2 / 15
悪いのはわたくしですか?
2
しおりを挟む
「わたくしは平気よ。それよりもマリアナ嬢を」
「飛沫でスカートの裾に泥が跳ねていますわ。おみ足にも! 早く着替えませんと」
「私たちでよければ医務室まで付き添います!」
茶褐色の巻毛に眼鏡をかけているのがドリス・モールド伯爵令嬢、結い上げた黒髪をきっちりと編み込んでいるのがシャーレン・キャンベル伯爵令嬢だ。
2人は同じ五学年でありながら、何くれとなくわたくしの面倒を見てくれる、奇特なご令嬢たちだ。
目の前で濡れ鼠になっているマリアナ嬢には目もくれず、マリアナ嬢から遠ざけるようにわたくしを取り囲む。
「大変恐縮ですが、失礼致しますわ」
あれよという間に押し流され、途中からは応援の生徒も混じって、気づけば5人に取り囲まれた状態で医務室に押し込められた。
「まあ皆様、わたくしはなんともありませんのに……」
「いいえっ! オデット様の大切なおみ足に泥が跳ねていましたのよ。他に傷がないとは言い切れません。見つけ次第、すぐに手当をしませんと」
ドリス嬢が拳を握って力説するとシャーレン嬢もコクコクと頷く。
その他の3人も同意を示すと、淑やかに医務室を後にする。
「もう、皆様は大変、ご親切でいらっしゃること」
わたくしが、ふう、と息を吐くと、シャーレン嬢が部屋の奥を覗いて戻ってくる。
「先生はいらっしゃらないようなので、ひとまずはこれで身体をお清めください」
「ありがとう」
シャーレン嬢が渡してくれた濡れタオルを受け取って、スカートと足に跳ねた泥を拭いた。
皆がどうしてこのように、わたくしに何くれとなく世話を焼いてくれるのか、分からなくはない。
何故ならわたくしはこの国での3大公爵家の一つ、ヴァレンティ家の一人娘。
ヴァレンティ家は王族に次ぐ権力を有する公爵家であり、その一人娘であるわたくしには否が応でも注目が集まる。
「王国の太陽にご挨拶申し上げます。オデット・ヴァレンティと申します」
初めて人前に立ったのは5歳の頃、父に連れられ王城に上がり、先代の国王陛下にご挨拶を差し上げた時だった。
「其方が、ヴァレンティ家の一輪花か。なるほど」
当時の国王陛下は鷹揚に頷き、傍らに控える王妃殿下も微笑んでくださった。
「幼いながら、凛としていて実に聡明そうな強い眼差しだ。さぞかし将来は美しい乙女となるだろう」
「ねえオデット、スミレの砂糖漬けはお好き?」
「はい、王妃殿下。大好きです。とっても美味しいので、1日の全てのお稽古が終わった時に一つ、食べるようにしています」
「大好きなのに、どうして1日に一つだけなのかしら? ヴァレンティ公爵が買ってくれないの?」
「いいえ。私は食べる前のワクワクした気持ちになるのも好きなのです。一度にたくさん食べたら、その幸せな気分に浸る時間が短くなってしまいます」
わたくしがそう、申し上げると両陛下は目を合わせて微笑んだ。
「それは素敵な考え方ね。では、スミレはお土産にして、違うお菓子を用意しましょう。オデット、今度私のお茶会に来てちょうだい。貴女に紹介したい子がいるの。貴女の一つ年上の男の子なのだけど、きっと仲良くなれると思うわ」
「光栄です。王妃殿下。ぜひ、出席させてください。わたくし、お兄様以外の男の子とは遊んだことがないのでとても楽しみです」
有り難くもわたくしは両陛下方にお言葉を賜った上、王妃様にはお茶会にお招きいただいた。
そこで、今では譲位して上皇、上皇后になられた両陛下を介して、現在では王太子となったルシアン様とお会いしたのだった。
そうして、あれよという間に婚約が交わされた。
つまり、順当に行けばわたくしは将来、この国の王妃となる。
身分至上主義のこの学院で、わたくしがこのようにちやほやされているのはそういう理由からだった。
「飛沫でスカートの裾に泥が跳ねていますわ。おみ足にも! 早く着替えませんと」
「私たちでよければ医務室まで付き添います!」
茶褐色の巻毛に眼鏡をかけているのがドリス・モールド伯爵令嬢、結い上げた黒髪をきっちりと編み込んでいるのがシャーレン・キャンベル伯爵令嬢だ。
2人は同じ五学年でありながら、何くれとなくわたくしの面倒を見てくれる、奇特なご令嬢たちだ。
目の前で濡れ鼠になっているマリアナ嬢には目もくれず、マリアナ嬢から遠ざけるようにわたくしを取り囲む。
「大変恐縮ですが、失礼致しますわ」
あれよという間に押し流され、途中からは応援の生徒も混じって、気づけば5人に取り囲まれた状態で医務室に押し込められた。
「まあ皆様、わたくしはなんともありませんのに……」
「いいえっ! オデット様の大切なおみ足に泥が跳ねていましたのよ。他に傷がないとは言い切れません。見つけ次第、すぐに手当をしませんと」
ドリス嬢が拳を握って力説するとシャーレン嬢もコクコクと頷く。
その他の3人も同意を示すと、淑やかに医務室を後にする。
「もう、皆様は大変、ご親切でいらっしゃること」
