49 / 149
不本意な賭け
3
しおりを挟む
この国では身分制度が確立している。
上位の者から下位の者へ声をかけるのが礼儀だ。
「初めまして。大変ご挨拶が遅れまして申し訳ございません。ノーキエ王国のアルマ・バレンシアと申します。英雄たるレオノール妃にお声がけ頂き、光栄の至りにございます」
初めに挨拶を交わしたのは、ノーキエ王国からやってきた一行の一人、アルマだった。
健康的な小麦色の肌に、陽に透けて明るく見える黒髪を高めの位置で纏めている。
身長は150cmちょっとと小柄で幼く見えるが、意外にも既婚者で二児の母でもあった。
語学の堪能さを買われて、使節団の一人に任命されたらしい。
「私のほうこそ、お会いできて光栄です。我が国の水はお身体に合いますか? ご不便があれば仰ってください」
「全く問題ありませんわ。今朝は肌つやが良いくらいです。お気遣い痛み入ります」
レオノールの問いにアルマは一瞬驚きを見せたものの、感謝とともに笑顔を返してくれた。
「恐れ入りますが妃殿下、この者もご挨拶を差し上げてよろしいでしょうか?」
アルマの紹介で、次々とノーキエの来賓が挨拶に訪れる。
その中に使節団の補助役として雇われた少年もいた。
ルイス・アンジェロスと名乗るその少年は、まだ14歳だった。
「僕はまだ成人しておりませんが、アルヴァロ殿下のお口添えで同行が許されました。学びと共にこうして王家の方々にお会いできて、この上ない幸せでございます。大陸の母なる赤獅子の王太子妃殿下様、先日は世界をお救いいただきありがとうございました」
礼儀正しく腰を折るルイスは、目元まで伸びた前髪が長い以外は、普通の少年といった風貌をしている。
しかしその瞳の奥にはギラギラと野心的な光があった。
「大陸の母とはまた、随分と大仰な……。ありがとうございます」
(いいね、この子。ギラギラして。ただの補助役じゃないかも。なんか油断できない気配がある)
「こうしてお近くで拝見すると、昇り立つようなオーラがおありですね。不躾ですが握手をお願いしても?」
レオノールがルイスの危険性を測っていると、ルイスはすかさず手を差し出して握手を求めた。
行儀作法でいえばアウトなのだろうが、断るほどでもない。
「すごい、迸るほどのマナを感じます! やはり、尋常ではない」
「へえ、アンジェロス卿はマナが測れるのですか?」
マナは大気や大地、生物に宿る“精気”のようなもので、レオノールは生まれついてその器がバカでかい。
常人が生きるために必要なマナが夜に灯すランプの油くらいの量だとすれば、レオノールは月光を落とし込んだサルビアの泉くらいある。
だから、戦闘時に疲弊はしても、力尽きたことがない。
「はい! まだまだ学びの最中ですが……ああ、なんたる生命力! 全人類の憧れですね」
何だか言い回しがアルヴァロに似ているような気がして、レオノールは苦笑した。
アルヴァロに目をかけてもらっているようだが、そんなところまで似なくても良いのでは。
手を離し、見送ろうとしたところで、おもむろに懐に手を突っ込んだ。
「恐れ入ります。最後にもう一つだけ……」
何事かと身構えれば、取り出したのはペンだった。
レオノールからのサインを強請っている。
勢いには気後れしたけれども、サインくらい大した手間でもない。
「ありがとうございます! 大切に致します」
マントの背にサインを書き終えると、ルイスは大げさなほどの喜びを見せて去っていった。
それを聞きつけた後続の面々からも同様の頼みが相次いで、謎のレオノールのサイン会が始まる。
並んでいたのは使節団の文官やご婦人たちばかりで、皆サインを持ち帰り自慢をすると、嬉々として礼を述べては去って行った。
ノーキエの使者は概ね朗らかで気さくな気性をしている。
それに落ち着いた壮年の男性ばかりでなく、男女比は同じくらいだ。
年齢層はむしろ若い。
アルヴァロは積極的に多様な人材を登用しているらしい。
四半刻もすると列が消え、来賓の方々との挨拶は概ね消化したと思われた。
