19 / 24
四章
Ⅰ
しおりを挟む
大学内の夜は異様な雰囲気がある。昼間と違って明るさが少なく、喧噪もない。世界と隔絶しているわけではないけど、普通の人たちが活動している時間帯との違いを自然と比べてしまうのだ。ちょっとトイレに行くだけで短い廊下が暗闇に包まれていたり、研究室や実験室を通るたびに「不在」「CLOSE」というプレートがかかっていたり、普段の五月蠅さが微塵もなくて寂しさが漂っている。
最初は夜の大学に違和感があったけど、今は独特なこの時間が、実は嫌いじゃない。日常の一部になっている箇所が存分にあるだけじゃなくて、肝試しやキャンプ、他の人たちとは違う場所と時間を過ごしているっていう認識が強いんだろう。先輩によれば「来年からその楽しさは味わえる暇なくなるよ~」とのことだが。戦々恐々としている。
「あ、いたいた~」
小田先輩がなにやら大荷物を抱えて入ってきた。折りたたみ式のフライパンとへら、まな板。そして食材。ガスコンロをマイペースに並べていく。さながらちょっとしたキャンプだ。
「食べ物買いにいったんじゃないんですか?」
なにかと忙しいから、大学に泊りこみになるときは簡単な食べ物しか調達しない。調理できる環境ではあるけど、手間暇がもったいないという流れが備わっている。特に最近はアパートにも着替えを置いたり取りに行ったりしかできておらず寝るのも大学っていう生活をしているのでより顕著だ。
「そうだけど、皆に手伝ってもらってるから少しは元気つけてもらいたいなぁ~って」
えへへ、と笑う先輩はもう女神か菩薩。おもわず手を合わせて拝みたくなる。まぁこの状況は先輩の手伝いも半分以上兼ねているけど、その恩恵は多分にあるし、この笑顔だけで救われる。
「なにか手伝えることあります?」
「あ、いいよいいよ。勉強してて」
「そうですか。じゃあ健呼んできます」
「あ、今はやめたほうがいいかな」
「? なんでですか?」
「実は私と買い出しから帰ってきたとき他の研究室の人が来るのと遭遇しちゃってね?」
嫌な予感がする。健に対して早くも同情しかけている。
「百分の一スケールの古民家模型の手伝いするために拉致され・・・・・・・・・連行されていったの」
百分の一。古民家。それだけで健に心の中で敬礼。古民家っていうのは普通の建物と違って複雑だから模型でも作るのがめんどうくさい。というか先輩言い方ごまかそうとしているけど強引に連れていかれたってことですよね。つまり俺もそこに行ったら手伝わされる。ここは大人しく待ってたほうがいい。
「あいつ無駄に手先が器用ですからね~」
「そうそう。家具とか階段とか細かいのも得意だしね」
会話しながらも、先輩はとんとんとんと食材を切り分けていく。
「夏休みが終わったらちょっとは楽になります? 研究室」
「どうかな~。研究の大まかな道筋を固められて、そこから直線で進んでいくってかんじだから実験は増えるんじゃないかな~。設計の人は大学にこもる機会が増えるらしいし」
鍋で茹でた鶏肉を冷水でしめて、きれいに裂いていく。ボールに移したら、どうやらタレ作りらしい。嗅いだだけでスパイシーなものだし食欲を刺激される。
「でね? 瞬くんたちの当番表とシフト表を作ろうって話になってるの」
「と、え? なんですって?」
「昔学校でよくあったでしょ? 掃除当番とか給食当番とか。ほら、円形になっててクルクルクル回せるやつ」
「あ~、ありましたね」
「それの、研究室版を作ろうって。シフト表と合わせて作ってみようって。そうすれば他の人たちにもわかりやすいでしょ? 名付けて研究室当番表っ」
たしかに便利だ。今まではバイトとか実験、課題等々の予定があって中々人手を確保できなかったり、手伝ってkれるであろう後輩をあてにしていたのに別の研究室に、ということが何度もあった。そうなれば先輩たちはもっとスムーズにできるだろう。
