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本編~3ヶ月目~
第47話~希望の光~
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~新宿・歌舞伎町~
~居酒屋「陽羽南」 歌舞伎町店~
地球に戻り、区役所の食堂で昼食を取った後、僕はいつも通りに「陽羽南」に出勤した。
鍵を開けて、服を着替えて、料理の仕込みを始める。今日のお通しはイワシの南蛮漬けの予定だ。
トントントン、と包丁がまな板を叩く音が、静かな厨房にリズムを刻んでいく。
僕の隣でチキンボール用の鶏肉を刻むシフェールが、包丁を動かす手元に視線を向けたままで、ふと口を開いた。
「マウロ」
「どうした?」
答える僕も、玉ねぎをスライスする手元に視線を向けたままだ。お互いに、お互いを見ないままで言葉を交わしている。
視線もそのままで、包丁を動かす手を休めないまま、シフェールは告げた。
「私達は……チェルパに帰れる日が来ると思うか?」
その言葉を受けて、僕の包丁を動かす手が、思わず止まる。
シン、と数秒、場が静まった。
少しだけまなじりを下げながら、僕はゆっくりと口を開く。
「今日、午前中に新宿区役所に行って来たよ。そこでクズマーノさんに、色々教えてもらった。
チェルパに帰る為には、僕達自身が帰る為の道を作らないとならないらしい」
「私達自身が……?」
鶏肉を刻む手を止めて首を傾げるシフェールに、僕は午前中にマルチェッロから聞いた話を説明した。
内なる穴のこと。
人為的に穴を開ける部屋が区役所の中にあること。
ワールドコード0、ノーティスのこと。
チェルパに帰る為に、僕達の誰かが穴を開けられるようになる必要があること。
そのために休みの日に、マルチェッロや転移課職員の協力の下で異世界と地球を行ったり来たりする必要があること。
そして、地球かチェルパのどちらかの位相を動かすために、文字通り「その世界を動かす」必要があること。
気が付けば、今日が休みであるパスティータと寅司を除く全員が、作業の手を止めて僕の話に聞き入っていた。
当然と言えば当然だ。帰る為の手段がようやく目の前に現れて、しかもそれが開店当初から店に来てくれているマルチェッロによってもたらされているのだから。
フロアの掃除をしていたアンバスが、モップを片手に持ったままで深くため息をつく。
「マルチェッロのおっさんも人が悪いよな、そういう手段があるんならもっと早くに提示してくれればいいのによ」
「そう言いたくなる気持ちは分かるわ……でも、そう簡単に開示できる情報ではないのも分かるし、生活が落ち着かないと内なる穴を開くための作業も出来ないでしょう?」
「そうだな……それにしても、こんな身近なところに答えが転がっているとは、予想外だ」
エティも、シフェールも、アンバスの言葉に頷きながらも表情は複雑そうだ。
確かに、転移課の職員皆が穴を開く術を持っているというのなら、僕達が入植して地球に定着する前に手段を講じてくれてもよかったと思う。
しかしマルチェッロも話していたことだが、今回はアースとチェルパ、二つの世界が融合し、合一してしまう危険があってこその、この提案だ。そうでなければあんな厳重に管理された機密情報を、一区民である僕に開示するはずもない。
マルチェッロがアクションを起こせる、チェルパ出身の人間は僕達5人とジーナだけ。であれば、僕達にチェルパに帰る手段を持ってもらった方がより確実に事態を打開できる、というマルチェッロの判断に誤りはない。
なにせ、ジーナはチェルパではただの村娘。対して僕達は冒険者としての来歴がある。
「地球も今は激動の時代ですし、位相を動かそうと思えば動かせるんでしょうけれど……チェルパと重なる方向に動いては意味がないですものね」
「はい……あちらの世界にも動いてもらおうという、クズマーノさんのお考えは、理に適っています」
厨房で仕込みを行っていたサレオスとディトも、揃って頷いていた。
皆の顔を見回して、僕も一つ頷く。そして再び包丁を動かしながら口を開いた。
「僕は、これほどまでに幸運な申し出も無いと思っている。
地球とチェルパを自由に行き来できるようになるのだとしたら、こちらでの仕事と生活を手放す心配をしなくてもいいし、チェルパでの立場を永久に失わなくても済むようになる。
エティもお父上に顔を見せに行けるようになるし、シフェールも御苑さんと離れ離れにならなくて済むようになる。アンバスだって、ラウラちゃんがモランド村の友達に会いに行けるようになるだろう?
