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悪いのはわたくしですか?
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「わたくしは平気よ。それよりもマリアナ嬢を」
「飛沫でスカートの裾に泥が跳ねていますわ。おみ足にも! 早く着替えませんと」
「私たちでよければ医務室まで付き添います!」
茶褐色の巻毛に眼鏡をかけているのがドリス・モールド伯爵令嬢、結い上げた黒髪をきっちりと編み込んでいるのがシャーレン・キャンベル伯爵令嬢だ。
2人は同じ五学年でありながら、何くれとなくわたくしの面倒を見てくれる、奇特なご令嬢たちだ。
目の前で濡れ鼠になっているマリアナ嬢には目もくれず、マリアナ嬢から遠ざけるようにわたくしを取り囲む。
「大変恐縮ですが、失礼致しますわ」
あれよという間に押し流され、途中からは応援の生徒も混じって、気づけば5人に取り囲まれた状態で医務室に押し込められた。
「まあ皆様、わたくしはなんともありませんのに……」
「いいえっ! オデット様の大切なおみ足に泥が跳ねていましたのよ。他に傷がないとは言い切れません。見つけ次第、すぐに手当をしませんと」
ドリス嬢が拳を握って力説するとシャーレン嬢もコクコクと頷く。
その他の3人も同意を示すと、淑やかに医務室を後にする。
「もう、皆様は大変、ご親切でいらっしゃること」
わたくしが、ふう、と息を吐くと、シャーレン嬢が部屋の奥を覗いて戻ってくる。
「先生はいらっしゃらないようなので、ひとまずはこれで身体をお清めください」
「ありがとう」
シャーレン嬢が渡してくれた濡れタオルを受け取って、スカートと足に跳ねた泥を拭いた。
皆がどうしてこのように、わたくしに何くれとなく世話を焼いてくれるのか、分からなくはない。
何故ならわたくしはこの国での3大公爵家の一つ、ヴァレンティ家の一人娘。
ヴァレンティ家は王族に次ぐ権力を有する公爵家であり、その一人娘であるわたくしには否が応でも注目が集まる。
「王国の太陽にご挨拶申し上げます。オデット・ヴァレンティと申します」
初めて人前に立ったのは5歳の頃、父に連れられ王城に上がり、先代の国王陛下にご挨拶を差し上げた時だった。
「其方が、ヴァレンティ家の一輪花か。なるほど」
当時の国王陛下は鷹揚に頷き、傍らに控える王妃殿下も微笑んでくださった。
「幼いながら、凛としていて実に聡明そうな強い眼差しだ。さぞかし将来は美しい乙女となるだろう」
「ねえオデット、スミレの砂糖漬けはお好き?」
「はい、王妃殿下。大好きです。とっても美味しいので、1日の全てのお稽古が終わった時に一つ、食べるようにしています」
「大好きなのに、どうして1日に一つだけなのかしら? ヴァレンティ公爵が買ってくれないの?」
「いいえ。私は食べる前のワクワクした気持ちになるのも好きなのです。一度にたくさん食べたら、その幸せな気分に浸る時間が短くなってしまいます」
わたくしがそう、申し上げると両陛下は目を合わせて微笑んだ。
「それは素敵な考え方ね。では、スミレはお土産にして、違うお菓子を用意しましょう。オデット、今度私のお茶会に来てちょうだい。貴女に紹介したい子がいるの。貴女の一つ年上の男の子なのだけど、きっと仲良くなれると思うわ」
「光栄です。王妃殿下。ぜひ、出席させてください。わたくし、お兄様以外の男の子とは遊んだことがないのでとても楽しみです」
有り難くもわたくしは両陛下方にお言葉を賜った上、王妃様にはお茶会にお招きいただいた。
そこで、今では譲位して上皇、上皇后になられた両陛下を介して、現在では王太子となったルシアン様とお会いしたのだった。
そうして、あれよという間に婚約が交わされた。
つまり、順当に行けばわたくしは将来、この国の王妃となる。
身分至上主義のこの学院で、わたくしがこのようにちやほやされているのはそういう理由からだった。
「飛沫でスカートの裾に泥が跳ねていますわ。おみ足にも! 早く着替えませんと」
「私たちでよければ医務室まで付き添います!」
茶褐色の巻毛に眼鏡をかけているのがドリス・モールド伯爵令嬢、結い上げた黒髪をきっちりと編み込んでいるのがシャーレン・キャンベル伯爵令嬢だ。
2人は同じ五学年でありながら、何くれとなくわたくしの面倒を見てくれる、奇特なご令嬢たちだ。
目の前で濡れ鼠になっているマリアナ嬢には目もくれず、マリアナ嬢から遠ざけるようにわたくしを取り囲む。
「大変恐縮ですが、失礼致しますわ」
あれよという間に押し流され、途中からは応援の生徒も混じって、気づけば5人に取り囲まれた状態で医務室に押し込められた。
「まあ皆様、わたくしはなんともありませんのに……」
「いいえっ! オデット様の大切なおみ足に泥が跳ねていましたのよ。他に傷がないとは言い切れません。見つけ次第、すぐに手当をしませんと」
ドリス嬢が拳を握って力説するとシャーレン嬢もコクコクと頷く。
その他の3人も同意を示すと、淑やかに医務室を後にする。
「もう、皆様は大変、ご親切でいらっしゃること」
わたくしが、ふう、と息を吐くと、シャーレン嬢が部屋の奥を覗いて戻ってくる。
「先生はいらっしゃらないようなので、ひとまずはこれで身体をお清めください」
「ありがとう」
シャーレン嬢が渡してくれた濡れタオルを受け取って、スカートと足に跳ねた泥を拭いた。
皆がどうしてこのように、わたくしに何くれとなく世話を焼いてくれるのか、分からなくはない。
何故ならわたくしはこの国での3大公爵家の一つ、ヴァレンティ家の一人娘。
ヴァレンティ家は王族に次ぐ権力を有する公爵家であり、その一人娘であるわたくしには否が応でも注目が集まる。
「王国の太陽にご挨拶申し上げます。オデット・ヴァレンティと申します」
初めて人前に立ったのは5歳の頃、父に連れられ王城に上がり、先代の国王陛下にご挨拶を差し上げた時だった。
「其方が、ヴァレンティ家の一輪花か。なるほど」
当時の国王陛下は鷹揚に頷き、傍らに控える王妃殿下も微笑んでくださった。
「幼いながら、凛としていて実に聡明そうな強い眼差しだ。さぞかし将来は美しい乙女となるだろう」
「ねえオデット、スミレの砂糖漬けはお好き?」
「はい、王妃殿下。大好きです。とっても美味しいので、1日の全てのお稽古が終わった時に一つ、食べるようにしています」
「大好きなのに、どうして1日に一つだけなのかしら? ヴァレンティ公爵が買ってくれないの?」
「いいえ。私は食べる前のワクワクした気持ちになるのも好きなのです。一度にたくさん食べたら、その幸せな気分に浸る時間が短くなってしまいます」
わたくしがそう、申し上げると両陛下は目を合わせて微笑んだ。
「それは素敵な考え方ね。では、スミレはお土産にして、違うお菓子を用意しましょう。オデット、今度私のお茶会に来てちょうだい。貴女に紹介したい子がいるの。貴女の一つ年上の男の子なのだけど、きっと仲良くなれると思うわ」
「光栄です。王妃殿下。ぜひ、出席させてください。わたくし、お兄様以外の男の子とは遊んだことがないのでとても楽しみです」
有り難くもわたくしは両陛下方にお言葉を賜った上、王妃様にはお茶会にお招きいただいた。
そこで、今では譲位して上皇、上皇后になられた両陛下を介して、現在では王太子となったルシアン様とお会いしたのだった。
そうして、あれよという間に婚約が交わされた。
つまり、順当に行けばわたくしは将来、この国の王妃となる。
身分至上主義のこの学院で、わたくしがこのようにちやほやされているのはそういう理由からだった。
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