けど、それは先輩たちの都合。
「それってもちろん俺たちの意見反映してもらえますよね?」
「瞬くんお味噌汁は赤派? それとも白だし派?」
おもっっっくそスルーされた。聞こえなかったのかな。
「せめて他の皆も話を――」
「瞬くんお米研いできてセットしてきてくれる?」
あ、わざとだ。聞こえてる。満面の笑みで釜IN米を渡されてなすすべない。
「いただきまーす」
先輩に倣って手を合わせて食事をする。メニューは棒々鶏でピリッとした辛さがほどよく、白飯と相性が抜群。どんどん箸が進む。野菜と肉を同時に摂取できるし、漬け物と味噌汁も。最近は軽食系しか口にしていなかったから久々に人らしいものを食べたってしみじみとする。
「どう? お味は」
「バッチグーです。これならいつでもお嫁さんになれます」
「あははは~。それは言いすぎだよ~」
もちろん、嘘ではない。先輩のご飯はおいしい。今日だけでなく以前から先輩の料理を口にする機会はあった。けど、れみの料理をこの頃食べ慣れている俺としては、れみのとどうしても比べてしまう。どっちも比べるべくもなくおいしい。それは事実なんだ。けど、だからだろうか。れみの食事が懐かしい、食べたいと願ってしまう。
俺が忙しくなったのと同時に、れみが来なくなった。〈しばらく兄さんのところへは来れません〉と連絡が来たけど、なにかあったんだろうか。このチャンスに会わなくなる方向で進めたいのに、ままならない。こっちから連絡したくて携帯を取り出してしまって、を何度かしてしまってる。
「じゃあ彼女さんと比べたらどう?」
心を読まれたようなタイミングと質問で、ぎくりとする。
「美味しいですよ。どっちも。忖度なく」
「ええ~? それ彼女さんにも同じ事言える~?」
「それは言いますよ」
「ううん、無理だよ~きっと」
「どうしてですか」
「だって瞬くんすでに尻に敷かれてるでしょ? 前会ったきりだけど、なんとなくそんな気がしたし。れみちゃんにタジタジになってたり喧嘩になったりしてもおもってること言えないんじゃないかな~って。それに長井くんからもそんな話聞いてるんだよ?」
す、鋭い。当たらずとも遠からず。
「あ、あと聞こうとしてたことがあったんだっ」
ぱん、と手を小さく音を叩いておもいだしたって仕草。子供っぽさと先輩の姉らしさを両立していて吹き出しそうになる。
「瞬くんあの子のどこが好きなの~?」
「いきなりなんですか!?」
「ええ~? だって気になるじゃない~。仲のいい後輩くんの恋愛事情とか~」
出た。女子さながらの恋愛トーク。男子もそうだけど、女子はこういう話題が大好物。人の恋バナできゃあきゃあ盛り上がっているのを何度も体験している。そういうのは独特すぎて、ノリについていけない。
「いいじゃない私と君の仲じゃない~。教えてよ~。瞬くんって今まで恋人できたことなかったじゃない~? だから余計気になるの~。お姉ちゃんがアドバイスしてあげるよ~?」
女心的なアドバイス? それとも恋人的目線なアドバイス? どっちにしても参考にならない。
「大丈夫ですよ。それより冷めちゃうから食べましょ」
「ぶうぅ~。それに瞬くんとれみちゃんの関係、ちょっとおかしいな~ってかんじたから余計お姉ちゃん余計気になるんだよ~」
「え、おかしいってどこがですか?」
運びかけた箸からぽろっときゅうりがこぼれ落ちる。そのまま止まっている俺に先輩が指でお行儀が悪い! とまさに姉という表情で示して慌てて動きを再開。
「ん~。なんだか二人のやりとりとか距離感とか、恋人ってかんじがしなかったの」
「・・・・・・・・・例えばどんなとこですか?」
「接し方とか話し方とか。恋人同士みたいなお互いラブラブラブ! ってところが一切なくて。人前だから我慢してるのかな~っておもってたけど。私が弟と妹がいるからかな? 兄と妹って形がしっくりきて。既視感があったからあれ? って」