誰がその能力を得るかは、やってみないと分からないし、いつ能力が開花するかも分からない……でも、これは間違いなく希望の光だ。
僕達は、きっと帰れる。そして地球とチェルパを自由に行き来できるようになる。絶対だ」
僕の言葉に、改めてその場の全員が頷いた。
そして再び作業を始めた僕に倣って、それぞれ動き出すスタッフたち。まだ仕込みも掃除も終わっていないのだから。
玉ねぎのスライスを終えた僕が、それを南蛮酢を入れたボウルに移していると、後ろの方からサレオスの声が飛んできた。
「マウロさん、お通しの南蛮漬けに使うイワシ、こんなぐらいでいいですか?」
「ありがとうございます、いい感じですね。そこに置いておいてください」
サレオスの方に振り向きながら、にこやかに答える僕。彼の手元には開かれて焼かれたイワシの切り身がこんもりと盛られている。
イワシが盛られたバットを受け取りに向かう僕の背中に、エティとアンバスの会話が聞こえてくる。
「地球とチェルパを自由に行き来できるようになるんならさ、シュマルに穴開いてあっちから客を呼び込むのも面白いんじゃね?」
「何言ってるのよ、そんなこと、転移課の皆さんが許してくれるはずがないじゃない。厳重に監視されているって、マウロが言ってるのよ」
アンバスのなんとも気楽な意見にふっと笑みを零しながらも、僕は歩みを止めない。
今日も陽羽南は開店に向けて、至極順調に準備を進めていた。
僕の齎した情報が、皆の希望の光になると信じながら、僕は南蛮酢の中にイワシの切り身を投入したのだった。
~第48話へ~
~居酒屋「陽羽南」 歌舞伎町店~
地球に戻り、区役所の食堂で昼食を取った後、僕はいつも通りに「陽羽南」に出勤した。
鍵を開けて、服を着替えて、料理の仕込みを始める。今日のお通しはイワシの南蛮漬けの予定だ。
トントントン、と包丁がまな板を叩く音が、静かな厨房にリズムを刻んでいく。
僕の隣でチキンボール用の鶏肉を刻むシフェールが、包丁を動かす手元に視線を向けたままで、ふと口を開いた。
「マウロ」
「どうした?」
答える僕も、玉ねぎをスライスする手元に視線を向けたままだ。お互いに、お互いを見ないままで言葉を交わしている。
視線もそのままで、包丁を動かす手を休めないまま、シフェールは告げた。
「私達は……チェルパに帰れる日が来ると思うか?」
その言葉を受けて、僕の包丁を動かす手が、思わず止まる。
シン、と数秒、場が静まった。
少しだけまなじりを下げながら、僕はゆっくりと口を開く。
「今日、午前中に新宿区役所に行って来たよ。そこでクズマーノさんに、色々教えてもらった。
チェルパに帰る為には、僕達自身が帰る為の道を作らないとならないらしい」
「私達自身が……?」
鶏肉を刻む手を止めて首を傾げるシフェールに、僕は午前中にマルチェッロから聞いた話を説明した。
内なる穴のこと。
人為的に穴を開ける部屋が区役所の中にあること。
ワールドコード0、ノーティスのこと。
チェルパに帰る為に、僕達の誰かが穴を開けられるようになる必要があること。
そのために休みの日に、マルチェッロや転移課職員の協力の下で異世界と地球を行ったり来たりする必要があること。
そして、地球かチェルパのどちらかの位相を動かすために、文字通り「その世界を動かす」必要があること。
気が付けば、今日が休みであるパスティータと寅司を除く全員が、作業の手を止めて僕の話に聞き入っていた。
当然と言えば当然だ。帰る為の手段がようやく目の前に現れて、しかもそれが開店当初から店に来てくれているマルチェッロによってもたらされているのだから。
フロアの掃除をしていたアンバスが、モップを片手に持ったままで深くため息をつく。
「マルチェッロのおっさんも人が悪いよな、そういう手段があるんならもっと早くに提示してくれればいいのによ」
「そう言いたくなる気持ちは分かるわ……でも、そう簡単に開示できる情報ではないのも分かるし、生活が落ち着かないと内なる穴を開くための作業も出来ないでしょう?」
「そうだな……それにしても、こんな身近なところに答えが転がっているとは、予想外だ」
エティも、シフェールも、アンバスの言葉に頷きながらも表情は複雑そうだ。
確かに、転移課の職員皆が穴を開く術を持っているというのなら、僕達が入植して地球に定着する前に手段を講じてくれてもよかったと思う。
しかしマルチェッロも話していたことだが、今回はアースとチェルパ、二つの世界が融合し、合一してしまう危険があってこその、この提案だ。そうでなければあんな厳重に管理された機密情報を、一区民である僕に開示するはずもない。
マルチェッロがアクションを起こせる、チェルパ出身の人間は僕達5人とジーナだけ。であれば、僕達にチェルパに帰る手段を持ってもらった方がより確実に事態を打開できる、というマルチェッロの判断に誤りはない。
なにせ、ジーナはチェルパではただの村娘。対して僕達は冒険者としての来歴がある。
「地球も今は激動の時代ですし、位相を動かそうと思えば動かせるんでしょうけれど……チェルパと重なる方向に動いては意味がないですものね」
「はい……あちらの世界にも動いてもらおうという、クズマーノさんのお考えは、理に適っています」
厨房で仕込みを行っていたサレオスとディトも、揃って頷いていた。
皆の顔を見回して、僕も一つ頷く。そして再び包丁を動かしながら口を開いた。
「僕は、これほどまでに幸運な申し出も無いと思っている。
地球とチェルパを自由に行き来できるようになるのだとしたら、こちらでの仕事と生活を手放す心配をしなくてもいいし、チェルパでの立場を永久に失わなくても済むようになる。
エティもお父上に顔を見せに行けるようになるし、シフェールも御苑さんと離れ離れにならなくて済むようになる。アンバスだって、ラウラちゃんがモランド村の友達に会いに行けるようになるだろう?
誰がその能力を得るかは、やってみないと分からないし、いつ能力が開花するかも分からない……でも、これは間違いなく希望の光だ。
僕達は、きっと帰れる。そして地球とチェルパを自由に行き来できるようになる。絶対だ」
僕の言葉に、改めてその場の全員が頷いた。
そして再び作業を始めた僕に倣って、それぞれ動き出すスタッフたち。まだ仕込みも掃除も終わっていないのだから。
玉ねぎのスライスを終えた僕が、それを南蛮酢を入れたボウルに移していると、後ろの方からサレオスの声が飛んできた。
「マウロさん、お通しの南蛮漬けに使うイワシ、こんなぐらいでいいですか?」
「ありがとうございます、いい感じですね。そこに置いておいてください」
サレオスの方に振り向きながら、にこやかに答える僕。彼の手元には開かれて焼かれたイワシの切り身がこんもりと盛られている。
イワシが盛られたバットを受け取りに向かう僕の背中に、エティとアンバスの会話が聞こえてくる。
「地球とチェルパを自由に行き来できるようになるんならさ、シュマルに穴開いてあっちから客を呼び込むのも面白いんじゃね?」
「何言ってるのよ、そんなこと、転移課の皆さんが許してくれるはずがないじゃない。厳重に監視されているって、マウロが言ってるのよ」
アンバスのなんとも気楽な意見にふっと笑みを零しながらも、僕は歩みを止めない。
今日も陽羽南は開店に向けて、至極順調に準備を進めていた。
僕の齎した情報が、皆の希望の光になると信じながら、僕は南蛮酢の中にイワシの切り身を投入したのだった。
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