か」

 ぽつりと呟いたアンバスに、僕はカウンター越しに声をかける。

「大丈夫か?人手が必要になるなら手伝うけど」
「あぁ大丈夫だ、剣と鎧が嵩張るくらいで、後は服と食器がいくらかあるくらいだからな。一人で運べるよ」

 手をひらりと振ったアンバスの姿を見て、僕は小さく息を吐くのだった。



 翌日、澄乃から政親に話を持っていったところ、とんとん拍子に新たな住居は決まった。
 都合よく北新宿の寮に空きが出たらしく、週末にはそこへ住居を移す手配も済んだ模様。
 そしてミラセルマには僕達が入社直後に渡された日本語学習用の教材が渡され、ラウラには絵本が数冊プレゼントされた。
 ミラセルマの仕事については日本語と日本での生活に慣れてから探そうという話になったが、どうやらこのままリンクスに雇用されそうな雰囲気である。

 かくして、引っ越し当日。
 大きな荷物は既にアンバスの手によって運ばれて、家族の最低限の荷物を積み込んだワゴンの運転席から澄乃が顔を出した。

「アンバス君、忘れ物はないよね?まぁ、あってもすぐに届けられるけど」
「大丈夫だよ、店長。それじゃお前ら、職場でな」
「皆さん、お世話になりました」
「おねーちゃんたち、ばいばーい!」

 僕達に軽く手を上げたアンバスに続いてミラセルマが頭を深々と下げ、ラウラがその小さな手を大きく振った。
 僕達四人は全員、笑顔になりながらバンフィ一家へと声をかける。

「落ち着いたら連絡してくれ、挨拶に行くからさ」
「ラウラちゃん、また一緒に遊びましょうね」
「澄乃や私がいなくなるからって不摂生するんじゃないぞ、アンバス」
「あたしがいないからって泣いちゃだめだよー?」
「ばっ、不摂生しねーし泣いたりもしねーし!パスティータてめぇふざけんな!」

 パスティータの軽口に反応したアンバスが掴みかかろうと手を伸ばした。
 それをかわして逃げるパスティータ。その様子を見て笑う僕とエティ、ため息をつくシフェール。
 こんなやり取りも、引っ越してからはしにくくなるだろうが、時々暇を見ては新たな家に遊びに行こう。僕はそう思うのだった。

「ほら、そろそろ出発するよ!アンバス君も早く乗りな!」

 パスティータとじゃれあうアンバスの背に澄乃の声がかかる。
 ワゴンに乗り込んでドアをバタンと閉めたアンバスは、その姿が小さくなるまで窓を開けて僕達に手を振り続けていた。


~第37話へ~
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

【完結】すまない民よ。その聖騎士団、実は全員俺なんだ

一終一(にのまえしゅういち)
ファンタジー
俺こと“有塚しろ”が転移した先は巨大モンスターのうろつく異世界だった。それだけならエサになって終わりだったが、なぜか身に付けていた魔法“ワンオペ”によりポンコツ鎧兵を何体も召喚して命からがら生き延びていた。 百体まで増えた鎧兵を使って騎士団を結成し、モンスター狩りが安定してきた頃、大樹の上に人間の住むマルクト王国を発見する。女王に入国を許されたのだが何を血迷ったか“聖騎士団”の称号を与えられて、いきなり国の重職に就くことになってしまった。 平和に暮らしたい俺は騎士団が実は自分一人だということを隠し、国民の信頼を得るため一人百役で鎧兵を演じていく。 そして事あるごとに俺は心の中で呟くんだ。 『すまない民よ。その聖騎士団、実は全員俺なんだ』ってね。 ※小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しています。

社畜おっさんは巻き込まれて異世界!? とにかく生きねばなりません!

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
私の名前はユアサ マモル 14連勤を終えて家に帰ろうと思ったら少女とぶつかってしまった とても人柄のいい奥さんに謝っていると一瞬で周りの景色が変わり 奥さんも少女もいなくなっていた 若者の間で、はやっている話を聞いていた私はすぐに気持ちを切り替えて生きていくことにしました いや~自炊をしていてよかったです

スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜

かの
ファンタジー
 世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。  スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。  偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。  スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!  冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!

40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私 とうとうキレてしまいました なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが 飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした…… スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます

学校ごと異世界に召喚された俺、拾ったスキルが強すぎたので無双します

名無し
ファンタジー
 毎日のようにいじめを受けていた主人公の如月優斗は、ある日自分の学校が異世界へ転移したことを知る。召喚主によれば、生徒たちの中から救世主を探しているそうで、スマホを通してスキルをタダで配るのだという。それがきっかけで神スキルを得た如月は、あっという間に最強の男へと進化していく。

「キヅイセ。」 ~気づいたら異世界にいた。おまけに目の前にはATMがあった。異世界転移、通算一万人目の冒険者~

あめの みかな
ファンタジー
秋月レンジ。高校2年生。 彼は気づいたら異世界にいた。 その世界は、彼が元いた世界とのゲート開通から100周年を迎え、彼は通算一万人目の冒険者だった。 科学ではなく魔法が発達した、もうひとつの地球を舞台に、秋月レンジとふたりの巫女ステラ・リヴァイアサンとピノア・カーバンクルの冒険が今始まる。

アイテムボックスの最も冴えた使い方~チュートリアル1億回で最強になったが、実力隠してアイテムボックス内でスローライフしつつ駄竜とたわむれる~

うみ
ファンタジー
「アイテムボックス発動 収納 自分自身!」  これしかないと思った!   自宅で休んでいたら突然異世界に拉致され、邪蒼竜と名乗る強大なドラゴンを前にして絶対絶命のピンチに陥っていたのだから。  奴に言われるがままステータスと叫んだら、アイテムボックスというスキルを持っていることが分かった。  得た能力を使って何とかピンチを逃れようとし、思いついたアイデアを咄嗟に実行に移したんだ。  直後、俺の体はアイテムボックスの中に入り、難を逃れることができた。  このまま戻っても捻りつぶされるだけだ。  そこで、アイテムボックスの中は時間が流れないことを利用し、チュートリアルバトルを繰り返すこと1億回。ついにレベルがカンストする。  アイテムボックスの外に出た俺はドラゴンの角を折り、危機を脱する。  助けた竜の巫女と共に彼女の村へ向かうことになった俺だったが――。

キャンピングカーで走ってるだけで異世界が平和になるそうです~万物生成系チートスキルを添えて~

サメのおでこ
ファンタジー
手違いだったのだ。もしくは事故。 ヒトと魔族が今日もドンパチやっている世界。行方不明の勇者を捜す使命を帯びて……訂正、押しつけられて召喚された俺は、スキル≪物質変換≫の使い手だ。 木を鉄に、紙を鋼に、雪をオムライスに――あらゆる物質を望むがままに変換してのけるこのスキルは、しかし何故か召喚師から「役立たずのド三流」と罵られる。その挙げ句、人界の果てへと魔法で追放される有り様。 そんな俺は、≪物質変換≫でもって生き延びるための武器を生み出そうとして――キャンピングカーを創ってしまう。 もう一度言う。 手違いだったのだ。もしくは事故。 出来てしまったキャンピングカーで、渋々出発する俺。だが、実はこの平和なクルマには俺自身も知らない途方もない力が隠されていた! そんな俺とキャンピングカーに、ある願いを託す人々が現れて―― ※本作は他サイトでも掲載しています

処理中です...