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本編~3ヶ月目~
第46話~近くて遠い世界~
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~新宿・歌舞伎町~
~新宿区役所 3階 開通室~
「えっ……???」
マルチェッロの発した言葉がようやく脳内に落とし込まれた時、僕の口から漏れ出したのはなんとも気の抜けた声だった。
しかし、落とし込まれても未だに理解が追い付かない。
受け取った情報を改めて脳内で反芻し始める僕の前で、マルチェッロは真剣な表情で両腕を組んだ。
「実際にお見せしたほうが早いでしょうね」
そう言って僕に背を向けたマルチェッロが、部屋の壁際に控える職員の方にふよふよと飛んでいく。職員と何やらやり取りをすると、部屋の中心、床が黒く変色しているところまで飛んでいった。
僕に背を向けたままで、未だに目を白黒させたままの僕に声がかかる。
「カマンサックさん、これから穴を開きます。そのままそこで、動かないでいてください。
――開通申請!接続先ワールドコード0!開通者マルチェッロ・クズマーノ!通過者2名、マルチェッロ・クズマーノ、マウロ・カマンサック!」
部屋の中心で声高く申請を宣言したマルチェッロ。次いで部屋の壁際に立つ3人の職員が、続けざまに大きな声を上げた。
「接続先承認!」
「開通者承認!」
「通過者承認!」
「承認確認!コード0への穴、開通します!!」
職員さん3人の承認の声を受けて、返答を返したマルチェッロの両手が、空間を裂くように力強く左右に開かれる。
そして次の瞬間。
マルチェッロの眼前、部屋の中央に。
空間の裂け目がその姿を現した。
「なっ……」
「……ふぅ。お待たせしました、カマンサックさん。無事に開くことが出来ました」
「これが……人為的に開いた穴?」
明らかに空間が捩れているそこを前に、こちらを振り返って微笑んだマルチェッロへと、僕は信じられないとばかりに声を漏らした。
今まで僕が接してきた穴は、そこに穴が空いていることを認識で着てはいたものの、実際に空いている様を目にすることは無かった。
それが今マルチェッロが人為的に開いたそれは、そこに明らかに穴が空いていることが分かる程、空間が捩れ、渦を巻き、穴を穿っている。
まさか。
まさかこんなにあっさりと、異世界への扉を開ける者が、こんな身近なところにいるなんて。
驚愕を顔に貼り付けたままの僕の手を、くいくいとマルチェッロが引いて来た。
「さぁ、カマンサックさん、行きますよ。人為的に開いた穴は開通者が閉じない限りは開きっぱなしですが、開いている間は監視し続けないといけないので」
「は、はい……あの、大丈夫なんですか、僕が一緒に入って?」
「大丈夫です。私が一緒ですからね。
ただ、中に入るまで私の手を決して離さないように。いいですか?」
真剣な眼差しで僕を見るマルチェッロに、頷きを返すと。
僕はマルチェッロの小さな手を握ったまま、ゆっくりと足を踏み出した。
一歩一歩、踏みしめるように穴へと近づいていく。
そして、空間の捩れが視界いっぱいに広がるところまで近づくと。
「さぁ、抜けますよ」
「……っ!?」
マルチェッロの声がかかると同時に、薄い膜を通り抜けたような感覚に襲われる。
次の瞬間、僕は漆黒の闇が広がる空間へと投げ出されていた。
~???~
穴を抜けた先は、地面も無く、空も無い、闇が広がる空間だった。
地面の感覚がなくなったことに慌てるが、どうやら水中に浮かんでいるような状態らしく、落下していく様子はない。
思わず、マルチェッロの手を握る左手に力が篭もった。
「ここが、ワールドコード0番。ノーティスと言います。
まぁ、有り体に言えば世界と世界の狭間に広がる世界ですね」
「世界と世界の、狭間……ですか?」
世界と世界の狭間。
どういうことだろうか、この何もない真っ暗闇の空間が狭間とは。
いまひとつピンと来なくて首を傾げた僕に、マルチェッロは頷いた。
「カマンサックさんの目には、今は何も見えていないことと思います。
この世界は世界を外側から観測するための世界。この世に遍く存在する数多の世界を、俯瞰的に観測するには、特殊な技能を必要とします。
その技能が無いと、今のように何もない暗闇だけが広がる世界になるのですよ」
