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第二章

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「ん? リア、もしかして、緊張している?」

 ガゼボに座ると、隣に座っている殿下が顔を覗き込んでくる。

「殿下、あの、すみません。殿下の姿に慣れなくて、」

 ウィルティム様であれば、こんな距離で話すのも、見つめ合うことも平気だけど、今は銀髪の輝くような笑顔のウィルストン殿下だ。たとえ同じ人物であるとわかっていても、緊張するのは仕方がない、と思う。

「そうか、でも、この姿にも慣れて欲しい。私は、ウィルティムの時は、かなり自由にしていたけど、本来はこの姿だ。君の前では、飾らない自分でいたい」

 そして私の瞳を覗き込むと「やっぱり庭園に出てよかった。君の空色の瞳が見える」と言ってくれた。

「ウィルストン殿下、あの、やはり婚約は、私、気持ちが追いつかなくて」

 困った顔をして殿下を見ると、殿下は少し考え込むような目をして、言葉を紡ぐ。

「リア、私も事を急ぎすぎているのかもしれないが、君の純潔を私に捧げてくれたこと、嬉しく思っているよ」

(殿下、私はウィルティム様に捧げたのであって、ウィルストン殿下に捧げたわけではない。と言いたいけど、本人目の前にしては言えない、ううっ)

「やはり、君への責任もあるし」

(だ・か・ら、責任は取らなくていいって、言ったハズなのに)

「もう、身体を繋げたのだから、君の未来の夫と思って頼って欲しい」

(一発ヤッたからって、彼氏気取り、いや、夫気取りされても困る!)

 言いたいことはいっぱいある。けれど、どれも言ったら不敬に当たりそうで喉まで出かかる言葉を飲み込む。

 そのリアリムの姿を、何故か恥じらっていると勘違いしたウィルストン殿下は、さらに爆弾を投下する。

「リア、大丈夫だよ。もう、王宮で暮らしたらいい。君の部屋は、用意してあるよ。未来の王子妃として、毎日私の傍に」

 最後までその言葉を聞くことなく、プッツンと怒ったリアリムは立ち上がって叫んだ。

「だ・か・ら! 殿下っ、気持ちが追いつかないって、言ってますよねっ!」

 顔を紅潮させ、繋いでいた殿下の手を払い、リアリムは続けて叫んだ。

「で、殿下はっ、わ、私が恋したのはウィルティム様であって、ウィルストン殿下ではないのですっ。宣誓書もあるから、いつか、婚約しないといけないことはわかっています。でも、でも! 殿下は眩しすぎて慣れません!」

 いきなり怒鳴るように言葉を発したリアリムに、ウィルストンは目を見開いた。彼女の言葉は堰を切ったように止まらない。

「それにっ、殿下は私を好きだと言いますが、どうしてですかっ! 殿下の周囲には、私よりもよっぽど綺麗で、優しくて、それに、殿下を好きな方がいっぱいいます。わっ、私は平凡な家庭を持ちたいのですっ。よ、よりによって王子様と結婚だなんて、耐えられませんっ!」

 ハァ、ハァと息を吸って吐いて、一気に爆発させた感情を落ち着かせるが、興奮は収まらない。そんな様子を見ていた殿下が、そっと優しく一言、問いかけた。

「リア、君の言いたいことは、それだけか?」

「もっと言っていいんですかっ!他にもいろいろあるのっ、人の話を聞かないところとか、騙していたのに謝ってくれないとか、ちょっぴりあった胸毛がチクチクしたとか、それにっ、プロポ―ズも何もないのに婚約者面しないでっ!」

「あ、いや、リア、そうか、胸毛が気になったんだ」

「そこなっ!」

 思わず殿下の頭をパコンと突っ込みたいところだけど、本当にそれをしたら不敬だ。マジ、コロサレル。

 うーん、コホン、と咳を一つした殿下が話し出す。私も少し距離をとって、椅子に座った。

「リア、君にきちんと話をしていなかったね、申し訳ない。リア、私と君が出会ったのはいつか覚えている?」

 殿下は私の目を真っすぐに見ながら話してくれた。

「2年前、私が王家の森で狼に襲われたところを、助けてもらった時、ですか?」

 あの時の姿はウィルティム様だった。彼に手を差し伸べられた時に、電流が走ったように感じた。そして、その漆黒の瞳の奥に深い蒼色があるのを見て、私は恋に落ちたのだ。忘れもしない。

 だけど、殿下はそうではない、と語り始めた。

「いや、その前にも会っている。君はまだ、15歳頃だったかな。私は、18歳と、成人していろいろと責任を負わせられる時期だった。いや、自分で言うのも何だけど、いろんなことに反発していてね」

 第一王子である自分と、第二王子のユゥベール。比較されようにも、ユゥベールは絵を描いてばかりで勝負にもならない。このままいけば、自分が王太子、ついては王となる必要があるだろう、そのことは当時の自分には重くのしかかっていた。

 とつとつと話し始めた殿下。私も彼の落ち着いた声を聞いているうちに、興奮が収まってくる。

「そこで、ちょっとだけ王宮を黙って抜け出して、公園に行ったんだよ。君の、実家の近くの。そして、桃色の髪の少女に会った」

「そんなことが、すみません。覚えていないです」

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