だがしかし、ふと感じる視線をたどれば、年若い令嬢たちの集まりが西方の東屋で固まり、こちらを見ている。
中央の人物が時折チラリ、と意味深な視線を投げるが、その場を動く気配はなかった。
服装を見るところ、エルグランの貴族令嬢のようだ。
上位の者から下位の者へ声をかけるのが礼儀だ。
「初めまして。大変ご挨拶が遅れまして申し訳ございません。ノーキエ王国のアルマ・バレンシアと申します。英雄たるレオノール妃にお声がけ頂き、光栄の至りにございます」
初めに挨拶を交わしたのは、ノーキエ王国からやってきた一行の一人、アルマだった。
健康的な小麦色の肌に、陽に透けて明るく見える黒髪を高めの位置で纏めている。
身長は150cmちょっとと小柄で幼く見えるが、意外にも既婚者で二児の母でもあった。
語学の堪能さを買われて、使節団の一人に任命されたらしい。
「私のほうこそ、お会いできて光栄です。我が国の水はお身体に合いますか? ご不便があれば仰ってください」
「全く問題ありませんわ。今朝は肌つやが良いくらいです。お気遣い痛み入ります」
レオノールの問いにアルマは一瞬驚きを見せたものの、感謝とともに笑顔を返してくれた。
「恐れ入りますが妃殿下、この者もご挨拶を差し上げてよろしいでしょうか?」
アルマの紹介で、次々とノーキエの来賓が挨拶に訪れる。
その中に使節団の補助役として雇われた少年もいた。
ルイス・アンジェロスと名乗るその少年は、まだ14歳だった。
「僕はまだ成人しておりませんが、アルヴァロ殿下のお口添えで同行が許されました。学びと共にこうして王家の方々にお会いできて、この上ない幸せでございます。大陸の母なる赤獅子の王太子妃殿下様、先日は世界をお救いいただきありがとうございました」
礼儀正しく腰を折るルイスは、目元まで伸びた前髪が長い以外は、普通の少年といった風貌をしている。
しかしその瞳の奥にはギラギラと野心的な光があった。
「大陸の母とはまた、随分と大仰な……。ありがとうございます」
(いいね、この子。ギラギラして。ただの補助役じゃないかも。なんか油断できない気配がある)
「こうしてお近くで拝見すると、昇り立つようなオーラがおありですね。不躾ですが握手をお願いしても?」
レオノールがルイスの危険性を測っていると、ルイスはすかさず手を差し出して握手を求めた。
行儀作法でいえばアウトなのだろうが、断るほどでもない。
「すごい、迸るほどのマナを感じます! やはり、尋常ではない」
「へえ、アンジェロス卿はマナが測れるのですか?」
マナは大気や大地、生物に宿る“精気”のようなもので、レオノールは生まれついてその器がバカでかい。
常人が生きるために必要なマナが夜に灯すランプの油くらいの量だとすれば、レオノールは月光を落とし込んだサルビアの泉くらいある。
だから、戦闘時に疲弊はしても、力尽きたことがない。
「はい! まだまだ学びの最中ですが……ああ、なんたる生命力! 全人類の憧れですね」
何だか言い回しがアルヴァロに似ているような気がして、レオノールは苦笑した。
アルヴァロに目をかけてもらっているようだが、そんなところまで似なくても良いのでは。
手を離し、見送ろうとしたところで、おもむろに懐に手を突っ込んだ。
「恐れ入ります。最後にもう一つだけ……」
何事かと身構えれば、取り出したのはペンだった。
レオノールからのサインを強請っている。
勢いには気後れしたけれども、サインくらい大した手間でもない。
「ありがとうございます! 大切に致します」
マントの背にサインを書き終えると、ルイスは大げさなほどの喜びを見せて去っていった。
それを聞きつけた後続の面々からも同様の頼みが相次いで、謎のレオノールのサイン会が始まる。
並んでいたのは使節団の文官やご婦人たちばかりで、皆サインを持ち帰り自慢をすると、嬉々として礼を述べては去って行った。
ノーキエの使者は概ね朗らかで気さくな気性をしている。
それに落ち着いた壮年の男性ばかりでなく、男女比は同じくらいだ。
年齢層はむしろ若い。
アルヴァロは積極的に多様な人材を登用しているらしい。
