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代償
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ドカッ、と扉を蹴破りアルダシールは謁見室に飛び込んだ。
「ううっ!」
謁見の間は王城の最上階に設けられ、王城で最も高貴なものが座す場だ。
故にその内装は贅を尽くして、豪奢に誂えられている。
壁一面に施された繊細な細工に、敷き詰められた緋毛氈のカーペット。
何よりも目を引くのは、天井から吊るされる巨大なシャンデリアだ。
中央に据えられた玉座を照らし出すように、灯りの揺らめきは計算されている。
その光に浮かび上がった人物を見て、アルダシールは息を呑んだ。
玉座に座すのは、白髪交じりの初老の男。呻き声を漏らした張本人だ。
アルダシールの記憶とあまりに乖離した姿に、一瞬、それが誰なのかわからなかった。
それでもその人物が父アルタクセルだとわかったのは、その面立ちに自分と同じ金の瞳を見出したからだ。
「父上……」
喉を震わせた自分の声に、アルダシールは驚く。
こんなにも頼りなく、細い声だっただろうか?
アルダシールの中のアルタクセルは、色好みの嫌いはあったが、年齢に不相応なほどの活力に溢れていた。
武勲もあり、隣国にも名の聞こえた人物だった。
最後に姿を見たのはどれくらい前だったろう。
後宮へ向かう豆粒のような後姿を、自室の窓からただ一瞥したのが最後だ。
光のない両の目は、ぼんやりと虚空を見上げている。
頬は痩け、手入れはされているようだが、額は禿げ上がり、黒く豊かだった頭髪は見る影もない。
「お、おお……セリーナ、どうにかしてくれ、身動きが取れんのだ」
アルタクセルは譫言のように側女の名を呼んだ。
そうか、いつの間にか側仕えだったあの侍女にも手を付けていたのか。
どうでも良いところで納得しながら、アルダシールはどうにも、その場を動くことができずに立ち尽くした。
悪夢を見ているようで、全身が慄く。
冷や汗が、背筋を伝う。
アルタクセルが正気を失っているのは、明白だった。
嫌というほど理解していながら、それでもこの現実は受け入れ難いらしい。
あたかも、万華鏡に映る鮮やかな影のように、華やかだった頃の記憶が去来する。
国民の前で雄弁に演説する国王の、或いは母アムスタと戯れるアルダシールを見守る父の、そのどちらの面影もそこにあった。
「お気を、確かに……」
ようやく声を絞り出し、一歩踏み出す。
何故この言葉を選んだのか。
他に思いつかなかった。
アルタクセルが動けないのも当然で、玉座に座す腹部を頑丈そうな縄で縛りつけられている。
身体ごと、玉座に固定されていた。
「セリーナ……セリーナ……」
身動きが取れぬ理由も、この俺の声もわからないのか。
「ううっ!」
謁見の間は王城の最上階に設けられ、王城で最も高貴なものが座す場だ。
故にその内装は贅を尽くして、豪奢に誂えられている。
壁一面に施された繊細な細工に、敷き詰められた緋毛氈のカーペット。
何よりも目を引くのは、天井から吊るされる巨大なシャンデリアだ。
中央に据えられた玉座を照らし出すように、灯りの揺らめきは計算されている。
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玉座に座すのは、白髪交じりの初老の男。呻き声を漏らした張本人だ。
アルダシールの記憶とあまりに乖離した姿に、一瞬、それが誰なのかわからなかった。
それでもその人物が父アルタクセルだとわかったのは、その面立ちに自分と同じ金の瞳を見出したからだ。
「父上……」
喉を震わせた自分の声に、アルダシールは驚く。
こんなにも頼りなく、細い声だっただろうか?
アルダシールの中のアルタクセルは、色好みの嫌いはあったが、年齢に不相応なほどの活力に溢れていた。
武勲もあり、隣国にも名の聞こえた人物だった。
最後に姿を見たのはどれくらい前だったろう。
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頬は痩け、手入れはされているようだが、額は禿げ上がり、黒く豊かだった頭髪は見る影もない。
「お、おお……セリーナ、どうにかしてくれ、身動きが取れんのだ」
アルタクセルは譫言のように側女の名を呼んだ。
そうか、いつの間にか側仕えだったあの侍女にも手を付けていたのか。
どうでも良いところで納得しながら、アルダシールはどうにも、その場を動くことができずに立ち尽くした。
悪夢を見ているようで、全身が慄く。
冷や汗が、背筋を伝う。
アルタクセルが正気を失っているのは、明白だった。
嫌というほど理解していながら、それでもこの現実は受け入れ難いらしい。
あたかも、万華鏡に映る鮮やかな影のように、華やかだった頃の記憶が去来する。
国民の前で雄弁に演説する国王の、或いは母アムスタと戯れるアルダシールを見守る父の、そのどちらの面影もそこにあった。
「お気を、確かに……」
ようやく声を絞り出し、一歩踏み出す。
何故この言葉を選んだのか。
他に思いつかなかった。
アルタクセルが動けないのも当然で、玉座に座す腹部を頑丈そうな縄で縛りつけられている。
身体ごと、玉座に固定されていた。
「セリーナ……セリーナ……」
身動きが取れぬ理由も、この俺の声もわからないのか。
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