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二章
Ⅳ
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「裏切り者おおおお・・・・・・・・・! 呪ってやるううううう・・・・・・・・・! 子々孫々に至るまでえええええ・・・・・・・!」
酒に酔った健は荒れに荒れている。俺が買っていたお酒を勝手に冷蔵庫から取り出してきて、延々と怨嗟をぶつけてくる。小田先輩はそんな健を窘め、あしらう役に徹してくれている。やっぱり嘘に付き合ったのは早計だったかと激しく後悔中。
「おいこらぁ、瞬。お前彼女できて幸せなんだろおお? だったら幸せのお裾分けしなきゃだよなああ? 独り占めは絶対にしないって固く約束しあったよなぁ?」
「それは、まぁ」
「だったら顔面の皮よこせ」
「なに言ってんだお前!?」
「うるせぇ! お前の顔は俺のもの、俺のものはおれのものだろぉ!?」
どこのジャイアニズムなガキ大将だ。
「お前の顔の皮と俺の顔の皮を交換すれば俺はお前になれるだるぉお? そうすれば俺がお前とすり替わってれみちゃんとお突き合いしても問題ないだるぉ?」
「問題しかないわ! というかおつきあいって絶対変な意味だろそれ!」
「頼むよぉ~! 俺にも幸せわけてくれよぉ~」
「あ~、たくもう! ほらこれでも飲んでろ」
とりあえず、酒飲ませまくって酔い潰すしかない。
「合コンでも連携プレイしあっただろぉ? お前が片思いしてた子と二人きりで祭り回れるように手伝ってやっただろぉ?」
「その話くわしく教えてください」
「早くこれ飲んでろ!」
れみがこわい! これ以上健が変なことを口走らないようにしなければ!
日本酒を口につっこんで無理やりラッパ飲みさせる。そのせいで健は完全に酔い潰れてしまった。危機は去り、ほっと一安心。
「じゃあ私そろそろ私も帰ろうかな。楽しかったし最初の目的も果たせたし」
小田先輩は控えめに笑うと、ん~、と大きく伸びをして立ち上がる。そのままれみと俺を交互に見やってなにかを待っている。
「れみちゃんはどうするの? 高校生なんだからもう帰らないといけないんじゃない?」
「それは――――」
「私は今日泊ります」
え!? 抗議しようとするとれみは脇腹に肘打ちをかます。呼吸困難に陥りながら痛みに呻く。
「それは、さすがにいけないんじゃないかな~?」
「どうしてですか。私は兄さん、この人の恋人です。なら泊っても問題ないのでは?」
「あのね? あなたはまだ高校生だからわからないかもしれないけど、未成年が成人と付き合っているのはちょっと問題あるのよ? それも男性の家に泊るのは。あなただけの問題じゃないの。瞬くんにも迷惑がかかるし、それにあなたのご両親だって心配するわよ?」
「大丈夫です。両親には兄さんのことは説明済みですし、今日の外泊の許可はもらっています」
「ちょ、初耳なんだけ――――」
ドゴォ!
足の小指をおもいきり殴られると同時に、れみが腕を絡みつかせて抱きついてくる。さながら拘束して俺の動きを制限するような力加減に声を出すことものたうつこともできない。
「理解のあるご両親なんだねぇ~」
「ええ。素敵な両親です」
「でも心配だなぁ~。瞬くんも男の子だし。この部屋に避妊具はないし」
「ちょ、先輩なんで俺の部屋の事情ご存じなんですか!?」
「うん。じゃあ私も泊るね~。皆でお泊まりすればさすがに瞬くんもおもいとどまるでしょう~?」
「え、ちょっと先輩。家主の同意!」
ギリィ! れみが強く歯噛みする。それと同時に俺に絡ませる腕の圧迫力が・・・・・・・!