わたくしが、ふう、と息を吐くと、シャーレン嬢が部屋の奥を覗いて戻ってくる。
「先生はいらっしゃらないようなので、ひとまずはこれで身体をお清めください」
「ありがとう」
シャーレン嬢が渡してくれた濡れタオルを受け取って、スカートと足に跳ねた泥を拭いた。
皆がどうしてこのように、わたくしに何くれとなく世話を焼いてくれるのか、分からなくはない。
何故ならわたくしはこの国での3大公爵家の一つ、ヴァレンティ家の一人娘。
ヴァレンティ家は王族に次ぐ権力を有する公爵家であり、その一人娘であるわたくしには否が応でも注目が集まる。
「王国の太陽にご挨拶申し上げます。オデット・ヴァレンティと申します」
初めて人前に立ったのは5歳の頃、父に連れられ王城に上がり、先代の国王陛下にご挨拶を差し上げた時だった。
「其方が、ヴァレンティ家の一輪花か。なるほど」
当時の国王陛下は鷹揚に頷き、傍らに控える王妃殿下も微笑んでくださった。
「幼いながら、凛としていて実に聡明そうな強い眼差しだ。さぞかし将来は美しい乙女となるだろう」
「ねえオデット、スミレの砂糖漬けはお好き?」
「はい、王妃殿下。大好きです。とっても美味しいので、1日の全てのお稽古が終わった時に一つ、食べるようにしています」
「大好きなのに、どうして1日に一つだけなのかしら? ヴァレンティ公爵が買ってくれないの?」
「いいえ。私は食べる前のワクワクした気持ちになるのも好きなのです。一度にたくさん食べたら、その幸せな気分に浸る時間が短くなってしまいます」
わたくしがそう、申し上げると両陛下は目を合わせて微笑んだ。
「それは素敵な考え方ね。では、スミレはお土産にして、違うお菓子を用意しましょう。オデット、今度私のお茶会に来てちょうだい。貴女に紹介したい子がいるの。貴女の一つ年上の男の子なのだけど、きっと仲良くなれると思うわ」
「光栄です。王妃殿下。ぜひ、出席させてください。わたくし、お兄様以外の男の子とは遊んだことがないのでとても楽しみです」
有り難くもわたくしは両陛下方にお言葉を賜った上、王妃様にはお茶会にお招きいただいた。
そこで、今では譲位して上皇、上皇后になられた両陛下を介して、現在では王太子となったルシアン様とお会いしたのだった。
そうして、あれよという間に婚約が交わされた。
つまり、順当に行けばわたくしは将来、この国の王妃となる。
身分至上主義のこの学院で、わたくしがこのようにちやほやされているのはそういう理由からだった。
80
あなたにおすすめの小説
あの、初夜の延期はできますか?
木嶋うめ香
恋愛
「申し訳ないが、延期をお願いできないだろうか。その、いつまでとは今はいえないのだが」
私シュテフイーナ・バウワーは今日ギュスターヴ・エリンケスと結婚し、シュテフイーナ・エリンケスになった。
結婚祝の宴を終え、侍女とメイド達に準備された私は、ベッドの端に座り緊張しつつ夫のギュスターヴが来るのを待っていた。
けれど、夜も更け体が冷え切っても夫は寝室には姿を見せず、明け方朝告げ鶏が鳴く頃に漸く現れたと思ったら、私の前に跪き、彼は泣きそうな顔でそう言ったのだ。
「私と夫婦になるつもりが無いから永久に延期するということですか? それとも何か理由があり延期するだけでしょうか?」
なぜこの人私に求婚したのだろう。
困惑と悲しみを隠し尋ねる。
婚約期間は三ヶ月と短かったが、それでも頻繁に会っていたし、会えない時は手紙や花束が送られてきた。
関係は良好だと感じていたのは、私だけだったのだろうか。
ボツネタ供養の短編です。
十話程度で終わります。
【完結】離婚を切り出したら私に不干渉だったはずの夫が激甘に豹変しました
雨宮羽那
恋愛
結婚して5年。リディアは悩んでいた。
夫のレナードが仕事で忙しく、夫婦らしいことが何一つないことに。
ある日「私、離婚しようと思うの」と義妹に相談すると、とある薬を渡される。
どうやらそれは、『ちょーっとだけ本音がでちゃう薬』のよう。
そうしてやってきた離婚の話を告げる場で、リディアはつい好奇心に負けて、夫へ薬を飲ませてしまう。
すると、あら不思議。
いつもは浮ついた言葉なんて口にしない夫が、とんでもなく甘い言葉を口にしはじめたのだ。
「どうか離婚だなんて言わないでください。私のスイートハニーは君だけなんです」
(誰ですかあなた)
◇◇◇◇
※全3話。
※コメディ重視のお話です。深く考えちゃダメです!少しでも笑っていただけますと幸いです(*_ _))*゜
大好きな婚約者に「距離を置こう」と言われました
ミズメ
恋愛
感情表現が乏しいせいで""氷鉄令嬢""と呼ばれている侯爵令嬢のフェリシアは、婚約者のアーサー殿下に唐突に距離を置くことを告げられる。
これは婚約破棄の危機――そう思ったフェリシアは色々と自分磨きに励むけれど、なぜだか上手くいかない。
とある夜会で、アーサーの隣に見知らぬ金髪の令嬢がいたという話を聞いてしまって……!?