「つまり、クズマーノさんの目には、違った風景が見えていると……?」
「そうです。ちょっと待ってくださいね、技能保有状態の視野を再現するフィルターがありますので」
そう話しながら懐の鞄をあさるマルチェッロが、一本の眼鏡を取り出した。見た目は何の変哲もない眼鏡だが、人間用の眼鏡にあるつるが無く、イヤーカフの付いた鎖が繋がっている。
「かけてみてください。あ、私の手はもう離して大丈夫ですよ」
「は、はい……うわっ!?」
僕の肩の上に乗っかるマルチェッロに促されて眼鏡のレンズを覗くと、視界が文字通り一変した。
光も何もない暗黒の空間だった世界だったのが、渡された眼鏡をかけると周囲のあちらこちらに、円形をした光が無数に散らばっているではないか。
これが、世界か。
これが、外側から観測した世界の姿か。
呆然と周囲を見回す僕の隣で、マルチェッロがその目を小さく細めた。
「凄いでしょう?この一つ一つの円盤が、一つ一つの世界です。
夜空に輝く星々のように、世界は光の円盤の形を取って四次元的に存在し、絶えず動いています。
これが以前カマンサックさんにご説明した、世界の位相……これが一部重なりあうことで、世界と世界を繋ぐ穴が開きます。
私達転移課職員のように人為的に穴を開く場合は、位相の位置座標を意図的に近づけるようにして、繋ぐ感じですね」
「この、見えている一つ一つの光が、全て世界……
クズマーノさん達は、これを観測しているんですよね?じゃあ、僕達の世界も……」
瞳を大きく見開きながら、思わず口角が上がるのを感じながら、喜色満面で話す僕。マルチェッロは再び頷いた。
僕の表情が、ぱぁっと明るくなる。こうして世界を見つけられるのであれば、きっと帰れるはずだ。そうに違いない。
期待に胸を膨らませる僕の後頭部に優しく手を添えて、マルチェッロは口を開く。
「チェルパのある場所までご案内します。
見に行っていただいた方が、きっと早いでしょう」
マルチェッロの案内を受けて、暗闇の中を泳ぐように進むことしばし。
僕とマルチェッロの視界に、淡い緑色に光る円盤が映ってくる。
「カマンサックさん、あそこにあるのがワールドコード1E7、チェルパです。
お分かりになりますか、故郷の世界が」
「あれが……」
故郷の世界を目の当たりにして、僕は目の端がうるんでくるのを感じた。
ワールドコード1E7、チェルパ。僕達の生まれ育った世界。
こうして世界の外側から観測するのは、非常に変な気分だが……僕にも分かる。あの円盤の中で満ちる魔力が。故郷の空気が。
ほんの数ヶ月離れていただけなのに、すごく懐かしい。
思わず傍まで近づいてみた僕は、近くまで寄ってようやくそれに気が付いた。
チェルパの円盤に覆い被さるように存在する、青く輝く円盤の存在に。
マルチェッロが僕の肩の上で難しい表情をした。
「この、覆い被さるように存在している青い位相が、ワールドコード1、アース。私たちが暮らしている地球の存在する世界です。
見ての通り、かなり広範囲に渡って位相が重なっているのが、お分かりになるかと思います」
「はい……でもこれは、まだ完全に重なっているわけではないんです、よね?」
不安げな表情をして口を開いた僕に、頷きを返すマルチェッロ。
そのまま僕の肩から離れると、パタパタと飛んでチェルパの位相に触れながら僕を見た。
自分でも傍に寄って位相に手を触れようとする僕。しかし見えているのに、マルチェッロが触れているところまで手を伸ばせるのに、何かに触れることも無く手が通り抜けてしまう。
今の僕は疑似的に世界を観測する技能の視界を体験しているが、現実には暗闇の中にいるままだ。物理的に触れられるはずがない。
「そうです。まだ完全には重なっていない。しかしこれを見れば分かる通り、位置座標的にはほぼ重なった状態……Y座標は僅かにずれていますし、T座標で重なりがないので、そこはまだ大丈夫ですが。
この状況を見るに、将来的にはアースにチェルパが取り込まれる形で、世界が合一する可能性が高いと言えます。
万に一つの可能性として、地球とは別個の惑星として、惑星ごとチェルパの居住可能惑星がアースの宇宙に移動してくることもあり得ますが、私の当初の見通し通り、地球とチェルパの大陸や人種、生物が混ざり合って一つになってしまう結果の方が、何倍も高いでしょう」
「……今、マルチェッロさんが位相に触っているように、これを物理的に移動させることは出来ないんですか?
それに、転移課の皆さんが世界と世界を繋げる能力をお持ちだったら、それを利用して僕達をチェルパに帰すことだって……今こうしているように、通過者として同行する形で……」
すがるように隣に浮かぶマルチェッロを見るが、彼は力なく首を振った。
「駄目なんです。ノーティスは世界と世界の狭間。狭間の世界から世界の位相に干渉することは出来ないのです。
文字通り、世界を動かすほどの力が無いと、世界の位相を大きく動かすことは出来ません……これは、技能や能力ではどうにもできない部分です。
そして、私達がカマンサックさんたちを穴を開いて帰す、ということも……その世界に穴を開いたとしても、無事にお返しすることが九割九分出来ないのです」
「……えっ?」
マルチェッロの言葉に、僕は大きく目を見開いた。
意味を掴みかねている僕の前で、マルチェッロはチェルパの円盤をぽんと叩いた。
「カマンサックさんは、『世界』ってどこまでを指すと思いますか?」
「え……えぇと、僕達が生きている惑星があって、太陽や月があって、それぞれの星があって……そこまでが世界だと思ってました、けど」
「んー、そうですよねぇ。異世界からいらっしゃった方でそこまで答えられれば上等です。
自分たちが生きる大地があり、海があり、空があり。
空の向こうには太陽、月などの衛星、夜空の星々。それらの恒星系が集まった銀河。
その星々が浮かぶ暗黒の宇宙。
これら全部が一つの世界です。アースも、チェルパも、他の世界もそうです。
さてここで一つ問題です。この広大な世界の中で無作為に穴を開いた時、皆さんが元々暮らしていた惑星上で穴に繋がる確率は、どの程度でしょうか?」
「……えーと、世界全体で、ってことです、よね?
だとすると……あー……」
唸りながら頭を抱えた僕だ。
それだけ広大な宇宙空間全体を「世界」と捉えるなら、その中で無作為に穴を開けた際に一発で居住可能惑星の地上に開通するなど、限りなく不可能に近い。
九割九分、真空で漆黒の宇宙空間に繋がってしまい、穴を潜ったが最後、身動きも取れないまま酸欠で臨終だ。
そういうことなのか、マルチェッロ達が地球と世界を繋げる術を持っていても、僕達を、他の入植者たちを元の世界に帰せないのは。
「広大な、広大な一つの世界の中で、人々が生きている惑星に穴を繋げるには、その世界の中で生きていた人でないと座標の指定が出来ないのです。
勿論、座標にも世界内で人が生きられる惑星を指定するものと、惑星内で大陸、国家、都市、地点を指定するものと、二種類あります。
いずれの座標においても、『そこにいたことがある』という経験が指定に必要になります。
なのでチェルパの、カマンサックさんたちが生きていた惑星に行ったことの無い私達には、外側から世界の状況を観測することは出来ても、世界の中に入り、生存できる環境に皆さんを送り出すことが出来ないのです」
そこまで話し、マルチェッロは僕の両肩を強く掴んだ。
マズルの先と先がくっつくほどの距離まで顔を近づけて、強い口調で僕に告げる。
「いいですか、カマンサックさん。私がこうして貴方に穴を人為的に開ける方法をお教えしたのには理由があります。
皆さんがご自身でチェルパへの穴を開けられるようになる。
そうして故郷に帰り、チェルパで、あるいはアースで、世界を動かすだけの力を以てチェルパとアースの位相を引き離す。
二つの世界が合一する危険性を遠ざけるには、これが最も確実な方法です」
「で、でも、その為には内なる穴を身に付けないといけないんですよね……?どうやって、それを開ければ」
困惑しつつ言葉を投げる僕だ。
ここまで回りくどい説明をしてくるのだ、内なる穴を意図的に開けることが出来ないことくらい、僕にも分かる。そう出来るならマルチェッロがとっくに開けているだろう。
瞳に焦りと戸惑いの色を見せる僕の顔からそうっと眼鏡を外したマルチェッロが、ゆっくりと首を前後に動かした。僕の視界を再び暗黒が満たす。
暗黒の中にぽつんと浮かぶマルチェッロが、眼鏡をしまって柔らかく笑った。
「我々の技能を持っても、意図的に内なる穴を発生させることは出来ません……が、手はあります。
皆さんは五人おります。それを最大限に活かしましょう。どなたかお一人でも開けることが出来れば、それで帰れます。
内なる穴は、どこかの世界からここ、ノーティスへの穴を潜る時や、ノーティスから別の世界への穴を潜る時に開くことが分かっています。確実に、ではありませんが。
私も頻繁に穴を開くと仕事に支障が出ますので、一日の中で何度も、とは申しませんが、地球、ノーティス、そして私の出身世界であるメルヴァルであれば確実に安全な座標を指定できます。
転移課の他の職員にも話をしておきます。「陽羽南」の仕事がお休みの日に、転移課にいらしてください」
「は、はい。よろしくお願いします」
微笑むマルチェッロに、僕は思わず大きくお辞儀をした。
その拍子に下半身がふわりと浮き上がり、空中で前転する形になってしまう。
慌てながらばたつく僕の手を優しく握って、マルチェッロが空中を静かに蹴った。
「さぁ、帰りましょうカマンサックさん。午後からお仕事があるでしょう?
ノーティスは時間の流れが非常にゆっくりですから、区役所に戻ったとしてまぁ1時間も経ってはいないでしょうが、あんまり長居してもしょうがないですから」
「そうですね、えぇ……すみません、お手数おかけします」
そうして僕の手を引きながら、漆黒の闇の中を自由に泳ぐマルチェッロ。
彼の小さく青い身体以外、何も見えない闇の中で、僕は再び後方に視線を向ける。
何も見えない真っ黒な世界。その中に確かに見えた、僕が生まれ育ったチェルパ。
近くまで行けたのに中に入れないもどかしさを胸に抱えて、僕は地球への闇に覆われた帰路を、飛ぶように進んでいったのだった。
~第47話へ~
~新宿区役所 3階 開通室~
「えっ……???」
マルチェッロの発した言葉がようやく脳内に落とし込まれた時、僕の口から漏れ出したのはなんとも気の抜けた声だった。
しかし、落とし込まれても未だに理解が追い付かない。
受け取った情報を改めて脳内で反芻し始める僕の前で、マルチェッロは真剣な表情で両腕を組んだ。
「実際にお見せしたほうが早いでしょうね」
そう言って僕に背を向けたマルチェッロが、部屋の壁際に控える職員の方にふよふよと飛んでいく。職員と何やらやり取りをすると、部屋の中心、床が黒く変色しているところまで飛んでいった。
僕に背を向けたままで、未だに目を白黒させたままの僕に声がかかる。
「カマンサックさん、これから穴を開きます。そのままそこで、動かないでいてください。
――開通申請!接続先ワールドコード0!開通者マルチェッロ・クズマーノ!通過者2名、マルチェッロ・クズマーノ、マウロ・カマンサック!」
部屋の中心で声高く申請を宣言したマルチェッロ。次いで部屋の壁際に立つ3人の職員が、続けざまに大きな声を上げた。
「接続先承認!」
「開通者承認!」
「通過者承認!」
「承認確認!コード0への穴、開通します!!」
職員さん3人の承認の声を受けて、返答を返したマルチェッロの両手が、空間を裂くように力強く左右に開かれる。
そして次の瞬間。
マルチェッロの眼前、部屋の中央に。
空間の裂け目がその姿を現した。
「なっ……」
「……ふぅ。お待たせしました、カマンサックさん。無事に開くことが出来ました」
「これが……人為的に開いた穴?」
明らかに空間が捩れているそこを前に、こちらを振り返って微笑んだマルチェッロへと、僕は信じられないとばかりに声を漏らした。
今まで僕が接してきた穴は、そこに穴が空いていることを認識で着てはいたものの、実際に空いている様を目にすることは無かった。
それが今マルチェッロが人為的に開いたそれは、そこに明らかに穴が空いていることが分かる程、空間が捩れ、渦を巻き、穴を穿っている。
まさか。
まさかこんなにあっさりと、異世界への扉を開ける者が、こんな身近なところにいるなんて。
驚愕を顔に貼り付けたままの僕の手を、くいくいとマルチェッロが引いて来た。
「さぁ、カマンサックさん、行きますよ。人為的に開いた穴は開通者が閉じない限りは開きっぱなしですが、開いている間は監視し続けないといけないので」
「は、はい……あの、大丈夫なんですか、僕が一緒に入って?」
「大丈夫です。私が一緒ですからね。
ただ、中に入るまで私の手を決して離さないように。いいですか?」
真剣な眼差しで僕を見るマルチェッロに、頷きを返すと。
僕はマルチェッロの小さな手を握ったまま、ゆっくりと足を踏み出した。
一歩一歩、踏みしめるように穴へと近づいていく。
そして、空間の捩れが視界いっぱいに広がるところまで近づくと。
「さぁ、抜けますよ」
「……っ!?」
マルチェッロの声がかかると同時に、薄い膜を通り抜けたような感覚に襲われる。
次の瞬間、僕は漆黒の闇が広がる空間へと投げ出されていた。
~???~
穴を抜けた先は、地面も無く、空も無い、闇が広がる空間だった。
地面の感覚がなくなったことに慌てるが、どうやら水中に浮かんでいるような状態らしく、落下していく様子はない。
思わず、マルチェッロの手を握る左手に力が篭もった。
「ここが、ワールドコード0番。ノーティスと言います。
まぁ、有り体に言えば世界と世界の狭間に広がる世界ですね」
「世界と世界の、狭間……ですか?」
世界と世界の狭間。
どういうことだろうか、この何もない真っ暗闇の空間が狭間とは。
いまひとつピンと来なくて首を傾げた僕に、マルチェッロは頷いた。
「カマンサックさんの目には、今は何も見えていないことと思います。
この世界は世界を外側から観測するための世界。この世に遍く存在する数多の世界を、俯瞰的に観測するには、特殊な技能を必要とします。
その技能が無いと、今のように何もない暗闇だけが広がる世界になるのですよ」
「つまり、クズマーノさんの目には、違った風景が見えていると……?」
「そうです。ちょっと待ってくださいね、技能保有状態の視野を再現するフィルターがありますので」
そう話しながら懐の鞄をあさるマルチェッロが、一本の眼鏡を取り出した。見た目は何の変哲もない眼鏡だが、人間用の眼鏡にあるつるが無く、イヤーカフの付いた鎖が繋がっている。
「かけてみてください。あ、私の手はもう離して大丈夫ですよ」
「は、はい……うわっ!?」
僕の肩の上に乗っかるマルチェッロに促されて眼鏡のレンズを覗くと、視界が文字通り一変した。
光も何もない暗黒の空間だった世界だったのが、渡された眼鏡をかけると周囲のあちらこちらに、円形をした光が無数に散らばっているではないか。
これが、世界か。
これが、外側から観測した世界の姿か。
呆然と周囲を見回す僕の隣で、マルチェッロがその目を小さく細めた。
「凄いでしょう?この一つ一つの円盤が、一つ一つの世界です。
夜空に輝く星々のように、世界は光の円盤の形を取って四次元的に存在し、絶えず動いています。
これが以前カマンサックさんにご説明した、世界の位相……これが一部重なりあうことで、世界と世界を繋ぐ穴が開きます。
私達転移課職員のように人為的に穴を開く場合は、位相の位置座標を意図的に近づけるようにして、繋ぐ感じですね」
「この、見えている一つ一つの光が、全て世界……
クズマーノさん達は、これを観測しているんですよね?じゃあ、僕達の世界も……」
瞳を大きく見開きながら、思わず口角が上がるのを感じながら、喜色満面で話す僕。マルチェッロは再び頷いた。
僕の表情が、ぱぁっと明るくなる。こうして世界を見つけられるのであれば、きっと帰れるはずだ。そうに違いない。
期待に胸を膨らませる僕の後頭部に優しく手を添えて、マルチェッロは口を開く。
「チェルパのある場所までご案内します。
見に行っていただいた方が、きっと早いでしょう」
マルチェッロの案内を受けて、暗闇の中を泳ぐように進むことしばし。
僕とマルチェッロの視界に、淡い緑色に光る円盤が映ってくる。
「カマンサックさん、あそこにあるのがワールドコード1E7、チェルパです。
お分かりになりますか、故郷の世界が」
「あれが……」
故郷の世界を目の当たりにして、僕は目の端がうるんでくるのを感じた。
ワールドコード1E7、チェルパ。僕達の生まれ育った世界。
こうして世界の外側から観測するのは、非常に変な気分だが……僕にも分かる。あの円盤の中で満ちる魔力が。故郷の空気が。
ほんの数ヶ月離れていただけなのに、すごく懐かしい。
思わず傍まで近づいてみた僕は、近くまで寄ってようやくそれに気が付いた。
チェルパの円盤に覆い被さるように存在する、青く輝く円盤の存在に。
マルチェッロが僕の肩の上で難しい表情をした。
「この、覆い被さるように存在している青い位相が、ワールドコード1、アース。私たちが暮らしている地球の存在する世界です。
見ての通り、かなり広範囲に渡って位相が重なっているのが、お分かりになるかと思います」
「はい……でもこれは、まだ完全に重なっているわけではないんです、よね?」
不安げな表情をして口を開いた僕に、頷きを返すマルチェッロ。
そのまま僕の肩から離れると、パタパタと飛んでチェルパの位相に触れながら僕を見た。
自分でも傍に寄って位相に手を触れようとする僕。しかし見えているのに、マルチェッロが触れているところまで手を伸ばせるのに、何かに触れることも無く手が通り抜けてしまう。
今の僕は疑似的に世界を観測する技能の視界を体験しているが、現実には暗闇の中にいるままだ。物理的に触れられるはずがない。
「そうです。まだ完全には重なっていない。しかしこれを見れば分かる通り、位置座標的にはほぼ重なった状態……Y座標は僅かにずれていますし、T座標で重なりがないので、そこはまだ大丈夫ですが。
この状況を見るに、将来的にはアースにチェルパが取り込まれる形で、世界が合一する可能性が高いと言えます。
万に一つの可能性として、地球とは別個の惑星として、惑星ごとチェルパの居住可能惑星がアースの宇宙に移動してくることもあり得ますが、私の当初の見通し通り、地球とチェルパの大陸や人種、生物が混ざり合って一つになってしまう結果の方が、何倍も高いでしょう」
「……今、マルチェッロさんが位相に触っているように、これを物理的に移動させることは出来ないんですか?
それに、転移課の皆さんが世界と世界を繋げる能力をお持ちだったら、それを利用して僕達をチェルパに帰すことだって……今こうしているように、通過者として同行する形で……」
すがるように隣に浮かぶマルチェッロを見るが、彼は力なく首を振った。
「駄目なんです。ノーティスは世界と世界の狭間。狭間の世界から世界の位相に干渉することは出来ないのです。
文字通り、世界を動かすほどの力が無いと、世界の位相を大きく動かすことは出来ません……これは、技能や能力ではどうにもできない部分です。
そして、私達がカマンサックさんたちを穴を開いて帰す、ということも……その世界に穴を開いたとしても、無事にお返しすることが九割九分出来ないのです」
「……えっ?」
マルチェッロの言葉に、僕は大きく目を見開いた。
意味を掴みかねている僕の前で、マルチェッロはチェルパの円盤をぽんと叩いた。
「カマンサックさんは、『世界』ってどこまでを指すと思いますか?」
「え……えぇと、僕達が生きている惑星があって、太陽や月があって、それぞれの星があって……そこまでが世界だと思ってました、けど」
「んー、そうですよねぇ。異世界からいらっしゃった方でそこまで答えられれば上等です。
自分たちが生きる大地があり、海があり、空があり。
空の向こうには太陽、月などの衛星、夜空の星々。それらの恒星系が集まった銀河。
その星々が浮かぶ暗黒の宇宙。
これら全部が一つの世界です。アースも、チェルパも、他の世界もそうです。
さてここで一つ問題です。この広大な世界の中で無作為に穴を開いた時、皆さんが元々暮らしていた惑星上で穴に繋がる確率は、どの程度でしょうか?」
「……えーと、世界全体で、ってことです、よね?
だとすると……あー……」
唸りながら頭を抱えた僕だ。
それだけ広大な宇宙空間全体を「世界」と捉えるなら、その中で無作為に穴を開けた際に一発で居住可能惑星の地上に開通するなど、限りなく不可能に近い。
九割九分、真空で漆黒の宇宙空間に繋がってしまい、穴を潜ったが最後、身動きも取れないまま酸欠で臨終だ。
そういうことなのか、マルチェッロ達が地球と世界を繋げる術を持っていても、僕達を、他の入植者たちを元の世界に帰せないのは。
「広大な、広大な一つの世界の中で、人々が生きている惑星に穴を繋げるには、その世界の中で生きていた人でないと座標の指定が出来ないのです。
勿論、座標にも世界内で人が生きられる惑星を指定するものと、惑星内で大陸、国家、都市、地点を指定するものと、二種類あります。
いずれの座標においても、『そこにいたことがある』という経験が指定に必要になります。
なのでチェルパの、カマンサックさんたちが生きていた惑星に行ったことの無い私達には、外側から世界の状況を観測することは出来ても、世界の中に入り、生存できる環境に皆さんを送り出すことが出来ないのです」
そこまで話し、マルチェッロは僕の両肩を強く掴んだ。
マズルの先と先がくっつくほどの距離まで顔を近づけて、強い口調で僕に告げる。
「いいですか、カマンサックさん。私がこうして貴方に穴を人為的に開ける方法をお教えしたのには理由があります。
皆さんがご自身でチェルパへの穴を開けられるようになる。
そうして故郷に帰り、チェルパで、あるいはアースで、世界を動かすだけの力を以てチェルパとアースの位相を引き離す。
二つの世界が合一する危険性を遠ざけるには、これが最も確実な方法です」
「で、でも、その為には内なる穴を身に付けないといけないんですよね……?どうやって、それを開ければ」
困惑しつつ言葉を投げる僕だ。
ここまで回りくどい説明をしてくるのだ、内なる穴を意図的に開けることが出来ないことくらい、僕にも分かる。そう出来るならマルチェッロがとっくに開けているだろう。
瞳に焦りと戸惑いの色を見せる僕の顔からそうっと眼鏡を外したマルチェッロが、ゆっくりと首を前後に動かした。僕の視界を再び暗黒が満たす。
暗黒の中にぽつんと浮かぶマルチェッロが、眼鏡をしまって柔らかく笑った。
「我々の技能を持っても、意図的に内なる穴を発生させることは出来ません……が、手はあります。
皆さんは五人おります。それを最大限に活かしましょう。どなたかお一人でも開けることが出来れば、それで帰れます。
内なる穴は、どこかの世界からここ、ノーティスへの穴を潜る時や、ノーティスから別の世界への穴を潜る時に開くことが分かっています。確実に、ではありませんが。
私も頻繁に穴を開くと仕事に支障が出ますので、一日の中で何度も、とは申しませんが、地球、ノーティス、そして私の出身世界であるメルヴァルであれば確実に安全な座標を指定できます。
転移課の他の職員にも話をしておきます。「陽羽南」の仕事がお休みの日に、転移課にいらしてください」
「は、はい。よろしくお願いします」
微笑むマルチェッロに、僕は思わず大きくお辞儀をした。
その拍子に下半身がふわりと浮き上がり、空中で前転する形になってしまう。
慌てながらばたつく僕の手を優しく握って、マルチェッロが空中を静かに蹴った。
「さぁ、帰りましょうカマンサックさん。午後からお仕事があるでしょう?
ノーティスは時間の流れが非常にゆっくりですから、区役所に戻ったとしてまぁ1時間も経ってはいないでしょうが、あんまり長居してもしょうがないですから」
「そうですね、えぇ……すみません、お手数おかけします」
そうして僕の手を引きながら、漆黒の闇の中を自由に泳ぐマルチェッロ。
彼の小さく青い身体以外、何も見えない闇の中で、僕は再び後方に視線を向ける。
何も見えない真っ黒な世界。その中に確かに見えた、僕が生まれ育ったチェルパ。
近くまで行けたのに中に入れないもどかしさを胸に抱えて、僕は地球への闇に覆われた帰路を、飛ぶように進んでいったのだった。
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部長に傷つけられ続けた私
とうとうキレてしまいました
なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが
飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした……
スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます
学校ごと異世界に召喚された俺、拾ったスキルが強すぎたので無双します
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毎日のようにいじめを受けていた主人公の如月優斗は、ある日自分の学校が異世界へ転移したことを知る。召喚主によれば、生徒たちの中から救世主を探しているそうで、スマホを通してスキルをタダで配るのだという。それがきっかけで神スキルを得た如月は、あっという間に最強の男へと進化していく。
「キヅイセ。」 ~気づいたら異世界にいた。おまけに目の前にはATMがあった。異世界転移、通算一万人目の冒険者~
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秋月レンジ。高校2年生。
彼は気づいたら異世界にいた。
その世界は、彼が元いた世界とのゲート開通から100周年を迎え、彼は通算一万人目の冒険者だった。
科学ではなく魔法が発達した、もうひとつの地球を舞台に、秋月レンジとふたりの巫女ステラ・リヴァイアサンとピノア・カーバンクルの冒険が今始まる。
アイテムボックスの最も冴えた使い方~チュートリアル1億回で最強になったが、実力隠してアイテムボックス内でスローライフしつつ駄竜とたわむれる~
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「アイテムボックス発動 収納 自分自身!」
これしかないと思った!
自宅で休んでいたら突然異世界に拉致され、邪蒼竜と名乗る強大なドラゴンを前にして絶対絶命のピンチに陥っていたのだから。
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得た能力を使って何とかピンチを逃れようとし、思いついたアイデアを咄嗟に実行に移したんだ。
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このまま戻っても捻りつぶされるだけだ。
そこで、アイテムボックスの中は時間が流れないことを利用し、チュートリアルバトルを繰り返すこと1億回。ついにレベルがカンストする。
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キャンピングカーで走ってるだけで異世界が平和になるそうです~万物生成系チートスキルを添えて~
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ヒトと魔族が今日もドンパチやっている世界。行方不明の勇者を捜す使命を帯びて……訂正、押しつけられて召喚された俺は、スキル≪物質変換≫の使い手だ。
木を鉄に、紙を鋼に、雪をオムライスに――あらゆる物質を望むがままに変換してのけるこのスキルは、しかし何故か召喚師から「役立たずのド三流」と罵られる。その挙げ句、人界の果てへと魔法で追放される有り様。
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もう一度言う。
手違いだったのだ。もしくは事故。
出来てしまったキャンピングカーで、渋々出発する俺。だが、実はこの平和なクルマには俺自身も知らない途方もない力が隠されていた!
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