やさしい・悪役令嬢

きぬがやあきら

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初めての喧嘩

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 もしもルシアン様がわたくしの心情まで思い遣ってくれるなら、その言葉がどれだけわたくしを傷つけるか理解して下さるだろうに。

「……わかった。君はマリアナ嬢が嫌がらせを受けるのは私のせいだと言いたいわけだな。ならば遠回しにせずはっきりと言ってくれれば良いものを」

 ルシアン様は苛立たしげに、わたくしを睨む。

 視線が耐え難くて、拳を握りそうになる。

「オデット、君はもう少し素直になった方がいい。君は聡いが、その点はマリアナ嬢を見習って、もっと感情を出す術を覚えるべきだ」

 その視線と、指摘の内容にわたくしは愕然となった。

 ルシアン様は、なんと仰った? 

 こんなに必死に衝動を堪えているわたくしに、マリアナ嬢を見習えと??

「これ以上ここで問答を繰り返しても無益なようですね。わたくしはこれで失礼致しますわ。貴重なお時間を頂きまして、ありがとう存じます」

 わたくしはルシアン様から視線を外し、礼を取る。

「ああ、そうだな。……俺も少し頭を冷やす必要があるようだ」

 ルシアン様はわたくしの退室の挨拶に頷きながら、独り言のように呟いた。

 わたくしにはそれがまるで、わたくしへの当てつけのように聞こえた。


 ***


 それからわたくしは、しばらくの間ルシアン様とお会いするのを避けた。

 何故ならルシアン様はご自身で仰った言葉通り、ご自分でマリアナ嬢の安全対策をされたからだ。

 学園で過ごすほとんどの時間を、ルシアン様はマリアナ嬢と共にするようになった。

 ご自身が動けない時には将来の側近候補を同行させ、常にマリアナ嬢の身辺を警戒させた。

 遠目からでも、2人の親密な様子が窺える。

 3日経ち、1週間が経ち、わたくしを擁護してくれるご令嬢たちが不満を露わにした。

 時の経過と共に、強力な庇護を得たと実感したのだろう。

 マリアナ嬢は徐々に態度が大きくなり、やがてわたくしに向ける眼差しにまで棘を含ませた。

 わたくしが沈黙を貫く中、ルシアン様が学校外でもマリアナ嬢と行動を共にしているとの噂が出回った。

 真偽のほどを尋ねられても、わたくしには知りようがない。

 だってルシアン様とはあの教室での出来事以来、顔を合わせていない。



「ひょっとして、ルシアン様は心変わりをされたのでは?」

「まさか。いくらルシアン様が望まれても、周囲がお許しにならない」

「しかしあのご寵愛ぶりはどうだ。隠そうともなさらないとは」



 初めはけしからんとマリアナ嬢を批判していた生徒たちも、次第に懐疑的な態度を示すようになる。

 わたくしに対しては同情の眼差しを向ける者が現れ、更には形勢の不利を予見してかマリアナ嬢に取り入るような動きを見せ始める者もいた。

「オデット様……一度公爵様にご相談されてはどうでしょうか……」

 ある日の放課後、ドリス嬢がおずおずと、声を潜めてわたくしに提案してくれた。
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