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【外伝】 それが愛でなくとも
しおりを挟むキャメロン公爵令嬢だった私は、降爵と父が僻地に蟄居したことにより、キャメロン子爵となった。
夫のルーセントは、レナリア夫人に横恋慕したまま、精神を病んでいるからだ。
ルーセントとの子どもは諦めている。
女性関係が派手だった頃、他家の令嬢を孕ませぬよう、父がルーセントに強い避妊薬を与え続けたので、恐らく無理だろう。
それに、性欲どころか、生きる気力さえ失っている。
(このままでは『キャメロン』の名前すら残らないばかりか、二人で徒死だわ!私が何とかしなくては!!)
元々社交は得意だったが、今となればパーティに招待されることもない。
あったとしても、笑い者にされるだけだ。
だから、私は一か八か、残った資産の半分を投資して、事業を立ち上げた。
まずは宝飾関係だ。
見る目や知識はある。
だから、単身で近隣諸国に乗り込み、輸入することに成功した。
それを高位貴族に売るよりも安値で、下位貴族と裕福な平民を相手に商売した。
最初は安価な売値だけで相手にされていたようだが、着々と実績を積み、対人間で商売が成り立ってきた時、詐欺に遭った。
精巧に仕上げられた偽物の宝石を摑まされたのだ。
(これでは、地道に積み上げてきた五年間の信用を失ってしまう…)
そんな時、私はジークフリード様を思い出した。
(クロムウェルの宝石と加工技術なら…)
私は意を決して、ジークフリード様に斬られる覚悟で、先触れを出し、お邸を訪問した。
その日は、レナリア様とお子様達は留守にしていた。
「急な訪問を受け入れてくださり、ありがとうございます。無理を承知でお願い致します。どうか、我が商会にクロムウェル公国の宝石を売っていただけないでしょうか…」
ジークフリード様は腕を組んで、私を睨んでいる。
「どうか…どうか、お願い致します…」
私は床に土下座して、ひたすらお願いした。
「キャメロン子爵、ソファに座りなさい。」
「ですがっ!!」
「偽物を掴まされたことは、公爵家の影から聞いている。悪いが、未だに君とルーセントは俺の監視対象だ。このままでは、生活も困窮するだろうとも、容易に想像出来る。だが、君とクロムウェルを繋ぎたくない。」
私は、終わった…と思った。
当たり前だ。
レナリア様を傷付け、嘲笑っていた私を、ジークフリード様が赦す訳はない。
「……承知致しました。過去を顧みず、不躾なお願いをし、ご気分を害されましたら、申し訳ございません。」
立ち上がって帰ろうとしたら、ジークフリード様が提案してくれた。
「しかし…やる気があるなら、一つ提案しよう。クロムウェルは無理だが、この国のガラス細工の職人達を紹介しでもいい。宝石のフェイク品として、精巧なガラス細工の宝飾品を売るのだ。下位貴族よりも裕福な平民の方が、商売としては成り立つだろう。もっと貧しい身分の者も、髪飾り程度なら手に入れたがるだろう。相手の懐に応じて、付加価値を変えるんだ。」
私は、はっとした。
確かに、宝石を買える下位貴族は既に取り引きしている。
新たな顧客を得るならば、裕福な平民の方が可能性が高いし、安ければ下々の民も欲しがる。
「是非!是非ともお願い致します!!」
私は床に額を擦り付けて頼んだ。
「顔を上げなさい。ただ、このことは絶対にルーセントには言うな。俺はルーセントを二度とレナリアに近付けたくない。一度だけ紹介するが、事業もルーセントも、後は君が管理しろ。」
「畏まりました。ご紹介いただけるだけでも助かりますのに、アドバイスまでありがとうございます!このご恩は、決して、決して、忘れません!!夫にも秘密に致します。」
「土下座までした君の心意気に、少し感服したのだ。あと、妻が居ないからと俺を名前呼びするような不敬を働かなかった配慮もだ。……君は…変われたのだな…さぞ、たくさんの努力をしたのだろう……近いうちに紹介状を送る。今日は、もう帰ってくれ。もうすぐレナリアと子ども達が帰って来る。」
「はい!ありがとうございました。よろしくお願い申し上げます。」
最後は土下座でお礼を述べ、急ぎお邸を出た。
うっかり色仕掛けなどしたら、私の命は無かっただろう。
それも想定して、レナリア様とお子様達は留守にしていたのだ。
素っ気ない対応の中に潜む、ジークフリード様のレナリア様への深い想いを知らされた気がした。
レナリア様に嫉妬した日も、優越感に浸った日もあった。
しかし、そんな自分の愚行は全て自分に跳ね返ってきた。
そして、見下すことから、頭を下げることを覚えた。
恥ずかしいことも怖いことも、もうない。
私は、私の力で生きていくしかないと思っていた。
それでも、ジークフリード様の今日のアドバイスは嬉しかった。
