やさしい・悪役令嬢

きぬがやあきら

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悪いのはわたくしですか?

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「そのようなところに立っていると、ずぶ濡れになりますわよ」

「オデット様、どうしてーー」

 校舎の中庭で立ち尽くすマリアナ嬢が息を吐き切るよりも早く、それは頭上から降ってきた。

 ざばーーーっ

 バケツをひっくり返したような雨、ではなく文字通り、バケツをひっくり返した水が。 

「きゃああっ」

 水は容赦なく降り注ぎ、音が止む頃にはずぶ濡れのマリアナ嬢が出来上がっていた。

 上階のバルコニーからはカランと金属製の容れ物が放擲される音が聞こえる。

 それと、慌てて走り去るような複数の足音が。

 通りがかった生徒たちは飛沫の被害を受けて悲鳴を上げていた。

 誰かが、本来なら流しに捨てに行くはずの汚水を、上階からぶちまけたのだろう。

「な、なんで……」

「だから申し上げましたのに。こんなに汚れては次の授業には出席できませんわね。医務室で訳を話して替えの服を……」

 呆然と自分の掌を見つめているマリアナ嬢にわたくしは声を掛け、気をしっかり持つように促した。

 彼女の名はマリアナ・グランド。この王立学院の五学年に転校してきたばかりの子爵令嬢だ。

 学院内での身分制度は実際の社交界ほど厳密ではないにしろ、把握していないと色々と不都合の悪いことが多かった。

 だが、どうもマリアナ嬢はそういった世事に疎いらしく、見ていて心配になる。

 白い真珠のような肌のあちこちには乾いた泥がこびりついていた。濡れたままでは風邪を引いてしまうだろうに、震えるばかりの表情は動かない。

 マリアナ嬢はこの学院で不文律を、転校早々に破ってしまったのだ。

 知らなかったのだから、やむを得ないのだけれど、知らなかったでは済まされないのが身分社会の恐ろしい部分でもある。

「オデット様……、まさかあなたが」

 マリアナ嬢が呟いた。

「わたくしではないわ。あのね、マリアナ嬢。この学院は貴女の知っている学校とは違うのよ。貴女からしたら些細なことに思えても、色々なことが違うの。それを理解して行動しないと、いつか取り返しのつかないことになってしまうわ」

 マリアナ嬢はやっと焦点のあった瞳でわたくしを見る。

「嘘よ、そんなはず……。さっき声を掛けたのだって、あのバケツが落ちるタイミングだって偶然な訳ありませんよね。どうしてこんな、回りくどいことを」

 マリアナ嬢は寒さか、はたまた屈辱で、口元に当てていた指先をカタカタと震わせた。

 一連の事件は誓って、わたくしのせいではない。

 しかしその理由をいかにして伝えたものかと考えあぐねていると後ろから、行動を共にしている令嬢たちが駆け寄って来た。

「オデット様! 大丈夫ですか!?」

 水を被ったのはマリアナ嬢なのに、令嬢たちが心配してくれるのはわたくしのほうだ。
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