「じゃあ瞬くんは私と長井くんを泊めるのいやなの? お姉ちゃん悲しいなぁ」
「兄さん、私を泊めるのがいやなんですか? 私よりこの人たちのほうを選ぶんですか?」
「両方帰るって選択肢はないんですか!?」
どうしよう。二人とも譲るつもりはないみたいだ。それからなんとか説得するけど、正直、俺ももう疲れていてまともな思考を巡らせるのが難しくなってきている。しかたなしに・・・・・・・・・本当に仕方なしにれみたち皆をとめることを決めた。れみは最後まで文句があるみたいだったけど。「やっぱりあの人は油断できません」としきりにぶつぶつ呟いているけど。
健は風呂場に放り込んで寝させた。ベッドは先輩とれみの二人が使うことになり、俺は床。非常用の寝袋とタオルケットを引っ張り出して、就寝することに。クーラーを消して窓から入ってくる風はちょうどよい具合で温くもなく冷たくもなかった。
「懐かしいねぇ。一年前まではよくこうやって皆で泊って雑魚寝してたねぇ」
「そうなんですか?」
「ああ。一回十人くらい泊ることになって寝る場所の取り合いになったこともあったよ」
「あったあった~。建くんがベッドを占領して、瞬くんたちが引きずり落として大騒ぎしちゃって。それで大家さんに怒られちゃったねぇ」
なにやっているんですか兄さん・・・・・・・・・」
いや恥ずかしい。あのときは大家さんが退去してもらうって怒鳴ってて謝り倒したっけ。けど、俺だけのせいじゃない。皆のせいだ。
「やはり、この人が兄さんを悪の道に・・・・・・・・・」
「え? どうしたの?」
「男女が大勢で泊ったんですか? 破廉恥では? なにか間違いがおこってからでは遅いのです。先輩は年長者なのですからそういうことをたしなめないといけない立場でしょう」
「ん~? どうして? 性別が違うお友達が泊ることのどこが破廉恥なの~?」
「それは・・・・・・・・・えっと・・・・・・・・・・」
れみが困っているのが新鮮で、二人のやりとりに耳を傾けてしまう。
「・・・・・・・・・子供ができます」
「フフッ! れみちゃんはえっちなんだねぇ!」
「わぷ!?」
一体先輩はなにをしているのか。えみがもがもがと息苦しそうな小さい悲鳴をあげている。それ以外の音も。なんだか羨まし、けしからん。
「そうやって線引きをするのも大切だけど、でもそれじゃあ楽しくないじゃない? それに、お互いのこと信頼しているから変なことにならないってわかっているの。だからできるんだよ」
「プハァ・・・・・・・・・・・・信頼ですか?」
「そう。仲の良いお友達だって。先輩後輩だってわかっているのねぇ瞬くん?」
「・・・・・・・・・そっすね」
ごめんなさい先輩。正直俺たちすっっっごい我慢していました。先輩とか女性陣の寝息とか寝返りとか。ドキドキとかムラムラとかしてました。けど、チキンだからできなかったんです。
「じゃあ先輩も兄さんを信頼しているんですか?」
「うん、そうだよ。れみちゃんは瞬くんのこと信頼していない?」
「・・・・・・・・・まだ出会って間もなくて、お付き合いしたてなのでわかりません。けど、今後も会っていきたいです」
最後の台詞。それは先輩に対しての偽の恋人としての発言だろうか。それともれみの義妹としての本音なんだろうか。後者だといいな。
「そっか。なれるといいねぇ~。なにかあったら相談してね? 私瞬くんのお姉さんだから。いろいろ知ってるよ? 例えば――――」
「もう寝ましょう!? 明日も早いでしょ?!」
「・・・・・・・・・ちっ」
これ以上話を続けていけばれみに追求されるおそれがある。というかれみ最後舌打ちした?
