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283.【ご機嫌ななめな一条先輩】
しおりを挟む雅臣「わ………」
忘れてた。
夏休みの最後の週から取り掛かろうと思っていたのに、バイトをしたり日常が始まったりと忙しなくて完全に頭から抜け落ちていた。
夕太「……わ、忘れてた感じ?」
雅臣「忘れてた感じだ……」
夕太「終わりそう……?」
柊が非常に気まずい顔をして進捗具合を聞いてくれるが、それもそのはず俺はミシンが本当に苦手だというのに合宿で触って以来一切触れていないのだ。
しかも衣装を部室に置きっぱなしにしてコロッと忘れていたなんて。
まだ9月で多少時間があるとはいえ夏休みのように1日中格闘することはできないと思う。
ましてや自宅にミシンがある訳でもないのに…………。
夕太「文化祭の模型と同時進行しないとだよ」
雅臣「だよな……大急ぎで家庭科室の申請もしないと……」
正直やりたくなくて項垂れる俺の額を向かいに座る
梓蘭世がデコピンした。
蘭世「てかミサンガはあんなに綺麗に作れんのにミシンダメな理由は何よ?」
三木「そうだな。雅臣は料理も得意だし、人よりかなり器用なんだがな」
雅臣「そ、それは……何と言うか勝手に進んでくる針が怖いというか……」
渋々白状すると、はぁー!?と声を上げた梓蘭世に頭を叩かれてしまった。
雅臣「いや、だって……」
蘭世「何だそのクソみたいな理由は。包丁握れて針が
怖いだなんて意味わからん」
はい、俺だってそう思います。
でも割と物を作る作業が嫌いじゃない自分がどうして
ミシンだけ苦手なのかと問われればこれしかない。
迫り来る針で自分の指を刺してしまいそうで、しかも
刺さったらそのまま縫われてしまいそうで恐怖しかない。
必然的に細心の注意を払うしかなくて、そうするとどうしたって超スロースピードでしか縫えず、無理やり
勢いをつけても怖くてガタガタになってしまうのだ。
雅臣「あっ、一条先輩は?もしかしてもう出来ました?」
俺と同じくらい苦戦していたのはこの中で唯一一条先輩くらいだが、梓蘭世の隣に座る先輩はどこから取り
出したのか無心でポッキーをボリボリと貪っていた。
雅臣「え、ええっと……」
蘭世「梅ちゃんは絶賛現実逃避中」
梅生「うるさいな。そんなに言うなら蘭世が作ってよ」
明らかに苛立つ一条先輩を見て、これはマズいと俺と
柊は顔を見合わせる。
梅生「あーあ、親がいると直ぐに甘やかしてもらえて
いいね。何の苦労もないんだから。しかも困ったよーの一言ですぐに三木先輩が助けてくれてさ、ね?藤城」
雅臣「え、え!?」
突然話を振られてどうすればと三木先輩に助けを求めるが、不自然なまでにどこか遠くを見ているだけだ。
柊は急に立ち上がって普段自分から作ることのない
マシンでアイスカフェラテを作り始めて、俺は関係ないと言わんばかりの態度だった。
蘭世「ちょ、梅ちゃん、そのカードは卑怯というか……」
梅生「卑怯?何が?事実でしょ?ね、藤城?」
雅臣「あ、あぁ……えっと……まあ……」
梅生「それに俺と藤城は苦手でもきちんとミシンに向き合ってるのに途中で三木先輩に投げた蘭世に卑怯だなんて言われたくないよ」
だ、駄目だ。
裁縫の話になると必ずこうやって一条先輩の逆鱗に触れるというか、今日に限って蓮池や桂樹先輩みたいに
上手い具合に話を逸らしてくれる人がいない。
梅生「もう俺は残りを全部安全ピンで止めるからいい。それか三木先輩が言ってたホッチキスでバシバシ
止めて終わらせてやる」
雅臣「あ、安全ピン……」
ね、と一条先輩に同意を求められて一応首を縦に振るが衣装の出来上がりを何となく想像してみる。
……。
…………。
親父譲りの変に細部までこだわる血が憎い。
いくら仕上がりを想像しても安全ピンの隙間から肌が
露出するかホチキスで止めた箇所が弾け飛ぶ未来しか
見えない。
みっともなくなるのはどうしても耐えられず、俺はせめて手縫いで頑張ろうと誓った。
夕太「てかさ、梅ちゃん先輩って今誰と住んでるの?」
ところが柊のいきなりすぎる切り込みぶりに俺は思考が停止した。
俺もプールで一条先輩の家庭の事情を聞いた時に少し
だけ同じ事を考えたが、さすがにそこに踏み込むのは
失礼だとさり気なく流したくらいなのに。
雅臣「お、おい……」
蘭世「親戚のお姉さんとか言ってたよな?」
一条先輩が答えるよりも早く親友の内情に詳しい梓蘭世が教えてくれるが、
梅生「親戚のおばさんね。俺の唯一の血縁者まで狙うんだ。蘭世が年上好みだなんて知らなかったよ、すごいね流石三木プロだね。それも先輩仕込みですか?」
まだ縫い物への怒りは収まってなかったのかチクチクと嫌味を言う一条先輩にさすがの梓蘭世もお手上げだ。
夕太「まだヒスは静まらず、だね」
入れたてのアイスカフェラテを持って柊は席に戻って
きたが、そのグラスを机に置いた瞬間一条先輩にサッと奪われ飲まれてしまう。
余計なことを言った自覚はあるのか柊は素早くガムシロの入った籠を一条先輩の前に差し出した。
梅生「ったく」
三木「……すまないな、うちの事務所の者が」
梅生「ほんとですよ。ねぇ藤城、今度俺と遊び行こうよ」
雅臣「え!?」
突然の誘いに驚くが、今この状況で仲間意識からか俺にだけにこにこと微笑みかけてくれている一条先輩を
断る理由も特にない。
雅臣「は、はい。どこへ__」
蘭世「何だよ梅ちゃん!!俺と行きゃいいじゃん」
いつものように梓蘭世の待ったが入るが、
梅生「蘭世じゃ無理かな。俺と藤城は親がいないもん
同士話が合うことが多いからね」
蘭世「そんなん、前は普通に俺とも深く濃く話合いまくりだったろ!?」
梅生「より合う奴がいたらそいつとも話したいだろ」
…………。
俺は一応、親父は生きているんですが。
いや、1人生きてるとはいえ俺の家も色々事情があるわけで、もしかしてだけど一条先輩は叔母さんと暮らしていて物凄く肩身の狭い思いをしてるのだろうか。
それなら一応似たような……いや似てないのだが、後輩の俺が話を聞くべきなのかもしれない。
しかし考えをあれこれ巡らせている場合ではない。
久しぶりに梓蘭世の少し女々しいところが全開となっていて、今にもそれに巻き込まれそうだ。
梓蘭世の怒りを向けられる前にどうにかここから逃げたいがまだ色々と決めないといけないし。
三木「……そうだ、雅臣」
雅臣「はい?」
三木「もし良ければ今日バイト頼んでもいいか?突然で悪いが俺の代わりに二階堂さんのとこへ取りに行って欲しいものがあってだな」
三木先輩は未だにギャーギャーと言い合う2年にチラと
目を向けると次に確実に矛先が向きそうな俺に助け舟を出してくれた。
先輩は誰よりも自社タレントの梓蘭世の取り扱いをよく分かっている人だ。
雅臣「だ、大丈夫です!」
三木「受け取ったものは事務所に持って行ってくれ。
詳しくはチャットしておく」
夕太「な、何か決まったら俺明日教えてあげるから!
行ってきなよ!」
俺は勢いよく返事をすると後ろでとばっちりを喰らいたくない柊がフレッフレッと応援してくれた。
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