異世界居酒屋「陽羽南」~異世界から人外が迷い込んできました~

八百十三

文字の大きさ
59 / 101
本編~3ヶ月目~

第48話~異邦の客人~

しおりを挟む
~新宿・歌舞伎町~
~居酒屋「陽羽南ひばな」 歌舞伎町店~


 その日の夜。
 いつものように開店し、いつものようにお客さんが来る「陽羽南ひばな」の店内は、普段と異なる様相を見せていた。
 何故か。

「1席様、らっきょうと出汁巻き玉子どうぞー!」
「「了解!!」」
「A卓様、チキンボールと南蛮漬けいただきましたー!!」
「「ありがとうございまーす!」」

 そう、フロアも厨房も、いつもと段違いに活気があるのだ。
 帰れることに希望が見いだせたからか、特にフロア側の活気が凄まじい。今日はフロア担当がエティ、アンバス、シフェールの三人だから余計にだ。
 いつも以上にはきはきと声を上げて、きびきびと動き回る三人を見て、カウンターに座るマルチェッロが怪訝そうな顔をしている。

「カマンサックさん、今日、何やら皆さん元気ですねぇ……?」
「まぁ、クズマーノさんのおかげだと思いますよ。今日の件、もう皆に話してありますし」
「あぁ、なるほど……?」

 苦笑しながらカウンターに立ち、マルチェッロに言葉を返す僕に対し、要領を得ないという様子のマルチェッロが目を見開いた。
 ただ、マルチェッロのおかげだというのはその通りだ。彼から齎された情報と方法が、僕達に希望を見出させたのだから。
 ふぅ、とため息をつきながらカウンターにもたれて力を抜くマルチェッロの前に、僕はお代わりをお願いされた剣菱けんびしの徳利を置いた。最近のマルチェッロはこの酒ばかりを飲んでいる。
 小さく僕に頭を下げながら、ゆっくりとお猪口に剣菱を注いでいくマルチェッロ。どうもその表情には疲労の色が見て取れる。

「お疲れみたいですね、クズマーノさん」
「そりゃあ、カマンサックさんたちのおかげですよ。
 私も久しぶりにあれやって疲れましたし、他の職員への根回しもしないとなりませんでしたから。職員たちは喜んでいましたけれどね、なかなか地元に帰る機会も無いので」
「なんだい、マルチェッロさん、マウロちゃんと秘密の仕事でもしてるのかい?」

 マルチェッロの隣、カウンターの隅に座る松尾さんが、焼きたての出汁巻き玉子に箸を入れながらにこにこと笑っていた。
 声をかけられたマルチェッロは柔らかく微笑みながら「守秘義務がありますので」と答えている。確かにこんなところで大っぴらに話す案件でもない。

「そうですね、秘密です」

 そう松尾さんに言葉を返して微笑み、チキンボール用の下味をつけた鶏肉を取り出すと、フロアにいるエティから声がかかった。

「マウロ、ごめん……ちょっといいかしら?」
「ん、どうした?ディトさんすみません、A卓様のチキンボールお願いします」
「分かりました」

 取り出した鶏の胸肉をディトに任せて、僕は厨房の出口へと向かう。そこで待っていたエティは非常に困惑した表情だ。

「どうしたんだ?何か……」
「うん、その……あれ・・、何かしら……」
「あれ?……へっ!?」

 エティが指さした先、エレベーターの向かい側にある壁にあるそれ・・を見た僕は、思わず素っ頓狂な声を上げた。
 ホールだ。
 壁にぴったりくっつくようにしてホールが空いている。
 しかもこうして視認できるくらいに存在の安定したホール。間違いなく人為的に開かれたものだ。
 一体誰が、いつの間に。そしてなんでピンポイントにうちの店のここに。

「なんてこった……ホールだ」
「えっ、これが!?」
「しかも人為的に開かれたものだ。誰がここに……」

 僕とエティが二人して困惑していると。
 一瞬、ホールが揺らぎを見せた。
 そして、次の瞬間。

「……む?」

 僕とエティの目の前。ホールの開いた壁の前に、一人の人物が立って、何やら疑問の声を発していた。
 マントのフードを目深にかぶった大柄な人物だ。アンバスと同じくらいの身長があるだろうか。フードの中の顔は杳として知れない。声色からして老齢な男性だとは思うのだが。
 男性は店の中をちらりと見ると、小さく首を傾げた。そのまま僕とエティの方へと顔を向けてくる。

「なんと、また店が変わったのか。そこな犬獣人、ここは「安生あんじょう 新宿店」ではないのだな?」
安生あんじょう……あぁ、うちの前の前のお店が確かその名前ですね。
 申し訳ありませんお客様、こちらは「陽羽南ひばな」 歌舞伎町店となります。店長を務めております、カマンサックと言います」

 どうやらこの異邦人は飲みに来た客らしい。目的の店とは異なるが、お越しくださったからには歓迎しなくては。
 深々と頭を下げる僕の隣で、エティも頭を下げる。男性は背後に開いたホールをさっと腕を伸ばして閉じると、僕達に向けて頭を下げた。

「歓待に感謝する。席に案内してもらおう。一名ゆえ、カウンターで構わん」
「かしこまりました。4席お客様のお越しでーす!」
「「いらっしゃいませー!!」」

 僕は厨房に戻って手を洗い、エティがカウンター席にその大柄な男性客を通したのだが。
 彼が椅子を引いて席に着こう、というところで、彼の左手側に座るマルチェッロが信じられないと言わんばかりの声を上げた。

「まさか……サハテニ先生!?」
「む、その声は……マルチェッロ坊か。久しいな」
「なに、マルチェッロさん、お知り合い?」

 マルチェッロの後ろでマントの男性を見ていた松尾さんが、不思議そうにマルチェッロに声をかけた。
 問われたマルチェッロはすぐには答えない。答えあぐねている様子だ。
 そんな沈黙を打破したのは、マントの男性の方だった。
 マントを脱ぎ、フードを取ると、その下から精悍な人間ヒューマンの男性の顔が現れる。

「グンボルト・サハテニ。異世界グウェンダル出身の流浪の民だ。
 そこなマルチェッロ坊の師匠に当たる」
「師匠……?」

 正体を掴みかねている松尾さんが首を傾げている。マルチェッロの師匠という割には、外見年齢がどう見てもマルチェッロより10は若いせいもあるだろう。僕も同様に、疑問が頭の中に浮かんでいた。
 それ以上に、彼が一体何の分野でマルチェッロの師匠なのかが分からない。
 マルチェッロの師匠というからには、彼が異世界で修めていたという錬金術の師匠だろうか。しかしマルチェッロの出身世界はグウェンダルではなく、メルヴァルだったはずだ。
 頭に疑問符を浮かべている僕と松尾さんに、男性――グンボルトはカウンター上に置かれたメニューを手に取りながら顎をしゃくった。

世界転移術・・・・・をこやつに教えたのは私だ。
 グウェンダルの民は世界を渡り歩く術を持つ。こやつが区役所なる場所で転移者の管理人の長となっているだろう、それに必要な技術を教えたのが私だ」
「わ、わーっ!!先生、ストップ、ストーップ!!」

 事も無げに機密事項を話し始めたグンボルトを、大慌てで静止し始めるマルチェッロ。
 お酒が幾分か入ってとろんとした目つきの松尾さんはまぁ、お酒のせいで記憶があいまいだったんでしょうなどと言い訳が出来るだろうが、僕は素面である。
 更に言うなら他にも周囲にお客様はいるわけなので。
 マルチェッロの制止を意に介さないままで、グンボルトはカウンター内でぽかんとしたままの僕を見た。

「店長、浦霞うらかすみを二合、冷やで貰おう」
「あ、はいっ!ただいま!」

 注文を受けて急いで伝票に書き留め、僕はサケを収めた冷蔵庫に走る。
 その後ろでマルチェッロの呻くような声が聞こえてきた。

「なんてことだ……先生が自分で機密事項をベラベラ喋るだなんて……」

 その悲しみに満ちた声に、僕は同情を禁じ得ないままに徳利に日本酒を注ぐのだった。


~第49話へ~
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

異世界に転移したら、孤児院でごはん係になりました

雪月夜狐
ファンタジー
ある日突然、異世界に転移してしまったユウ。 気がつけば、そこは辺境にある小さな孤児院だった。 剣も魔法も使えないユウにできるのは、 子供たちのごはんを作り、洗濯をして、寝かしつけをすることだけ。 ……のはずが、なぜか料理や家事といった 日常のことだけが、やたらとうまくいく。 無口な男の子、甘えん坊の女の子、元気いっぱいな年長組。 個性豊かな子供たちに囲まれて、 ユウは孤児院の「ごはん係」として、毎日を過ごしていく。 やがて、かつてこの孤児院で育った冒険者や商人たちも顔を出し、 孤児院は少しずつ、人が集まる場所になっていく。 戦わない、争わない。 ただ、ごはんを作って、今日をちゃんと暮らすだけ。 ほんわか天然な世話係と子供たちの日常を描く、 やさしい異世界孤児院ファンタジー。

優の異世界ごはん日記

風待 結
ファンタジー
月森優はちょっと料理が得意な普通の高校生。 ある日、帰り道で謎の光に包まれて見知らぬ森に転移してしまう。 未知の世界で飢えと恐怖に直面した優は、弓使いの少女・リナと出会う。 彼女の導きで村へ向かう道中、優は「料理のスキル」がこの世界でも通用すると気づく。 モンスターの肉や珍しい食材を使い、異世界で新たな居場所を作る冒険が始まる。

異世界で家をつくります~異世界転移したサラリーマン、念動力で街をつくってスローライフ~

ヘッドホン侍
ファンタジー
◆異世界転移したサラリーマンがサンドボックスゲームのような魔法を使って、家をつくったり街をつくったりしながら、マイペースなスローライフを送っていたらいつの間にか世界を救います◆ ーーブラック企業戦士のマコトは気が付くと異世界の森にいた。しかし、使える魔法といえば念動力のような魔法だけ。戦うことにはめっぽう向いてない。なんとか森でサバイバルしているうちに第一異世界人と出会う。それもちょうどモンスターに襲われているときに、女の子に助けられて。普通逆じゃないのー!と凹むマコトであったが、彼は知らない。守るにはめっぽう強い能力であったことを。 ※「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載しています。

異世界に転移した僕、外れスキルだと思っていた【互換】と【HP100】の組み合わせで最強になる

名無し
ファンタジー
突如、異世界へと召喚された来栖海翔。自分以外にも転移してきた者たちが数百人おり、神父と召喚士から並ぶように指示されてスキルを付与されるが、それはいずれもパッとしなさそうな【互換】と【HP100】という二つのスキルだった。召喚士から外れ認定され、当たりスキル持ちの右列ではなく、外れスキル持ちの左列のほうに並ばされる来栖。だが、それらは組み合わせることによって最強のスキルとなるものであり、来栖は何もない状態から見る見る成り上がっていくことになる。

「キヅイセ。」 ~気づいたら異世界にいた。おまけに目の前にはATMがあった。異世界転移、通算一万人目の冒険者~

あめの みかな
ファンタジー
秋月レンジ。高校2年生。 彼は気づいたら異世界にいた。 その世界は、彼が元いた世界とのゲート開通から100周年を迎え、彼は通算一万人目の冒険者だった。 科学ではなく魔法が発達した、もうひとつの地球を舞台に、秋月レンジとふたりの巫女ステラ・リヴァイアサンとピノア・カーバンクルの冒険が今始まる。

アイテムボックスの最も冴えた使い方~チュートリアル1億回で最強になったが、実力隠してアイテムボックス内でスローライフしつつ駄竜とたわむれる~

うみ
ファンタジー
「アイテムボックス発動 収納 自分自身!」  これしかないと思った!   自宅で休んでいたら突然異世界に拉致され、邪蒼竜と名乗る強大なドラゴンを前にして絶対絶命のピンチに陥っていたのだから。  奴に言われるがままステータスと叫んだら、アイテムボックスというスキルを持っていることが分かった。  得た能力を使って何とかピンチを逃れようとし、思いついたアイデアを咄嗟に実行に移したんだ。  直後、俺の体はアイテムボックスの中に入り、難を逃れることができた。  このまま戻っても捻りつぶされるだけだ。  そこで、アイテムボックスの中は時間が流れないことを利用し、チュートリアルバトルを繰り返すこと1億回。ついにレベルがカンストする。  アイテムボックスの外に出た俺はドラゴンの角を折り、危機を脱する。  助けた竜の巫女と共に彼女の村へ向かうことになった俺だったが――。

目立ちたくない召喚勇者の、スローライフな(こっそり)恩返し

gari@七柚カリン
ファンタジー
 突然、異世界の村に転移したカズキは、村長父娘に保護された。  知らない間に脳内に寄生していた自称大魔法使いから、自分が召喚勇者であることを知るが、庶民の彼は勇者として生きるつもりはない。  正体がバレないようギルドには登録せず一般人としてひっそり生活を始めたら、固有スキル『蚊奪取』で得た規格外の能力と(この世界の)常識に疎い行動で逆に目立ったり、村長の娘と徐々に親しくなったり。  過疎化に悩む村の窮状を知り、恩返しのために温泉を開発すると見事大当たり! でも、その弊害で恩人父娘が窮地に陥ってしまう。  一方、とある国では、召喚した勇者(カズキ)の捜索が密かに行われていた。  父娘と村を守るため、武闘大会に出場しよう!  地域限定土産の開発や冒険者ギルドの誘致等々、召喚勇者の村おこしは、従魔や息子(?)や役人や騎士や冒険者も加わり順調に進んでいたが……  ついに、居場所が特定されて大ピンチ!!  どうする? どうなる? 召喚勇者。  ※ 基本は主人公視点。時折、第三者視点が入ります。  

あなたは異世界に行ったら何をします?~良いことしてポイント稼いで気ままに生きていこう~

深楽朱夜
ファンタジー
13人の神がいる異世界《アタラクシア》にこの世界を治癒する為の魔術、異界人召喚によって呼ばれた主人公 じゃ、この世界を治せばいいの?そうじゃない、この魔法そのものが治療なので後は好きに生きていって下さい …この世界でも生きていける術は用意している 責任はとります、《アタラクシア》に来てくれてありがとう という訳で異世界暮らし始めちゃいます? ※誤字 脱字 矛盾 作者承知の上です 寛容な心で読んで頂けると幸いです ※表紙イラストはAIイラスト自動作成で作っています

処理中です...