けど、それが合図となって寝息しか響かなくなった。先輩とれみはもう寝入れたんだろうけど、俺は中々眠れない。男ならわかってくれるだろうけど、女の子二人がいる空間なんて目が覚めてしまってしょうがない。致し方なく、キッチンスペースのほうへ移動する。カーペットが敷いてある居間と違ってフローリングの固さがダイレクトであることは目を瞑るしかない。
功を奏して、うつらうつらと眠くなってくる。健の部屋を越えてくる鼾も遠くにかんじるほどになってきたとき、別の音が振動になってフローリングを伝わってくる。死切り戸が空いてヒタヒタという控えめな足音が俺の近くまでやってくる。ぴたりと止まってしばらく、誰かの手が俺の体や頭、顔を触ってくる。トイレだろうか。暗くて踏まないように確認しているのか。そんな考えをしたけど、半分意識を失いかけている身としてはどうでもよくなっていく。
ゴソゴソ。小さくて柔らかいものが寝袋とタオルケットを捲り侵入してくる。寝息と体臭、肌の感触を朧気にかんじとった瞬間、意識がカッ! と一気に覚醒する。
暗闇ですぐには判別できない。けど、すぐ近くにあったためにれみの存在を知覚できた。慣れてきてれみの鼻の穴の形、睫の長さ、唇。具に見てとれる。心臓が爆発しそうになった。
「すぅー。すぅー」
「おいれみ」
「・・・・・・・・・すぅー、すぅーです」
嘘っぽい。明らかに寝たふりしてやがる。無理やり起こすことは可能だけど、そうしたら健と小田先輩を起こしてしまうかもしれない。だから瞼を無理やり指で開けて息を吹きかけたり、鼻と口を摘まんで息を止めさせる。多分に嫌がらせと怒りが混じった行為のおかげでれみはすぐに起きた。
「ちょ、なにするんですか兄さん」
「こっちのせりふだ」
れみも自分がしていることを理解しているのだろう。小声でひそひそ話をしてくる。助かるけど、耳に口を近づけるもんだからちょっとぞくぞくして変な気分になる。
「どうしてこっちに来たんだ。小田先輩と寝てただろうが」
「寝苦しくて。やはり一人用のベッドを二人で使うのに無理があったのです」
「どう考えてもこっちのほうが寝苦しいとおもうよ?」
「他人と寝ると、緊張してしまうんです」
「他人って・・・・・・・・・小田先輩良い人だろ。お前のこと気遣っていたし」
「・・・・・・・・・・あの人の肩を持つんですね」
首の皮を無言で捻りあげるのやめてくれない? 微妙に爪たててるし。なんなの? どうしてこんなことするの?
「お姉さんって言ってました。先輩、兄さんのお姉さんだって」
「それは、あの人下に弟と妹がいるんだってよ。それで、世話焼き気質っていうか。誰とでも仲良くなって皆のお姉ちゃんって言ってるし」
「それでもお姉さんなんですよね。兄さんの。義理の姉と弟関係として差し支えないってことですよね」
「暴論すぎない?」
「しかも、誰に対しても姉になって弟と妹にしてしまうんでしょう? いやらしい。尻軽とはあんな人をいうんでしょう。色香に惑わされて」
「とんでもなく暴論すぎるだろ!」
「それに、あの長井って人も兄さんのこと呪ってやるとか顔剥いでやるとか乱暴すぎます」
「それは冗談だから」
「正しい方法で呪詛をかけなければ自身に返ってきますし。ちゃんと剥がなければ感染症にもなります」
「怒るポイントそこ!?」
小声でツッコむのも大変だ。
「お友達は選ぶべきです。あの人たちのせいで兄さんは変わってしまったんです。あの人たちと縁を切るべきです」
「れみ・・・・・・・・・」
さすがに言い過ぎで腹がたってくる。俺を心配しているのかもしれないけど、れみはあの人たちのことを知らない。健は大学に入学したばかりのとき、一番最初に声をかけてくれた。遊びに誘ってくれてる。先輩は抗議や教授の注意点を教えてくれた。試験のコツを教えてくれた。楽しいことばかりじゃない。喧嘩したこともあった。むかつくこともあった。それでも友達で、仲間で、大切な人たちなんだ。
「れみ、いい加減にしろ」
ビク、とれみの体が反応した。声音が低く、真面目に怒っているのがわかったのか。
「兄さん?」
「お前は仲のいい友達と縁をきれって誰かに言われたらどうおもう? 悲しくならないか? 大切な人に、家族に言われたらいやじゃないか?」
なにも答えない。顔を伏せて、黙りこみつづける。
「れみの価値観が全部正しいわけじゃない」
「・・・・・・・・・なんですか。私が悪いんですか? 義母さんだって同じ事を言うでしょう。私は兄さんのためをおもって――――」
義母さん。~のためをおもって。その言葉が、苛立ちを強くする。怒髪天をつくほどの怒りが一瞬でわき、そして刹那で抑えていく。
「お前は女子校に通っているから共学のことがわからないんだよ。偏った固定観念に囚われてる。それじゃあ大学入ったときとか社会に出たとき苦労するぞ」
あえて冷静さを取り戻すため、努めて言い聞かせるように言葉を探していく。
「例えばどのようなことに困るのですか?」
「ん? そうだなぁ。お前、共学で挨拶する方法って知らないだろ」
なにを言いだすんだ? って顔になっているのはなんとなく想像できる。れみに先輩たちのことを悪く言われたことが許せない。けど、これ以上怒るのはっていう理性と感情のせめぎ合いから少し報復心が芽生えた。
「女子大生は男に向かって朝起きたとき、朝だニャン♪ ちゃんと起きないとだめだニャン♪ って猫の真似をしながら言うんだよ。それが最近の流行だ」
「嘘ですよねさすがに」
「どうして嘘だっておもうんだ。流行の本買ったことあるか? ニュース以外のテレビで話題になっていないか?」
「そ、れは・・・・・・・・・」
れみは勉学に必要な本以外は買っていないし見ていない。テレビもニュース関連のチャンネルしか選んでいない。一緒に過ごすようになって知った一面だ。
「なんでそれが流行になっているのかはわからない。けど、ブームっていうのはそういうものだ。そうやって仲良くなったりコミュ二ケーションをとったりする。必要なんだよ。自分の好みじゃないこととか理解できないこと。自分の価値観の外にあることを学んで実践するのは」
「意味ありますか? それ」
「楽しいし交友関係の輪が広がる」
「・・・・・・・・・わかりません」
「今はわからなくてもいい。けど、少しずつ考えればいい」
「とゆうかなんですか? 兄さん。人の心配をする余裕あります? ご自分の生活態度を改めるほうが先決なのでは? 義妹だった私に矯正されている立場なのに、偉そうに言う権利あります?」
「それとこれとは今関係ない。反論できなくなったからって話をすげ替えるな」
「すげ替えてません。揚げ足をとっています」
「もっとタチ悪いわ!」
「もういいです。おやすみなさい」
れみはそう言うと、俺の胸におでこをぶつけながら、なにも喋らなくなる。不承不承ながらも、寝入ろうとする。久しぶりにれみと一緒に寝ている状況が懐かしくて、そして不本意にも嬉しくて。けど何故だかドキドキしてしまって罪悪感を抱いて。けど睡魔には結局勝てなくて。
「兄さんの馬鹿・・・・・・・・・・・・」
最後に、れみのほうからそんなことが聞こえた気がした。
酒に酔った健は荒れに荒れている。俺が買っていたお酒を勝手に冷蔵庫から取り出してきて、延々と怨嗟をぶつけてくる。小田先輩はそんな健を窘め、あしらう役に徹してくれている。やっぱり嘘に付き合ったのは早計だったかと激しく後悔中。
「おいこらぁ、瞬。お前彼女できて幸せなんだろおお? だったら幸せのお裾分けしなきゃだよなああ? 独り占めは絶対にしないって固く約束しあったよなぁ?」
「それは、まぁ」
「だったら顔面の皮よこせ」
「なに言ってんだお前!?」
「うるせぇ! お前の顔は俺のもの、俺のものはおれのものだろぉ!?」
どこのジャイアニズムなガキ大将だ。
「お前の顔の皮と俺の顔の皮を交換すれば俺はお前になれるだるぉお? そうすれば俺がお前とすり替わってれみちゃんとお突き合いしても問題ないだるぉ?」
「問題しかないわ! というかおつきあいって絶対変な意味だろそれ!」
「頼むよぉ~! 俺にも幸せわけてくれよぉ~」
「あ~、たくもう! ほらこれでも飲んでろ」
とりあえず、酒飲ませまくって酔い潰すしかない。
「合コンでも連携プレイしあっただろぉ? お前が片思いしてた子と二人きりで祭り回れるように手伝ってやっただろぉ?」
「その話くわしく教えてください」
「早くこれ飲んでろ!」
れみがこわい! これ以上健が変なことを口走らないようにしなければ!
日本酒を口につっこんで無理やりラッパ飲みさせる。そのせいで健は完全に酔い潰れてしまった。危機は去り、ほっと一安心。
「じゃあ私そろそろ私も帰ろうかな。楽しかったし最初の目的も果たせたし」
小田先輩は控えめに笑うと、ん~、と大きく伸びをして立ち上がる。そのままれみと俺を交互に見やってなにかを待っている。
「れみちゃんはどうするの? 高校生なんだからもう帰らないといけないんじゃない?」
「それは――――」
「私は今日泊ります」
え!? 抗議しようとするとれみは脇腹に肘打ちをかます。呼吸困難に陥りながら痛みに呻く。
「それは、さすがにいけないんじゃないかな~?」
「どうしてですか。私は兄さん、この人の恋人です。なら泊っても問題ないのでは?」
「あのね? あなたはまだ高校生だからわからないかもしれないけど、未成年が成人と付き合っているのはちょっと問題あるのよ? それも男性の家に泊るのは。あなただけの問題じゃないの。瞬くんにも迷惑がかかるし、それにあなたのご両親だって心配するわよ?」
「大丈夫です。両親には兄さんのことは説明済みですし、今日の外泊の許可はもらっています」
「ちょ、初耳なんだけ――――」
ドゴォ!
足の小指をおもいきり殴られると同時に、れみが腕を絡みつかせて抱きついてくる。さながら拘束して俺の動きを制限するような力加減に声を出すことものたうつこともできない。
「理解のあるご両親なんだねぇ~」
「ええ。素敵な両親です」
「でも心配だなぁ~。瞬くんも男の子だし。この部屋に避妊具はないし」
「ちょ、先輩なんで俺の部屋の事情ご存じなんですか!?」
「うん。じゃあ私も泊るね~。皆でお泊まりすればさすがに瞬くんもおもいとどまるでしょう~?」
「え、ちょっと先輩。家主の同意!」
ギリィ! れみが強く歯噛みする。それと同時に俺に絡ませる腕の圧迫力が・・・・・・・!
「じゃあ瞬くんは私と長井くんを泊めるのいやなの? お姉ちゃん悲しいなぁ」
「兄さん、私を泊めるのがいやなんですか? 私よりこの人たちのほうを選ぶんですか?」
「両方帰るって選択肢はないんですか!?」
どうしよう。二人とも譲るつもりはないみたいだ。それからなんとか説得するけど、正直、俺ももう疲れていてまともな思考を巡らせるのが難しくなってきている。しかたなしに・・・・・・・・・本当に仕方なしにれみたち皆をとめることを決めた。れみは最後まで文句があるみたいだったけど。「やっぱりあの人は油断できません」としきりにぶつぶつ呟いているけど。
健は風呂場に放り込んで寝させた。ベッドは先輩とれみの二人が使うことになり、俺は床。非常用の寝袋とタオルケットを引っ張り出して、就寝することに。クーラーを消して窓から入ってくる風はちょうどよい具合で温くもなく冷たくもなかった。
「懐かしいねぇ。一年前まではよくこうやって皆で泊って雑魚寝してたねぇ」
「そうなんですか?」
「ああ。一回十人くらい泊ることになって寝る場所の取り合いになったこともあったよ」
「あったあった~。建くんがベッドを占領して、瞬くんたちが引きずり落として大騒ぎしちゃって。それで大家さんに怒られちゃったねぇ」
なにやっているんですか兄さん・・・・・・・・・」
いや恥ずかしい。あのときは大家さんが退去してもらうって怒鳴ってて謝り倒したっけ。けど、俺だけのせいじゃない。皆のせいだ。
「やはり、この人が兄さんを悪の道に・・・・・・・・・」
「え? どうしたの?」
「男女が大勢で泊ったんですか? 破廉恥では? なにか間違いがおこってからでは遅いのです。先輩は年長者なのですからそういうことをたしなめないといけない立場でしょう」
「ん~? どうして? 性別が違うお友達が泊ることのどこが破廉恥なの~?」
「それは・・・・・・・・・えっと・・・・・・・・・・」
れみが困っているのが新鮮で、二人のやりとりに耳を傾けてしまう。
「・・・・・・・・・子供ができます」
「フフッ! れみちゃんはえっちなんだねぇ!」
「わぷ!?」
一体先輩はなにをしているのか。えみがもがもがと息苦しそうな小さい悲鳴をあげている。それ以外の音も。なんだか羨まし、けしからん。
「そうやって線引きをするのも大切だけど、でもそれじゃあ楽しくないじゃない? それに、お互いのこと信頼しているから変なことにならないってわかっているの。だからできるんだよ」
「プハァ・・・・・・・・・・・・信頼ですか?」
「そう。仲の良いお友達だって。先輩後輩だってわかっているのねぇ瞬くん?」
「・・・・・・・・・そっすね」
ごめんなさい先輩。正直俺たちすっっっごい我慢していました。先輩とか女性陣の寝息とか寝返りとか。ドキドキとかムラムラとかしてました。けど、チキンだからできなかったんです。
「じゃあ先輩も兄さんを信頼しているんですか?」
「うん、そうだよ。れみちゃんは瞬くんのこと信頼していない?」
「・・・・・・・・・まだ出会って間もなくて、お付き合いしたてなのでわかりません。けど、今後も会っていきたいです」
最後の台詞。それは先輩に対しての偽の恋人としての発言だろうか。それともれみの義妹としての本音なんだろうか。後者だといいな。
「そっか。なれるといいねぇ~。なにかあったら相談してね? 私瞬くんのお姉さんだから。いろいろ知ってるよ? 例えば――――」
「もう寝ましょう!? 明日も早いでしょ?!」
「・・・・・・・・・ちっ」
これ以上話を続けていけばれみに追求されるおそれがある。というかれみ最後舌打ちした?
けど、それが合図となって寝息しか響かなくなった。先輩とれみはもう寝入れたんだろうけど、俺は中々眠れない。男ならわかってくれるだろうけど、女の子二人がいる空間なんて目が覚めてしまってしょうがない。致し方なく、キッチンスペースのほうへ移動する。カーペットが敷いてある居間と違ってフローリングの固さがダイレクトであることは目を瞑るしかない。
