学校で成績優秀生の完璧超人の義妹が俺に隠れて、VTuberとしてネトゲ配信してたんだが

沢田美

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距離感

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「京極くん、ずっと妹さん見てるね」

 不知火の声に、俺ははっとした。

「……少し気になって。ずっとじゃないけど」

「そう?」

 不知火は少し不思議そうな顔をしている。その表情には、何か含みがあるような気がした。

「なあ、健星」

 優作が口を開いた。

「挨拶しに行かなくていいのか? 妹さん、こっち見てたぞ。というか、めっちゃ見てた」

「なんでそんな兵士みたいな対応しなきゃいけねえんだよ」

「兵士って……お前な」

 優作が笑いながらカレーをかき込む。

 俺はパスタに視線を落として、フォークを動かした。でも、頭の片隅では涼香のことを考えている。

 なんで、あいつはここに来たんだ?

 本当に偶然なのか?

 それとも――。

「奇遇ですね、兄さん」

 その瞬間、耳元で柔らかな声が聞こえた。

 咄嗟に顔を上げると――涼香が、俺たちのテーブルの横に立っていた。

 背筋を伸ばして。両手を前で重ねて。まるで、優等生の見本のような佇まいで。でも、その視線は――明らかに俺と不知火の距離を測っている。

「っ……!?」

 思わず声が出そうになるのを、必死で堪える。

「そ、そうだな……奇遇だな」

 ぎこちない返事をする俺。

 涼香は涼しい顔で、不知火と優作に視線を向けた。

「不知火さん、桐原さん、でしたよね」

 その声は、学校で聞く完璧な優等生のそれだった。

「いつも兄がお世話になっています」

 そして、丁寧に頭を下げる。

 なんだよ、その口調……!

 家じゃ絶対そんな態度しねえだろ!

 昨日なんて、泣きながら俺の腕を掴んで『お兄ちゃんが必要なの!』とか言ってたくせに!

 心の中でツッコミを入れながら、俺は黙ってパスタを食べ続ける。

「いやいや、お世話になってるのはこっちですよ!」

 優作が目をキラキラさせながら言った。

「それにしても、健星は本当にいいよな! こんなに可愛い妹さんがいて!」

「……またその話かよ」

 俺が少し鬱陶しそうに言うと、涼香はふわりと微笑んだ。

「ありがとうございます、桐原さん」

 そして、視線を不知火に向ける。

「ところで、不知火さんは……兄とは、どういうご関係なんですか?」

 その声には、何か探るようなニュアンスがあった。優雅な笑顔の裏に、明確な敵意のようなものが滲んでいる。

「えっと……」

 不知火が少し困ったように笑う。

「私は京極くんの……なんだろうね?」

 そう言って、不知火は俺の方を見た。

「なんで俺の方に視線向けて聞くんだよ……幼馴染だろ。昔からの」

 俺が渋々答えると、不知火はわざとらしく「そうだったね~」と穏やかに言った。

「幼馴染……」

 涼香が、その言葉を繰り返す。

 その表情は、笑顔のまま。でも、目だけは――少しだけ、冷たくなった。いや、確実に冷たくなった。優雅な笑顔の下で、嫉妬の炎が燃えている。

「そうなんですね。兄さんと不知火さんは、そんなに……深い関係なんですね」

 最後の「深い」という言葉に、明らかに棘がある。

「お、おい、涼香……」

「なんでもありません」

 涼香は優雅に髪を払った。でも、その仕草は少し乱暴だった。

「それでは、私はこれで失礼します。兄さん、また家で。ゆっくりと、二人きりで、お話ししましょうね」

 最後の言葉は、不知火に向けられたものだった。

 そう言い残して、涼香は自分の席に戻っていった。

 その背中を、俺は呆然と見送る。

「……なんだ、今の」

 優作が小声で言った。

「涼香さん、なんか……めっちゃ怒ってなかった? というか、不知火のこと睨んでた気が……」

「気のせいだろ」

 俺は誤魔化すように言った。

 でも、心の中では分かっていた。

 涼香は、明らかに不機嫌だった。

 不知火のことを『幼馴染』と聞いた瞬間、表情が変わった。

 そして、不知火のことを――完全にライバル視していた。

 ……まさか、な。

「京極くん」

 不知火が小さく笑った。

「妹さん、すごく焼きもち焼いてたみたいだね」

「焼きもち? 何の?」

「さあ、何のでしょうね」

 不知火は意味深に微笑んで、エビグラタンを一口食べた。でも、その笑顔は少しだけ――寂しそうだった。

 ※ ※ ※

 ファミレスを出て、俺たちは帰路についた。

 優作とは駅で別れた。「また明日な!」と元気に手を振る優作を見送って、俺と不知火は並んで歩き始めた。

 夕暮れ時の住宅街。

 オレンジ色の光が、二人の影を長く伸ばしている。

 傍から見れば、俺たちはカップルに見えるかもしれない。

 不知火は校内で隠れファンクラブがあるくらいには可愛い。おっとりとした雰囲気と、時折見せる大人びた表情。才色兼備という言葉が、これほど似合う女子もいないだろう。

 そんな不知火と、二人きりで歩いている。

 普段なら、何も気にならない光景だ。

 でも、今日は――少しだけ、意識してしまう。

 さっきの涼香の表情が、頭に残っているせいだ。あの冷たい目。あの嫉妬に満ちた表情。

「……」

 沈黙が流れる。

 いつもなら、不知火が何か話しかけてくれるのに、今日は何も言わない。

 ただ、静かに隣を歩いている。

 時々、不知火の髪が風になびいて、俺の肩に触れそうになる。

 ……なんだ、この空気。

「ねえ、京極くん」

 ようやく、不知火が口を開いた。

「なんだ?」

「京極くんは……私と妹さん、どっちが大切なの?」

 その質問に、俺の思考が完全に停止した。

「……は?」

 思わず立ち止まる。

 不知火も立ち止まって、真っ直ぐに俺を見ていた。

 その表情は――いつもの穏やかな笑顔ではなく、少しだけ真剣だった。

「だから……」

 不知火が続ける。

「私と涼香さん、京極くんにとって、どっちが大切なのかなって」

「いや、なんでそんな質問……」

 俺は混乱する。

 どっちが大切、って。

 そんなの、比べられるわけないだろ。

 不知火は幼馴染で、昔からずっと一緒にいた。保育園の頃から、ずっと傍にいてくれた存在。

 涼香は義妹で、家族だ。血は繋がっていないけれど、一緒に暮らしている大切な妹。そして――俺のことを、家族以上の想いで見てくれている。

 比べるなんて、できるわけがない。

「……俺は、無闇に人間関係に序列はつけないぞ」

 そう答えると、不知火は少しだけ――寂しそうに笑った。

「そうだよね」

 その笑顔が、妙に胸に刺さった。

「不知火……?」

「ううん、何でもない」

 不知火は首を横に振った。

「ちょっと気になっただけ。ごめんね、変なこと聞いちゃって」

「いや、別に変じゃ……」

「じゃあ、私こっちだから」

 不知火は、自分の家の方を指差した。

「また明日ね、京極くん」

「あ、ああ……」

 不知火は小さく手を振って、歩き出した。

 その後ろ姿を、俺はしばらく見送った。

 ……なんだったんだ、今の。

 不知火の質問。

 あの、少しだけ寂しそうな笑顔。

 意味が、分からない。

 俺は一人、家に向かって歩き出した。

 夕日が、さらに傾いている。

 影が、長く長く伸びていく。

 頭の中では、涼香の顔と、不知火の顔が交互に浮かんでは消える。

 ……ダメだ。考えすぎだ。

 俺は頭を振って、歩みを早めた。

 ※ ※ ※
 
 家に着くと、玄関の明かりがついていた。

 誰かいるのか。

 ドアを開けると――涼香が、玄関で靴を履いていた。

「……あ」

 目が合う。

 涼香は少し驚いた顔をして、それからすぐに視線を逸らした。

「お帰りなさい、お兄ちゃん」

 その声は、家の中だけで聞ける、素の涼香の声。でも、いつもより冷たい。

「……ただいま。どこか行くのか?」

「ちょっと、コンビニ」

 涼香はそっけなく答えた。

 いつもの冷たい態度。さっきのファミレスでの優雅な優等生ぶりとは、全然違う。

「……そうか」

「じゃあ、行ってくる」

 涼香はそう言って、ドアに手をかけた。

 でも――その手が、少しだけ震えているような気がした。

「涼香」

 俺は思わず声をかけた。

「……なに?」

「さっき、ファミレスで――」

「何でもない」

 涼香は即座に遮った。

「私、何も思ってないから。お兄ちゃんが誰と仲良くしようと、幼馴染とどれだけ親しくしようと、私には関係ないし」

 その言葉には、明らかに棘があった。

「……そうか」

「じゃあね」

 涼香はドアを開けて、外に出ようとした。

 でも――。

「……っ」

 涼香の足が、止まった。

「涼香?」

「……お兄ちゃん」

 涼香が、小さく呟いた。

「私、今日……配信、しない」

「え?」

「だから、裏方とか、いらないから。お兄ちゃんは、好きにしてて」

 その声は、震えていた。

「おい、涼香――」

 バタン。

 涼香はドアを閉めて、外に出て行った。

 俺は玄関で、しばらくその場に立ち尽くしていた。

 ……何も思ってない、か。

 嘘だろ。

 涼香は、明らかに何か思っていた。

 不知火のことを聞いた時、確かに表情が変わった。

 そして今――明らかに拗ねている。嫉妬している。

 俺は靴を脱いで、二階に上がった。

 自分の部屋に入って、ベッドに倒れ込む。

 天井を見つめながら、今日一日のことを思い返す。

 テスト。

 ファミレス。

 涼香との遭遇。

 不知火の質問。

 全部、妙にモヤモヤする出来事ばかりだ。

 スマホを取り出して、時計を見る。

 まだ夕方の六時だ。

 涼香は、今日配信しないと言った。

 でも――本当にそれでいいのか?

 涼香は、配信が好きだ。視聴者と繋がることが好きだ。

 いや、違う。

 涼香が本当に好きなのは――俺と繋がることだ。

 配信は、そのための手段だった。

 『さすまた』としてなら、俺に甘えられる。俺への想いを、堂々と口にできる。

 それなのに、今日は配信をしない。

 なぜなら――俺が不知火と一緒にいるところを見たから。

 ……バカかよ、俺。
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