重すぎる愛が故に婚約者に接近することができないアーサーと、なんとしても距離を縮めたいフェリシアの接近禁止の婚約騒動。
○カクヨム、小説家になろうさまにも掲載/全部書き終えてます
【完結】初夜の晩からすれ違う夫婦は、ある雨の晩に心を交わす
春風由実
恋愛
公爵令嬢のリーナは、半年前に侯爵であるアーネストの元に嫁いできた。
所謂、政略結婚で、結婚式の後の義務的な初夜を終えてからは、二人は同じ邸内にありながらも顔も合わせない日々を過ごしていたのだが──
ある雨の晩に、それが一変する。
※六話で完結します。一万字に足りない短いお話。ざまぁとかありません。ただただ愛し合う夫婦の話となります。
※「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載中です。
王宮勤めにも色々ありまして
あとさん♪
恋愛
スカーレット・フォン・ファルケは王太子の婚約者の専属護衛の近衛騎士だ。
そんな彼女の元婚約者が、園遊会で見知らぬ女性に絡んでる·····?
おいおい、と思っていたら彼女の護衛対象である公爵令嬢が自らあの馬鹿野郎に近づいて·····
危険です!私の後ろに!
·····あ、あれぇ?
※シャティエル王国シリーズ2作目!
※拙作『相互理解は難しい(略)』の2人が出ます。
※小説家になろうにも投稿しております。
わんこ系婚約者の大誤算
甘寧
恋愛
女にだらしないワンコ系婚約者と、そんな婚約者を傍で優しく見守る主人公のディアナ。
そんなある日…
「婚約破棄して他の男と婚約!?」
そんな噂が飛び交い、優男の婚約者が豹変。冷たい眼差しで愛する人を見つめ、嫉妬し執着する。
その姿にディアナはゾクゾクしながら頬を染める。
小型犬から猛犬へ矯正完了!?
悪役令嬢だったので、身の振り方を考えたい。
しぎ
恋愛
カーティア・メラーニはある日、自分が悪役令嬢であることに気づいた。
断罪イベントまではあと数ヶ月、ヒロインへのざまぁ返しを計画…せずに、カーティアは大好きな読書を楽しみながら、修道院のパンフレットを取り寄せるのだった。悪役令嬢としての日々をカーティアがのんびり過ごしていると、不仲だったはずの婚約者との距離がだんだんおかしくなってきて…。
王女を好きだと思ったら
夏笆(なつは)
恋愛
「王子より王子らしい」と言われる公爵家嫡男、エヴァリスト・デュルフェを婚約者にもつバルゲリー伯爵家長女のピエレット。
デビュタントの折に突撃するようにダンスを申し込まれ、望まれて婚約をしたピエレットだが、ある日ふと気づく。
「エヴァリスト様って、ルシール王女殿下のお話ししかなさらないのでは?」
エヴァリストとルシールはいとこ同士であり、幼い頃より親交があることはピエレットも知っている。
だがしかし度を越している、と、大事にしているぬいぐるみのぴぃちゃんに語りかけるピエレット。
「でもね、ぴぃちゃん。私、エヴァリスト様に恋をしてしまったの。だから、頑張るわね」
ピエレットは、そう言って、胸の前で小さく拳を握り、決意を込めた。
ルシール王女殿下の好きな場所、好きな物、好みの装い。
と多くの場所へピエレットを連れて行き、食べさせ、贈ってくれるエヴァリスト。
「あのね、ぴぃちゃん!エヴァリスト様がね・・・・・!」
そして、ピエレットは今日も、エヴァリストが贈ってくれた特注のぬいぐるみ、孔雀のぴぃちゃんを相手にエヴァリストへの想いを語る。
小説家になろうにも、掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる