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柊夕太の悶々日和1
しおりを挟む夕太「ふふ……」
つい思い出笑いしてしまうくらい気分がいい。
アフタヌーンティーは美味しかったし、2人と色んな話もできたし。
でんちゃんといて食べ物以外の話題があんなに沢山出るなんて全部雅臣のおかげだ。
しかも話題が尽きなかったと軽い感動を覚えながら名観ホテルのロビーを出ると夕方近くになっても日差しが眩しい。
会計を済まして帰ることになったけど、3人とも東山線藤が丘方面行きに乗るとはいえ俺だけ栄で降りるから1区間しか乗らない。
さっきまでキンキンにクーラーが効いたラウンジにいたせいか体はすっかり冷えきっていて、俺は栄まで歩いて帰ることにした。
ギリ耐えれる暑さだし消化させがてら駅まで歩くと伝えれば2人に正気かという顔をされちゃったけど、手を振ってバイバイした。
ホテルを出てから広小路通りを栄に向かってずんずん歩いていく。
…………。
冷えた身体に暑さがちょうど良く足取り軽く歩いていたけど、2人きりにして大丈夫だったかな?
…………まぁ、いっか。
何となく2人は前よりいい感じだし大丈夫だよな!
一瞬心配になって交差点前で立ち止まったけど、気を取り直して俺はまたずんずん歩き出す。
相変わらず2人の相性は良いとは言い難いけれど、でんちゃんがお見舞いに行った日から明らかに2人の関係性が変わって見えた。
……いやぁ、それにしてもあのでんちゃんが本当にお見舞いに行くとはね。
でんちゃんはハッキリ〝お見舞いに行った〟とは言わなかったけど、電話を貰った俺はピンときたよ。
あまのじゃくな幼馴染を思いながらそのまま真っ直ぐ10分程歩くと、コメナの姉妹店〝和喫茶おこげ庵〟が見えてきた。
外に貼ってある看板のメニューをつい立ち止まって見てしまう。
あんみつやわらび餅に焼き団子、きしめんにレトロスパゲティ…こっちは和風喫茶なんだよね。
そういえば雅臣ってこの間のコメナも初めてっぽかったしおこげ庵なんか絶対知らないだろうな……。
雅臣はああ見えて割とフッ軽だし、今度はここに誘ってみるのもありだよねとまた駅に向かって歩き出す。
…………。
でんちゃんも誘えば一緒に来るかな?
まあでんちゃんは絶対茶屋ヶ坂のおこげ庵がいいって聞かないんだろうけど。
頑なに盛り方が違うとか量がどうとかうるさい幼馴染を思い出してつい頬が緩む。
目の前の信号がちょうど青に変わって、渡ってから何かいるものがあるか姉ちゃん達に聞いてみようと思いつく。
早速スマホを開いて姉ちゃん達と俺のグループチャットに打ち込めむと半数の既読がついた。
もし4人とも欲しいものが来たら……まぁその時はその時で。
とりあえず暑いので地下街に入ると相変わらず謎センスの服屋が乱立していて面白い。
えっと……あれ、さっき何考えてたんだっけ?
あ!そうそう、でんちゃんがお見舞いに行った奇跡についてだ。
姉ちゃん達の返信を待って適当に歩きながら涼んていると、この間の出来事を思い出した。
雅臣が熱を出した時にしつこくお見舞いの催促をしたんだけど、でんちゃんは変に落ち込んだ声で電話を切ったからちょっとびっくりしたんだよな……。
でもその後でんちゃんから電話を貰った時の声はとても明るくて、どうやって聞き出したのか分かんないけど雅臣が自分の父親を〝とっと〟と呼んでるらしいとビッグニュースまで教えてくれた。
電話越しの幼馴染はきっとすごく小馬鹿にした顔で笑ってるんだろうな、と想像がつくくらい楽しそうな声色で……。
普段のでんちゃんからの電話なんて要件くらいしかないのに、俺達の間にこんな話題が出るなんてと飛び上がってバンザイしたいくらいだった。
悟られないようにその時は必死に平静を装ったけど、あの雅臣がって想像すると面白すぎてつい爆笑してしまった。
雅臣は割と顔に出るタイプだし、その時の感情が丸わかりなんだよなー。
〝俺は気高く生きてますので君達みたいなバカとは関わりませんよ〟くらいカッコつけてたのに、よりにもよってその雅臣が子供みたいな呼び方をしてるなんて。
でんちゃん風に言うと雅臣は気取り散らかしてるが正解なんだけど、
夕太「……おっとっと、ふふ…」
聞いた瞬間も大ウケだったのに何回思い返しても面白い。
でんちゃんはどこからかけてきたのか電波が謎に悪くブツギレの通話で全貌がよく見えなかったけど、新しいおもちゃを見つけたみたいに楽しそうに話す幼馴染に行かせて良かったと胸を撫で下ろしたのを思い出す。
………もちろん、くどいくらい見舞いに行けって連絡入れてたのには理由があるんだよ。
俺は前からでんちゃんにはもっと世界を広げて欲しいと願っていたんだ。
その方が本人のためにも華のためにもいいとずっと思っていたんだけど、頑なな幼馴染は俺にそれを言わせなかった。
話をしようにも〝あの事〟があってからでんちゃんの心は完全に閉ざされてしまった。
だから雅臣をコテンパンにしたと聞いた時、でんちゃんが俺以外の人と関われるまたとないチャンスだと思ったんだ。
____でんちゃんの世界はあまりにも狭い。
でんちゃんの世界にはずっと華か俺しかなくて、あまりの視野の狭さにさすがに良くないよなと気がついた時にはもう遅かった。
でんちゃんはいつも俺ばかり見てて……多分俺のことしか考えていない。
どうにか俺から目を逸らさせたくて色々やってきたんだけど、でんちゃんの気持ちは変わらない。
俺は〝幼馴染〟という関係は変えたくないけど、もっと違う関係性に変わりたくなった。
雅臣を見てたら余計にそう思ったんだ。
それを上手く伝える方法が分からなくて、考えれば考えるほど俺達は全く身動きが取れなくなってしまった。
だから初めて雅臣を見た時に、こいつしかいないと思ったんだ。
きっかけはどうであれ幼馴染の癇に障るだろうという直感は大当たりして、でんちゃんの意識は見事に俺から逸れてくれた。
本当に俺以外の人に素で話すでんちゃんを久しぶりに見たなと今日の軽い口喧嘩を思い出して立ち止まる。
雅臣が1言うと100で返すでんちゃんは俺といる時なんかよりずっと自然体で、そんな2人を見て心底いいなと思ってしまった。
だって、でんちゃんは俺には何も言わないから。
本当に言いたいことがあっても、俺には絶対に雅臣相手みたいに言い返してこない。
どうしてかなんて理由が分かってるからもどかしくなる。
夕太「うぉ!」
スマホの着信音で俺の意識は引き戻される。
〝三越地下1階ジョアンナでプチクロワッサン買ってきて〟
〝ミニカヌレも頼んだ〟
〝ローストビーフも〟
〝キッシュがいい〟
夕太「弟使い荒すぎる!!」
画面の通知を長押しして開くと、姉ちゃん達からの怒涛の返事につい声を荒らげてしまった。
でも言い出しっぺは俺だし、と諦めて三越に向かって歩き出す。
ホテルから栄まで15分くらいの距離だったけど、程よく肌が汗ばんでいたから地下街の冷房が心地良かった。
……あ、ディッパードン!
元クリスタル広場の角地に青い看板のクレープ屋の前は割と賑わっていた。
新しく出来たんだ……、今度梅ちゃん先輩に教えてあげるついでにまたサークルの皆で食べに来てもいいな。
小さいエスカレーターを上がりながらショーウィンドウに飾られた花を眺めて三越に入るとまたでんちゃんのことを思い出した。
『いけばな界で頂点を取る』
でんちゃんの夢を今日初めて聞いて、俺は本当に心の奥底から安心したんだ。
……そうだよ。
でんちゃんは道を逸れてはいけない。
でんちゃんは華の世界で真っ直ぐ前だけを見て、正しい道を歩いてほしい。
いつまでもあの記憶に囚われないで、そして俺なんかに気を取られないで、でんちゃんには真っ当に生きて欲しい。
心の奥底からそう思ってしまった。
俺達の間で将来の話が出るなんて奇跡に近いし、でんちゃん自らの口で夢を語れたのは、そしてそれを聞けたのはやっぱり雅臣のおかげだと口元が綻ぶのがわかる。
夕方ということもあって買い物客が多い中、改めて雅臣って良い奴だなと小さく何度も頷いた。
最初は見てるだけで何も行動しない図々しくてでんちゃんの癇に障りまくる奴が俺達の間に入ってくれてラッキーくらいの感じだったけど……。
雅臣のおかげでいつの間にか俺もでんちゃんも互いのことだけを考えなくなった。
間に誰か1人入るだけで少しは重たい空気が緩和されるかもと思ってたけど、こんなにも分かりやすくいい方向に変わっていくのは予想外だった。
やっぱり俺って見る目ありすぎじゃない?
目的のパン屋に到着しバニラクロワッサンとチョコクロワッサンを30個ずつ包んでもらうと、スマホがブーブーとうるさい。
〝今どこ?車だから拾うけど〟
いち姉ちゃんだ!神!超ラッキー!
通知を見てガッツポーズをしすぐに返信すると30分後にプリンセス大通りで拾ってもらえることになった。
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