四半刻もすると列が消え、来賓の方々との挨拶は概ね消化したと思われた。
だがしかし、ふと感じる視線をたどれば、年若い令嬢たちの集まりが西方の東屋で固まり、こちらを見ている。
中央の人物が時折チラリ、と意味深な視線を投げるが、その場を動く気配はなかった。
服装を見るところ、エルグランの貴族令嬢のようだ。
115
あなたにおすすめの小説
遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。
沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。
すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。
だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。
イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。
変わり果てた現実を前に、
夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。
深い後悔と悲しみに苛まれながら、
失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。
しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。
贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。
そして、母の心を知っていく子供たち。
イネスが求める愛とは、
そして、幸せとは――。
なぜ、私に関係あるのかしら?
シエル
ファンタジー
「初めまして、アシュフォード公爵家一女、セシリア・アシュフォードと申します」
彼女は、つい先日までこの国の王太子殿下の婚約者だった。
そして今日、このトレヴァント辺境伯家へと嫁いできた。
「…レオンハルト・トレヴァントだ」
非道にも自らの実妹を長年にわたり虐げ、婚約者以外の男との不適切な関係を理由に、王太子妃に不適格とされ、貴族学院の卒業式で婚約破棄を宣告された。
そして、新たな婚約者として、その妹が王太子本人から指名されたのだった。
「私は君と夫婦になるつもりはないし、辺境伯夫人として扱うこともない」
この判断によって、どうなるかなども考えずに…
※ 中世ヨーロッパ風の世界観です。
※ ご都合主義ですので、ご了承下さい、
※ 画像はAIにて作成しております
『外見しか見なかったあなたへ。私はもう、選ぶ側です』
鷹 綾
恋愛
「お前のようなガキは嫌いだ」
幼く見える容姿を理由に、婚約者ライオネルから一方的に婚約を破棄された
公爵令嬢シルフィーネ・エルフィンベルク。
その夜、嫉妬に狂った伯爵令嬢に突き落とされ、
彼女は一年もの間、意識不明の重体に陥る――。
目を覚ました彼女は、大人びた美貌を手に入れていた。
だが、中身は何ひとつ変わっていない。
にもかかわらず、
かつて彼女を「幼すぎる」と切り捨てた元婚約者は態度を一変させ、
「やり直したい」とすり寄ってくる。
「見かけが変わっても、中身は同じです。
それでもあなたは、私の外見しか見ていなかったのですね?」
静かにそう告げ、シルフィーネは過去を見限る。
やがて彼女に興味を示したのは、
隣国ノルディアの王太子エドワルド。
彼が見ていたのは、美貌ではなく――
対話し、考え、異論を述べる彼女の“在り方”だった。
これは、
外見で価値を決められた令嬢が、
「選ばれる人生」をやめ、
自分の意思で未来を選び直す物語。
静かなざまぁと、
対等な関係から始まる大人の恋。
そして――
自分の人生を、自分の言葉で生きるための物語。
---
婚約破棄で悪役令嬢を辞めたので、今日から素で生きます。
黒猫かの
恋愛
「エリー・オルブライト! 貴様との婚約を破棄する!」
豪華絢爛な夜会で、ウィルフレッド王子から突きつけられた非情な宣告。
しかし、公爵令嬢エリーの心境は……「よっしゃあ! やっと喋れるわ!!」だった。
腹違いの妹にすべてを奪われた薄幸の令嬢が、義理の母に殴られた瞬間、前世のインテリヤクザなおっさんがぶちギレた場合。
灯乃
ファンタジー
十二歳のときに母が病で亡くなった途端、父は後妻と一歳年下の妹を新たな『家族』として迎え入れた。
彼らの築く『家族』の輪から弾き出されたアニエスは、ある日義母の私室に呼び出され――。
タイトル通りのおっさんコメディーです。
〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】記憶を失ったらあなたへの恋心も消えました。
ごろごろみかん。
恋愛
婚約者には、何よりも大切にしている義妹がいる、らしい。
ある日、私は階段から転がり落ち、目が覚めた時には全てを忘れていた。
対面した婚約者は、
「お前がどうしても、というからこの婚約を結んだ。そんなことも覚えていないのか」
……とても偉そう。日記を見るに、以前の私は彼を慕っていたらしいけれど。
「階段から転げ落ちた衝撃であなたへの恋心もなくなったみたいです。ですから婚約は解消していただいて構いません。今まで無理を言って申し訳ありませんでした」
今の私はあなたを愛していません。
気弱令嬢(だった)シャーロットの逆襲が始まる。
☆タイトルコロコロ変えてすみません、これで決定、のはず。
☆商業化が決定したため取り下げ予定です(完結まで更新します)
結婚十年目の夫から「結婚契約更新書」なるものが届いた。彼は「送り間違えた」というけれど、それはそれで問題なのでは?
ぽんた
恋愛
レミ・マカリスター侯爵夫人は、夫と政略結婚をして十年目。侯爵夫人として、義父母の介護や領地経営その他もろもろを完ぺきにこなしている。そんなある日、王都に住む夫から「結婚契約更新書」なるものが届いた。義弟を通じ、夫を追求するも夫は「送り間違えた。ほんとうは金を送れというメモを送りたかった」という。レミは、心から思った。「それはそれで問題なのでは?」、と。そして、彼女の夫にたいするざまぁがはじまる。
※ハッピーエンド確約。ざまぁあり。ご都合主義のゆるゆる設定はご容赦願います。
身代わりで呪いの公爵に嫁ぎましたが、聖女の力で浄化したら離縁どころか国一番の溺愛妻になりました〜実家が泣きついてももう遅い〜
しょくぱん
恋愛
「お前のような無能は、死神の生贄にでもなっていろ」
魔力なしの無能と蔑まれ、家族に虐げられてきた伯爵令嬢レティシア。 彼女に命じられたのは、近づく者すべてを病ませるという『呪いの公爵』アレクシスへの身代わり結婚だった。
鉄格子の馬車で運ばれ、たどり着いたのは瘴気に満ちた死の城。 恐ろしい怪物のような男に殺される――。 そう覚悟していたレティシアだったが、目の前の光景に絶望よりも先に別の感情が湧き上がる。
(な、何これ……汚すぎるわ! 雑巾とブラシはどこ!?)
実は、彼女が「無能」と言われていたのは、その力が『洗浄』と『浄化』に特化した特殊な聖女の魔力だったから。
レティシアが掃除をすれば、呪いの瘴気は消え去り、枯れた大地には花が咲き、不気味だった公爵城はまたたく間にピカピカの聖域に塗り替えられていく。 さらには、呪いで苦しんでいたアレクシスの素顔は、見惚れるほどの美青年で――。
「レティシア、君は一体何者なんだ……? 体が、こんなに軽いのは初めてだ」
冷酷だったはずの公爵様から、まさかの執着と溺愛。 さらには、呪いが解けたことで領地は国一番の豊かさを取り戻していく。
一方で、レティシアを捨てた実家は、彼女の『浄化』を失ったことで災厄に見舞われ、今さら「戻ってきてくれ」と泣きついてくるが……。
「私は今、お城の掃除と旦那様のお世話で忙しいんです。お引き取りくださいませ」
これは、掃除を愛する薄幸令嬢が、その愛と魔力で死神公爵を救い、最高に幸せな居場所を手に入れるまでのお話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる