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蜂の光明
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(気にはなるけど喉が渇いたし、先に水分補給しておこう。そうだ、狩りはどうなってるかな。小屋から良い匂いがしてくるのは、誰かが仕留めた獲物なのかな~)
手近な給仕を探していると、先に侍従が参じた。
用件を伝えると、すぐにお茶が運ばれてきた。
(良かった。さっそく……あっ!)
休憩用の椅子に座ろうとしたところに再び視線を感じ、振り返るとご令嬢たちがこちらを見ていた。
何だろう……?
用があるのなら、はっきり話しかけに来れば良い。
今なら小休止しているのだし、と疑問に思いつつ、ゴクゴクとお茶を飲んでいると、そのご令嬢たちがキャァッと一斉に悲鳴を上げた。
悲鳴を上げるや否や、何事かと思う間もなく、レオノールのもとへ殺到する。
「どうしたのです、急に悲鳴を上げて」
「蜂が、蜂が!」
「刺されます!」
蜂の襲来に慄いたご令嬢らは、5人が各々「助けてください!」と叫びながらレオノールのもとへとやって来た。
レオノールは自分に迫る危険に対しては鈍感だが、他人の危険には敏感だ。
咄嗟に手を伸ばしかけたが、肝心の蜂が見当たらない。
「落ち着いて。蜂などいませんよ?」
「そんな! 複数の羽音が私たちを追うようにして……」
「あっ、でも……本当。いないようだわ」
騒ぎを聞き、駆けつけようとした警備の騎士を手を上げて制した。
令嬢は屈めていた上半身を恐る恐る起こす。
蜂はどこにもおらず、令嬢達は安堵の表情を見せた。
「怪我はありませんね?」
「はい。ですが何だか……あっ、大変失礼いたしました、王太子妃殿下。わたくしはバジル家の三女、ミカエラ・バジルと申します」
先頭にいたのは栗毛の巻き毛に縦巻きのカールを施した、スタイルの良いご令嬢だった。
丁寧に挨拶を述べるので「構いませんよ」と笑顔で応じると、安心したのか頬を緩ませる。
「私はニコラ・マルティンと申します」
「オランド・ペレスです」
「フランチェスカ・ハロルドでございます。レオノール……妃殿下」
4人が立て続けに自己紹介を始めた。
フランチェスカは、わずかに言い淀んだが。
だが、名前で呼び直すと、熱を帯びた眼差しでレオノールを見上げ、はにかんだ。
「こうして近くで拝見すると……なんと凛々しく、お美しいのでしょう。わたくし、お傍にいるだけで胸が……」
「まぁ、こんなお綺麗なお嬢様に褒められるなんて、光栄です」
それは、今駆けてきたばかりだからでは?
との疑問が頭を抬げるが、胸に留めておく。
口は災いの元。
社交の場では、黙っているに限る。
マルティンだけは覚えがなかったが、他の家名は記憶していた。
バジル侯爵は王国南方の都市を治める侯爵で、代々の軍務大臣を務める名家だった。
ペレス子爵は書庫の司書長で、息子のアドルフォは文官をしていると記憶している。
ハロルド伯爵は商務大臣。
いずれも親が政権に関わる名家だ。……多分。
「カナリー・ベラスコでございます。王太子妃殿下。ご挨拶が遅れまして」
最後はベラスコ公爵の娘だった。
しかしカナリーは挨拶の口上とは到底見えないくらい、しかめっ面をしている。
あまりに表情とセリフがちぐはぐなので、いったい何を話されているのか理解が追いつかなかった。
「カナリー嬢ですわ。ベラスコ公爵のご令嬢です、妃殿下」
取り成すようにフランチェスカが言葉を添える。
それでやっと名乗りを挙げたのだと了解した。
「ベラスコ公爵の。貴女が……」
これには少し驚いた。
ベラスコ公爵本人はビヤ樽みたいな体型で、頭も禿げあがった残念な中年男性だが、娘はスラリとしたブロンド美人だった。
髪は白金のような明るい金色でゆるく波打っており、唇はぷっくりと厚く血色が良い。
華奢な体つきなのに胸は大きく張り出している。
まさにブロンド美人と呼ぶにふさわしい。
ただ、今は表情のせいでその美貌が半減している。
手近な給仕を探していると、先に侍従が参じた。
用件を伝えると、すぐにお茶が運ばれてきた。
(良かった。さっそく……あっ!)
休憩用の椅子に座ろうとしたところに再び視線を感じ、振り返るとご令嬢たちがこちらを見ていた。
何だろう……?
用があるのなら、はっきり話しかけに来れば良い。
今なら小休止しているのだし、と疑問に思いつつ、ゴクゴクとお茶を飲んでいると、そのご令嬢たちがキャァッと一斉に悲鳴を上げた。
悲鳴を上げるや否や、何事かと思う間もなく、レオノールのもとへ殺到する。
「どうしたのです、急に悲鳴を上げて」
「蜂が、蜂が!」
「刺されます!」
蜂の襲来に慄いたご令嬢らは、5人が各々「助けてください!」と叫びながらレオノールのもとへとやって来た。
レオノールは自分に迫る危険に対しては鈍感だが、他人の危険には敏感だ。
咄嗟に手を伸ばしかけたが、肝心の蜂が見当たらない。
「落ち着いて。蜂などいませんよ?」
「そんな! 複数の羽音が私たちを追うようにして……」
「あっ、でも……本当。いないようだわ」
騒ぎを聞き、駆けつけようとした警備の騎士を手を上げて制した。
令嬢は屈めていた上半身を恐る恐る起こす。
蜂はどこにもおらず、令嬢達は安堵の表情を見せた。
「怪我はありませんね?」
「はい。ですが何だか……あっ、大変失礼いたしました、王太子妃殿下。わたくしはバジル家の三女、ミカエラ・バジルと申します」
先頭にいたのは栗毛の巻き毛に縦巻きのカールを施した、スタイルの良いご令嬢だった。
丁寧に挨拶を述べるので「構いませんよ」と笑顔で応じると、安心したのか頬を緩ませる。
「私はニコラ・マルティンと申します」
「オランド・ペレスです」
「フランチェスカ・ハロルドでございます。レオノール……妃殿下」
4人が立て続けに自己紹介を始めた。
フランチェスカは、わずかに言い淀んだが。
だが、名前で呼び直すと、熱を帯びた眼差しでレオノールを見上げ、はにかんだ。
「こうして近くで拝見すると……なんと凛々しく、お美しいのでしょう。わたくし、お傍にいるだけで胸が……」
「まぁ、こんなお綺麗なお嬢様に褒められるなんて、光栄です」
それは、今駆けてきたばかりだからでは?
との疑問が頭を抬げるが、胸に留めておく。
口は災いの元。
社交の場では、黙っているに限る。
マルティンだけは覚えがなかったが、他の家名は記憶していた。
バジル侯爵は王国南方の都市を治める侯爵で、代々の軍務大臣を務める名家だった。
ペレス子爵は書庫の司書長で、息子のアドルフォは文官をしていると記憶している。
ハロルド伯爵は商務大臣。
いずれも親が政権に関わる名家だ。……多分。
「カナリー・ベラスコでございます。王太子妃殿下。ご挨拶が遅れまして」
最後はベラスコ公爵の娘だった。
しかしカナリーは挨拶の口上とは到底見えないくらい、しかめっ面をしている。
あまりに表情とセリフがちぐはぐなので、いったい何を話されているのか理解が追いつかなかった。
「カナリー嬢ですわ。ベラスコ公爵のご令嬢です、妃殿下」
取り成すようにフランチェスカが言葉を添える。
それでやっと名乗りを挙げたのだと了解した。
「ベラスコ公爵の。貴女が……」
これには少し驚いた。
ベラスコ公爵本人はビヤ樽みたいな体型で、頭も禿げあがった残念な中年男性だが、娘はスラリとしたブロンド美人だった。
髪は白金のような明るい金色でゆるく波打っており、唇はぷっくりと厚く血色が良い。
華奢な体つきなのに胸は大きく張り出している。
まさにブロンド美人と呼ぶにふさわしい。
ただ、今は表情のせいでその美貌が半減している。
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