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第二章
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「いや、いいんだよ。公園で君は、一生懸命にアリの行列を見ていたんだ」
殿下は懐かしく思ったのか、少し遠い目をしている。
「可愛いく着飾った、貴族の女の子がアリを見ていたかと思うと、その進路上に石を置いた」
「石、邪魔をしたのですか?」
「あぁ、で、何をしているの? と声をかけたら、ははっ、君はなんて答えたと思う?」
「アリの行列、なんでしょうか?」
「アリは、進路を邪魔されてもゴールに向かって突き進むって。きっとアリにしてみると、この小さな石は自分の身体よりも大きい障害だろう、と。すごいね! と、僕に向かってキラキラした目で見つめてくれたんだ」
「そんなことが」
不思議に思う。ほんのちょっとした出会いだ。そんなことを殿下に言っていたなんて。
「私はね、自分のゴールは何だろうかって、初めて考え始めたよ。アリの行列は、いろいろなことを私に示唆してくれた」
「殿下」
「でも君は、いきなり立ち上がって、アリの行列を蹴散らした」
「へっ?」
(それって私、アリを殺していたのではないだろうか、)
「そして、走り去ってしまった。君の髪の色と年齢から、ミンストン伯爵のところの娘、リアリム、君だとわかった。その時から、私の中には君が住んでいる」
どうやら殿下は、ずいぶんと長い時間私を想ってくれている。そんなことは思いもしなかった。ただ単に、この桃色の髪をした私を珍しく思い、目についただけと思っていた。
「リア、王家の森で困っていた君を助けることが出来た時、本当に運命を感じたんだ、また君に会えた。そして、助けることが出来た、と。すぐに君にあの時のお礼をしたかったのだけど、私はウィルティムの姿だったから、伝えることが出来なかった」
すまない、と、殿下は私の手をとって、その甲に唇を落とす。
「君を、ずっと見ていた。その、ウィルティムとして、だが。ディリスにも伝えて、協力してもらっていた。君の手作りのお菓子を楽しみにしていた、よ」
そう、なんだ。だからいつも、休憩時間になるとディリスお兄様と一緒にいたのね。
「だが、私はやはりウィルストンだ。この姿の私を、君には好きになって欲しくて、無理やりお茶会にも誘ったが、反対に、君を追い詰めてしまったようだね」
殿下のアメジストの瞳が揺れている。ここまで殿下が私のことを想ってくれているとは思いもしなかった。
「リア、君の気持ちが落ち着いた時に、改めてプロポーズさせて欲しい。その時に、君の偽りのない気持ちを聞かせてくれ」
そう言った殿下が、私を優しく抱きしめた。殿下のムスクの匂いが、鼻を掠める。これは、ウィルティム様と同じ匂いだ。
「殿下、少し、時間をください」
「あぁ、だが、あまり長くは待てそうにないけど、いや、大丈夫。待つよ、リア、だから私と共に歩く将来のことを、考えて欲しい」
殿下の意外と逞しい腕に抱かれながら、私はこの人の腕の中から出ることが出来るのだろうか、とふと思う。意外と居心地のいいその腕の中にいると、「リア」と上から声がする。
「少しだけ、君に触れさせて欲しい」
上を向いた私の唇に、殿下はやさしく唇を落とした。きっと、食らいつくようにキスしたいのだろうけど、今はそれ以上侵入してこない。
優しいキスを受けながら、私はウィルストン殿下の姿の彼と、初めてキスをしていることを思い至る。
そして、それが全然嫌ではない自分に少し、驚く。
「リア、忘れないで欲しい。君の言葉は、いつも私の心を自由にしてくれる。あの時も、君とデートをした時の言葉など、君の予測もつかない行動が、私の視野を広げてくれる。それだけでなく、君が好きなんだ」
「ウィル、私」
なぜか胸の奥がキュッと痛んで、泣きそうになる。こんなにも私を想ってくれている人を待たせていいのだろうか。でも。
「リアリム。残念だが時間のようだ。次は、王宮の夜会がある。エスコートは遠慮するけれど、ドレスは贈らせて欲しい」
殿下はそう言うと、走って近寄ってくるチャーリーを見た。彼が来るということは、執務の時間が近いのだろう。
「ああ、そうだリア。君にこのピアスを渡したかったんだ。その、つけてもらえると嬉しい」
そう言って殿下がポケットから取り出したのは、落ち着いた銀色のピアスだった。これなら普段使いで着けていても大丈夫そうな、シンプルなデザインだ。
「これ、いいの?」
「あぁ、魔法石で出来ているから、何かあった時に君を守ることが出来る。私は常に近くにいるわけではないから、君を守るためにも、着けて欲しい」
「えっ、魔法石だなんて、高価なもの、私が貰ってもいいの?」
魔法を付与できる石は貴重で、それ程市場に出回っていない。そもそも、手に入れることが難しい。
「君より高価で、大切な人はいないよ。リア、さ、耳を貸して」
今は何もつけていないが、一応ピアスホールは開いている。殿下は器用な手つきでピアスを私にはめてくれた。
「では、また。リア、次に会えるのを楽しみにしている」
殿下は立ち上がると、颯爽としてチャーリーの元へ急ぐ。
その後、いつものようにドレスに着替えた私は、女官に見送られながら帰途についた。
ウィルストン殿下の想いを聞いた私は、晴天の空をみつめながら私の心も晴れたらいいのに、と思わずにはいられなかった。
殿下は懐かしく思ったのか、少し遠い目をしている。
「可愛いく着飾った、貴族の女の子がアリを見ていたかと思うと、その進路上に石を置いた」
「石、邪魔をしたのですか?」
「あぁ、で、何をしているの? と声をかけたら、ははっ、君はなんて答えたと思う?」
「アリの行列、なんでしょうか?」
「アリは、進路を邪魔されてもゴールに向かって突き進むって。きっとアリにしてみると、この小さな石は自分の身体よりも大きい障害だろう、と。すごいね! と、僕に向かってキラキラした目で見つめてくれたんだ」
「そんなことが」
不思議に思う。ほんのちょっとした出会いだ。そんなことを殿下に言っていたなんて。
「私はね、自分のゴールは何だろうかって、初めて考え始めたよ。アリの行列は、いろいろなことを私に示唆してくれた」
「殿下」
「でも君は、いきなり立ち上がって、アリの行列を蹴散らした」
「へっ?」
(それって私、アリを殺していたのではないだろうか、)
「そして、走り去ってしまった。君の髪の色と年齢から、ミンストン伯爵のところの娘、リアリム、君だとわかった。その時から、私の中には君が住んでいる」
どうやら殿下は、ずいぶんと長い時間私を想ってくれている。そんなことは思いもしなかった。ただ単に、この桃色の髪をした私を珍しく思い、目についただけと思っていた。
「リア、王家の森で困っていた君を助けることが出来た時、本当に運命を感じたんだ、また君に会えた。そして、助けることが出来た、と。すぐに君にあの時のお礼をしたかったのだけど、私はウィルティムの姿だったから、伝えることが出来なかった」
すまない、と、殿下は私の手をとって、その甲に唇を落とす。
「君を、ずっと見ていた。その、ウィルティムとして、だが。ディリスにも伝えて、協力してもらっていた。君の手作りのお菓子を楽しみにしていた、よ」
そう、なんだ。だからいつも、休憩時間になるとディリスお兄様と一緒にいたのね。
「だが、私はやはりウィルストンだ。この姿の私を、君には好きになって欲しくて、無理やりお茶会にも誘ったが、反対に、君を追い詰めてしまったようだね」
殿下のアメジストの瞳が揺れている。ここまで殿下が私のことを想ってくれているとは思いもしなかった。
「リア、君の気持ちが落ち着いた時に、改めてプロポーズさせて欲しい。その時に、君の偽りのない気持ちを聞かせてくれ」
そう言った殿下が、私を優しく抱きしめた。殿下のムスクの匂いが、鼻を掠める。これは、ウィルティム様と同じ匂いだ。
「殿下、少し、時間をください」
「あぁ、だが、あまり長くは待てそうにないけど、いや、大丈夫。待つよ、リア、だから私と共に歩く将来のことを、考えて欲しい」
殿下の意外と逞しい腕に抱かれながら、私はこの人の腕の中から出ることが出来るのだろうか、とふと思う。意外と居心地のいいその腕の中にいると、「リア」と上から声がする。
「少しだけ、君に触れさせて欲しい」
上を向いた私の唇に、殿下はやさしく唇を落とした。きっと、食らいつくようにキスしたいのだろうけど、今はそれ以上侵入してこない。
優しいキスを受けながら、私はウィルストン殿下の姿の彼と、初めてキスをしていることを思い至る。
そして、それが全然嫌ではない自分に少し、驚く。
「リア、忘れないで欲しい。君の言葉は、いつも私の心を自由にしてくれる。あの時も、君とデートをした時の言葉など、君の予測もつかない行動が、私の視野を広げてくれる。それだけでなく、君が好きなんだ」
「ウィル、私」
なぜか胸の奥がキュッと痛んで、泣きそうになる。こんなにも私を想ってくれている人を待たせていいのだろうか。でも。
「リアリム。残念だが時間のようだ。次は、王宮の夜会がある。エスコートは遠慮するけれど、ドレスは贈らせて欲しい」
殿下はそう言うと、走って近寄ってくるチャーリーを見た。彼が来るということは、執務の時間が近いのだろう。
「ああ、そうだリア。君にこのピアスを渡したかったんだ。その、つけてもらえると嬉しい」
そう言って殿下がポケットから取り出したのは、落ち着いた銀色のピアスだった。これなら普段使いで着けていても大丈夫そうな、シンプルなデザインだ。
「これ、いいの?」
「あぁ、魔法石で出来ているから、何かあった時に君を守ることが出来る。私は常に近くにいるわけではないから、君を守るためにも、着けて欲しい」
「えっ、魔法石だなんて、高価なもの、私が貰ってもいいの?」
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「君より高価で、大切な人はいないよ。リア、さ、耳を貸して」
今は何もつけていないが、一応ピアスホールは開いている。殿下は器用な手つきでピアスを私にはめてくれた。
「では、また。リア、次に会えるのを楽しみにしている」
殿下は立ち上がると、颯爽としてチャーリーの元へ急ぐ。
その後、いつものようにドレスに着替えた私は、女官に見送られながら帰途についた。
ウィルストン殿下の想いを聞いた私は、晴天の空をみつめながら私の心も晴れたらいいのに、と思わずにはいられなかった。
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