功を奏して、うつらうつらと眠くなってくる。健の部屋を越えてくる鼾も遠くにかんじるほどになってきたとき、別の音が振動になってフローリングを伝わってくる。死切り戸が空いてヒタヒタという控えめな足音が俺の近くまでやってくる。ぴたりと止まってしばらく、誰かの手が俺の体や頭、顔を触ってくる。トイレだろうか。暗くて踏まないように確認しているのか。そんな考えをしたけど、半分意識を失いかけている身としてはどうでもよくなっていく。
ゴソゴソ。小さくて柔らかいものが寝袋とタオルケットを捲り侵入してくる。寝息と体臭、肌の感触を朧気にかんじとった瞬間、意識がカッ! と一気に覚醒する。
暗闇ですぐには判別できない。けど、すぐ近くにあったためにれみの存在を知覚できた。慣れてきてれみの鼻の穴の形、睫の長さ、唇。具に見てとれる。心臓が爆発しそうになった。
「すぅー。すぅー」
「おいれみ」
「・・・・・・・・・すぅー、すぅーです」
嘘っぽい。明らかに寝たふりしてやがる。無理やり起こすことは可能だけど、そうしたら健と小田先輩を起こしてしまうかもしれない。だから瞼を無理やり指で開けて息を吹きかけたり、鼻と口を摘まんで息を止めさせる。多分に嫌がらせと怒りが混じった行為のおかげでれみはすぐに起きた。
「ちょ、なにするんですか兄さん」
「こっちのせりふだ」
れみも自分がしていることを理解しているのだろう。小声でひそひそ話をしてくる。助かるけど、耳に口を近づけるもんだからちょっとぞくぞくして変な気分になる。
「どうしてこっちに来たんだ。小田先輩と寝てただろうが」
「寝苦しくて。やはり一人用のベッドを二人で使うのに無理があったのです」
「どう考えてもこっちのほうが寝苦しいとおもうよ?」
「他人と寝ると、緊張してしまうんです」
「他人って・・・・・・・・・小田先輩良い人だろ。お前のこと気遣っていたし」
「・・・・・・・・・・あの人の肩を持つんですね」
首の皮を無言で捻りあげるのやめてくれない? 微妙に爪たててるし。なんなの? どうしてこんなことするの?
「お姉さんって言ってました。先輩、兄さんのお姉さんだって」
「それは、あの人下に弟と妹がいるんだってよ。それで、世話焼き気質っていうか。誰とでも仲良くなって皆のお姉ちゃんって言ってるし」
「それでもお姉さんなんですよね。兄さんの。義理の姉と弟関係として差し支えないってことですよね」
「暴論すぎない?」
「しかも、誰に対しても姉になって弟と妹にしてしまうんでしょう? いやらしい。尻軽とはあんな人をいうんでしょう。色香に惑わされて」
「とんでもなく暴論すぎるだろ!」
「それに、あの長井って人も兄さんのこと呪ってやるとか顔剥いでやるとか乱暴すぎます」
「それは冗談だから」
「正しい方法で呪詛をかけなければ自身に返ってきますし。ちゃんと剥がなければ感染症にもなります」
「怒るポイントそこ!?」
小声でツッコむのも大変だ。
「お友達は選ぶべきです。あの人たちのせいで兄さんは変わってしまったんです。あの人たちと縁を切るべきです」
「れみ・・・・・・・・・」
さすがに言い過ぎで腹がたってくる。俺を心配しているのかもしれないけど、れみはあの人たちのことを知らない。健は大学に入学したばかりのとき、一番最初に声をかけてくれた。遊びに誘ってくれてる。先輩は抗議や教授の注意点を教えてくれた。試験のコツを教えてくれた。楽しいことばかりじゃない。喧嘩したこともあった。むかつくこともあった。それでも友達で、仲間で、大切な人たちなんだ。
「れみ、いい加減にしろ」
ビク、とれみの体が反応した。声音が低く、真面目に怒っているのがわかったのか。
「兄さん?」
「お前は仲のいい友達と縁をきれって誰かに言われたらどうおもう? 悲しくならないか? 大切な人に、家族に言われたらいやじゃないか?」
なにも答えない。顔を伏せて、黙りこみつづける。
「れみの価値観が全部正しいわけじゃない」
「・・・・・・・・・なんですか。私が悪いんですか? 義母さんだって同じ事を言うでしょう。私は兄さんのためをおもって――――」
義母さん。~のためをおもって。その言葉が、苛立ちを強くする。怒髪天をつくほどの怒りが一瞬でわき、そして刹那で抑えていく。
「お前は女子校に通っているから共学のことがわからないんだよ。偏った固定観念に囚われてる。それじゃあ大学入ったときとか社会に出たとき苦労するぞ」
あえて冷静さを取り戻すため、努めて言い聞かせるように言葉を探していく。
「例えばどのようなことに困るのですか?」
「ん? そうだなぁ。お前、共学で挨拶する方法って知らないだろ」
なにを言いだすんだ? って顔になっているのはなんとなく想像できる。れみに先輩たちのことを悪く言われたことが許せない。けど、これ以上怒るのはっていう理性と感情のせめぎ合いから少し報復心が芽生えた。
「女子大生は男に向かって朝起きたとき、朝だニャン♪ ちゃんと起きないとだめだニャン♪ って猫の真似をしながら言うんだよ。それが最近の流行だ」
「嘘ですよねさすがに」
「どうして嘘だっておもうんだ。流行の本買ったことあるか? ニュース以外のテレビで話題になっていないか?」
「そ、れは・・・・・・・・・」
れみは勉学に必要な本以外は買っていないし見ていない。テレビもニュース関連のチャンネルしか選んでいない。一緒に過ごすようになって知った一面だ。
「なんでそれが流行になっているのかはわからない。けど、ブームっていうのはそういうものだ。そうやって仲良くなったりコミュ二ケーションをとったりする。必要なんだよ。自分の好みじゃないこととか理解できないこと。自分の価値観の外にあることを学んで実践するのは」
「意味ありますか? それ」
「楽しいし交友関係の輪が広がる」
「・・・・・・・・・わかりません」
「今はわからなくてもいい。けど、少しずつ考えればいい」
「とゆうかなんですか? 兄さん。人の心配をする余裕あります? ご自分の生活態度を改めるほうが先決なのでは? 義妹だった私に矯正されている立場なのに、偉そうに言う権利あります?」
「それとこれとは今関係ない。反論できなくなったからって話をすげ替えるな」
「すげ替えてません。揚げ足をとっています」
「もっとタチ悪いわ!」
「もういいです。おやすみなさい」
れみはそう言うと、俺の胸におでこをぶつけながら、なにも喋らなくなる。不承不承ながらも、寝入ろうとする。久しぶりにれみと一緒に寝ている状況が懐かしくて、そして不本意にも嬉しくて。けど何故だかドキドキしてしまって罪悪感を抱いて。けど睡魔には結局勝てなくて。
「兄さんの馬鹿・・・・・・・・・・・・」
最後に、れみのほうからそんなことが聞こえた気がした。
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そして、皆既月食の中で、僕は彼女から言われた。「月が綺麗だね」と。
夏目漱石が、I love youの和訳として「月が綺麗ですね」と言ったという逸話は有名だ。
とにかく、月が見えないその中で彼女は僕にそう言ったのだった。
これは、家族愛が強すぎて、恋愛を諦めざるを得なかった、「一生の親友」な久遠。
そして、彼女と一緒に生きてきた僕の一夜の物語。
学校一の美人から恋人にならないと迷惑系Vtuberになると脅された。俺を切り捨てた幼馴染を確実に見返せるけど……迷惑系Vtuberて何それ?
宇多田真紀
青春
学校一の美人、姫川菜乃。
栗色でゆるふわな髪に整った目鼻立ち、声質は少し強いのに優し気な雰囲気の女子だ。
その彼女に脅された。
「恋人にならないと、迷惑系Vtuberになるわよ?」
今日は、大好きな幼馴染みから彼氏ができたと知らされて、心底落ち込んでいた。
でもこれで、確実に幼馴染みを見返すことができる!
しかしだ。迷惑系Vtuberってなんだ??
訳が分からない……。それ、俺困るの?
先輩から恋人のふりをして欲しいと頼まれた件 ~明らかにふりではないけど毎日が最高に楽しい~
桜井正宗
青春
“恋人のふり”をして欲しい。
高校二年の愁(しゅう)は、先輩の『柚』からそう頼まれた。
見知らずの後輩である自分になぜと思った。
でも、ふりならいいかと快諾する。
すると、明らかに恋人のような毎日が始まっていった。
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