人の恨み、情、忘れない。
心して、また一から誠実に生きて行こうと心に誓った。
こうして、ガラス細工の宝飾品を手掛けた私は、翌年には無事に軌道に乗せることが出来た。
今では事業も宝飾品と衣類にまで拡大した。
そして、結婚して八年。
廃人に近かった夫がやっと奮起した。
事業関係者とのパーティから帰宅し、ルーセントが私に話し掛けてきた。
「今まで…すまなかった…パーティですらお飾りの夫の俺に、今から手伝えること、何かあるだろうか…?」
私は、あまりにも驚いて、涙が溢れた。
「あ、明日…い、一緒に…仕入れに、行って…くだ、さる?」
「ああ、もちろんだ。苦労を掛けたな…両親や兄とは疎遠になり、俺には、もうロザリンドしか居ないのに…見放さないでくれて、ありがとう。」
「どうして…急に…」
「どうして、かな…?…分からない…でも、ロザリンドの頑張りや行動力を見て…このままでは俺は…本当にただのバカで終わってしまう…今からでもやり直したいんだ、君と。」
きっかけも、理由も、どうでも良かった。
私とルーセントは、初めて夫婦らしい会話をしたのだから。
ルーセントの気持ちが愛でなくとも、私はこれでいいと思った。
「あ、明日から、ビ、ビ、ビシビシしごきますわよ!覚悟なさってね?あなたは見目は良いのだから、まずイメージアップを頑張ってくださいね?」
「…見目、か…今更、役に立つか分からないが、足を引っ張らないように頑張るよ。よろしく頼むよ。くくっ。」
私が泣き笑いで叫ぶと、ルーセントが笑って、ふわりと抱き締めてきた。
(あぁ、やっぱりこの人は可愛い…)
全ての人に見放されても、私だけはルーセントから離れないと心に誓った。
過去も背負って、二人で生きて行こう。
それが私とルーセントの贖罪。
【外伝・完】
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
外伝も完結しました。
ちょうど五十話です。👏👏👏
五十話で終わりたくて、外伝が長くなってしまいました。💦
これまで、たくさんの皆様にお読みいただき、感謝致します。
『HOT』とか『人気』のランキング上位にこのお話を見つけた時は、嬉しさと驚きで、手が震えました❣️😵💫ガクブル
皆様のおかげです。🙇♀️
コメント、励みになりました❣️
実は、外伝はコメントを参考に練り直しました💡
本当にありがとうございました。☺️💗
本日(2025.6.25)18時から新作を掲載致します。
次は、ちょっと悲しいお話からスタートします。
直ぐにふざけてキャラを弄り倒す私が、頑張って悲しいお話にチャレンジしています。
よろしければ、隙間時間にお読みいただけますと嬉しいです。
作者をお気に入りに登録してくだされば、新着通知がチェック出来ます。
皆様の貴重な時間、またご訪問いただけましたら幸いです。
よろしくお願い申し上げます。😊
2025.6.25
紬あおい
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キャメロン子爵家として残したのは、お察しの通り、ロザリンドは毒親の指示で動いていたことやレナリアには危害を加えなかったこと、そしてルーセントの引き受け先を押し付けることです。
素直で可愛かったルーセントへの、陛下と皇太子の最後の情と希望かなぁと考えていただけたら。
極刑にまで及ぶような罪ではなくても、浮気はパートナーの心を痛め付ける行為で、他者の未来も潰しました。
でも、すぐには幸せにはなれなくとも、バカ皇子の再起は残してあげたかったのです。
壮大なざまぁで溢れる作品も多々ありますが、少しだけ違ったものを描きたいと思っています。
死んで終わりじゃ、ざまぁにならないわっ!と。(゚∀゚)
貴重な時間を割いて、他のお話もご覧いただけまして、感謝致します。
変態が叫ぶだけのしょうもないのもありますが、今後共よろしくお願い申し上げます。
╰(*´︶`*)╯♡
お読みいただき、ありがとうございます😄
傷付いた善人達、時間は掛かっても改心した傷付けた人達
それぞれの人生があっていいと思っています
それが上手く伝わっていたらいいなと思います
新作もお読みいただき、感謝です❣️
ご感想が本当に励みになります✊☺️
引き続き、よろしくお願い申し上げます✨
ありがとうございます😊
ロザリンド、本編ではルーセントに同行する記述しか出て来なかったのに‼️
でも、ルーセントに気持ちがありながら、実の父の駒で終わるような〆にはしたくなかったんです…
まさか1話の文字数が1番多くなるとは思いませんでしたが、短編のように描いてみたくて、こんなふうになりました
バカだけど可愛いルーセント
たった1人残ったロザリンドと幸せになる筈☺️💖
最後までお付き合いくださり、ありがとうございました🙇♀️