鋭い。背筋をつたう冷や汗から体勢を正してしまう。先輩に気づかれないようにしたいけど、緊張状態が続く。
「・・・・・・・・・へぇ~。普段からあんなかんじですよ俺たち。付き合いたてだから恋人の距離感が掴めなかったんじゃないですか」
「それに、れみちゃんのこと話すとき、あんまり嬉しそうじゃないし」
「人に自分の恋人のこと話すの得意じゃないんで」
「けど、長井くんから聞いた話でも、そうかんじたよ? 長井くんは不思議がってないけど」
あのやろう・・・・・・・・・。あいつの分の飯食らい尽くしてやろうか。
「本当になにもないの? 悩みとかれみちゃんのこととか」
俺と正面から向き合う先輩からは興味津々という興奮が消えている。俺の態度から深刻な悩みがあるとか、勘ぐっているのか。ぶちまけてしまいそうになる。先輩の姉さながらの空気。年上のしっかり者。包容力があって、甘えたくなる。今まで何度も妄想したけど、これほど我慢できないくなったのは初めてだ。
れみとの本当の関係。会わないほうがいい。けど会い続けたいという相反する感情のジレンマ。それから解放されるのではないか。けど、先輩に相談して良いのか。
「わかった。じゃあこうしよう。ゲームで決めるっ」
「え?」
胸をはってえっへん、とばかりのどや顔の先輩にどういうことだ? と俺は怪訝がる。
「だからゲームだよゲーム。他の研究室の子が持ってきてるの知ってるでしょ?」
他の研究室にゲーム機材とプロジェクターがあるから、暇なときとか余裕のある研究室はそうやって遊んでいる。というか先輩たちが留守のときは後輩たち皆で遊んだりDVD見たりしてる。それとどう繋がるんだろうか。
「私が勝ったら、瞬くんは全部話す。それでどう? 面白そうじゃない?」
先輩に負けたら、打ち明ける。俺が勝ったら話さない。話さざるをえない状況を提わざわざ案してくれたのだろうか。そうでもしないと話さないなにかがあるとおもっているのか。
「なにがいい? キノコと甲羅とバナナのカート? ブラザースがスマッシュで大乱闘するやつ? 戦国時代の武将が無双するやつ?」
あ、違う。この人遊びたいだけだ。俺がなにか隠してるってことで提案したんじゃない。だってソフトのラインナップが先輩の苦手なものばかりだし。うきうきしてるし、単純に遊びたいだけ。なんだよ、と脱力する。
「遊ぶ余裕あります?」
「いいじゃない~。だって瞬くんも私もストレス溜まってるでしょ~? たまには発散しないと~。でも一時間だけね~」
「せめて先輩の罰ゲーム決めてからやりましょ」
「ええ~」
「じゃあ先輩の残機が減るごとに服を三枚脱いでいくっていうのは?」
「私だけちょっとおかしくない!? 瞬くん長井くんみたいだよ!? セクハラだから、めっ!」
「ちぇ、じゃあ残機が減っていくごとに爪を剥ぐ。全部爪が無くなったら皮膚を削いでいく」
「最後私死んじゃうじゃない!」
「大丈夫です。右側の部分は残します。左側だけです」
「全然大丈夫じゃないよ~! 人体模型みたいになっちゃうよぅ~!」
「もしそうなったら然るべき機関に依頼するんで大丈夫です」
「それ多分医療機関だよね? 本気なの?」
「先輩を加工してもらいます。そしてこの大学の保健室か生物学の教授に標本として渡します」
「お姉ちゃんいやだよそんな猟奇的対象になるの!」
「そうすれば先輩はこの大学に残り続けて学生を見守り続けることができます。大丈夫」
「いやだよそんな生き地獄~! 地縛霊と同じじゃない~! じゃあ瞬くんの罰ゲームも変えるよ!? 先輩皆の顔にクリームをおもいきりぶつけるって内容に変えるよ!?」
「やめてください殺す気ですか!」
「それか熱々のおでんを食べるかカラシ入りのシュークリームを食べ続けるってのに変えるよ!?」
「コントか!」
「しかもそれ動画に撮ってSNSに拡散するよ!」
「炎上しますよ!
それかられみのことそっちのけで、罰ゲームの内容について議論。コントローラーを握るときには『れみに電話とメールで愛しているとあと、大学の女子全員に告白しまくってれみのことを全部話す(動画撮影)』か『研究室にいるときは黒のストッキングかニーハイを身につけて健にビンタをして語尾にわんわんと付けて一週間過ごす』に決まった。
おかしい、れみのことはどうした、とツッコむ精神状態にならないのは最近忙しかったのと深夜のテンションにならなかったからだろう。それに、なににも悩まされないで気分転換がしたかったのもあるだろう。
「負けられない戦いが・・・・・・・・・!」
「そこにある・・・・・・・・・!」
とにもかくにも、火蓋が切って落とされた。
最初は夜の大学に違和感があったけど、今は独特なこの時間が、実は嫌いじゃない。日常の一部になっている箇所が存分にあるだけじゃなくて、肝試しやキャンプ、他の人たちとは違う場所と時間を過ごしているっていう認識が強いんだろう。先輩によれば「来年からその楽しさは味わえる暇なくなるよ~」とのことだが。戦々恐々としている。
「あ、いたいた~」
小田先輩がなにやら大荷物を抱えて入ってきた。折りたたみ式のフライパンとへら、まな板。そして食材。ガスコンロをマイペースに並べていく。さながらちょっとしたキャンプだ。
「食べ物買いにいったんじゃないんですか?」
なにかと忙しいから、大学に泊りこみになるときは簡単な食べ物しか調達しない。調理できる環境ではあるけど、手間暇がもったいないという流れが備わっている。特に最近はアパートにも着替えを置いたり取りに行ったりしかできておらず寝るのも大学っていう生活をしているのでより顕著だ。
「そうだけど、皆に手伝ってもらってるから少しは元気つけてもらいたいなぁ~って」
えへへ、と笑う先輩はもう女神か菩薩。おもわず手を合わせて拝みたくなる。まぁこの状況は先輩の手伝いも半分以上兼ねているけど、その恩恵は多分にあるし、この笑顔だけで救われる。
「なにか手伝えることあります?」
「あ、いいよいいよ。勉強してて」
「そうですか。じゃあ健呼んできます」
「あ、今はやめたほうがいいかな」
「? なんでですか?」
「実は私と買い出しから帰ってきたとき他の研究室の人が来るのと遭遇しちゃってね?」
嫌な予感がする。健に対して早くも同情しかけている。
「百分の一スケールの古民家模型の手伝いするために拉致され・・・・・・・・・連行されていったの」
百分の一。古民家。それだけで健に心の中で敬礼。古民家っていうのは普通の建物と違って複雑だから模型でも作るのがめんどうくさい。というか先輩言い方ごまかそうとしているけど強引に連れていかれたってことですよね。つまり俺もそこに行ったら手伝わされる。ここは大人しく待ってたほうがいい。
「あいつ無駄に手先が器用ですからね~」
「そうそう。家具とか階段とか細かいのも得意だしね」
会話しながらも、先輩はとんとんとんと食材を切り分けていく。
「夏休みが終わったらちょっとは楽になります? 研究室」
「どうかな~。研究の大まかな道筋を固められて、そこから直線で進んでいくってかんじだから実験は増えるんじゃないかな~。設計の人は大学にこもる機会が増えるらしいし」
鍋で茹でた鶏肉を冷水でしめて、きれいに裂いていく。ボールに移したら、どうやらタレ作りらしい。嗅いだだけでスパイシーなものだし食欲を刺激される。
「でね? 瞬くんたちの当番表とシフト表を作ろうって話になってるの」
「と、え? なんですって?」
「昔学校でよくあったでしょ? 掃除当番とか給食当番とか。ほら、円形になっててクルクルクル回せるやつ」
「あ~、ありましたね」
「それの、研究室版を作ろうって。シフト表と合わせて作ってみようって。そうすれば他の人たちにもわかりやすいでしょ? 名付けて研究室当番表っ」
たしかに便利だ。今まではバイトとか実験、課題等々の予定があって中々人手を確保できなかったり、手伝ってkれるであろう後輩をあてにしていたのに別の研究室に、ということが何度もあった。そうなれば先輩たちはもっとスムーズにできるだろう。
けど、それは先輩たちの都合。
「それってもちろん俺たちの意見反映してもらえますよね?」
「瞬くんお味噌汁は赤派? それとも白だし派?」
おもっっっくそスルーされた。聞こえなかったのかな。
「せめて他の皆も話を――」
「瞬くんお米研いできてセットしてきてくれる?」
あ、わざとだ。聞こえてる。満面の笑みで釜IN米を渡されてなすすべない。
「いただきまーす」
先輩に倣って手を合わせて食事をする。メニューは棒々鶏でピリッとした辛さがほどよく、白飯と相性が抜群。どんどん箸が進む。野菜と肉を同時に摂取できるし、漬け物と味噌汁も。最近は軽食系しか口にしていなかったから久々に人らしいものを食べたってしみじみとする。
「どう? お味は」
「バッチグーです。これならいつでもお嫁さんになれます」
「あははは~。それは言いすぎだよ~」
もちろん、嘘ではない。先輩のご飯はおいしい。今日だけでなく以前から先輩の料理を口にする機会はあった。けど、れみの料理をこの頃食べ慣れている俺としては、れみのとどうしても比べてしまう。どっちも比べるべくもなくおいしい。それは事実なんだ。けど、だからだろうか。れみの食事が懐かしい、食べたいと願ってしまう。
俺が忙しくなったのと同時に、れみが来なくなった。〈しばらく兄さんのところへは来れません〉と連絡が来たけど、なにかあったんだろうか。このチャンスに会わなくなる方向で進めたいのに、ままならない。こっちから連絡したくて携帯を取り出してしまって、を何度かしてしまってる。
「じゃあ彼女さんと比べたらどう?」
心を読まれたようなタイミングと質問で、ぎくりとする。
「美味しいですよ。どっちも。忖度なく」
「ええ~? それ彼女さんにも同じ事言える~?」
「それは言いますよ」
「ううん、無理だよ~きっと」
「どうしてですか」
「だって瞬くんすでに尻に敷かれてるでしょ? 前会ったきりだけど、なんとなくそんな気がしたし。れみちゃんにタジタジになってたり喧嘩になったりしてもおもってること言えないんじゃないかな~って。それに長井くんからもそんな話聞いてるんだよ?」
す、鋭い。当たらずとも遠からず。
「あ、あと聞こうとしてたことがあったんだっ」
ぱん、と手を小さく音を叩いておもいだしたって仕草。子供っぽさと先輩の姉らしさを両立していて吹き出しそうになる。
「瞬くんあの子のどこが好きなの~?」
「いきなりなんですか!?」
「ええ~? だって気になるじゃない~。仲のいい後輩くんの恋愛事情とか~」
出た。女子さながらの恋愛トーク。男子もそうだけど、女子はこういう話題が大好物。人の恋バナできゃあきゃあ盛り上がっているのを何度も体験している。そういうのは独特すぎて、ノリについていけない。
「いいじゃない私と君の仲じゃない~。教えてよ~。瞬くんって今まで恋人できたことなかったじゃない~? だから余計気になるの~。お姉ちゃんがアドバイスしてあげるよ~?」
女心的なアドバイス? それとも恋人的目線なアドバイス? どっちにしても参考にならない。
「大丈夫ですよ。それより冷めちゃうから食べましょ」
「ぶうぅ~。それに瞬くんとれみちゃんの関係、ちょっとおかしいな~ってかんじたから余計お姉ちゃん余計気になるんだよ~」
「え、おかしいってどこがですか?」
運びかけた箸からぽろっときゅうりがこぼれ落ちる。そのまま止まっている俺に先輩が指でお行儀が悪い! とまさに姉という表情で示して慌てて動きを再開。
「ん~。なんだか二人のやりとりとか距離感とか、恋人ってかんじがしなかったの」
「・・・・・・・・・例えばどんなとこですか?」
「接し方とか話し方とか。恋人同士みたいなお互いラブラブラブ! ってところが一切なくて。人前だから我慢してるのかな~っておもってたけど。私が弟と妹がいるからかな? 兄と妹って形がしっくりきて。既視感があったからあれ? って」
鋭い。背筋をつたう冷や汗から体勢を正してしまう。先輩に気づかれないようにしたいけど、緊張状態が続く。
「・・・・・・・・・へぇ~。普段からあんなかんじですよ俺たち。付き合いたてだから恋人の距離感が掴めなかったんじゃないですか」
「それに、れみちゃんのこと話すとき、あんまり嬉しそうじゃないし」
「人に自分の恋人のこと話すの得意じゃないんで」
「けど、長井くんから聞いた話でも、そうかんじたよ? 長井くんは不思議がってないけど」
あのやろう・・・・・・・・・。あいつの分の飯食らい尽くしてやろうか。
「本当になにもないの? 悩みとかれみちゃんのこととか」
俺と正面から向き合う先輩からは興味津々という興奮が消えている。俺の態度から深刻な悩みがあるとか、勘ぐっているのか。ぶちまけてしまいそうになる。先輩の姉さながらの空気。年上のしっかり者。包容力があって、甘えたくなる。今まで何度も妄想したけど、これほど我慢できないくなったのは初めてだ。
れみとの本当の関係。会わないほうがいい。けど会い続けたいという相反する感情のジレンマ。それから解放されるのではないか。けど、先輩に相談して良いのか。
「わかった。じゃあこうしよう。ゲームで決めるっ」
「え?」
胸をはってえっへん、とばかりのどや顔の先輩にどういうことだ? と俺は怪訝がる。
「だからゲームだよゲーム。他の研究室の子が持ってきてるの知ってるでしょ?」
他の研究室にゲーム機材とプロジェクターがあるから、暇なときとか余裕のある研究室はそうやって遊んでいる。というか先輩たちが留守のときは後輩たち皆で遊んだりDVD見たりしてる。それとどう繋がるんだろうか。
「私が勝ったら、瞬くんは全部話す。それでどう? 面白そうじゃない?」
先輩に負けたら、打ち明ける。俺が勝ったら話さない。話さざるをえない状況を提わざわざ案してくれたのだろうか。そうでもしないと話さないなにかがあるとおもっているのか。
「なにがいい? キノコと甲羅とバナナのカート? ブラザースがスマッシュで大乱闘するやつ? 戦国時代の武将が無双するやつ?」
あ、違う。この人遊びたいだけだ。俺がなにか隠してるってことで提案したんじゃない。だってソフトのラインナップが先輩の苦手なものばかりだし。うきうきしてるし、単純に遊びたいだけ。なんだよ、と脱力する。
「遊ぶ余裕あります?」
「いいじゃない~。だって瞬くんも私もストレス溜まってるでしょ~? たまには発散しないと~。でも一時間だけね~」
「せめて先輩の罰ゲーム決めてからやりましょ」
「ええ~」
「じゃあ先輩の残機が減るごとに服を三枚脱いでいくっていうのは?」
「私だけちょっとおかしくない!? 瞬くん長井くんみたいだよ!? セクハラだから、めっ!」
「ちぇ、じゃあ残機が減っていくごとに爪を剥ぐ。全部爪が無くなったら皮膚を削いでいく」
「最後私死んじゃうじゃない!」
「大丈夫です。右側の部分は残します。左側だけです」
「全然大丈夫じゃないよ~! 人体模型みたいになっちゃうよぅ~!」
「もしそうなったら然るべき機関に依頼するんで大丈夫です」
「それ多分医療機関だよね? 本気なの?」
「先輩を加工してもらいます。そしてこの大学の保健室か生物学の教授に標本として渡します」
「お姉ちゃんいやだよそんな猟奇的対象になるの!」
「そうすれば先輩はこの大学に残り続けて学生を見守り続けることができます。大丈夫」
「いやだよそんな生き地獄~! 地縛霊と同じじゃない~! じゃあ瞬くんの罰ゲームも変えるよ!? 先輩皆の顔にクリームをおもいきりぶつけるって内容に変えるよ!?」
「やめてください殺す気ですか!」
「それか熱々のおでんを食べるかカラシ入りのシュークリームを食べ続けるってのに変えるよ!?」
「コントか!」
「しかもそれ動画に撮ってSNSに拡散するよ!」
「炎上しますよ!
それかられみのことそっちのけで、罰ゲームの内容について議論。コントローラーを握るときには『れみに電話とメールで愛しているとあと、大学の女子全員に告白しまくってれみのことを全部話す(動画撮影)』か『研究室にいるときは黒のストッキングかニーハイを身につけて健にビンタをして語尾にわんわんと付けて一週間過ごす』に決まった。
おかしい、れみのことはどうした、とツッコむ精神状態にならないのは最近忙しかったのと深夜のテンションにならなかったからだろう。それに、なににも悩まされないで気分転換がしたかったのもあるだろう。
「負けられない戦いが・・・・・・・・・!」
「そこにある・・・・・・・・・!」
とにもかくにも、火蓋が切って落とされた。
10
あなたにおすすめの小説
隣人の女性がDVされてたから助けてみたら、なぜかその人(年下の女子大生)と同棲することになった(なんで?)
チドリ正明@不労所得発売中!!
青春
マンションの隣の部屋から女性の悲鳴と男性の怒鳴り声が聞こえた。
主人公 時田宗利(ときたむねとし)の判断は早かった。迷わず訪問し時間を稼ぎ、確証が取れた段階で警察に通報。DV男を現行犯でとっちめることに成功した。
ちっぽけな勇気と小心者が持つ単なる親切心でやった宗利は日常に戻る。
しかし、しばらくして宗利は見覚えのある女性が部屋の前にしゃがみ込んでいる姿を発見した。
その女性はDVを受けていたあの時の隣人だった。
「頼れる人がいないんです……私と一緒に暮らしてくれませんか?」
これはDVから女性を守ったことで始まる新たな恋物語。
俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。
true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。
それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。
これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。
日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。
彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。
※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。
※内部進行完結済みです。毎日連載です。
大好きな幼なじみが超イケメンの彼女になったので諦めたって話
家紋武範
青春
大好きな幼なじみの奈都(なつ)。
高校に入ったら告白してラブラブカップルになる予定だったのに、超イケメンのサッカー部の柊斗(シュート)の彼女になっちまった。
全く勝ち目がないこの恋。
潔く諦めることにした。
幼馴染が家出したので、僕と同居生活することになったのだが。
四乃森ゆいな
青春
とある事情で一人暮らしをしている僕──和泉湊はある日、幼馴染でクラスメイト、更には『女神様』と崇められている美少女、真城美桜を拾うことに……?
どうやら何か事情があるらしく、頑なに喋ろうとしない美桜。普段は無愛想で、人との距離感が異常に遠い彼女だが、何故か僕にだけは世話焼きになり……挙句には、
「私と同棲してください!」
「要求が増えてますよ!」
意味のわからない同棲宣言をされてしまう。
とりあえず同居するという形で、居候することになった美桜は、家事から僕の宿題を見たりと、高校生らしい生活をしていくこととなる。
中学生の頃から疎遠気味だったために、空いていた互いの時間が徐々に埋まっていき、お互いに知らない自分を曝け出していく中──女神様は何でもない『日常』を、僕の隣で歩んでいく。
無愛想だけど僕にだけ本性をみせる女神様 × ワケあり陰キャぼっちの幼馴染が送る、半同棲な同居生活ラブコメ。
春から一緒に暮らすことになったいとこたちは露出癖があるせいで僕に色々と見せてくる
釧路太郎
キャラ文芸
僕には露出狂のいとこが三人いる。
他の人にはわからないように僕だけに下着をチラ見せしてくるのだが、他の人はその秘密を誰も知らない。
そんな三人のいとこたちとの共同生活が始まるのだが、僕は何事もなく生活していくことが出来るのか。
三姉妹の長女前田沙緒莉は大学一年生。次女の前田陽香は高校一年生。三女の前田真弓は中学一年生。
新生活に向けたスタートは始まったばかりなのだ。
この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」にも投稿しています。
高校生なのに娘ができちゃった!?
まったりさん
キャラ文芸
不思議な桜が咲く島に住む主人公のもとに、主人公の娘と名乗る妙な女が現われた。その女のせいで主人公の生活はめちゃくちゃ、最初は最悪だったが、段々と主人公の気持ちが変わっていって…!?
そうして、紅葉が桜に変わる頃、物語の幕は閉じる。
かつて僕を振った幼馴染に、お月見をしながら「月が綺麗ですね」と言われた件。それって告白?
久野真一
青春
2021年5月26日。「スーパームーン」と呼ばれる、満月としては1年で最も地球に近づく日。
同時に皆既月食が重なった稀有な日でもある。
社会人一年目の僕、荒木遊真(あらきゆうま)は、
実家のマンションの屋上で物思いにふけっていた。
それもそのはず。かつて、僕を振った、一生の親友を、お月見に誘ってみたのだ。
「せっかくの夜だし、マンションの屋上で、思い出話でもしない?」って。
僕を振った一生の親友の名前は、矢崎久遠(やざきくおん)。
亡くなった彼女のお母さんが、つけた大切な名前。
あの時の告白は応えてもらえなかったけど、今なら、あるいは。
そんな思いを抱えつつ、久遠と共に、かつての僕らについて語りあうことに。
そして、皆既月食の中で、僕は彼女から言われた。「月が綺麗だね」と。
夏目漱石が、I love youの和訳として「月が綺麗ですね」と言ったという逸話は有名だ。
とにかく、月が見えないその中で彼女は僕にそう言ったのだった。
これは、家族愛が強すぎて、恋愛を諦めざるを得なかった、「一生の親友」な久遠。
そして、彼女と一緒に生きてきた僕の一夜の物語。
失恋中なのに隣の幼馴染が僕をかまってきてウザいんですけど?
さいとう みさき
青春
雄太(ゆうた)は勇気を振り絞ってその思いを彼女に告げる。
しかしあっさりと玉砕。
クールビューティーで知られる彼女は皆が憧れる存在だった。
しかしそんな雄太が落ち込んでいる所を、幼馴染たちが寄ってたかってからかってくる。
そんな幼馴染の三大女神と呼ばれる彼女たちに今日も翻弄される雄太だったのだが……
病み上がりなんで、こんなのです。
プロット無し、山なし、谷なし、落ちもなしです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる