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本編~3ヶ月目~
第49話~あんかけ豆腐~
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~新宿・歌舞伎町~
~居酒屋「陽羽南」 歌舞伎町店~
グンボルトは、驚くほどの大酒飲みだった。
大徳利で提供した浦霞は既に2本を空にして3本目に突入しているのに、全く酒に酔った様子を見せていない。
こういう人間を何と言うのだったか。
「相変わらずのうわばみっぷりですね、サハテニ先生……」
「マルチェッロ坊こそ、酒を飲めるようになった割に未だ弱いままか」
小徳利2本を開けて既に赤ら顔、目つきがトローンとしているマルチェッロが、呆れたようにグンボルトを見やる。
そう、うわばみだ。
涼しい顔をしてくいくいと杯を干すグンボルトがマルチェッロを冷たい視線で射貫くと、青い小竜は僅かに眉を顰めた。
それにしてもこの師弟、二人揃って見た目から年齢が読めない。
「サハテニ先生がお酒に強すぎるんですって、日本酒もワインも焼酎もウイスキーも、なんだって平気な顔して飲んじゃうんですから……
グウェンダルでマンツーマンレッスン受けている最中にも、何度酒宴に付き合わされたことかと」
「アースの酒が美味すぎるのが悪いのだ。グウェンダルの酒は酒精ばかり強すぎていかん。
あらゆる世界に渡って酒を飲んだが、アースの酒が一番質が良い」
「サハテニさんって、そんなにあちこちの世界に行かれているんですか?」
注文を受けたあんかけ豆腐のそぼろ餡を作りながら、僕は恐る恐るグンボルトへ問いを投げた。
マルチェッロが話すことによると、この人間の偉丈夫は地球用の仮の姿なのだそうだ。本当の姿は言葉にできないほどにおぞましく、不老不死で、ありとあらゆる世界のあらゆる場所に好き勝手に穴を開けられるらしい。
SNSなどで実しやかに囁かれる噂で「世界と世界を自由自在に繋げ、ふらっと地球に遊びに来ては帰っていく異世界人がいる」というものがあるが、ここに実証されたわけだ。
ラディッシュのピクルスをかじりながら、グンボルトが鼻を鳴らす。
「長い時を生きていると、訪れる場所の数も多くなる。それだけのことだ。
今はもう失われた場所も世界も数多い……安生もいい店だっただけに残念だが、まさかこの店の前にもう一つ業態を挟むほどに、時が経っていたとはな」
僅かに目を伏せるグンボルトの姿に、挽き肉を炒めたそこにとろみをつけた出汁を投入する僕は、彼に返す言葉を見つけられなかった。
安生 新宿店が閉店したのは、記録によると2014年3月末。今は2018年9月だから、4年前には既に閉店していた計算だ。
30年ほど前から営業していた居酒屋の老舗だったが、昨今の業績不振により店舗数をどんどん減らしてしまっているらしい。
居酒屋で30年以上も続くとは相当だ。多くの人に愛されていたことだろうが、これも時代の流れという奴なのだろう。
時代が変われば求められる店のジャンルも変わってくる。一つの業態がずっと継続して設けられることなど、そうあるものではない。それは分かっているが、いざ直面すると何ともやりきれない。
陽羽南もどれだけ継続して営業していけることか。僕達がチェルパに帰る為の手段が、「自由に行き来できる能力を身に付ける」ことだから、チェルパに帰っても営業は続けられるだろうけれど、店自体の需要が失われたらどうしようもない。
それにしてもだ。
「グンボルトさん、先程『また変わった』と仰っていましたから、そんなに頻繁に新宿にはいらっしゃらないのかと」
空になった徳利と、お通しの南蛮漬けの器を下げつつエティが声をかけると、ふーっと長いため息をついてグンボルトがカウンターに肘をついた。
「ありとあらゆる時流速の世界に行くせいで、どうしても時間の感覚が曖昧でな。
私としては一月後程度の感覚でいても、地球では数年が経過しているなどざらにある。穴を開く際の座標も、ほんの僅かな狂いで地点がずれてしまうから厄介なのだ。
今日は座標のずれが一切なく、狙ったところに開けられただけに、首を傾げたわけである」
そう告げて、くいっとお猪口を傾けるグンボルト。
その姿にちらと視線を向けつつ、ぼくは軽く温めた絹ごし豆腐に挽き肉としょうがを使ったそぼろ餡をかけていく。グンボルトの注文分と、マルチェッロの注文分、二つを用意して、カウンターの上へ。
「2席様と4席様、豆腐どうぞー!」
「了解!おまたせしました、あんかけ豆腐です」
すぐさまにシフェールが声を張りつつグンボルトとマルチェッロのところに、あんかけ豆腐の小鉢を運んでいった。
小さく「うむ」と一言返し、頷いたグンボルトがお猪口を置いて箸を取った。
そのまま丁寧な所作で豆腐を切り分け、口に運ぶと。
「ほう……」
大柄な彼の口から、ため息交じりの声が漏れた。
そのまま酒を口に運ぶことなく、二度三度とあんかけ豆腐を食していくグンボルト。その表情はどことなく満足そうだ。
そうして、浦霞をお猪口に注ぎなおしきゅっと呷ると、微かに目を細めて僕の方を向いた。
「この店はなかなかよいものを出す。酒の心地もよい。
店長、お主、地球に来てからどれほどになる?」
「えっ、えーと……今年の5月末なんで、3ヶ月半になるでしょうか」
照れ隠しに視線を逸らしながら答える僕の視界の端で、グンボルトの目が見開かれたのが見えた。その後ろでマルチェッロがばくばくとあんかけ豆腐を口に運んでいる。
「いやぁ、早いものでと言いたいですけれど、まだたったの3ヶ月か4ヶ月なんですよねぇ、カマンサックさん達が地球に来てから。
陽羽南が開店してから2ヶ月ちょっとで既にこの盛況ぶり。たったの3ヶ月で日本の調理環境に適応したカマンサックさん。どちらもさすがですねぇ」
「い、いえ……僕はまだまだ修行中ですし、ディトさんやサレオスさんには敵わないですし……」
さらに照れながらチキンボールを手元で仕込む僕の背中に、フライヤーの前で揚げ物をしていたサレオスが朗らかに言葉を投げた。
「僕とディトさんは確かに年季が入っていますけれど、マウロさんだって異世界で料理していた下地がありますから大丈夫ですよー。
それにお酒選びのセンスに関しては、この店の誰にも負けてないじゃないですかー」
「置くお酒は、ほら……社長からもアドバイスいただいてるから……」
誉めそやされて縮こまる僕。手元が狂わないようにするのが精一杯だ。
リンクス株式会社社長の政親は、びっくりするくらいにお酒に精通している。その知識と経験を活かし、会社に属する各店舗に仕入れるお酒について、だいぶ踏み込んだアドバイスをしているのだ。
この店の料理にはこの酒が合う、この店にはこの種類のお酒を多めに、といった具合で、店単位でセレクトしてくれるので、店長としては非常に助かっている。道理で前々から、お客様に「いい酒を置いている」とお褒めの言葉をいただいていたわけだ。
と言いつつ社長からのとはいえあくまでもアドバイスなので、それに従うことは必須ではなく、仕入れそのものの裁量権は完全に僕にあるのだけれど。
成形し終わったチキンボールをサレオスに渡すために振り返った僕の背中で、グンボルトの楽し気な声が聞こえる。
「料理の技術も、転移の技能も、見込みのありそうな男ではないか。なぁマルチェッロ坊?」
「だから先生ー、それは人のいるところで喋っちゃ駄目な奴ですってばー」
「はっはっは、グンボルトさんは見かけによらず口が軽いんだなぁ!」
ぐったりした雰囲気の声で零すマルチェッロの声と、恐らくこちらも出来上がっているのだろう、おかしそうに笑う松尾さんの声も聞こえてくる。
誉められているのは分かる、分かるのだが、なんとも反応しづらい内容の誉め言葉に、僕は苦笑を禁じ得ないのだった。
~第50話へ~
~居酒屋「陽羽南」 歌舞伎町店~
グンボルトは、驚くほどの大酒飲みだった。
大徳利で提供した浦霞は既に2本を空にして3本目に突入しているのに、全く酒に酔った様子を見せていない。
こういう人間を何と言うのだったか。
「相変わらずのうわばみっぷりですね、サハテニ先生……」
「マルチェッロ坊こそ、酒を飲めるようになった割に未だ弱いままか」
小徳利2本を開けて既に赤ら顔、目つきがトローンとしているマルチェッロが、呆れたようにグンボルトを見やる。
そう、うわばみだ。
涼しい顔をしてくいくいと杯を干すグンボルトがマルチェッロを冷たい視線で射貫くと、青い小竜は僅かに眉を顰めた。
それにしてもこの師弟、二人揃って見た目から年齢が読めない。
「サハテニ先生がお酒に強すぎるんですって、日本酒もワインも焼酎もウイスキーも、なんだって平気な顔して飲んじゃうんですから……
グウェンダルでマンツーマンレッスン受けている最中にも、何度酒宴に付き合わされたことかと」
「アースの酒が美味すぎるのが悪いのだ。グウェンダルの酒は酒精ばかり強すぎていかん。
あらゆる世界に渡って酒を飲んだが、アースの酒が一番質が良い」
「サハテニさんって、そんなにあちこちの世界に行かれているんですか?」
注文を受けたあんかけ豆腐のそぼろ餡を作りながら、僕は恐る恐るグンボルトへ問いを投げた。
マルチェッロが話すことによると、この人間の偉丈夫は地球用の仮の姿なのだそうだ。本当の姿は言葉にできないほどにおぞましく、不老不死で、ありとあらゆる世界のあらゆる場所に好き勝手に穴を開けられるらしい。
SNSなどで実しやかに囁かれる噂で「世界と世界を自由自在に繋げ、ふらっと地球に遊びに来ては帰っていく異世界人がいる」というものがあるが、ここに実証されたわけだ。
ラディッシュのピクルスをかじりながら、グンボルトが鼻を鳴らす。
「長い時を生きていると、訪れる場所の数も多くなる。それだけのことだ。
今はもう失われた場所も世界も数多い……安生もいい店だっただけに残念だが、まさかこの店の前にもう一つ業態を挟むほどに、時が経っていたとはな」
僅かに目を伏せるグンボルトの姿に、挽き肉を炒めたそこにとろみをつけた出汁を投入する僕は、彼に返す言葉を見つけられなかった。
安生 新宿店が閉店したのは、記録によると2014年3月末。今は2018年9月だから、4年前には既に閉店していた計算だ。
30年ほど前から営業していた居酒屋の老舗だったが、昨今の業績不振により店舗数をどんどん減らしてしまっているらしい。
居酒屋で30年以上も続くとは相当だ。多くの人に愛されていたことだろうが、これも時代の流れという奴なのだろう。
時代が変われば求められる店のジャンルも変わってくる。一つの業態がずっと継続して設けられることなど、そうあるものではない。それは分かっているが、いざ直面すると何ともやりきれない。
陽羽南もどれだけ継続して営業していけることか。僕達がチェルパに帰る為の手段が、「自由に行き来できる能力を身に付ける」ことだから、チェルパに帰っても営業は続けられるだろうけれど、店自体の需要が失われたらどうしようもない。
それにしてもだ。
「グンボルトさん、先程『また変わった』と仰っていましたから、そんなに頻繁に新宿にはいらっしゃらないのかと」
空になった徳利と、お通しの南蛮漬けの器を下げつつエティが声をかけると、ふーっと長いため息をついてグンボルトがカウンターに肘をついた。
「ありとあらゆる時流速の世界に行くせいで、どうしても時間の感覚が曖昧でな。
私としては一月後程度の感覚でいても、地球では数年が経過しているなどざらにある。穴を開く際の座標も、ほんの僅かな狂いで地点がずれてしまうから厄介なのだ。
今日は座標のずれが一切なく、狙ったところに開けられただけに、首を傾げたわけである」
そう告げて、くいっとお猪口を傾けるグンボルト。
その姿にちらと視線を向けつつ、ぼくは軽く温めた絹ごし豆腐に挽き肉としょうがを使ったそぼろ餡をかけていく。グンボルトの注文分と、マルチェッロの注文分、二つを用意して、カウンターの上へ。
「2席様と4席様、豆腐どうぞー!」
「了解!おまたせしました、あんかけ豆腐です」
すぐさまにシフェールが声を張りつつグンボルトとマルチェッロのところに、あんかけ豆腐の小鉢を運んでいった。
小さく「うむ」と一言返し、頷いたグンボルトがお猪口を置いて箸を取った。
そのまま丁寧な所作で豆腐を切り分け、口に運ぶと。
「ほう……」
大柄な彼の口から、ため息交じりの声が漏れた。
そのまま酒を口に運ぶことなく、二度三度とあんかけ豆腐を食していくグンボルト。その表情はどことなく満足そうだ。
そうして、浦霞をお猪口に注ぎなおしきゅっと呷ると、微かに目を細めて僕の方を向いた。
「この店はなかなかよいものを出す。酒の心地もよい。
店長、お主、地球に来てからどれほどになる?」
「えっ、えーと……今年の5月末なんで、3ヶ月半になるでしょうか」
照れ隠しに視線を逸らしながら答える僕の視界の端で、グンボルトの目が見開かれたのが見えた。その後ろでマルチェッロがばくばくとあんかけ豆腐を口に運んでいる。
「いやぁ、早いものでと言いたいですけれど、まだたったの3ヶ月か4ヶ月なんですよねぇ、カマンサックさん達が地球に来てから。
陽羽南が開店してから2ヶ月ちょっとで既にこの盛況ぶり。たったの3ヶ月で日本の調理環境に適応したカマンサックさん。どちらもさすがですねぇ」
「い、いえ……僕はまだまだ修行中ですし、ディトさんやサレオスさんには敵わないですし……」
さらに照れながらチキンボールを手元で仕込む僕の背中に、フライヤーの前で揚げ物をしていたサレオスが朗らかに言葉を投げた。
「僕とディトさんは確かに年季が入っていますけれど、マウロさんだって異世界で料理していた下地がありますから大丈夫ですよー。
それにお酒選びのセンスに関しては、この店の誰にも負けてないじゃないですかー」
「置くお酒は、ほら……社長からもアドバイスいただいてるから……」
誉めそやされて縮こまる僕。手元が狂わないようにするのが精一杯だ。
リンクス株式会社社長の政親は、びっくりするくらいにお酒に精通している。その知識と経験を活かし、会社に属する各店舗に仕入れるお酒について、だいぶ踏み込んだアドバイスをしているのだ。
この店の料理にはこの酒が合う、この店にはこの種類のお酒を多めに、といった具合で、店単位でセレクトしてくれるので、店長としては非常に助かっている。道理で前々から、お客様に「いい酒を置いている」とお褒めの言葉をいただいていたわけだ。
と言いつつ社長からのとはいえあくまでもアドバイスなので、それに従うことは必須ではなく、仕入れそのものの裁量権は完全に僕にあるのだけれど。
成形し終わったチキンボールをサレオスに渡すために振り返った僕の背中で、グンボルトの楽し気な声が聞こえる。
「料理の技術も、転移の技能も、見込みのありそうな男ではないか。なぁマルチェッロ坊?」
「だから先生ー、それは人のいるところで喋っちゃ駄目な奴ですってばー」
「はっはっは、グンボルトさんは見かけによらず口が軽いんだなぁ!」
ぐったりした雰囲気の声で零すマルチェッロの声と、恐らくこちらも出来上がっているのだろう、おかしそうに笑う松尾さんの声も聞こえてくる。
誉められているのは分かる、分かるのだが、なんとも反応しづらい内容の誉め言葉に、僕は苦笑を禁じ得ないのだった。
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