43 / 61
第二章
2-12
しおりを挟む夕べは流石に疲れてしまって、着替え終わるとすぐに眠ってしまった。
私は朝の支度を終えると、部屋にかかっている夕べのドレスを眺める。
「殿下からのドレス、汚れちゃった」
初めて着た、ピンク色のドレス。明るくて、ふわりとして、とっても女の子らしいドレスだった。
それを、あぁ、赤ワインをかけられたのだ。
まるで、殿下の想いを否定されるように。私には、ウィルストン殿下など相応しくないと言われているように。
夕べのことを思い出すと、悔しくて悲しい想いが込み上げてくる。うぐっと涙をこらえると、ドアを叩く音がする。
「リアリム、入るよ」
そっと私の部屋に入って来たのは、ディリスお兄様だ。昨夜は珍しく我が家に泊ったのだろう、今日はもうすぐに騎士団へ帰るのか、蒼い制服を着ている。赤く燃えるような髪をしているお兄様が着ると、本当に見惚れてしまう。
「お兄様、昨夜は、その、ありがとうございました」
夕べ、馬車の中でお兄様に抱き寄せられた。この前も、お兄様の胸を借りて泣いたばかりだ。心配ばかり、かけているな、私。
「リアリム、体調はどう? 少しは落ち着いた?」
「あ、はい。調子はいいです。もう、元気ですよ」
これ以上心配をかけないように、にこりと笑う。そうだ、気分転換に今日も何かお菓子を焼こうかな。
「そうか、少し話があるが大丈夫か?」
「え? えぇ、この部屋でいいのですか?」
大きめのソファーに座るお兄様の隣に、私も座れと言われ素直に座る。
「リアリム、その、ウィルストン殿下との婚約話が進めば、昨夜のようなことはまた起こりかねない。お前は、こういっては何だが、ただの伯爵令嬢だ。父上は議会にも行っていない、力のない貴族だ」
「はい、わかっているつもりです」
「それでも、お前が殿下のことを好いているのであれば、俺は応援するつもりでいた」
「はい、お兄様」
「だが、さすがに昨夜の様子をみると、果たして殿下がお前を守り切れるのか、不安も覚える」
心配してくれる気持ちが痛いほどわかる。ディリスお兄様は、これまでも私のことを大切にして、伯爵家よりも私の気持ちを第一としてくれていた。
「それで、もし、お前が殿下との婚約を進めたくないようであれば、俺が盾になってやる」
押さえていた涙が込み上げてくる。お兄様にもこんなに心配をかけてしまった。
「ディリスお兄様、ありがとう、私」
「リアリム、俺の手をとってくれ。俺は、お前をいつまでも守るから、」
そっと、優しく肩を抱き寄せられる。ディリスお兄様は、普段は穏やかな漆黒の瞳の奥に、何か燃えるような情熱を秘めて私を見つめていた。
「ディリスお兄様」
「兄と呼ぶな、俺は、俺は」
まるで、恋人に接するような甘い声で囁き、お兄様が顔を近づける。
――キスされる、そう思った瞬間――
バチバチっと私の唇とお兄様の顔の間に、見えない壁ができたように火花が散った。「痛ってぇ」と言って、お兄様は顔を抑えていた。
「えっ、何? これ」
耳のピアスが熱を持ったように暖かい。ピアスを触ると、ディリスお兄様も私の触っているピアスを見た。
「リアリム、これは、どうした? 誰から貰ったものだ、こんな、強力な魔法石のピアス、そうか、殿下か」
「あ、はい。ウィルストン殿下から贈られました。私を守ると言って」
では、今の見えない壁が、魔法石の防御なのだろうか。
「チッ、あいつめ、こんな強力なものを、まったく」
お兄様には、このピアスにどういった魔法がかかっているのか、わかったようだ。
だけど、私は未だに? だ。昨夜は何もなくお兄様に触れることができたのに、今、顔が近づいてきた時はそれを避けた。
「まぁいい。リアリム、お前は殿下のことをどう思っているんだ?」
少しイライラしているけれど、通常のお兄様の様子に戻ったようだ。少し安心して、私は話し出す。
「ええっと、ウィルティム様は大好きよ、今でも、とっても。でも、ウィルストン殿下の姿の時は、まだ気後れしてしまって。好きかと聞かれたら、うん、半分好きで、半分はよくわからないわ。王子妃になることは、できれば避けたい」
正直な想いを告げる。ウィルティム様、その名前を出すと、お兄様は少し悲しそうな顔をした。
「そっか、アイツのことは大好きか。そうだよな、2年間、お前は真っすぐに見ていたよな、」
そう言って、ため息を一つ吐いた。
「だから、もう少し時間が欲しいの。気持ちが整理できるのかもしれないし、やっぱり無理ってなるかもしれないし、甘いってことは、わかっているけれど」
「そうか、わかった。お前がそういう気持ちなら、もう少し待とう。だが、あまり宙ぶらりんにすると、夕べのような事件がまた起こりかねない。そうなる前に決めるんだ。断るなら、俺はいつでもお前の味方だ。いいな」
「ありがとう、お兄様」
「よし、じゃぁ俺はもう出かけるが、リアリムは大人しく家にいるんだぞ。当分、夜会やお茶会には行くな。いいな」
「はい、お兄様。そうします、ね」
残念だけど、自宅謹慎ということだ。社交界で死亡フラグを折った私に、今更招待も何もないだろう。
「それから、そのピアスは外すんじゃないぞ。お前を守るから、な」
「はい、わかりました」
返事をすると、お兄様はスッと立って扉の外に出て行く。それを見送りながら、私は何ともいいようのない疑問を抱いた。
さっき、お兄様は「兄と呼ぶな」と言っていたけれど、スッキリしない気持ちで、私はお兄様の出て行った扉を見つめる。
私をとりまく空気が、昨夜で変わったように思う。それは、道の選択をしなくてはいけない、と私を追い詰めるようで息苦しさを感じたのだった。
1
あなたにおすすめの小説
『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』
夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」
教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。
ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。
王命による“形式結婚”。
夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。
だから、はい、離婚。勝手に。
白い結婚だったので、勝手に離婚しました。
何か問題あります?
【完結】記憶にありませんが、責任は取りましょう
楽歩
恋愛
階段から落ちて三日後、アイラは目を覚ました。そして、自分の人生から十年分の記憶が消えていることを知らされる。
目の前で知らない男が号泣し、知らない子どもが「お母様!」としがみついてくる。
「状況を確認いたします。あなたは伯爵、こちらは私たちの息子。なお、私たちはまだ正式な夫婦ではない、という理解でよろしいですね?」
さらに残されていたのは鍵付き箱いっぱいの十年分の日記帳。中身は、乙女ゲームに転生したと信じ、攻略対象を順位付けして暴走していた“過去のアイラ”の黒歴史だった。
アイラは一冊の日記を最後の一行まで読み終えると、無言で日記を暖炉へ投げ入れる。
「これは、焼却処分が妥当ですわね」
だいぶ騒がしい人生の再スタートが今、始まる。
処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜
放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!?
「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」
不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。
乙女ゲームの悪役令嬢の兄の婚約者に転生しましたが傷物になったので退場を希望します!
ユウ
恋愛
平凡な伯爵令嬢のリネットは優しい婚約者と妹と穏やかで幸福な日々を送っていた。
相手は公爵家の嫡男であり第一王子殿下の側近で覚えもめでたく社交界の憧れの漆黒の騎士と呼ばれる貴族令息だった。
結婚式前夜、婚約者の妹に会いに学園に向かったが、そこで事件が起きる。
現在学園で騒動を起こしている第二王子とその友人達に勘違いから暴行を受け階段から落ちてしまう…
その時に前世の記憶を取り戻すのだった…
「悪役令嬢の兄の婚約者って…」
なんとも微妙なポジション。
しかも結婚前夜で傷物になる失態を犯してしまったリネットは婚約解消を望むのだが、悪役令嬢の義妹が王子に婚約破棄を突きつける事件に発展してしまう。
無事にバッドエンドは回避できたので、これからは自由に楽しく生きていきます。
木山楽斗
恋愛
悪役令嬢ラナトゥーリ・ウェルリグルに転生した私は、無事にゲームのエンディングである魔法学校の卒業式の日を迎えていた。
本来であれば、ラナトゥーリはこの時点で断罪されており、良くて国外追放になっているのだが、私は大人しく生活を送ったおかげでそれを回避することができていた。
しかしながら、思い返してみると私の今までの人生というものは、それ程面白いものではなかったように感じられる。
特に友達も作らず勉強ばかりしてきたこの人生は、悪いとは言えないが少々彩りに欠けているような気がしたのだ。
せっかく掴んだ二度目の人生を、このまま終わらせていいはずはない。
そう思った私は、これからの人生を楽しいものにすることを決意した。
幸いにも、私はそれ程貴族としてのしがらみに縛られている訳でもない。多少のわがままも許してもらえるはずだ。
こうして私は、改めてゲームの世界で新たな人生を送る決意をするのだった。
※一部キャラクターの名前を変更しました。(リウェルド→リベルト)
まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?
せいめ
恋愛
政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。
喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。
そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。
その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。
閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。
でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。
家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。
その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。
まずは亡くなったはずの旦那様との話から。
ご都合主義です。
設定は緩いです。
誤字脱字申し訳ありません。
主人公の名前を途中から間違えていました。
アメリアです。すみません。
ループした悪役令嬢は王子からの溺愛に気付かない
咲桜りおな
恋愛
愛する夫(王太子)から愛される事もなく結婚間もなく悲運の死を迎える元公爵令嬢のモデリーン。
自分が何度も同じ人生をやり直している事に気付くも、やり直す度に上手くいかない人生にうんざりしてしまう。
どうせなら王太子と出会わない人生を送りたい……そう願って眠りに就くと、王太子との婚約前に時は巻き戻った。
それと同時にこの世界が乙女ゲームの中で、自分が悪役令嬢へ転生していた事も知る。
嫌われる運命なら王太子と婚約せず、ヒロインである自分の妹が結婚して幸せになればいい。
悪役令嬢として生きるなんてまっぴら。自分は自分の道を行く!
そう決めて五度目の人生をやり直し始めるモデリーンの物語。
虚弱体質?の脇役令嬢に転生したので、食事療法を始めました
たくわん
恋愛
「跡継ぎを産めない貴女とは結婚できない」婚約者である公爵嫡男アレクシスから、冷酷に告げられた婚約破棄。その場で新しい婚約者まで紹介される屈辱。病弱な侯爵令嬢セラフィーナは、社交界の哀れみと嘲笑の的となった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる