学校で成績優秀生の完璧超人の義妹が俺に隠れて、VTuberとしてネトゲ配信してたんだが

沢田美

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VTuberの裏方って実際どうなの?

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「ごめーん! 皆待たせたね! さすまただよー! 声入ってるー?」

『ノシ』
『ノシ』
『入ってるよ!』
『さすまた、きちゃ!』
『待ってました!』
『今日もお兄ちゃんの話してくれる?』

 俺は涼香の部屋の隅で、配信画面をチェックしていた。

 音声レベル、問題なし。画質、問題なし。コメント欄も正常に流れている。開始早々、視聴者数は一万を超えていた。

 相変わらずすごい人気だな。

 画面の中では、ピンク色のツインテールのアバターが元気に手を振っている。その声の主は――俺の目の前で、真剣な顔でモニターを見つめている涼香だ。

『『さすまた』の相方として、私の隣に立って!』

 さっきの涼香の言葉が、まだ耳に残っている。

 あんなこと言われたら、断るにも断れない。

 だから俺は今、こうして涼香の配信のサポートをしている。配線チェック、音声確認、トラブル対応。いわゆる「裏方」の仕事だ。

「今日はね、ゲックマン11をやろうと思うよー! 実はね……お兄ちゃんが好きなゲームなんだ♡」

『またお兄ちゃんの話www』
『ブラコンVTuberの本領発揮』
『お兄ちゃん何者なんだよ』
『神ゲーきちゃ!』

 コメント欄が一気に加速する。

 涼香は一瞬だけこちらを振り返って、小さく微笑んだ。その表情は、俺だけに向けられたもの。そしてすぐに画面に戻って、いつものテンションで実況を始めた。その様子は、学校で見る完璧な優等生とはまるで別人だ。

「ここで! これ初ボスか! お兄ちゃんなら……こう倒すかな? ぜ、全部倒す!」

 画面の中で、涼香のアバターが必死にボスと戦っている。実際の涼香も、コントローラーを激しく操作しながら、声を張り上げている。

 昔は、一緒にゲームやってたな。

 ふと、そんなことを思い出す。

 涼香が家に来たばかりの頃。まだお互いぎこちなかった頃。俺がゲームをしていると、涼香は遠慮がちにそれを眺めていた。

「やってみるか?」

 そう声をかけたら、涼香は嬉しそうに頷いた。

 最初は下手だったけど、すぐに上達した。気がつけば、俺より強くなっていた。

 でも、いつからか涼香は「ゲームつまんない」と言うようになって、一緒にプレイすることもなくなった。

 あれは、本心じゃなかったのかもしれない。
 一緒にゲームをすることで、俺への想いが抑えられなくなるのが怖かったのかもしれない。

「よし! あと少し! ここで全部出す! お兄ちゃん、見ててね……じゃなくて、みんな見ててね! ――やった! 倒せたー!」

 涼香の歓声。画面には『ステージクリア』の文字。

 コメント欄が祝福の言葉で埋まる。

『さすまたさんすごい!』
『完璧なクリアだった』
『お兄ちゃん見てるのかな?』
『お兄ちゃん絶対見てるでしょw』

 涼香はこちらをチラッと見て、小さくガッツポーズをした。俺だけに見せる仕草。

 俺は親指を立てて返す。

 涼香の頬が、わずかに赤くなった。

 俺は配信のステータスを最終確認して、静かに部屋を出た。

 ※ ※ ※

 時間を一時間ほど巻き戻す。

「『さすまた』の相方として、私の隣に立って!」

「相方って、お前……!」

「私の隣に立って、私をサポートして! お兄ちゃんと一緒に、配信したいの!」

 涼香は俺の腕を掴んだまま、必死に訴えてきた。涙で濡れた目が、真っ直ぐに俺を見ている。

 俺は――少し考えた。

 涼香が何を求めているのか。何を望んでいるのか。

 そして、俺自身が何をすべきなのか。

「……分かったよ」

 観念したように言うと、涼香の表情がパッと明るくなった。まるで太陽のように。

「本当!?」

「ああ。しっかりとお前を見る。『さすまた』じゃなくて、京極涼香として。だから、この前の喧嘩はチャラにしないか?」

「……うん!」

 涼香は大きく頷いて、それから少し拗ねたような顔になった。

「さ、最初からそう言ってほしかった。お兄ちゃん、鈍感ヘタレ男……」

「それ言い過ぎだろ」

 俺がツッコミを入れると、涼香は少しだけ笑った。

 ああ、こういう表情もできるんだな。

 いつも不機嫌そうな顔しか見てなかったから、新鮮だった。

「……で、一つ確認したいんだけど」

 俺は真面目な顔で言った。

「金は出るんだろうな?」

「は? 何言ってるの? 出るわけないじゃん。お兄ちゃんと一緒にいられるだけで十分でしょ」

 即答だった。しかも、当然という顔で。

「あのなあ? 人を裏方とはいえ働かせるんだ、金くらいもらって当然だろ」

「……むー」

 涼香は少し唸った。そして、観念したように言った。

「分かった。でも、お兄ちゃんにあげるのは千円ね。それと、私が作ったお弁当」

「子供の小遣いかよ! というか、お弁当?」

「文句言わない! これでも大盤振る舞いなんだから! お兄ちゃんのために作るお弁当なんて……その、特別なんだから」

 涼香は顔を真っ赤にして、頬を膨らませている。その姿は、まるで子供のようだった。

「……はいはい、分かったよ」

 俺は諦めて頷いた。

「じゃあ、今日から俺はお前の配信の裏方だ。よろしく頼むぜ、さすまた」

「……うん。よろしく、お兄ちゃん。これからずっと、隣にいてね」

 涼香は少し照れたように、でも嬉しそうに笑った。

 その笑顔は、配信で見せる『さすまた』の笑顔よりも、ずっと可愛かった。

 ※ ※ ※

 涼香の部屋を出て、自室に戻る。

 ドアを閉めて、ベッドに腰を下ろす。耳にはまだ、涼香の配信の音声が微かに聞こえている。「お兄ちゃんならこうするかな」「お兄ちゃんと一緒にプレイしたい」という言葉が、壁越しに届く。

 ふう、と息を吐く。

 結局、俺は涼香の頼みを聞いてしまった。

 でも、悪い気はしない。むしろ――少しだけ、楽しみかもしれない。

 涼香が本当は何を考えているのか。何を感じているのか。それを、これから知れるかもしれない。

 いや、もう分かっている。涼香は俺のことが――。

 スマホを取り出して、時計を見る。まだ夜の八時だ。

 明日はテストがある。ちゃんと勉強しないとな。

 机に向かって、数学の参考書を開く。関数の問題、図形の証明、確率の計算。ペンを走らせながら、問題を解いていく。

 でも、頭の片隅では涼香のことを考えていた。

 あいつ、明日テストなのに配信して大丈夫なのか?

 まあ、涼香は成績優秀だし、心配する必要はないか。

 それでも、なんとなく気になる。

 参考書のページをめくりながら、俺は小さくため息をついた。

 ※ ※ ※
 
 翌朝。

 いつもより少し早く起きて、制服に着替える。鏡の前で髪を整えて、カバンを持って一階に降りる。

 朝食はトーストと目玉焼き。母さんが用意してくれたものを、手早く食べる。

「健星、今日テストでしょ? 頑張ってね」

「ああ、ありがとう」

 母さんの言葉に軽く返事をして、俺は玄関に向かった。

 靴を履こうとした時――。

「ねえ、お兄ちゃん」

 背後から声がした。

 振り向くと、涼香が階段を降りてきた。いつもの制服姿。長い茶髪を丁寧にセットしている。でも、いつもより少し早い時間だ。

「なんだ?」

「一緒に行こうよ……学校」

 涼香の声は、少し恥ずかしそうだ。

「……お前、どうした急に」

 いつもなら、涼香は俺より先に出て行く。一緒に登校するなんて、中学以来だ。

「い、いいじゃん! たまには! というか、これからは毎日一緒に行くから!」

 涼香は少し顔を赤くして、視線を逸らした。でも、その言葉には強い意志がこもっている。

 ああ、そういうことか。

 昨日の件があったから、涼香なりに歩み寄ろうとしてるんだな。
 いや、これは歩み寄りというより、もっと積極的なアプローチかもしれない。

「はいはい、なら早く行くぞ」

「う、うん……」

 涼香は少し照れた様子で、俺の隣に立った。髪から、ほのかにシャンプーの香りがする。いつもより甘い香り。

 俺たちは玄関の扉を開けて、朝の空気を吸い込んだ。

「……お兄ちゃん」

「ん?」

「今日のテスト、頑張ってね。私、お兄ちゃんの成績、ちゃんと知ってるから。もし私より点数低かったら……その、ご褒美なしね」

 涼香が小さく、でも少し挑戦的に言った。

「ご褒美って何だよ」

「そ、それは……お弁当とか……その、色々……」

 涼香の頬が真っ赤になる。

「お前もな」

「当然でしょ。私、学年一位取るんだから。お兄ちゃんに、かっこいいところ見せたいし」

 涼香はいつもの自信満々な顔で言った。でも、その横顔は少しだけ柔らかかった。そして、最後の言葉は小さくて、ほとんど聞こえなかった。

 俺たちは並んで歩き始めた。

 涼香の手が、わずかに俺の手に触れる。

 朝日が、二人の影を長く伸ばしている。

 その影は、まるで一つに重なっているように見えた。
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